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(2)最高裁判例:相続税更正処分等取消請求事件 (路線価を利用した相続税の負担回避)

2022年(令和4年)4月19日最高裁判所第三小法廷判決
令和2年(行ヒ)第283号 相続税更正処分等取消請求事件

(判決要旨) 「相続税の負担回避を目的として、借入金でマンション2棟を購入し、 マンションの相続評価額を路線価で申告した上告人の行為に対し、国税庁が実勢鑑定価格で評価して追徴課税したのは 租税負担の公平性から適法であり、上告を棄却する。」

○ 目次
  1. 判   決  主文 ・ 理由
  2. 判例解説
    1.裁判の背景   借入金による不動産取得等の相続税の負担回避行為・節税対策
    2.裁判の概要   主な事実関係 ・ 相続税回避目的が明白な事例として認定
    3.マンション節税の抑止策   国税庁が有識者会議を設置

     【前頁】「マンション投資と相続税」  〜 路線価を利用した相続税の負担回避対策経緯
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判  決

主文

    本件上告を棄却する。
    上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人増田英敏、上告復代理人大山勉、上告補佐人戸井敏夫の上告受理申立て理由について

 本件は、共同相続人である上告人らが、相続財産である不動産の一部について、 財産評価基本通達 (昭和39年4月25日付け直資56、直審(資)17国税庁長官通達。 以下「評価通達」という。) の定める方法により価額を評価して相続税の申告をしたところ、 札幌南税務署長から、 当該不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから別途実施した鑑定による評価額をもって評価すべきであるとして、 それぞれ更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)を受けたため、 被上告人を相手に、これらの取消しを求める事案である。

 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

 (1)

 相続税法22条は、同法第3章で特別の定めのあるものを除くほか、 相続等により取得した財産の価額は当該財産の取得の時における時価により、 当該財産の価額から控除すべき債務の金額はその時の現況による旨を規定する。

 (2)

 評価通達1(2) は、時価とは課税時期(相続等により財産を取得した日等) においてそれぞれの財産の現況に応じ不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、 その価額は評価通達の定めによって評価した価額による旨を定める。

他方、評価通達6は、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定める。

 (3)

 A(以下「被相続人」という。)は、平成24年6月17日に94歳で死亡し、 上告人らほか2名(以下「共同相続人ら」という。)がその財産を相続により取得した(以下、この相続を「本件相続」という。)。

 被相続人の相続財産には、第1審判決別表1記載の土地及び同別表2記載の建物(以下、併せて「本件甲不動産」という。) 並びに同別表3記載の土地及び建物(以下、併せて「本件乙不動産」といい、 本件甲不動産と併せて「本件各不動産」という。)が含まれていたところ、 これらについては、被相続人の遺言に従って、上告人らのうちの1名が取得した。
なお、同人は、平成25年3月7日付けで、本件乙不動産を代金5億1500万円で第三者に売却した。

 (4)

 本件各不動産が被相続人の相続財産に含まれるに至った経緯等は、次のとおりである。

  

被相続人は、平成21年1月30日付けで信託銀行から6億3000万円を借り入れた上、 同日付けで本件甲不動産を代金8億3700万円で購入した。

  

被相続人は、平成21年12月21日付けで共同相続人らのうちの1名から4700万円を借り入れ、 同月25日付けで信託銀行から3億7800万円を借り入れた上、 同日付けで本件乙不動産を代金5億5000万円で購入した。

  

被相続人及び上告人らは、上記ア及びイの本件各不動産の購入及びその購入資金の借入れ (以下、併せて「本件購入・借入れ」という。)を、被相続人及びその経営していた会社の事業承継の過程の一つと位置付けつつも、 本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、 かつ、これを期待して、あえて企画して実行したものである。

  

本件購入・借入れがなかったとすれば、本件相続に係る相続税の課税価格の合計額は6億円を超えるものであった。 本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の経緯は、次のとおりである。

 (5)

 本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の経緯は、次のとおりである。

  

上告人らは、本件相続につき、評価通達の定める方法により、 本件甲不動産の価額を合計2億0004万1474円、本件乙不動産の価額を合計1億3366万4767円と評価した上 (以下、これらの価額を併せて「本件各通達評価額」という。)、平成25年3月11日、札幌南税務署長に対し、 本件各通達評価額を記載した相続税の申告書を提出した。 上記申告書においては、課税価格の合計額は2826万1000円とされ、基礎控除の結果、相続税の総額は0円とされていた。

  

国税庁長官は、札幌国税局長からの上申を受け、平成28年3月10日付けで、 同国税局長に対し、本件各不動産の価額につき、評価通達6により、評価通達の定める方法によらずに他の合理的な方法によって評価することとの指示をした。

  

札幌南税務署長は、上記指示により、平成28年4月27日付けで、上告人らに対し、 不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準により本件相続の開始時における本件各不動産の正常価格として算定した鑑定評価額に基づき、 本件甲不動産の価額が合計7億5400万円、本件乙不動産の価額が合計5億1900万円 (以下、これらの価額を併せて「本件各鑑定評価額」という。)であることを前提とする本件各更正処分 (本件相続に係る課税価格の合計額を8億8874万9000円、相続税の総額を2億4049万8600円とするもの)及び本件各賦課決定処分をした。

 原審は、上記事実関係等の下において、本件各不動産の価額については、 評価通達の定める方法により評価すると実質的な租税負担の公平を著しく害し不当な結果を招来すると認められるから、 他の合理的な方法によって評価することが許されると判断した上で、 本件各鑑定評価額は本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるからこれを基礎とする本件各更正処分は適法であり、 これを前提とする本件各賦課決定処分も適法であるとした。 所論は、原審の上記判断には相続税法22条等の法令の解釈適用を誤った違法があるというものである。

(1)

 相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、 ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。 そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、 上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、 これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。

そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、 当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、 同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。

 そうであるところ、本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、 本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、これが本件各通達評価額を上回るからといって、 相続税法22条に違反するものということはできない。

 (2)

他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、 同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。 そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、 課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、 課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、 たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、 合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。

もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、 評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、 合理的な理由があると認められるから、 当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。

  

これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、 このことをもって上記事情があるということはできない。

 もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、 これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、 基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。

そして、被相続人及び上告人らは、 本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、 かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、 租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。

そうすると、 本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、 又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、 実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。

  

したがって、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するということはできない。

 以上によれば、本件各更正処分において、 札幌南税務署長が本件相続に係る相続税の課税価格に算入される本件各不動産の価額を本件各鑑定評価額に基づき評価したことは、 適法というべきである。

所論の点に関する原審の判断は、以上の趣旨をいうものとして是認することができる。
論旨は採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


    最高裁判所第三小法廷
      裁判長裁判官   長嶺 安政 
          裁判官   戸倉 三郎
          裁判官   宇賀 克也
          裁判官   林   道晴
          裁判官   渡邊 惠理子


2.判例解説 (マンションNPO)

1.裁判の背景 :借入金による不動産取得等の相続税の負担回避行為・節税対策

@ 相続税算定では法定相続人のそれぞれの相続分に対して基礎控除されるから、相続人が多いと節税になる。
   そのために被相続人は二男の長男である孫と養子縁組を行い法定相続人を増やした。
A 資産を不動産に換え、その不動産を実勢価格ではなく路線価で評価すると、実質、資産評価を下げられる。
   そのため、借入金で都内のマンション2棟を購入し、資産を不動産に換えた。
相続人はこれらにより相続財産(内、自己資金3億3千2百万円)に対する相続税額を0円として申告した。

対して、国税庁は、不動産を実勢価格並みに鑑定再評価して相続税額2億4049万8600円+追徴課税合わせて3億円近くを課税した。 最高裁は、この国税当局の処分を適法なものとして一審、二審の判断を是認し、相続人側の上告を棄却、相続人側の敗訴が確定した。

最初の現金資産のまま申告しても基礎控除で2億円以上は相続人に残せる計算ですが、 路線価を利用した相続税の負担回避を狙った結果、その殆どを相続税と追徴加算税と 裁判弁護士費用で失う結果となりました。

2.裁判の概要

(1):主な事実関係
・平成20年(2008年)8月、被相続人(89歳)は孫(二男の長男)を養子縁組した。
               (相続税は相続人ごとに基礎控除があるから、税額控除を増やせる)
・平成21年(2009年)1月(90歳)、信託銀行借入により東京都内の甲マンションを約8億3,700万円で取得
・平成21年(2009年)12月(91歳)、信託銀行借入により東京都内の乙マンションを約5億5,000万円で取得
               (銀行の貸出稟議書の融資目的に相続対策と記載されていた。)
・平成24年(2012年)6月17日、被相続人(94歳)死亡により相続開始
   相続人はマンション評価額の算定基礎として路線価による評価額を合計3億3千万円とし、
   基礎控除後の相続税額を0円として申告した。
・平成25年(2013年)3月、乙マンションを約5億1,000万円で売却
・平成28年(2016年)4月、申告を受けた札幌南税務署はマンション評価額を合計12億7300万円として
   再評価し、追徴課税含め課税額約3億円をとする更正処分をした。
・平成28年(2016年)7月、更正処分等に不服があるとして審査請求
・平成29年(2017年)5月、国税不服審判所が相続人の審査請求を棄却
・平成29年(2017年)11月、相続税更正処分などの取り消しを求めて東京地裁に提訴
・令和元年(2019年)8月、東京地裁判決、相続人が敗訴
・令和2年(2020年)6月、東京高裁判決、相続人が敗訴
・令和4年(2022年)3月、最高裁弁論
・令和4年(2022年)4月19日、最高裁判決、相続人が敗訴

項  目 甲マンション乙マンション合計基礎控除後の相続税額
自己資金2億 700万円1億2500万円3億3200万円
借入れ額6億3000万円4億2500万円10億5500万円
取得価額8億3700万円5億5000万円13億8700万円
路線価2億円1億3000万円3億3000万円0円
不動産鑑定評価7億5400万円5億1900万円12億7300万円2億4049万8600円

※ 実勢価格(取得価格・売却価格・不動産鑑定価格)と路線価に約4倍の開きがあることに注意して下さい。

(2):相続税回避目的が明白な事例として認定
 被相続人の亡くなるわずか4年前の全取引、及び、相続税の除斥期間である5年以内に不動産を売却したことのすべてで相続税の負担回避が目的だった事が認定され、 財産評価基本通達6項の「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の評価は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」に該当した。

3.マンション節税の抑止策・国税庁が有識者会議を設置

国税庁は、本裁判の後、マンション相続税の見直しに向けて令和5年1月に有識者会議を設置しました。
下記は、令和5年6月1日開催の国税庁・「マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議(第2回)」 の資料に掲載された本裁判の説明図です。

乖離率 約3.8倍(A / @)
乖離額 約9.4億(Aー @)

国税庁 令和5年6月2日報道発表
「マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議について」

相続税等(相続税・贈与税)における財産の価額は、相続税法第22条の規定により、 「財産の取得の時における時価による」こととされており、これを受け、 国税庁では財産評価基本通達に各種財産の具体的な評価方法を定めています。

財産評価基本通達に定める評価方法については、相続税法の時価主義の下、 より適正なものとなるよう見直しを行っているところですが、こうした中で、 マンションの「相続税評価額」については、 「時価(市場売買価格)」との大きな乖離が生じているケースも確認されています。

また、令和5年度与党税制改正大綱(令和4年12月16日決定)に、 「相続税におけるマンションの評価方法については、相続税法の時価主義の下、 市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する。」旨が記載されました。

そこで、マンションの相続税評価について、 市場価格との乖離の実態を踏まえた上で適正化を検討するため、本年1月に有識者会議を設置し、 この度、第2回有識者会議を開催しました。
開催日 令和5年(2023年)6月1日(木)

この有識者会議の詳細は 【次頁】(3)マンション節税の抑止策(国税庁・有識者会議報告書の解説)  参照

(2022年6月18日初版掲載・随時更新)
(Initial Publication - 18 Jun 2022/ Revised Publication -time to time)