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コンドミニアム裁判所 判決  No. 2020 ONCAT 36

判例7. 理事の資格喪失をめぐって

カナダ・オンタリオ州コンドミニアム裁判所(Condominium Authority Tribunal (the CAT) )の判例をシリーズでご紹介しています。 本事件は理事の資格に関する裁判です。

コンドミニアムを巡る日本とカナダの法制度についての解説を交えてご紹介しています。

「判例7. 理事の資格喪失をめぐって」 目 次
裁判の概要  裁定理由   A. 序文   B. 争点の分析   C. 結論   判決主文  訳注

裁判の概要

 オンタリオ州のコンドミニアム法(1998)では、 理事は選任後6ケ月以内に法定の理事トレーニングプログラムを受講しなければ、理事資格を失う。
 カナダの登録法令との比較 ー 「理事トレーニングプログラムの受講義務」 参照

4名の理事中2名が期限内未受講で理事の資格を喪失している、そのため理事会は定足数を満たしていないとして、 住民が理事会資格の停止を訴えた裁判です。(理事会の義務違反事件)

1.裁判制度 ー 日本では非訟事件・非公開 / カナダ・オンタリオ州では公開裁判
 日本では理事会(実際に罰を受けるのは代表者としての理事長)の義務違反は秩序罰としての過料で、 過料事件の手続きは裁判所の職権探知主義(非訟事件手続法第11条)・非公開(同法第13条)により、 公には公開されず、罰を受ける本人以外に知らされることはありません。

カナダ・オンタリオ州ではこれらは通常の裁判と同じく、弁論主義による公開裁判で行われます。

2.裁判情報の開示 ー 遅く、質的非開示の日本 / 生の情報を迅速に公開するカナダ
 日本では裁判記録のデジタル化も情報公開も遅れていて、
 裁判所(法務局)のウエブ上の「判例検索」で検索できるものは限られています。
(1)判例を有償で提供する民間サービス会社があります。有償利用契約が必要です。
(2)民事裁判の原告・被告名は原則、匿名化され、実名がでることはありません。

カナダでは、
(1)Canadaの全裁判所の判決文は判決後速やかにWebから誰でも無料で入手できます。
  (2020年10月8日の本判決全文を2020年11月5日に日本語解説で当Hpに掲載できる理由)
(2)「カナダの権利と自由の憲章」に組み込まれた公開裁判所の原則に従って、 裁判記録に現れる個人の名前は匿名化しません。一部の特例(注1)を除き、 当事者、代表者、または証人として登場するすべての個人の名前を公開しています。
(注1) 裁判官は判決へのアクセスまたは公衆への公開を制限する命令を発することができます。

コンドミニアム裁判所 判決

法の適用条項 コンドミニアム法(1998)1.44項
裁判官:  メアリー・アン・スペンサー (Mary Ann Spencer)
原告:   シェリー・ラベリス(Shelley Ravells) 代理人弁護士 なし(本人訴訟)
被告:   メトロポリタン・トロント・コンドミニアム管理組合
       (Metropolitan Tronto Condominium Corporation)
       代理人弁護士 ビクター・イー (Victor Yee)
判決:   2020年10月8日

MOTION DECISION 裁定理由

A. INTRODUCTION 序文

[1] 原告シェリー・ラベリスは、被告・メトロポリタン・トロント・コンドミニアム管理組合に対し、 同理事会は定足数を満たしておらず、従って理事会の資格がないことの裁定を求めて、 当裁判所実務規則の第3段階における直接の裁定に持ち込んだものである。

当裁判所はこれを受理し、当事者双方から事情を聞くことにした。

[2] 原告は被告理事会メンバーがコンドミニアム法1998に規定されている 「理事に課せられた必須トレーニングの受講義務」を法定期限内に履行しておらず、 従って理事の資格を喪失している事は明白であり、 その結果、理事会の定足数を満たしていないこと、及び、 附帯の訴えとして、被告の理事選任手続きに関して公募期間の情報公開に不正があることを主張した。

[3] 被告の代理人弁護士 ビクター・イーは次の通り主張する。
当裁判所は法における管理組合理事の義務に関する規定及び管理規約に関しての裁判権は有していない。 原告の目的は理事会に対する嫌がらせを狙って地方裁判所への提訴を企て、 管理組合規約、理事会の定足数及びその他の理事会運営に対する事案をこのような方法で当裁判所に持ち込んだものである。

被告理事会は下記の主張をするために被告側弁護士が所属するエリア法律事務所に弁護の委任をしたものである。
「コンドミニアム法37(2)項の理事又は職員の選任、指名、権限の付与に関する規定には、 多くの欠陥がある。それらに照らしても被告理事会は合法的なものである」(申述書後段意見)

B. ANALYSIS 争点の分析

[4] 法の27(1)は、理事は組合運営業務を管理すると定め、 27(2)は、理事の最小人数を3名と定め、定足数を満たした理事会の合議制以外の運営を禁じている。
一般に定足数は理事会の多数決要件である。被告理事会のケースでは法の定足数に適合している。

[5] 法55条に関連するコンドミニアム法施行規則(179/17)の136(1)及び(2)の本裁判所の裁判権についての規定は、 管理組合が作成する記録文書に関する紛争の規定である。

本裁判所(トリビュナル)の手続きは法定権力手続法(Statutory powers prosedure Act)とトリビュナル実務規則 (Tribunal's Rules of Practice)によって規定されている。 実務規則7.2によると、全ての当事者は事件に積極的に参加し、十分な情報開示と説明を行わなければならないと規定し、 裁判所は事件を解決又は当事者間の合意が成立するための権限(Authority)を有していることを定めている。
原告が附帯意見で問題提起した被告理事会が成立する以前の手続きに関しては、本裁判所は裁判権を有しない。

[6] 原告の申述によれば法29条(2)(e)の規定により、 法定期間内の理事トレーニングを完全に履行していない理事会メンバーは法11.7項の規定により、 理事資格を喪失している。

コンドミニアム法では、理事に選任、 又は指名をうけてから6ケ月以内に理事トレーニングプログラム受講の完全履行を義務付けている。

[7] 原告が訴えの根拠としているのは、2020年9月16日に、 メーガン・モーロイが本裁判所のODRシステム(※ 訳注(1)参照)に事前の代理人に関して提出した、 被告理事会メンバーのトレーニング状態に関する文書である。

この文書は理事会メンバーのトレーニング状態に関する文書がODRシステムによってコンドミニアム庁(CAO)のウエブに 2020年7月17日に掲載された。

[8] 被告の代理人弁護士は、原告が提示した文書及び主張の根拠については異議を申立てていない。 コンドミニアム庁(CAO)の公的記録によれば、被告理事会には現在4名が登録されている。 原告が提示したこの文書を見る限り、1名の理事の任期は2020年8月から始まっており、 このメンバーの理事トレーニング受講の期限は2021年2月まで有効である。

他のメンバーの1名はこの理事トレーニング受講が法的強制力を有する以前から就任しており、 この者が再任された場合に、再任以後の6ケ月以内のトレーニング受講は義務化されるが、 それ以前に関してはトレーニング受講義務は課されない。

残り2名の理事に関しては、2018年7月及び2019年6月に就任しており、 選任又は指名されてから6ケ月以内の法定トレーニング受講義務を果たしていない。

この2名の理事はコンドミニアム法29(2)項及び11(7)項に規定する法定期間内のトレーニング受講義務を完全履修せず、 理事の資格を喪失し、その結果、被告理事会は法で定める最低3名の定足数を満たしていない。

[9] 被告の弁護士イーは、コンドミニアム法31(2)項の規定に従って、後継者が選任されるまでは、 現在の理事が業務を継続できることを主張した。

法の29(2)項は理事トレーニング義務を完全履行していない者に対する個別の理事資格の即時停止を明白に規定している。
当法廷の裁判官は法の31(2)項が法29(2)項に優先して採用されるなら、後継者が選任されるまでは、 現状の理事が数か月、若しくは数年も継続できることになり、 受講の法定義務の無効化を図ることが理論的には可能となる事を指摘しておく。

コンドミニアム庁(CAO)はウエブサイト上でこのことについての見解を表明している。

  もしも、理事トレーニング義務が法定化された2017年11月i日以降に後継の理事として
  選任若しくは指名、又は再指名された者が、選任、指名、再指名の日から6ケ月以内
  に受講義務を完全に履行できなかった場合、コンドミニアム法29(2)項及び11(1)(4)項
  に従い、その者は即日、自動的に理事の資格を喪失する。
  この事によって、その者は
   ・理事として理事会に出席することはできない。
   ・理事としての定足数にはカウントされない。
   ・理事会議事の投票には参加できない。
   ・法(38)項に定める理事としての活動における費用の支払を受ける権利を有しない。

[10] 被告の弁護士イーはまた、理事が法定期日内にトレーニング受講義務を完全に履行しなかったことを原因として、 理事が退任した場合、理事会の定足数はその者の分だけ減じることができると主張する。

当法廷の裁判官は、理事が資格喪失した場合、その者が引き続き選任、又は指名されることができるかどうかについては、 法は定めていないこと、さらに、本件において、原告が提示した証拠の文書が示すように、 被告理事会は定足数を満たしていないので、そもそも理事の再任議案も成立していないことを指摘する。

[11]  被告の弁護士イーは、エリア法律事務所が管理組合から受け取った委任状によれば、 被告理事会は定足数を十分に満たしており (例えば、当理事会は最小人員3名以上5名以内の理事をもって理事会を構成するとの記述がある)、 管理組合は、当法律事務所に対して本裁判所への手続き代行を委任したことを申述した。

彼はまた、「コンドミニアム法37(2)項の理事又は職員の選任、指名、権限の付与に関する規定には、 多くの欠陥がある。被告理事会は合法的なものである」と申述書の後段に意見として述べた。

[12] 当法廷の裁判官は被告理事会の構成に関する報告書が本裁判所への手続きの過程で変化したことに注目する。 原告の指摘に対する被告の申述書が示しているとおり、以前に5名だった理事会メンバーのうちの2名は 理事としてのコンドミニアム庁への届出が長い間、為されていない。
裁判官は、法定期日内のトレーニング受講義務規定に適合しているのは、 理事のうちのたった一人のみであることに注目する。

 

[13] 被告の弁護士イーは彼の事務所が被告理事会から代理人を委任された日時を明らかにしなかった。 従って裁判官はその委任の際に、被告理事会が定足数を満たしていたのかどうかを判断することができない。

C. CONCLUSION 結論

[14] 当法廷の裁判官は被告理事会及び被告代理人の主張を受け入れることができない。
もし、理事会それ自身が合法的でないならば、少なくとも代理人の選任も合法的ではないことになる。 被告が当裁判書の裁定審査に提示した現在及び過去の理事会の構成に関する文書は不確かなものである。

よって、当法廷は被告に下記を命ずる。
被告は当裁判所に対し本判決日より2週間後の2020年10月22日までに、
被告理事会が法の規定に則った正当な理事で構成されていること
被告理事会が本件の対応のためにエラ法律事務所に代理人を委任した際の、
理事会の定足数が法の規定に基づいた正当なものであること
を示す確証のある文書を提出すること。

もしも、被告から指定期日の延期申請があったときは当法廷の裁判官は特別に期限の延長を考慮する。 また、被告から指定期日までに文書の提出がなかったときは、当法廷は被告の参加を除外した上で、 第3段階の裁定を行うこととする。

ORDER 主文

[15] 当法廷は下記を命ずる。
 1.被告は2020年10月22日までに、遅滞なく、当裁判所に対し、
   (a)被告理事会が法の規定に則った正当な理事で構成されていること
   (b)被告理事会が本件の代理人を委任した際の理事会の定足数の根拠の正当性
    を示す確証のある文書を提出すること。
 2.事件番号 2020-007R の判決は上記文書の提出まで延期とする。

 裁判官:  メアリー・アン・スペンサー (Mary Ann Spencer)
 判決日:  2020年10月8日

訳注:

 (1) ODRシステム

CAT(Condominium Authority Tribunal)のODR (CAT-ODR)= (CAT's online dispute resolution system)(オンライン紛争解決制度)の詳細は、
  判例1.代理人委任状の監査請求ー[訳注] オンライン紛争解決制度のしくみ
   及び コンドミニアム裁判所・実務規則 ー [訳注] 参照

 (2) 本判決の要点

本判決では代理人の選任手続きの正当性に関し、理事が資格を喪失し、 理事会の議決要件である定足数を満たしていないのだから、 理事会には本裁判の訴えの代理人を委任する資格がない。 従って、被告の弁護士は本裁判の代理人になる資格もない。
確証があるのなら、それを提出しなさいという判決になっています。

法律の専門家である代理人弁護士に対して、それなりの敬意を示し、猶予を与えた上で、
「結論はどうなるか分かってますね」と凄さを感じさせる判決です。

彼女が担当した別の裁判でも、淡々と緻密な法理の積み重ねで審理を進めながら、最後の最後に、 (原告、被告の別なく)共感がもてない相手をバサッと切り捨ててそ知らぬ顔で立ち去っていく、 (黒澤明監督の「用心棒」のラストシーンみたいな)ところが見えてきます。
 (詳しくは、彼女が担当した2つの裁判の訳注(あとがき)を参照してください。)
 ○判例1 代理人委任状の監査請求    ○判例3. 訴訟費用の監査請求 (注50)

  CATの裁判官はいずれも個性豊かで、判決の中から彼(彼女)らの個性を読み解くのも
  楽しみのひとつです。
  (全裁判官の名誉のために言っておくが、法に基づいた判断はいずれも的確です。)
 ○判例6. 不誠実な管理業者(2) のあとがきで、各裁判官の個性を比較しています。

 (3) 訴訟の非訴化と限界

日本の区分所有法における「理事の義務違反」は非訟事件(過料事件)として処理されます。

訴訟は、公開・対審・判決という当事者権が保障された手続き構造によるため、 時間と費用がかかるのに対し、非訟事件(過料)として扱う場合は非公開・審問・決定という手続き構造の下で 裁判所の裁量によって簡易・迅速化が進められる。それが、非訟事件(過料)として扱う根拠です。

一方で、本来の訴訟でおこなうべき権利義務の存否まで安易に非訟事件で扱うと、 当事者権と裁判の公開性・透明性が失われる。本事例はこの権利義務の存否に関する裁判です。

日本の「時間と費用がかかるから、非訟事件として過料を課す」という言訳は、 カナダのODRシステムによる裁判では根拠がなくなり、当事者主義(adversary system)と裁判の公開性・透明性 (in the interests of openness or transparency)も保障され、迅速かつ低費用で処理されます。

わが国の区分所有法の罰則規定は、古い司法制度がそのまま残されています。

本シリーズ「判例比較論:紛争の解決に向けて」−「3.紛争の解決手段」− 
 「訴訟の非訴化と限界」  で二つの法制度の比較をしています。ご参考まで。

 (4) CATの裁判権(事物管轄)に関する争点の背景

判決文の[3]で被告代理人弁護士が 「CATは管理組合理事の義務に関する裁判権は有していない」と主張した根拠について触れておきます。

2015年12月3日「修正コンドミニアム法1998」が施行(Royal Assent)され、法の規定により、 2017年11月1日、コンド紛争専門のコンドミニアム裁判所 (the Condominium Authority Tribunal 略称CAT)が発足し、 2018年7月19日CATの第1号判決が出ました。
(第1号判決を担当したのはメアリー・アン・スペンサー裁判官)

CATは、最終的にはすべてのコンド紛争を扱うことを目的としながらも、 発足時の最初の活動目的を「管理組合の情報開示に関する紛争解決」に限定しました。

本事件の被告代理人弁護士が主張した根拠は、この発足時の活動目的を述べたもので、 本事件は権利義務の存否に関する事件であり、 管理組合の情報開示に関する事件ではない、従ってCATには本事件の裁判権はないという主張です。

裁判官は [5] の争点の分析で、本事件は「管理組合が作成する記録文書に関する事件」であり、 コンドミニアム法施行規則(179/17)(=コンドミニアム裁判所(CAT) の設立任命規定) の事物管轄の規定から逸脱していないとの判断を示した上で、 判決で、「確証ある記録文書の提出」を命じました。一貫した論理です。

一方で原告が附帯意見で問題提起した被告理事会が成立する以前の手続きに関しては、 CATは裁判権を有しない(本裁判では取り上げない)ことを宣言しています。

裁判に不慣れな一般市民が紛争解決を目的とする訴えの請求事項を、 法の適用条文を踏まえて、的確に纏めることはかなり難しい。 そのため、オンライン紛争解決システム(CAT-ODR)のプロセスでは訴える前に Filing a case(提訴前本人相談)と、Joining a case(提訴前当事者協議) の2段階の非訴手続きが準備されており、提訴を受理した後も、3. Negotiation(和解) ⇒4. Mediation(調停)⇒を経て 5. Tribunal Decision(判決)の3段階のステップがある。
本事件では、それらを省いていきなり最終段階である判決法廷に「違反事実の通知」という形で持ち込まれた。

 にもかかわらず、裁判官は手続的・形式的要件にこだわらずに訴えを受け入れ、争点を整理し、 熟練したファッシリテーター(skilled facilitator)のように、 最終的には訴えの目的にかなった解決に(向かわせるように)導いています。

ファシリテーション(facilitation)は、自分で正解を導く手助けをする、正しい方法を見つけるための支援をする手法で、 権威ではなくパートナーシップ(partnership=共にあり、援助的)で接します。

裁判所はそのための権限(Authority)を有している。(RULES OF PRACTICE)
(コンドミニアム裁判所 実務規則)

2020.11.5 掲載