1.1 管理組合会計の概要
会計をとりまく現在の社会情勢
今、日本の会計制度は会計ビッグバンの激変の中で揺れています。
その中で管理組合の会計制度もまた様々な要素が密接に絡み合っていて、問題は根深く複雑です。
だからこそ、400年の歴史をもつ会計制度全体を包括的に捉えて、その中で管理組合の会計制度がどうあるべきかを見据えた議論が必要です。
本稿は管理組合会計の全体像を捉え、あるべき組合法制、会計ルールを明確に示すことを目標としています。
管理組合会計の世界の潮流は国際会計基準(IFRS)の適用へ
財務報告書は一般に、記録と慣習と判断の総合的表現と言われているように、作成する管理組合自身の、 或は委託している管理会社の会計実務に、会計慣行と会計判断が複合されて作成されています。 従って、財務報告書には管理者の主観的な判断がある程度反映するのは避けられません。
そのため、これらの財務報告書に客観性と社会的信頼性を与えるには、会計上の拠るべき適正な指針(GAAP)が必要になってきますが、 管理組合会計には準拠すべき会計基準が存在しません。
一般に公正妥当と認められている会計原則(GAAP)の適用を巡って企業会計と公益法人会計の二つの方式の間で独自に設定されてきた管理組合会計が今後どう変わっていくかについて、 従来の我が国の縦割り主務官庁毎に作成された会計基準ではなく、 営利・非営利法人の間で垣根を作らないセクターニュートラルの思想のもとに統一された国際会計基準(IFRS)に統合されていく世界的な会計制度の潮流の中で、 我が国の管理組合会計制度への適用を新たに構築していくことが必要になります。
IFRS:(International Financial Reporting Standards) 国際財務報告基準、イファースと発音
GAAP:(Generally Accepted Accounting Principles) 公正妥当と認められた会計原則、ギアープと発音
詳しくは 「1.3 会計基準の成立」 を参照下さい。
本頁の要点
1.会計はすべての経済活動の基礎です。
2.経済犯罪は会計制度の正しい運用と忠実な監査で防止できます。
3.すべての会計の原点、それは正しい情報開示を行い、透明性を確保し、説明責任を果たせということです。
1.1 管理組合と会計ビッグバン
わが国の会計制度は「国内でのみ通用する非公式のローカル・ルールに固執し監督官庁の威信を頼りとした制度(大和銀行事件の大阪地裁判決から引用)」から、
公正・透明性を重んじる国際的な会計制度への大転換期を迎えています。
大阪地裁判決の詳細は、 護送船団行政と愚かな経営者の悲劇
1990 年代以降、市場経済のボーダーレス化・グローバル化により、金融ビッグバン、会計ビッグバンに突入、 「フリー(free)」「フェア(fair)」「グローバル(global)」に、「デサプリン=自由と規律(discipline)」の視点を加えて、 真に競争力(competitive)のある金融・資本市場を確立するための改革が急速に進展してきました。
「自由と規律(discipline:デサプリン)」とは、権力による他律的な規律, 統制ではなく自主的な訓練や鍛錬で得た本来、自らが自覚して持つべき自制、抑制、克己(こっき)という意味が強く、 具体的にはそれらに違反した場合の懲罰手続き(聴聞、証拠の開示、諮問委員会への訴追)を指す。
現在進んでいる会計ビッグバンは国際的な会計制度改革の流れの中で、公正(fair)と受託責任(stewardship)に基づく説明責任(accountability)を基礎として、 透明性を高める情報化への対応から生まれたものです。
会計ビッグバンとは、経済産業省企業会計研究会報告書では「一般に、バブル経済崩壊後の1990 年代後半から、金融・証券市場のインフラ整備の一環として行われた、わが国の会計制度を大幅に改変する一連の動きを指す」と定義されています。
会計制度改革の背景・目的として、日本銀行金融研究所報告書での分析では 「@1996年11月に打ち出された「日本版金融ビッグバン」に伴う情報開示強化の要請、 A会計基準の国際的なハーモナイゼーション/コンバージェンス4への対応、 B日本企業を取り巻く社会・経済環境の変化の3点にまとめることができると考えられる」としています。
(注): ビッグバン=「大爆発」、ハーモナイゼーション=「調整」、コンバージェンス4=「移行第4版」
1.2 会計はすべての経済活動の基礎
住居管理の成功は建物ではなしに熟練した管理にかかっているーOctavia hill
18世紀英国のオクタヴィア・ヒルは、現在の世界中で実施されている集合住宅の管理(house Management)の基礎を築いた人です。(1838 12. 3−1912. 8. 12)
住宅の管理人を世界で最初に養成したオクタヴィア・ヒルは、ハウズイング・リフォーマー(housing reformer.= 住宅制度の改革者)と呼ばれています。
(注): 修理の意味でリフォームを使うのは日本だけです。 「リフォーム」は「制度を改革する」という重い意味で、衣服や住宅の修理(Alteration)の意味では使いません。 The Reformation=「あの改革」とは16世紀の宗教改革(CatholicismからProtestantismが分裂)を指します。
「マンション」という言葉も、国際的には通用しない和製英語です。日本の不動産業界は誇大広告が多い。 ワンルームマンション(ひと部屋しかない大邸宅???)なんて、日本人以外には絶対に理解不能。
ロンドンの劣悪なスラムに住んでいた貧しい人たちの環境を改善しようとして、彼女は1865年にジョン・ラスキン(John Ruskin)から融資を受けてロンドン、メリルボーン地区(Marylebone , London)で貧しい人が住んだままの、 家主が所有する(投資用)賃貸住宅だった3つのスラム(彼女自身はスラムという醜悪な言葉に耐えられず、コートと云っていた)を手に入れ、 その後、借家人の住宅の管理意識を育て、家主と協力して住環境を守り、発展させていく住居管理(house Management)の考え方を広め、 家主も賛同して、この方式は彼女によって住居管理の専門職として養成された女性ボランティアのネットワークを介して6,000以上の住宅の管理に拡がりました。
住居管理の専門職としての仕事、それは1週間ごとに賃借料を徴収し、清掃を監督し、帳簿をつけ、修繕の必要を提示すること、更に責任ある家屋管理をしようとする者には、 衛生学や賃借に関する法律知識も必要でした。 これらのパートタイムやフルタイムのワーカーを区別なく責任を持った熟練したアシスタントとして自ら住居管理を実践する中で養成し、自分から独立させて行きます。
更に、住居には屋外のコモンスペース(座る場所、遊ぶ場所、散策する場所、終日を過ごす場所)が必要だとして、賛同者から寄付を募って、野原や空き地を購入し、乱開発から守る運動=ナショナルトラストの創立者となります。 「共同で住む」には何が必要かを問い、「住宅問題は建物の問題ではない」という思想とそのための改革を生涯をかけて実践した人でした。
オクタヴィア・ヒルの住居管理は、1874年から10年の間に英国以外にも、ベルリン、ミュンヘン、スエーデン、オランダ、ロシア、アメリカにまで拡がり、アメリカとヨーロッパ大陸における、 その後の近代的な集合住宅管理方式の確立に大きな影響を与えています。
(参考文献):Octavia hill{ housing reformer = 住宅制度の改革者・「英国住宅物語」〜ナショナルトラストの創始者オクタヴィア・ヒル伝〜 E・モバリー・ベル(著)平弘明・松本茂(訳)中島明子(監修・解説) 日本経済評論社 (ISBN4-8188-1367-2) 定価(本体2800円+税)
住居管理(house Management)の管理(Management)には 統括、管理、運営、運用、経営の意味を含んでいます。 日本で言う規約やルールに偏った狭義の「管理」ではなく、オクタヴィアは住居管理を人間の住む権利と環境を守るための総合的なマネージメントとして捉えていることに注意してください。
住居管理の成功は建物ではなしに熟練した管理にかかっているというのが、オクタヴィアの考えでした。 彼女は衛生管理と並んで会計技術を住居管理の重要な要素と考えていました。彼女は女性の管理人を養成し、こう伝えています。
「もし技術的なこと、つまり住宅の衛生面と経済面を的確に処理できなければ、正しい心をもっていてもなにもなりません。善かれと思ってする失敗に気をつけなさい。 排水設備の管理、階段の掃除、壁や天井の塗装、記帳、みなできる限り完全にしてください。」
18世紀以降、「住居管理」は「会計」という専門職能に支えられてきました。
1.3 経済犯罪は会計制度の正しい運用で防止できる
管理組合の資金を狙う犯罪は後を絶たない
(注) 実は、この部分で管理会社の適正化法違反事件を公表している国交省のネガティブ情報をご紹介していたのですが、 年々増え続ける管理会社がらみの着服・横領などの犯罪事件を書き足しているうちに、膨大なものになったので章を分けました。 (悲しいことです。)
第8章 管理組合を狙う犯罪 (2015年・平成27年12月10日 追記)
8.1 業者の違反行為と行政処分
8.1.5 処分を受けた業者一覧
8.2 相次ぐ着服と横領犯罪
8.3 巧妙化する犯罪の手口
行政当局は管理会社への規制に対しては裁量権を恣意的に行使し、意図的な職務懈怠で、
監督規制を緩める一方、逆に、指導と称して管理組合への介入と支配を強化しています。
(1) マンション管理適正化法の限界 (2018年・平成30年1月25日 追記)
(2) 東京都マンション管理適正化条例 (2020年・令和2年1月25日 追記)
(3) 老朽化対策と法改正〜令和2年改正の概要〜 (2020年・令和2年8月26日 追記)
(4) 区分所有法制要綱案 (2024年・令和6年1月16日 法務省発表)
1.4 管理組合会計の現状
○ 会計理事に選出されたのですが、どのような会計処理をすべきでしょうか?
(会計の原点を踏まえて、管理組合の規模にあった、無理のない適切な会計処理を一緒に考えましょう。)
○ 格調高くする必要がない、もっとわかりやすくすべきとの意見で、今までの収支報告書・貸借対照表・財産目録などの財務諸表を廃止し、
自治会やPTAで行われているような簡単な収支報告だけで済まそうとした。
(財務諸表の一定様式は明瞭性の原則から要求されているものですが、これでは逆の論理になっています。
このような論理のすりかえも、会計に無知な人をだます、ひとつの手段です。)
○ 管理会社から提出された決算書では、一般会計には収支報告書と貸借対照表があるが、特別会計は収支報告書だけで貸借対照表がない。何を根拠に要求したらよいのか ?
(収支報告書は年間の活動を数字で記録したもの、貸借対照表は、その1年間の活動の結果、財産がどのような形で残っているのかを説明したものです。
収支報告書に記載の当期繰越残高の内訳の実態(現金、預金、保険、仮払い金/仮受け金、預け金/預り金、未納金/未払い金、等々)は、貸借対照表を見なければわかりません。
この決算書では会計の説明責任,すなわち管理組合(実務上は管理組合から会計業務を受託した管理会社)としての受託責任を果たしているとは言えません。)
など、さまざまな相談を受けました。
1.5 管理組合会計の問題点
企業、学校、病院、労働組合、商工組合さらには社会福祉法人など、法的に認められた組織や団体では、その会計処理には必ずそれぞれの会計基準というものが存在しますが、 管理組合の財務会計については、会計基準というものが存在していないため、それぞれの管理会社及び管理組合ごとに様々な会計処理が行われており、統一された管理組合会計基準はありません。
法的に強制力のある会計基準がない状態では、管理組合は一体何を基準に会計を行えばよいのでしょうか?
すべての会計の原点、それは正しい情報開示を行い、透明性を確保し、説明責任を果たせということです。
説明責任を果たすための正しい情報開示の手段としての会計手続きには、たとえ法的強制力をもつ会計基準がなくても、すべての組織に共通の守るべき基本原則があります。
それは現代社会が16世紀以後の資本主義経済の歴史の中で試行錯誤しながら育んできた倫理原則の上に成り立つ普遍的な会計原則です。
会計は利害関係者の判断を誤らせないように真実を伝えて誠実にコミュニケーションをとるための手段です。
しかし現実には、管理会社の利益拡大を目的として、管理会社にとって都合のよい恣意的な会計操作が行われているのが実態であり、
これらを規制するための法的な強制力を持った「管理組合会計基準」の制定が必要だという意見もあります。
社員が管理組合の財産を着服・横領しても、国交省の管理会社への行政処分は「以後、気をつけるように」というだけの改善措置指示にとどまります。
管理会社への規制がゆるい現在の社会構造が、管理会社従業員の犯罪や違反企業を生んでいる以上、管理会社に対する法制度を会計制度から改革していく必要があるということは間違いないでしょう。
さらに、これまで見てきたように、犯罪企業が生まれる背景として、個々の企業の問題だけにとどまらず、集合住宅の財産管理をめぐる日本社会全体の問題 ー不透明で不公正な商慣行のもとで、管理会社の利益を追求する市場主義の論理だけが横行し、消費者の権利を守る誠実さ(インテグリティ)が置き去りにされてきた ー 社会的背景が存在することを忘れてはなりません。
18世紀にオクタヴィア・ヒルが「居住管理の成功は建物ではなく、管理にある」といった言葉は、 現在でも「集合住宅は建物ではなく、管理を買え」と言われていることと重なってきます。 多くの組合の決算報告を見てきた者からすれば、管理会社の餌食になって搾取されている管理組合か、または自立している賢い管理組合かは、その組合の決算報告を見れば大体わかります。
会計の仕組みを知ると、決算報告を見てその管理組合の管理レベル、すなわち居住者の社会的階層レベルまで見えてくるものです。
日本における管理組合会計については、企業会計と公益法人会計の二つの異なる会計方式のどちらを採用すべきかといった論争がありましたが、 いずれの会計基準も会計ビッグバンによって激変し、揺れ動いており、どちらも将来における永続的な準拠枠にはなりえない状況となっています。 これらの詳細については、次ページ以降でお伝えしていきます。