2.2 管理組合の会計基準
1 現行の管理組合の会計基準は?
我が国の法規で私法人の会計を規制する場合には、次の二つの基準(処理基準と報告基準)があります。
(1)会計の内部的な処理及び外部に対する報告の両面を規制するもの。
(例) 特定の業種を規制する特別法によるもの。例えば、電気事業法(昭和39年法律170号)に基く会計規則、私立学校振興助成法(昭和50年法律61号)に基く学校法人会計基準(昭和46年文部省令18号)など
(2)外部に対する報告の面だけを規制するもの
(例1) 「計算書類規則」=商法中改正法律施行法《昭和13年法律73号:平成17年7月26日廃止)に基く「株式会社の貸借対照法、損益計算書、営業報告書及び付属明細書に関する規則」(昭和38年法務省令31号)
(例2) 「財務諸表規則」=上記同法に基く「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」(昭和38年大蔵省令59号)
公益法人の場合は、その会計の処理方法など、会計の内部構造についてまで、国の行政機関が関与する必要があるとは思われないし、また、民法にもそのような根拠規定はありません。
公益法人会計は、上記の(2)に該当しますが、但し、基準の中には、例えば、会計帳簿、書類の保存、会計処理規定など、会計の処理に関して述べている箇所もあります。これらは啓蒙的な意味で参考までに言及したものとされています。
公益法人会計基準は法規ではなくガイドラインです。
公益法人会計基準が昭和52年3月に制定された際、この「基準」が公益法人の拠るべき唯一の会計基準であるかのような認識が事実上存在していました。
その後、昭和60年に改正した際の内閣総理大臣官房管理室編・財団法人公益法人協会発行の「新公益法人会計基準解説」によれば、 「本会計基準は、最も一般的な、標準的なガイドラインとして示したものであり、法令に基いて制定されたものではないので、 (中略)各法人に強制的に適用されるといった性格のものではない」と行政当局によって明確に記述されている通り、法規には該当しない、ゆるやかなガイドライン(指針)であり、 各様の法人の実体に合わせて、弾力性、柔軟性を持って自立的に対応すべき基準とされ、「公益法人会計基準」は公益法人会計の基準のひとつであるという認識が定着してきました。
管理組合は、民法の特別法である区分所有法にも、会計上の規定は存在していません。 また、会計上のことで、国の行政機関の規制、監督、指導を受ける必要も義務もありません。
マンション管理適正化法は管理会社に対する規制を目的とする国交省管轄の行政法です。
管理組合が国交省によって規制や監督指導を受けることはあり得ません。
※ 令和2年になって、これがそうでもなくなってきました。! (令和2年(2020年)8月26日追記)
詳しくは、 「老朽化対策と法改正〜令和2年改正の概要〜」を参照下さい。
我が国の営利企業も公益法人もすべて、国際化の激動の中でめまぐるしい変化を遂げて揺れ動いている現在、 国際的な会計基準の流れの中で、管理組合会計は現在も揺れ動いている公益法人会計の流れを見据えながら、 各法人の実体にあわせ、弾力性、柔軟性を持って適切に対応していくしかありません。 その基本になっているものが、会計制度への正しい認識です。
〜 管理組合会計には基準が存在しない 〜
企業、学校、病院、労働組合、商工組合さらには社会福祉法人など、法的に認められた組織や団体では、 その会計処理には必ずそれぞれの会計基準というものが存在します。
しかしながら管理組合の財務会計については、いまだ会計基準というものが存在していないため、 それぞれの管理会社及び管理組合ごとに様々な会計処理が行われており、統一された管理組合会計基準はありません。
財務報告書は一般に、記録と慣習と判断の総合的表現と言われているように、作成する管理組合自身の、或は、委託している管理会社の会計実務に、 会計慣行と会計判断が複合されて作成されています。 従って、財務報告書には管理者の主観的な判断がある程度反映するのは避けられません。
そのため、これらの財務報告書に客観性と社会的信頼性を与えるには、会計上の拠るべき適正な指針(GAAP)(注1)が必要になってきますが、 管理組合会計には準拠すべき法規も会計基準もありません。
(注1) GAAP(ギァープ)とは企業の財務会計の作成と報告を行なうルールとして定められた”Generally Accepted Accounting Principles”(一般に公正妥当と認められた会計原則)の略称です。
管理組合は、基本的には所有者である組合員だけで自己完結している閉じられた究極の自治政府であり、 不動産投資信託(J-REIT)と異なり、外部からの出資もなく、管理組合が区分所有法47条13項で法人税法上は公益法人等として取り扱われ、税負担義務がないことなど、 外部にステークホルダー(利害関係人)が存在せず、運営が実質、管理組合内部の自主性に委ねられていることから、 会計処理及び財務報告書に関して統一すべき規制の必要性がないことなどが背景にあります。
とはいえ、実際には、管理組合会計が公平・正義のもとに客観性と社会的信頼性を得るための会計上の拠るべき適正な指針(GAAP)は区分所有者にとって重要で必要なことです。
業界に対し行政が基準作りを主導してきたのは、「行政が業界を監督し、消費者がその利益を受ける」という口実のもとに、実際には官僚の利権や既得権を拡大するためでした。
TPP(環太平洋経済連携協定)やIFRS(国際財務報告基準)を巡る議論を見ればわかるように、ルールというものは利害関係者の間の力関係で決まります。
管理組合会計基準が制定されたとしても、それが真に居住者・組合員のためのものになるという保証はありません。
わが国の会計制度が国際的にも通用しなくなっているのは、後で説明するように、ジャパンプレミアムやNY大和銀行事件でも明らかにされました。
管理組合が真の自主性を持つためには、国や業界の嘘を見抜く会計についての正しい知識が必要になります。
今後の展望として、従来の我が国の縦割り主務官庁毎に作成された会計基準ではなく、営利・非営利法人の間で垣根を作らないセクターニュートラルの思想のもとに統一された国際会計基準(IFRS)に統合されていく世界的な会計制度の潮流の中で、 我が国の管理組合会計制度への適用を新たに構築していくことが、今求められています。
下記に従来の企業会計原則をもとにした管理組合会計基準の考え方を示しました。
ここでは、論評を加えずにそのまま記載していますが、詳しくは「1.3 会計基準の成立」 5 揺れ動く我が国の企業会計原則」 に詳しく述べていますので、そちらをご覧ください。
(1) 会計の一般原則 (企業会計原則)
@ 正規の簿記の原則
・ 網羅性があること(管理組合の財産の動き及び状態をすべて表していること)
・ 検証性があること(検証可能な証拠に基づいて記録されていること)
・ 秩序性があること(体系的に整然と記録されていること)
・ 複式簿記を原則とすること
A 真実性の原則
会計書類は、会計帳簿に基づいて、収支及び財務状況に関する真実な内容を表示したものとすること。
B 明瞭性の原則
会計書類は、区分所有者などの利害関係者に、収支及び財務状況を明瞭に表示したものとすること。
C 継続性の原則
会計処理の基準及び手続きについては、毎年継続して適用し、みだりにこれを変更しないこと。
(2) 更に管理組合会計には特有の原則があります
@ 予算準拠の原則
収入及び支出は総会(集会)で決議された収支予算書に従い、支出については予算内にとどめること。
支出が予算を上回る場合には、管理規約で定めた予備費の流用や臨時総会(臨時集会)による決議などによること
A 区分経理の原則
(管理費会計または一般会計)=日常の維持管理に関する会計業務、
(修繕積立金会計または特別会計)=将来の大規模な修繕工事費に備えるための会計は、区分して経理すること。
企業会計原則には一般原則として、真実性の原則 、正規の簿記の原則、資本取引・損益取引区分の原則(利益と資本の区分原則・剰余金区分の原則)、明瞭性の原則、継続性の原則、保守主義(安全性)の原則(評価基準としての低価法の採用など)、単一性の原則(実質一元、形式多元を要求)、重要性の原則があります。
また、一般原則ではないが、それに準ずる原則(企業会計原則注解1)があり、そのほかに、損益計算書原則、貸借対照表原則、そして「注解」があります。
管理組合会計の基準として、過去に、上記の企業会計原則の中から選択適用する考え方もありましたが、「公正処理基準の動向」の項で述べたように、今後は、概念フレームワークの中でプライベートセクターの非営利法人がどう扱われるかを注目していくことが重要になってきます。
今現在、日々現実に実務を担うものとしては、時代錯誤を承知しながらも、現行の拠るべき基準としての企業会計原則を引用するしかないのですが、結局のところ、企業会計原則を処理基準として根拠のベースにしつつ、新しい世界のルールの動向に目を向けて、自律的な管理組合会計基準を形成していくしかありません。
我が国の会計制度は世界の激動の波に揺れ動いています。