「管理組合の運営」 目次 > 「個人情報保護法と管理組合」 目次   > 1. 個人情報保護法と管理組合 > 【次頁】 2. 個人情報保護法改正概要

1. 個人情報保護法と管理組合

1. 個人情報保護法をめぐる対立

 平成27年改正個人情報保護法の成立によって、平成29年5月30日以降、 管理組合は個人情報保護法の適用を受ける個人情報取扱事業者となりました。

個人情報保護法は2003年に成立し、2005年4月に完全施行された後、その10年後の2015年(平成27年)9月、 改正個人情報保護法が成立し、その後、平成28年12月20日の閣議決定により、 改正個人情報保護法の全面施行日は平成29年5月30日となりました。
また、オプトアウトによる第三者提供(法第23条第2項)に関する個人情報保護委員会への届出は、 平成29年3月1日からとなりました。

 個人情報保護法には「個人情報の流通・利用」と「個人情報の保護」の二つの価値観が共存しています。 従ってこの法には、情報化社会とグローバル経済のもとで個人情報の利用拡大をめざす産業側と、 過剰反応という批判を受けながら基本的人権としての自己決定権、 プライバシー権(※1)を守ろうとする市民・消費者側の対立があります。 両者の対立の間には、自己に有利な方向に支点をずらして、社会秩序を確立しようとする力学が作用しています。

秤(はかり)は支点の位置をすらすことで、重さの異なる二つの物体の平衡をとることができます。 支点の位置を見えなくすると、本来平衡していないものをあたかもバランスがとれた社会秩序に見せることができます。

 改正法の審議会でこの二つの価値観の間で徹底した議論が行われたのではなく、 平行線のまま問題を棚上げして改正法施行後に発足する個人情報委員会で決定される政令や委員会規則に委任する形で先送りしました。

 管理組合は、個人情報の利用によって経済的利益を得る立場でもないし、 建物の維持管理に関する協同事業の仕組みの中で要求される組合員相互の最低限の個人情報の開示の必要性を否定する立場でもないので、 この二つの価値観の対立からは無縁でした。

 しかし平成27年改正個人情報保護法の成立によって、管理組合は個人情報保護法の適用を受ける個人情報取扱事業者となり、 この法律が抱える問題点に向き合わざるを得なくなりました。

 個人情報の扱いについて、管理組合の中に個人情報保護法をめぐる価値観の対立と混乱を持ち込まずに、 「市民の視点からの公正な社会」を実現するために、 個人情報によって特定される個人が自らの個人情報の取り扱いに不安を感じる状況をなくすこと、それが本稿の目的です。

(※1)プライバシー権に関する閣議決定
個人情報保護法第3条は、個人情報が個人の人格と密接な関連を有するものであり、 個人が「個人として尊重される」ことを定めた憲法第13条の下、慎重に取り扱われるべきことを示すとともに、 個人情報を取り扱うものは、その目的や態様を問わず、このような個人情報の性格と重要性を十分認識し、 その適正な取り扱いを図らねばならないとの基本理念を示している。 「個人情報の保護に関する基本方針の一部変更(平成28年2月19日閣議決定)」より。

2. 滞納者の氏名公表はプライバシー侵害にあたるか

 従来から、滞納者の氏名を公表することは、 当該区分所有者のプライバシー侵害や名誉毀損に該当するかどうかの争いがありました。

プライバシー権の範囲は時代と共に拡大してきていますが、基本的には、 「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」と解されています。(解説)1 プライバシー権の定義

 管理費等の滞納は他者に知られたくない私生活上の事実に該当しますので、慎重な取り扱いが必要です。 滞納が事実であっても、滞納者の氏名の公表の仕方によっては、プライバシー侵害として違法になり、 損害賠償義務を負う場合があります。

名誉毀損訴訟の場合は、公開された内容が真実であるか、 公開することに公共性があるかなどが違法性の阻却事由とされていますが、 プライバシーの場合は公開された内容が事実であり、公共性があることが証明されても、 それだけでは違法性阻却事由にはなりません。

名誉毀損訴訟においては、被告の側で違法性阻却事由を立証しなければならないこととされていることから、 被告は公表した内容の真実性や、事実と信じたことについての相当性の立証を要求される結果、 この被告の過重な負担に付け込み、批判の言論に対する萎縮効果を狙って、 経済力や権力を持った社会的強者からそれらを持たない弱者の側に対する運動弾圧や言論抑制を目的として、 巨額の損害賠償額を請求する「嫌がらせ訴訟・恫喝訴訟・スラップ訴訟(*1)」が濫発されています。 (解説)2 スラップ訴訟とは?(解説)3 名誉毀損の判断基準

民事訴訟の被告は対応を間違うと、そのまま公権力の執行まで甘受せざるを得ないリスクを負うことになります。

プライバシー侵害の場合は、更に注意すべき点があります。 滞納者の氏名公表に関してプライバシー侵害にあたらないとされるためには、 単なる私的事実ではなく公共の利害に関する事実であること及び表現内容や公開手段・方法が不当なものでないことが必要です。

滞納者の氏名公表に係る裁判では、 滞納者の個性等に起因した嫌がらせや他の区分所有者に対する見せしめなどの不当性の有無を争点として、 公表の動機、目的、公表に至るまでの経緯と手続きの正当性等、その内容や状況に照らして判断されてきました。

手続きの正当性とは、例えば管理組合の最高意思決定機関である管理組合総会で、 滞納者の氏名を公表することを決議したとしても、 管理規約で公表基準や公表方法を示していなければ、決議無効の訴えが提起された場合、 その総会議決は無効とされてきました。

実際の滞納に関する訴訟では、本来争点となるべき滞納の態様(支払意志と支払能力、 督促交渉経過等)よりも、組合側の手続きの正当性の釈明に多くの時間と労力が割かれてきました。

なぜなら、規約に定める場合には、すべての区分所有者が同様の義務を負うことになるのに対し、 集会決議では滞納者の個性等に起因して、恣意的(しいてき=その場の雰囲気で、気まぐれで)、 偏頗的(へんぱてき=かたよって不公平な)集会決議がされるおそれも否定できないなど、 区分所有者間の衡平の観点から特定事案に対する個別的な授権に関する集会決議の効力は限定されているからです。
(解説)  規約で定めることと集会決議はどう違うのか?

3. 未収金内訳明細を公表しない理由

管理費等の滞納額は管理組合決算報告書の財務諸表において、 貸借対照表及び財産目録のそれぞれの[資産の部]に[未収金]として計上されます。

決算報告書財務諸表の中で「財産目録付属明細表」は、貸借対照表の各科目ごとについて、その詳細を説明する付属明細表を合わせて作成し、 特に、各金融機関別の預金高、各戸別の前受金、未収金の状況を説明するのに作成されます。 「財産目録」

上記の参考例では、部屋番号、滞納月数、滞納額が記載されていますが、このような場合でも、 個人情報保護法に躊躇して個人を特定できないように配慮を加えたが最後、それが前例と慣習になり、元に戻すのは容易ではありません。

現在、多くの管理組合では未収金総額だけが一行で記載され、部屋番号ごとの滞納額を示す未収金内訳明細は記載されない傾向にあります。 内訳明細を示した場合でも、滞納者個人が特定できないよう、A,Bなどの記号で表示している組合もあります。

同じ[資産の部]にある[預金]の科目では、ペイオフ対策で多くの金融機関ごとの残高がそれぞれ内訳列記され、 付表として各金融機関ごとの残高証明書が添付されているのと対照的ですね。

「正しい情報開示を行い、透明性を確保し、説明責任を果たす」という会計の基本原則からすれば 戸別の内訳明細を示さないのは説明責任を果たしたとは言えず、財務諸表としては適正ではありません。

個人情報保護法は2003年成立以来、元々払う意思のない確信的滞納者に氏名公表に対する異議申立ての口実を与えてきた負の側面があります。

これは個人情報保護上、適切な対応なのでしょうか、それとも過剰反応なのでしょうか。

訴訟事例
管理費等の滞納者の氏名公表基準を作成し、総会で可決承認した上で、 滞納者に対し払わなければ氏名公表をせざるを得ないとの事前告知を行い、 その後、支払いも支払計画書の提出もなかったため、 翌年の通常総会議案書で管理費滞納者の氏名と滞納額を公表した管理組合に対し、 滞納を公表された組合員が「プライバシーを侵害する違法行為により、 身体的、精神的苦痛を受けた。金100万円の損害賠償を支払え」とする訴訟を起こした裁判の判決では、 「本件氏名公表行為は、被告らの違法な目的の下に行われたものであるとの原告の主張はいずれも採用できず、 その公表に至る経緯、目的、公表内容、公表方法及び公表までに取られた手続き等に照らすと、 長期にわたる管理費滞納組合員に対し、その納入を促す正当な管理行為としての範囲を著しく逸脱したものとはいえず、 不法行為を構成するものとはいえないと解するのが相当である。」と認定・判断しました。(大阪簡裁平成22年3月24日判、平成21年(ハ)第70818号事件)

管理組合は管理費等滞納者の氏名公表に至る経緯、目的、公表内容、公表方法及び公表までに取られた手続き等が、 正当なものであることの立証を求められることに注意してください。

個人情報保護と会計上の説明責任(=公共の利害に関する事実)のどちらが優先すべき事項かは法では規定されていないので、 結局のところ、管理組合の自治規範としての規約で定めて自衛せざるを得ないのですが、それでも十分とは断言できない多くの問題が残されています。

4. 管理会社が管理組合に組合員名簿を見せない理由

これも良く聞く話ですが、 管理会社にしてみれば旧個人情報保護法で曖昧な形で規制されていた個人情報の公開には慎重にならざるを得ません。 管理会社に対して、幾ら、建前上の「べき論」をいっても、法的根拠のない主張は説得力に欠けます。

区分所有法第48条の2では区分所有者名簿の備え置きの義務規定があり、 これを組合員名簿公開の法的根拠とする意見があります。

しかし、この区分所有法第48条の2の規定は、 団体清算時の債務弁済可能性の観点から規定されたもので、 その理由は管理組合法人の債務については、区分所有者全員が無限責任を負う(第53条)ので、 財産目録と区分所有者名簿に関する民法51条の規定を準用する旨、 平成18年改正まで区分所有法第47条7項で規定されていました。

その後、平成18年(2006年) 6月2日公布の法律第50号「一般法人整備法」によって民法第51条は削除され、 新たに区分所有法第48条の2で民法51条の規定がそのまま置かれた経緯があります。

平成18年の区分所有法改正では、同時に第56条の6項と7項が追加されました。
これは管理組合法人を解散し清算(残余財産を権利者に公平に分配) するときの裁判所が選任する清算人と検査役に関する規定です。
管理組合法人では任意清算は認められず、 区分所有法第56条の2により清算手続きは裁判所の監督のもとで法定清算手続きによらなければなりませんが、 非訴法改正に伴う手続きに関連して平成23年5月25日法律53号(施行:平成25年1月1日)で区分所有法も改正されています。

上記で説明したように区分所有法第48条の2は、 管理組合の債務に対する区分所有者の責任を明らかにする目的で置かれた規定であり、 組合員全員に開示しなければならない義務、 若しくは開示しても個人情報保護の責任から除外免責される等の規定ではありません。

平成27年改正個人情報保護法の成立によって、明文化された事項があります。
@ 管理組合も個人情報取扱事業者になった。
A 個人情報取扱事業者は情報の取扱いに関して個人データの安全管理が図られるよう委託先を監督する義務を負う(新22条)
B 委託先の管理会社は「情報提供を受ける第三者」には該当しない。(新23条第5項第1号)
   委託先の管理会社への名簿提供は本人の同意を必要としない。
C 組合員本人には当該本人の保有個人データの開示請求権があり、本人から請求があれば管理組合は遅滞なく、 当該保有個人データを開示しなければならない。(新28条)など。

改正個人情報保護法では、管理組合は自らの管理業務のために区分所有者及び居住者の名簿を作成し、 それを管理会社との委託契約の際に、 個人情報管理委託契約を締結した上で、名簿受渡し記録を作成して名簿を渡し、 場合によっては管理会社が会計業務を再委託している先まで立入って名簿の管理状況を監督しなければならない責務を負っています。

委託先の管理会社だけではなく、管理組合内部においても個人情報にアクセスできる権限をもつ者を限定し、 個人情報の保管・管理方法にも厳重なセキュリティが要求されます。

個人情報はみだりに公開してはいけない。 しかし、管理組合の業務を遂行する上で必要な個人情報は、管理組合の責任のもとに、本人の同意を得て収集し、 名簿作成、保管、利用に関しての規則に則り、適正に管理されなければならない。 これが個人情報保護法の基本的な立法趣旨です。

予想される「御為ごかし」政策
「御為(おため)ごかし」とは、表面は相手の利益をはかるように見せ掛けて、実は自分の利益をはかることをいいます。 住民の高齢化に伴って役員のなり手がいないため、管理不十分の組合がでてくるとして、 国交省は区分所有者以外の第三者を管理者とする管理者管理制度を、 その必要のない一般のファミリータイプのマンションにも管理方法の選択肢の一つとして正式に認知させるため、 標準管理規約を平成28年度に改正しました。 「高齢社会の到来を奇貨として組合民主主義を否定すべきではない」という意見は無視されました。 奇貨というのは珍しい品物のことで、 「珍しいから今買って蓄えておくべきだ」から転じて「機会を逃してはいけない」という意味で使われます。

管理組合が個人情報取扱事業者になったことを奇貨と捉える動きが国や管理業界から出てくることを私達は警戒しなければなりません。

管理組合が個人情報取扱事業者になったことによる現実の問題と対策は、次章以下で説明していきます。

(注)上記の「新○条」というのは完全施行版における条文を示しています。

5. 米国の事例

1. カンザス州の事例

プライバシー法があって個人情報の侵害に厳しい米国の管理組合の訴訟事例の中で、 「管理組合が滞納者(delinquent owners)の氏名を公表することは地雷を埋め込むようなものだ (this disclosure can create a landmine.)」 と弁護士(attorneys who represent community association clients )はいいます。

カンザス州では、コンドミニアムの滞納者の住所(部屋番号) と氏名を公表することを規定した「コンドミニアム共有債権法」があります。 ( Kansas state law requires a condominium association to disclose the names and addresses of delinquent owners. based upon the Kansas Uniform Common Interest Owners Bill of Rights Act, which became effective in 2011.)

それでもなお、氏名公表の具体的な方法で争われることがある。そういう社会背景のもとでの地雷発言です。 次のフロリダ州の事例でも同じことが言われています。

2. フロリダ州の事例

Q: フロリダ州にある私達の管理組合では、管理費と修繕積立金を3ケ月以上滞納している者がいるため、 会計規則により強制的に貸倒引当金(bad debt reserve)を計上させられました。 すると数名の区分所有者から滞納者の氏名と滞納額を公表するよう要求を受けました。 区分所有者にはこのような要求をする権利があるのですか? または滞納者はプライバシー法で保護されていますか?

A: 管理組合はコンドミニアム法の定めに従い、 管理費等の入金履歴や滞納状況を区分所有者ごとの元帳に分別して記帳し、 区分所有者から書面による監査請求を受けた場合には、その元帳を閲覧させなければなりません。 区分所有者には会計帳簿の閲覧請求権が与えられています。

しかしながら、フロリダ消費者徴収施行規則(Florida Consumer Collections Practice Act,)では、 督促リスト(dunning lists)の公表を禁止しています。その上、滞納者の氏名公表は、 公の場でその者を困惑させる行為(public embarrasment)として、管理組合が訴えられる可能性があります。 従って、理事会が滞納者の氏名を公表したり、滞納者に関する会計帳簿を閲覧させることは薦められません。 (回答者はフロリダ州弁護士)

6. 公序良俗の倫理と協同の倫理

1. 私生活若しくは業務の平穏を害する言動の禁止

日本でも、「債権管理回収業に関する特別措置法(平成10年10月16日法律第126号・最終改正:平成26年6月27日法律第91号)」では、 業務従事者が行う督促業務の禁止事項を具体的に定めています。

第17条第1項「債権回収会社の業務に従事する者は、その業務を行うに当たり、 人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により、その者を困惑させてはならない。」

第34条第1項第3号「第17条第1項の規定に違反した者は一年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、 又はこれを併科する。」

禁止事項の「私生活若しくは業務の平穏を害する言動」とは、 社会通念上私生活や業務の平穏を害するに足りる言動をなすことをいいます。例えば, 「いかなる手段であるかを問わず、 債務者等の借入に関する事実その他プライバシーに関する事項等をあからさまにすること」 は禁止されています。

2. 信用情報の漏洩の禁止

また、貸金業法(昭和58年5月13日法律第32号・最終改正:平成26年6月13日法律第69号)は、 貸金業者が個人へ貸し付ける場合には、 第13条第1項〜第4項の規定により指定信用情報機関の信用情報を利用した返済能力調査が義務付けられました。 同時に業者が個人相手にローンを組んだ際の貸付けの残高情報などを指定信用情報機関に提供することが義務付けられており、 指定信用情報機関では個人の全信用情報を名寄せして把握しています。

指定信用情報機関とは、定められた一定の要件を満たし、 貸金業法における信用情報提供等業務を行う者として内閣総理大臣の指定を受けた信用情報機関のことをいいます。 この指定信用情報機関による信用情報の漏洩(第41条第16項違反)は処罰されます。 (2年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又は併科・第47条第5項)

信用情報とは、クレジットやローンなどの信用取引に関する契約内容や、 返済・支払状況・利用残高などの客観的取引事実を表す情報です。
 
近年、クレジットカードを利用して買い物をしたり、 ローンを利用して自動車を購入するなど現金を使わずに支払をすることが増えてきています。 このように現金を使わずに「個人の信用(期日までにお金を支払うという約束)」にもとづく取引を「信用取引」といいます。
そして「個人の信用」を客観的に表した情報が「信用情報」です。 

信用情報には、クレジットやローンなどを利用した際の契約内容や、 返済・支払状況(期日通りに返済・支払したかなどの利用実績)、利用残高などに関する情報が記録されており、 新たにクレジットやローンなどの利用を希望する際に、 クレジット会社やローン会社などが個人の「信用力」を判断するための参考情報として確認しています。
信用情報は、個人の「信用力」を表す唯一の情報であり、 「個人の信用」にもとづくサービスの提供を希望する際に大切な情報です。

※思想・信条・趣味などのセンシティブ(機微)な個人情報は、信用情報に含まれません。 

3. 管理組合に適用される公序良俗の倫理と共同の利益の倫理

管理組合は貸金業者や債権管理回収業者ではないので、直接的には適用されませんが、 保有する個人情報の扱いに関する限り、「法の適用に関する法律」第3条「公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、 法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、 法律と同一の効力を有する」と定められているように、 公序良俗に関する争いのない定説とも言うべき一般的な倫理規定には従わなければなりません。

一方、管理組合には、共同の利益の倫理があります。

管理組合は、区分所有者の自治的な協同組織であり、すべての区分所有者が共通の経済的、 社会的、文化的なニーズと願いを実現するために自主的に手をつなぎ、 建物・設備を共同で所有し、民主的な管理運営を行うもので、その権利と義務の行使に関する下記の事項
(1)保存行為(共有部分の保存行為など)
(2)管理行為(管理費・修繕積立金の出資、損害賠償請求行為など)
(3)規約関連(駐車場の専用使用権など)
のいずれにおいても構成組合員は共同の責任と義務を有し、 出資、利用、運営の三位一体原則に基づいた参加型ガバナンスのもとに運営されています。

個人情報保護法は、個人情報の収集、保管、管理、利用・公開に関して組織の内部制度を整えることを要求していますが、 管理組合内部の個人情報管理の仕組みにおいて、手続きの不備もなく、 外形上も実質的にも機能して保護されているという裏づけがあれば 共同の利益の倫理を主張することができるのかどうかは、この法律では保証していません。

個人情報保護法は保護と利用のバランスを取るためのものですが、 改正法は対立するそれらの問題に対する十分な議論を尽くした訳ではなく、多くの問題点が残されています。

7. 地雷を埋め込まれた管理組合

平成27年改正個人情報保護法によって、管理組合は個人情報保護法の適用を受ける個人情報取扱事業者になりましたが、 どのような方法であれば滞納に関連する氏名や部屋番号などの個人情報を公開できるのか等の、 利用に関する積極的な判断基準は示されてはいません。

むしろ、情報の入手・保管・利用・公開についての事業者としての遵守すべき義務が増えただけで、 滞納者の氏名公表に関する消極的(具体的な条件を示さない)、 謙抑的(問題を明らかにせず控えめに)、罰則を強めて抑制的な(抑圧して制止する)状況、 つまり、萎縮させる方向に向かう状況は基本的には変わっていません。

個人情報取扱事業者とされたことで、管理組合も個人情報の管理責任を法的に負う立場になり、 管理組合の責任を問う訴訟も増える可能性があります。 管理組合は区分所有者全体の利益を守るための基本方針(プライバシーポリシー)や個人情報取扱規定(個人情報保護管理規約)の作成が必要になってきました。 作成例を示します。「4. 基本方針と個人情報管理規約」

この個人情報取扱規定は自治規範としての規約として作成することになりますが、滞納者の氏名公表に見られるような、 個人情報保護との兼ね合いで問題となっていた従来からの問題を整理し、併せて対応を考えていく機会ではあるのですが、 個人情報保護法は頼りにならないどころか、下記の「8. 問題を先送りした個人情報保護法」で示したように問題の多い法律なので、厄介です。

日本の管理組合は個人情報保護法の平成27年改正によって、多くの問題が先送りされたまま、 適用対象事業者にされたという意味では、 (米国の事例よりもっと多くの)地雷を埋め込まれたといえるのかも知れません。

管理組合の目から見た個人情報保護法の平成27年改正の経緯と問題点、 及びそれらに対する管理組合としての具体的対応を次章以下で述べていきます。

8. 問題を先送りした個人情報保護法

(※1) 改正個人情報保護法は基本的な多くの問題を今後の政令や個人情報保護委員会規則に先送り(委任)しました。 立場や意見の異なる多くの専門家の間でも、議論が曖昧で不十分という評価は一致しています。その具体例を下記に挙げます。

下記は日本弁護士連合会(日弁連)の月刊誌「自由と正義」2015年9月号(Vol66 No9)の 「パーソナルデータの利活用と改正個人情報保護法」 特集記事の中にある二つの論文から個人情報の定義に関する基本的な問題に対する解説の一部をご紹介したものです。

なお、「運転免許証番号は個人情報に含まれるか?」という下記の質問は、 当方が二つの論文に共通するわかりやすいテーマを抜き出して、 論文中の該当する部分を対比する形で引用したもので、両論文とも、 このテーマで記述されているわけではないことをお断りしておきます。


○ 「運転免許証番号は個人情報に含まれるか?」


「含まれる」 消費者庁消費者制度課個人情報保護推進室政策企画専門官の論文より引用

『「個人識別符号」とは、@身体的特徴をデータ化した符号であり、当該特定の個人を識別することができるもの、 又は、Aサービスの利用又は商品の購入に関し割り当てられ、又は個人に発行されるカード等に記載され、 若しくはデータとして記録された符号等であって、特定の個人を識別することができるもののうち、政令で定めるものをいう。

@の具体例としては顔認識データ等、Aの具体例としては運転免許証番号等が挙げられる。 個人識別符号に関する規定により、 運転免許証番号等が単体で個人情報として個人情報保護法の適用対象であることが明確化される。(同誌P13)』


「含まれない」 大阪弁護士会会員・国立情報学研究所客員教授の論文より引用

『今回の検討過程では、「特定個人を識別しないが、 その取り扱いによって本人に権利利益侵害がもたらされる可能性が高いもの」を、 個人情報とは別に、「(仮称)準個人情報」として類型化した上、新たに規制対象とすることが検討されていた。 その後、改正法案が提出間近となった段階では、「個人情報の拡充」という表題の下に、 生体認証データと運転免許証番号等を 「個人情報として新たに位置付ける」とする方向性が示されていた。

しかし、どちらの点も最終的な改正法案にはそのまま反映されることはなかった。 個人情報の定義に、現行法と同内容の規定(改正法案2条1項1号)に加えて、 「個人識別符号」も含むとする規定が新たに設けられたが(同項2号)、 「個人識別符号」それ自体が、すべて特定の個人を識別することができるものに 明文で限定されているからである。(同条2項各号) 立法担当者が説明するとおり、ただ「明確化」したにとどまるものといえよう。(同誌P17)』


いかがでしたか? 
法律の立案に関わった専門家でもこのように意見が分かれています。
よく読むと、実は肝心な点で同じことをいっていることに気付かされます。つまり、 詳細は今後の政令や個人情報保護委員会規則に委任されている部分が多岐にわたっており、 それらが発表されるのを待つしかないのですが、法律を作った側の専門官は、 審議の経過を踏まえ、将来的には政令や規則で含む方向に行くだろうという楽観論を述べているのに対して、 後者の意見は、個人情報の定義は法の適用の根幹を成す重要な概念であるにも関わらず、 現状の条文では識別性の解釈の幅が広く、政令が漠然性を有するもの又は過度に広汎なものとなるおそれがあり、 旧個人情報保護法の制定時に発生したような過剰反応・過剰保護という問題を再来させ、 自由な情報流通を萎縮させるおそれがあるという懸念を表明しています。

注:早トチリしないでくださいね。 左の免許証は氏名、生年月日、顔写真も入っている完全な個人情報ですが、 上で問題にしているのは、この中の運転免許証番号のことです。 なぜそれが問題になるかというと、個人が特定できないように、バラバラにされた情報(これを匿名化情報という)でも、 名寄せしてしまえば容易に特定できる。これを「名寄せしなければ個人が特定できない」から個人情報ではないと捉えるか、 「名寄せすれば個人が特定できる」から個人情報と捉えるかの違いです。


○ 「携帯電話番号は個人情報に含まれるか?」

法案の国会審議における議員からの質問に対し、内閣官房内閣審議官(社会保障改革担当室担当)は、 「携帯電話番号は機器に付番されたものであり、個人識別符号には該当しない」と答弁しました。 それについて消費者代表として内閣官房の検討会に加わった委員は疑問を呈しています。 ([Julist] February 2016 Number1489 P14)

基本的な多くの問題点を先送りして、 実施細則は今後の政令や個人情報保護委員会規則で定めるとした今回の改正個人情報保護法は、 実際のところ、「先のことは誰にもわからない」としかいえない状況になっています。

(解説)1 プライバシー権の定義

 1964年「宴のあと」裁判の判決で裁判史上初めて認めたプライバシー権の定義

(裁判のいきさつ)
1959年の東京都知事選に社会党から推されて立候補して落選した元外務大臣の有田八郎氏の立候補にまつわる実話をもとに、 有田氏の妻で料亭「般若苑」の経営者の同意を得て、 三島由紀夫氏が「中央公論」の1960年1月号から10月号に「宴のあと」という小説を連載した。 有田氏は、小説のモデルとされたことに憤慨し、三島氏と中央公論社に、単行本としての出版の中止を申し入れた。 中央公論社はこれを受け入れたが、新潮社が出版を引き受け、しかもモデル小説であることをうたって発売した。

有田八郎氏は、作者の三島氏と出版社の新潮社を相手に、「自己のプライバシーが侵害された」として、 1961年3月15日、東京地裁に慰謝料と謝罪広告を請求する民事訴訟を提起した。
1964年9月28日 東京地裁は原告のプライバシーの権利が侵害されたという主張を認め、 被告に80万円の慰謝料の支払を命じた。

 1964年9月28日 東京地裁(石田哲一、滝田薫、山本和敏各裁判官) 判決要旨

(プライバシー権の法的根拠)
「・・・・近代法の基本理念の一つであり、また日本国憲法のよって立つところでもある個人の尊厳という思想は、 相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによってはじめて確実なものとなるのであって、 そのためには、正当な理由がなく他人の私事を公開することが許されてはならないことは言うまでもないところである。

このことの片鱗はすでに成文法上にも明示されているところであって、たとえば他人の住居を正当な理由がないのに ひそかにのぞき見る行為は犯罪とせられており(軽犯罪法一条一項二三号) その目的とするところが私生活の場所的根拠である住居の保護を通じてプライバシーの保障を図るにあることは明らかであり、 また民法二三五条一項が相隣地の観望について一定の規制を設けたところも帰するところ 他人の私生活をみだりにのぞき見ることを禁ずる趣旨にあることは言うまでもないし、 このほか刑法一三三条の信書開披罪なども同じくプライバシーの保護に資する規定であると解せられるのである。」

(プライバシー権の定義)
(プライバシーの権利が、人格権という以前から認められている権利に含まれるが、なおそれを「一つの権利」と呼ぶことができることについて)
「・・・・ここに挙げたような成文法規の存在と、・・・・私事をみだりに公開されないという保障が、 今日のマスコミュニケーションの発達した社会では個人の尊厳を保ち幸福の追求を保障するうえにおいて必要不可欠なものであるとみられるに至っていることを合わせ考えるならば、 その尊重はもはや単に倫理的に要請されるにとどまらず、不法な侵害に対しては法的救済が与えられるまでに高められた人格的な利益であると考えるのが正当であり、 それはいわゆる人格権に包摂されるものではあるけれども、なおこれを一つの権利と呼ぶことを妨げるものではないと解するのが相当である。」   (ー 判決要旨 終わり ー)

(解説)
この判決によってプライバシー権を「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」と解されるとした定義がその後も継承され、 不法行為法上のプライバシーの権利を含めてこの概念を認める流れが定着していきます。

このいわば「ひとりにしておいてもらう権利」(constitutional right to be let alone :1952年 Public Utilities Commision Vs Pollak 裁判における 合衆国最高裁 William D.Douglas 裁判官の判決文から)としての消極的・受動的な「伝統的プライバシー権」に対し、 その後、積極的・能動的な「現代的プライバシー権」としての「自己に関する情報の流れをコントロールする権利」(1971 Arthur R.Millerの著書 「The Assault on Privacy - Computers,Data Banks,and Dossies」の中の定義)が加わり、 それらはわが国の平成27年改正個人情報保護法の中にも反映されています。

(解説)2 スラップ訴訟とは?

スラップは英語のSLAPP(Strategic Lawsuit against Public Participation)の略語で 「公共的・社会的活動の妨害を目的とする戦略的訴訟」と訳されています。
権力や経済力を持つ側にとって都合の悪い運動や言論を弾圧するために、 社会的弱者である相手を萎縮させ、黙らせる効果を狙って起こす恫喝訴訟のことを言います。

英単語のSLAP(スラップ)=「相手をひっぱたく」から、SLAPPという略語をあてたのはWit(機智)ですが、 こんなにわかりやすい略語はありません。

1964年米国連邦最高裁に複数の名誉毀損で巨額の損害賠償請求訴訟を起こされた ニューヨークタイムズ対サリヴァン事件(NewYork Times Co. vs Sullivan)で、 連邦最高裁は「現実の悪意(actual malice)の法理」(公人に関する表現行為については、 原告が被告の「現実的悪意」= ある事実が偽りであることを知っていること、または、 偽りであるか否かを無謀に無視すること )を立証しない限り名誉毀損は認められない。)とする判決を出し、 (悪意の立証は現実的には困難)被告のニューヨークタイムズが巨額の賠償を負うことなく倒産を免れた事件がありました。 その後、各州でスラップ規制法が成立していきます。

スラップ規制法は、訴えを起こされた被告がスラップ訴訟であるとの申立てを行えば、 裁判所は予備審を開き、原告に対して勝訴の見込みの疎明をさせ、疎明が出来なければ訴えを棄却し、 弁護士費用はすべて原告の負担とするものです。

残念ながら、日本にはこのようなスラップ規制法は存在しません。 経済的強者や権力者は裁判制度を悪用し、公権力を使って好きなだけ相手をひっぱたくことができます。 勝訴しようがしまいが、請求原因事実を整理して訴状にまとめるための弁護士費用を負担するだけで、 相手の言論を黙らせ、運動を押さえ込むことができ、相手を恫喝する目的は十分に達せられます。

因みに、2016年度の世界報道自由度ランキング(「国境なき記者団」が毎年ランクを発表している)で 日本は、香港(69位)、韓国(70位)よりも下の72位でした。2017年度は韓国(63位)、日本(72位)、香港(73位)です。

日本では商業的個人情報暴露のイエロージャーナリズムが野放しになっている一方で、 国家・行政情報の隠蔽秘匿が当然のように常態化されているのは、2017年の森友学園・加計学園問題でも明らかになりました。

イエロージャーナリズム(yellow journalism / yelloe press)とは、 1889年、New York Worldという新聞(発行者 Joseph Pulitzer)の日曜版に、他人の私生活上の秘密や性的醜聞を取り上げる漫画を掲載し、 この漫画の主人公が黄色の服を着た少年(Yellow Kid)であったことからつけられた言葉です。

このイエロージャーナリズムの被害者は、従来の法理をもってしては救済を得るのが著しく困難であったことから、 ウオーレン(Samuel D.Warren)とブランダイス(Lous D.Brandeis)の二人の法律家が1890年「ハーバード・ロー・レビュー(Harvard Law Review)」 に論文「プライバシーへの権利(The Right to Privacy)」を掲載し、個人の権利を保護するための新しい権利の必要性、即ち、 プライバシー権が従来の名誉毀損、財産権侵害、信頼・黙示契約違反などとは別個に承認を受けるに値する新しい権利であることを説いたことが、 その後、プライバシー権の確立が歴史的に展開されていく基礎になっています。

ブランダイスはその後も急進主義者であるとの批判を受けながら、 後世に名を残す多くの人権保護の判決にかかわり、 1916年に合衆国最高裁の裁判官に任命され、1939年までその職を務めました。

(解説)3 名誉毀損の判断基準

1.公益を図る目的で事実を摘示しての名誉毀損における最高裁の判例
 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、
「その行為が公共の利害に関する事項に係り、かつ、 その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、 摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、 その行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、 行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、 その故意又は過失は否定される。」(最判昭和41・6・23民集20巻5号1118頁・最判昭和58・10・20判時1112号44頁)

2.公益を図る目的での意見ないし論評の表明による名誉毀損における最高裁の判例
 ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、
「その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、 上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、 人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、 仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、 その故意又は過失は否定される。」(最判平成元・12・21民集43巻12号2252頁・最判平成9・9・9民集51巻8号3804頁)

3.公益を目的としない場合
 摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があっても、 公益を目的としない場合には名誉毀損としての違法性は阻却されないので、 事実の摘示なのか、意見の表明、論評なのかに応じて 被害者の社会的評価を低下させたことに対する公共性、公益目的性、真実性、相当性、 或いは名誉毀損ではなく人格権の侵害など、判断基準は難しくなります。

(掲載)2017/1/20