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5. 要災害支援者名簿の注意点

自力避難困難者らの名簿作成、義務付け 災害対策基本法改正

東日本大震災では犠牲者の半数以上が65歳以上の高齢者であり、また、障害者の死亡率については、 被災住民全体の死亡率の2倍であったといわれています。
こうした東日本大震災の教訓を踏まえ、平成25年の災害対策基本法の改正において、 避難行動要支援者名簿を活用した実効性のある避難支援がなされるよう規定されました。


 「都市災害への備え」 1.7 東日本大震災データ

個人情報保護法では個人情報について本人に対する不当な差別又は偏見が生じないように人種、信条、病歴等が含まれる個人情報については、 本人同意を得て取得することを原則義務化し、本人同意を得ない第三者提供の特例(オプトアウト)を禁止する(個人情報保護法第2条第3項)一方で、災害対策基本法では、 平常時の要災害支援者名簿の作成と管理については、個人情報保護法の原則を貫きつつ、災害発生の緊急時には避難行動要支援者名簿への登録に不同意の者に対しても, 要配慮者個人情報を消防機関等に提供することについて本人の同意を得ることを要しない(災害対策基本法第49条の10の3)と定められました。

要配慮個人情報(いわゆる機微情報)とは、「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、 犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、 偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。}とされています。

要配慮個人情報は、機微に触れる情報を含み、第三者に容易に提供しないことを前提に収集されています。

マンション管理組合で災害避難時の支援希望者アンケートを実施し、その回答を元に65歳以上の世帯をオレンジ、75歳以上の世帯をピンクで色別した図面を作成し、 災害時には、この世帯の安否確認を最優先で行うことに決めたマンションがあります。 避難訓練を地道に続けていくことで、地域の生活に根ざした共助の仕組みが育っていくのだと思います。

ただ、自力避難が困難な人というのは高齢者だけではありません。他にも多くの要配慮者がいます。 また、全ての障害者や自力避難困難な人が避難行動要支援者名簿への登録を希望するわけではないし、その意思は尊重されなければなりません。

以前から、自力避難困難者の名簿を作成することは、個人情報保護との観点から難しい問題が指摘されていました。

平成25年6月21日に災害対策基本法が改正され、 「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」と「避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」が策定されたことで、 この問題に対するひとつのガイドラインが示されました。その後、災害対策基本法は平成27年9月11日に再改正されました。(改正災対法)

【改正災対法の内容】
避難行動要支援者名簿の取扱いと個人情報保護の関係が大きく見直され、
改正災対法第49条11項2において「市町村長は、災害の発生に備え、避難支援等の実施に必要な限度で、 地域防災計画の定めるところにより、消防機関、都道府県警察、民生委員、市町村社会福祉協議会、 自主防災組織その他の避難支援等の実施に携わる関係者に対し、名簿情報を提供するものとする」とされました。

「ただし、当該市町村の条例に特別の定めがある場合を除き、名簿情報を提供することについて本人の同意が得られない場合は、この限りでない」 としたうえで、さらに、第49条11項3において「市町村長は、災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、 避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために特に必要があると認めるときは、 避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者その他の者に対し、名簿情報を提供することができる。
この場合においては、名簿情報を提供することについて本人の同意を得ることを要しない」と定められました。

本人同意を得ない第三者提供が禁止されていた旧法下でも「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」によって、 「大規模災害等で医療機関に多数の傷病者が一時に搬送され、家族等からの問い合わせに迅速に対応するためには、 本人の同意を得るための作業を行うことが著しく不合理である場合には、本人の同意なくても家族等からの問い合わせに対応できる」としていたのですが、 改正災対法では上記の通り本則で同様の規定を置いています。

5.1 要災害支援者とは

「要災害支援者とは高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者のうち、 災害時に自ら避難することが困難な者であって、円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要する者」として定義されています。
具体的には、身体障害者、要介護認定を受けている人、知的障害者、精神障害者、難病患者、 その他自治会等が支援の必要を認めた者や、自ら災害の際の避難支援を希望した人などが対象です。

従来から、内閣府防災関係者では「災害時要援護者」、ガイドライン等では「要配慮者」という用語が使われていましたが、 平成25年の災害対策基本法の改正後は「要配慮者のうち、名簿掲載に同意した避難行動要支援者」という言い方に統一されました。

消防庁国民保護・防災部防災課震災対策係が、法改正後の各市町村の取組状況を把握するため、 平成27年4月1日時点で調査を実施した結果を「避難行動要支援者の避難行動支援に係る取組状況の調査結果」として 「消防の動き」2015年11月号 No.535で公表している内容によりますと、
 名簿作成済の906団体のうち、名簿に掲載する対象者として、身体障害者を挙げている団体は99.1%と最も多く、 以下、要介護認定を受けている者97.8%、知的障害者96.6%の順となっています。

避難行動要支援者名簿に掲載する対象者

5.2 名簿の作成義務者は誰か

避難行動要支援者名簿の作成義務者は市町村長です。(災害対策基本法第49条の10)

また、その名簿情報を提供し、利用できる者、即ち、その避難支援等関係者としては、消防機関、都道府県警察、 民生委員、社会福祉協議会、自主防災組織その他の避難支援等の実施に携わる関係者に限定されています。(同法第49条の11)

名簿の提供者
先の「避難行動要支援者の避難行動支援に係る取組状況の調査結果」によれば、 名簿作成済の906団体のうち、平常時における名簿情報の提供先として、民生委員を挙げている団体は93.3%と最も多く、 以下、消防本部・消防署80.4%、自主防災組織77.5%の順となっています。

名簿の提供者

5.3 名簿管理と守秘義務

改正災対法では「当該市町村の条例に特別の定めがある場合を除き、 この名簿情報を提供することについて本人の同意が得られない場合は、 名簿情報を提供してはいけない(同法第49条の11の2但し書き)」とした上で、 ただし第49条11項3において「市町村長は、災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、 避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために特に必要があると認めるときは、 避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者その他の者に対し、本人の同意を得ることなく名簿情報を提供することができる」と定め、 さらに、第49条12項で名簿情報の漏えいの防止のために必要な措置を講ずるよう「名簿情報を提供する場合における配慮」規定をおき、 第49条13項で情報提供を受けた者の「秘密保持義務」を規定しています。

5.4 管理組合の対応

災害弱者に対する支援制度は災害緊急時の人命救助と人権保護のバランスの上で成り立っています。 日常の活動で、民生委員や社会福祉事業者は個人情報保護上、秘密保持義務を負っており、 その活動はそれぞれの公共福祉活動の領域の中で自己完結しており、それらの情報が自治体、消防、警察以外に出ることはあり得ません。 「内部で自己完結する」というのはそういう意味です。

管理組合が実効性のある避難支援ができる防災共助の仕組みを作るには、 「私有財産管理団体としての管理組合」から、 改正災対法第49条の11に掲げる「避難支援等の実施に携わる自主防災組織」へと活動の範囲を広げ、 自治体や地域を巻き込んで一体となってマンションに居住する要配慮者の情報を共有し、 名簿情報の漏えいの防止のために必要な措置を講じながら、日常的に日々活動する組織作りが必要になってきます。

「要災害支援者名簿」は「居住者名簿」と同様、区分所有者の変更や居住者の入れ替わりのほかにも、 支援が必要な高齢者、障害者、乳幼児、妊産婦などの状況は毎月変わっていきます。また、認知症徘徊、 ネグレクト(育児放棄・介護放棄)、虐待、DVなど、いやでも周囲が気づかされる事件がおきるときもあり、 要配慮者について民生委員や自治体(地域包括支援センターや社会福祉協議会)と密接な連携が必要になってきますが、 公的な組織は内部で自己完結しているという限界と特質を理解したうえで、 お互いに補完協力しあう関係を築くことができれば理想です。

過大な期待を抱かせないために
管理組合で災害避難時の支援希望者アンケートを実施する際、末尾に、 「本アンケートは避難支援のための適切な体制づくりを目的にしたものですが、 災害に際して支援を完全に実施できることをお約束するものではありません。」旨の「お断り」を入れている事例がありました。 賢明なやりかただと思いましたが、その文のあとに、「基本は自助です。 自ら避難するという意思をもって行動してください。」とあるのには、ここまで言うかと正直思いましたが、多分、必要なのでしょうね。

平成25年時点で11階建以上の高層マンションが330棟を超えている埼玉県さいたま市が、 東京都中央区に続いて「高層マンション防災ガイドブック」を発行しました。(平成26年1月発行)

そのパンフレットの、「災害時要援護者支援(平常時の支援・災害時要援護者の把握・名簿づくり)」の頁で、 「あらかじめ災害時要援護者一人ひとりに支援者などを決めておく「個別避難支援プラン」を作成するのもよいでしょう」とありましたが、 首都圏に労働力を提供している衛星都市さいたま(このパンフでは「ベッドタウンさいたま」と書いてありますが、 ベッドタウンは英語で売春街を意味するので、外国人に正しく意味を伝えるならサテライトタウンと言って欲しい。) ならではの恵まれた(?)環境にあるとしても、支援する側の人が勤めに出ている日中に災害がおきたら、個別避難支援プランなど機能しないでしょう。

他の地域で行政がこれを書いたら、「冗談じゃない、そんなことできるわけないだろ」と管理組合役員から反発を受けるでしょうね。 現に、東京近郊のある団地では、地区の老人会長から同様の過大な要求を受けて、管理組合役員が困惑した例も報告されています。 集合住宅は病院や介護施設の機能は持っていません。共助の限界を超える過大な要求には応じられません。

一般的に、避難支援活動は臨機応変にやらざるをえないものです。トリアージ(※1)と同様に、救出の優先順位を決めなければいけない状況も出てきます。 災害時要援護者に過大な期待を抱かせないための「お断り」を伝えることも必要です。

(※1) トリアージとは、患者の重症度に基づいて、治療の優先度を決定して選別を行うことで、「選別」を意味するフランス語の「triage」からきています。 救急事故現場において、患者の治療順位、救急搬送の順位、搬送先施設の決定などにおいて用いられます。

5.5 根拠法令

災害対策基本法
(昭和36年11月15日法律第223号)最終改正:平成27年9月11日法律第66号

(避難行動要支援者名簿の作成)

第四十九条の十  市町村長は、当該市町村に居住する要配慮者のうち、災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合に自ら避難することが困難な者であつて、 その円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要するもの(以下「避難行動要支援者」という。)の把握に努めるとともに、地域防災計画の定めるところにより、 避難行動要支援者について避難の支援、安否の確認その他の避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために必要な措置(以下「避難支援等」という。) を実施するための基礎とする名簿(以下この条及び次条第一項において「避難行動要支援者名簿」という。)を作成しておかなければならない。
2  避難行動要支援者名簿には、避難行動要支援者に関する次に掲げる事項を記載し、又は記録するものとする。
一  氏名
二  生年月日
三  性別
四  住所又は居所
五  電話番号その他の連絡先
六  避難支援等を必要とする事由
七  前各号に掲げるもののほか、避難支援等の実施に関し市町村長が必要と認める事項

3  市町村長は、第一項の規定による避難行動要支援者名簿の作成に必要な限度で、その保有する要配慮者の氏名その他の要配慮者に関する情報を、 その保有に当たつて特定された利用の目的以外の目的のために内部で利用することができる。

4  市町村長は、第一項の規定による避難行動要支援者名簿の作成のため必要があると認めるときは、 関係都道府県知事その他の者に対して、要配慮者に関する情報の提供を求めることができる。

(名簿情報の利用及び提供)

第四十九条の十一  市町村長は、避難支援等の実施に必要な限度で、前条第一項の規定により作成した避難行動要支援者名簿に記載し、又は記録された情報(以下「名簿情報」という。)を、その保有に当たつて特定された利用の目的以外の目的のために内部で利用することができる。
2  市町村長は、災害の発生に備え、避難支援等の実施に必要な限度で、地域防災計画の定めるところにより、 消防機関、都道府県警察、民生委員法 (昭和二十三年法律第百九十八号)に定める民生委員、社会福祉法 (昭和二十六年法律第四十五号)第百九条第一項 に規定する市町村社会福祉協議会、 自主防災組織その他の避難支援等の実施に携わる関係者(次項において「避難支援等関係者」という。)に対し、名簿情報を提供するものとする。
ただし、当該市町村の条例に特別の定めがある場合を除き、 名簿情報を提供することについて本人(当該名簿情報によつて識別される特定の個人をいう。次項において同じ。)の同意が得られない場合は、この限りでない。

3  市町村長は、災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、 避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために特に必要があると認めるときは、 避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者その他の者に対し、名簿情報を提供することができる。 この場合においては、名簿情報を提供することについて本人の同意を得ることを要しない。

(名簿情報を提供する場合における配慮)

第四十九条の十二  市町村長は、前条第二項又は第三項の規定により名簿情報を提供するときは、 地域防災計画の定めるところにより、名簿情報の提供を受ける者に対して名簿情報の漏えいの防止のために必要な措置を講ずるよう求めること その他の当該名簿情報に係る避難行動要支援者及び第三者の権利利益を保護するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

(秘密保持義務)

第四十九条の十三  第四十九条の十一第二項若しくは第三項の規定により名簿情報の提供を受けた者(その者が法人である場合にあつては、 その役員)若しくはその職員その他の当該名簿情報を利用して避難支援等の実施に携わる者又はこれらの者であつた者は、 正当な理由がなく、当該名簿情報に係る避難行動要支援者に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。

【避難支援ガイドラインの内容】
ガイドラインでは「避難行動要支援者名簿の平常時からの提供に不同意であった者への避難支援」として、 「現に災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合において、避難行動要支援者の生命又は身体を保護するために特に必要があるときは、 その同意の有無に関わらず、避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者その他の者に名簿情報を提供できる。

そのため、市町村は、避難支援等関係者その他の者に対し、特に避難の時間的余裕がある風水害等のリードタイムのある災害においては、 避難支援等関係者その他の者への情報提供に同意していない者についても、可能な範囲で支援を行うよう協力を求めることができる」こととなっています。

ただし、発災時等であれば無条件に認められるものではなく、例えば、大雨で河川が氾濫するおそれがある場合に、 浸水する可能性がない地区に居住する同意のない避難行動要支援者の名簿情報まで一律に提供することは適切ではないとされています。

そのため、市町村は予想される災害種別や規模、予想被災地域の地理的条件や過去の災害経験等を総合的に勘案し、 同意のない避難行動要支援者名簿の情報を提供することが適切かを判断するよう留意すること」と記され、 避難行動要支援者名簿への登録に不同意の者に配慮した対応が行われるべき旨が記されました。

5.6 要災害支援者名簿の例

要災害支援者名簿及び個別計画の作成例は、
平成25年8月内閣府(防災担当)発行 「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」
(A4 全43P)(PDF 980KB)で詳しく解説されていますので、参考にしてください。

個別計画の内容は、詳細な個人情報を含むものであることから、要援護者が同意した者以外が閲覧することのないよう、 市町村や関係者は、電子データで保管する場合にはパスワードで管理し、紙媒体で保管する場合には施錠付きの保管庫に保管する等、 情報管理に特段の配慮をすることが必要であるとされています。

市町村が実施する避難支援プラン策定のための情報収集方法には次の3つがあります。

(1)同意方式
消防等の防災関係部局、福祉関係部局、自主防災組織、 福祉関係者等が住民一人ひとりと接する機会をとらえて要援護者本人に直接働きかけ、必要な情報を把握し、 策定していく方式。
要援護者一人ひとりと直接接することから、必要な支援内容等をきめ細かく把握できる反面、 対象者が多いため、効率よく迅速な情報収集が困難であり、 このため、福祉関係部局や民生委員等が避難支援プラン策定を福祉施策の一環として位置づけ、 その保有情報を基に要援護者と接する等の事例があります。

(2)手上げ方式
制度創設について周知した上で、自ら要援護者名簿等への登録を希望した者について避難支援プランを策定する方式。 要援護者本人の自発的な意思を尊重しており、必要な支援内容等もきめ細かく把握できる反面、 登録を希望しない者の把握が困難であり、要援護者となり得る者の全体像が把握できないおそれがあります。

(3)共有情報方式
市町村において、平時から福祉関係部局等が保有する要援護者情報等を防災関係部局等も共有する方式。
原則禁止である本人以外からの個人情報の収集及び個人情報の目的外利用・提供に関して、 個人情報保護条例の例外規定として整理することとなる。

この場合、共有した情報を分析の上、一定の条件の設定により要援護者を特定・把握し、 福祉関係部局及び防災関係部局との連携の下、避難行動要支援者の避難支援プランの策定を進めていくこととなるが、
・ 同情報を共有できる者が限定されること
・ 特定された要援護者が必要とする支援内容等をきめ細かく把握するためには、 同意方式と同様に本人からの直接確認作業が補足的に必要であること等に留意する必要がある。