国交省統計データ不正事件・検証委員会・報告書 全文
令和4年(2022年)1月14日 国交省統計データ不正事件検証委員会報告書が発表されました。
本報告書の全文を(余計な論評や注釈を加えずに)、ご紹介しています。
(国交省発表はPDF版ですが、当HpにてWeb版に編集したものです。)
1.国交省統計データ不正事件検証委員会調査報告書(令和4年1月14日)について
2.「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る調査報告書」目次
第1章 本委員会の概要等
第2章 建設受注統計調査について
第3章 本件統計室の概要について
第4章 本件各問題について
第5章 本件各問題についての評価
第6章 本件各問題の原因論
第7章 再発防止策 (提言)
第8章 追補
第9章 終わりに (委員長及び委員長代理より)
別紙1 本委員会による関係者へのヒアリング状況
(参考) 統計調査用紙(OCR)
(追記) 報告書を受けて責任者らの処分を発表
国交省統計データ不正事件・検証委員会報告書(令和4年1月14日発表)
(正式名称)
「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る調査報告書」
令和4年1月14日11時に、「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る検証委員会」より、
国土交通大臣に報告書が提出されました。
「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る検証委員会」委員名簿
委員長 | 寺脇 一峰(弁護士 元大阪高検検事長) | |
委員長代理 | 舟岡 史雄(信州大学名誉教授) | |
委員(事務局長) | 岸 秀光(弁護士 元名古屋地検特別捜査部長) | |
委員 | 池田 順一(弁護士 長島・大野・常松法律事務所) | |
委員 | 国友 直人(東京大学名誉教授) | |
委員 | 西郷 浩 (早稲田大学政治経済学術院教授) | |
委員 | 白石 俊輔(弁護士 元東京地方検察庁検事) | |
委員 | 中城 重光(弁護士 中城・山之内法律事務所) | |
委員 | 山下 智志(統計数理研究所副所長) | |
委員 | 和田 希志子(弁護士 ふじ合同法律事務所 第一東京弁護士会副会長) | |
事務局長補佐 | 川崎 玉恵(東京理科大学理学部第一部特別講師) | |
事務局長補佐 | 和氣 礎 (弁護士 桃尾・松尾・難波法律事務所) |
第1章 本委員会の概要等
第1 本委員会設置の経緯
令和3年12月15日、国土交通省(以下「国交省」という。なお、本報告書においては、 平成13年に施行されたいわゆる中央省庁再編以前の旧建設省についても、原則として単に「国交省」という。 また、同省大臣を「国交大臣」という。) の建設工事受注動態統計調査(以下、当該統計を「建設受注統計」といい、当該統計の 調査全体を「建設受注統計調査」という。)(※1)において、令和3年3月まで、調査対象の事業者から提出された調査票の数値が書き換えられており 「二重計上」が生じていた、との報道がなされた。
同報道等を受けて、岸田文雄内閣総理大臣より「統計の学者のみならず、元検事や弁護士を入れた第三者委員会を国土交通大臣の下に立ち上げ、 徹底的に検証し、一ヶ月以内にまとめ、統計委員会に報告し、政府統計の信頼回復を図ること」との指示がなされた。
かかる指示を踏まえ、国交省は、 令和3年12月23日に「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る検証委員会」(※2)( 以下「本委員会」という。) を設置した。
(※1) なお、国交省が行っている調査には「建設工事受注動態統計調査(大手50社調査)」という調査も存在するが、 本報告書において単に「建設受注統計調査」と述べる場合、大手50社調査ではなく、 第2章で説明する抽出事業者を対象とした調査を意味する。 なお、「建設受注統計」と「建設工事受注動態統計調査(大手50社調査)」の区別が重要となる場合、 前者を「甲調査」、後者を「乙調査」と呼ぶ場合がある。
(※2) 本委員会は総理大臣指示を受け国交大臣の下に設置されていることから、名称を「検証委員会」とした。 ただし、本報告書第1章第3及び第4記載のとおり、日本弁護士連合会の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」 (2010年12月17日改訂) において要求されている委員会の独立性・中立性は十分に確保されており、 起案権等においても同ガイドラインの内容を踏まえている。
第2 調査・検証対象
本委員会の主な調査・検証対象は、以下のとおりである。
@ 建設受注統計において、調査票に記載された数値の書き換えや二重計上が行われた経緯・
国交省における事後対応の状況などの事実関係の調査
A @の調査の結果認定された事実の評価
B @の調査の結果認定された事実についての原因の検証
C 再発防止策
上記@の調査の結果、本委員会は問題点を3つの項目に整理し(後記第4章第1)、詳細な事実認定を行った
(後記第4章第2)。それぞれについて、上記Aの「認定された事実の評価」については後記第5章に、
同Bの原因究明は後記第6章に、同Cの再発防止策については、後記第7章において述べる。
第3 本委員会の構成
本委員会の構成員は、「建設工事受注動態統計調査の不適切処理に係る検証委員 会構成員」記載のとおりであり、10名の委員及び2名の事務局長補佐から構成されており、 統計学の専門家又は弁護士( 検察官としての職務経験を有する者を含む。) である。 一部の委員においては、過去において国交省主催の会議体の委員となった経験を有するが、 外部有識者として独立・中立の立場で関与したものであるし、 審議対象も本件の調査・検証対象とは異なっており、本件における構成員の独立性・中立性は保持されている。
なお、本委員会は、関係者に対するヒアリングを実施する上で必要となる関係者への連絡及び国交省の関連部署に対する資料提出要求等の事務的作業については、 国交省大臣官房監察官ら(以下「国交省監察部署」という。) の協力を受けている。 しかしながら、その関与は事務的作業に限定され、事実認定やその評価・検証は委員及び事務局長補佐によって行われ、 最終的な本報告書の内容も本委員会の意思決定に基づき作成され、確定したものである。
第4 本委員会の調査方法等の概要
本委員会は、令和3年12月23日に設置され、国交省監察部署が収集した初期資料(公表されている過去の統計資料・審議会等の資料・ 国会議事録関連新聞記事、統計関連部署内の人員配置等の資料及び建設受注統計調査の事務処理に関する客観的資料)の提供を受けた。 本委員会は、当該資料を検討した上で、以下の方法で追加調査を行った。
@ 関係者に対するヒアリング( 詳細は別紙1 記載のとおり。国交省の関連部署の各職位の
歴代の関係者のみならず、都道府県の担当者や他省庁の本件関与者からの聞き取りも実施した。)
A 初期資料及び関係者へのヒアリングを踏まえて本委員会が必要と判断した追加資料の収集
これらの資料が公表されることとなれば、今後、同様の検証を行う委員会を設置し調査を行う際に、
調査対象者からの協力を得ることが困難になると考えられることから、本委員会においてこれらの資料を公表する予定はない。
これらの資料については、本委員会による調査終了後、事務局長にて保管する予定である。
また、本委員会の委員及び事務局長補佐は、調査終了後も含め、秘密の保持を徹底する。
上記の追加調査と並行し、本委員会は、令和3年12月23日、同月28日、令和4年1月5日及び同月10日に全体会議を実施し、
調査方針及び本報告書の内容等について議論を行った。その詳細は別紙2記載のとおりである。
第5 本委員会の事実認定の概要
本委員会の調査結果等の詳細は第2章以下に記載したとおりであるが、本委員会が認定した事実関係のうち主要な点をまとめると以下のとおりである。
@ 建設受注統計調査においては、提出が遅れた月の分の調査票(以下「過月分調査票」という。) の受注額の数値を、当月分の調査票 (本調査書では、本来集計がなされるべき月のことを「当月」といい、当月に予定通り提出された調査票を「当月分調査票」という。) の受注額の数値に合算し、 当月分の受注額として計上していた( 以下、このような処理を「本件合算処理」という。)。
A 本件合算処理は、時期による変遷があった可能性もあるものの、基本的に調査票を書き換える( 過月分調査票と当月分調査票の数値を消した上で、 当月分調査票に当月の数値として合算額を記載する) ことで行われていた。
B Aの書き換えは、平成12年に建設受注統計調査が開始される以前に実施されていた「公共工事着工統計調査」等の時代から存在したものと考えられ、 建設受注統計調査の開始時から本件合算処理がなされていたと考えられる(ただし、建設受注統計調査よりも前の時代に都道府県に対する指示があったかは不明である。) 。
C Aの書き換えは、建設受注統計調査が始まった平成12年時点で国交省から都道府県に対して、調査票の受注高を消して、 当月分の数値を書き直すよう指示がなされていたが、都道府県で書き直しをしていない場合は、国交省の担当部局(おって定義する本件統計室) においても行っていた。
D 建設受注統計調査においては、平成25年4月分から、調査票を提出しなかった事業者に関する受注額の数値(欠測値) を、 調査票を提出した事業者の受注額から推測して計算するという推計方法が採用された。 この推計は、ある月において調査票を提出しない事業者の受注額に、調査票を提出した事業者の層別平均値を代入する方法であったため、 この推計とAの本件合算処理が合わさることで、一つの事業者の過去分の数値が二重に計上されることとなる (例えば、X事業者が5月分の調査票を6月分の調査票とまとめて提出した場合、この調査票の受注額は過月分調査票として6月分の調査票の数値として計上 されることになる。しかし、X事業者の5月分の受注額は、上記推計計算によって既に5月分として同一階層の他の事業者の平均値で計上されている。 そのため、X事業者の5月分の受注額は、(i)推計計算によって5月分として既に推計に反映されて計上され、かつ、 (ii)本件合算処理によって6月分としても計上されるため、二重に計上されることになる。以下、これを「本件二重計上」という(※3) 。
(※3) ただし、(i)は他事業者の実績からの推計額が計上され、(ii)はX事業者の回答実額が計上されるため、全く同じものが2回計上されているわけではなく、 二重計上というのはあくまで概念的なものである。
E 本件二重計上については、平成25年4月分から導入された推計方法を検討していた職員がAの本件合算処理を認識していなかったか、 ( 本件合算処理を認識していたとしても) それによって本件二重計上が生じることを認識していなかったことによって生じたものと考えられる。 本件二重計上が生じることを認識した上で、あえて推計計算と本件合算処理を併存させたことは確認できず、 過大な数値を導く目的で作為的に本件二重計上を生じさせたことは確認できない。
F 国交省の担当部局( おって定義する本件統計室) の責任者は、令和元年11月頃には本件二重計上を認識していたと考えられるが、 令和3年4月分までの本件合算処理( ただし、令和2年1月分以降は、合算は前月1ヵ月分のみとし、また、 過月分調査票の数値は消さずにマスキングテープ(白色のものと思料される。以下同じ。) を上に貼る形とし数値の復元が可能な形にしていた。) を継続した。
G 国交省の担当部局( おって定義する本件統計室) は、本件合算処理と本件二重計上に関連する問題の矮小化を図り、 関係部署に対して必ずしも明確でない説明を繰り返すなど、その事後対応は適切だったとは言い難い。
第2章 建設受注統計調査について
第1 建設受注統計調査の概略
建設受注統計調査とは、統計法(平成19年法律第53号) に基づいて実施される基幹統計調査(同法2条6項) の一つであり、 全国の建設業許可業者(以下「建設業者」という。) から抽出された約1万2千の建設業者を対象とした月次調査である。
建設受注統計調査の目的は、建設業者の建設工事受注動向及び公共機関・民間等からの受注工事の詳細を把握することにより、 各種の経済・社会施策のための基礎資料を得るとともに、企業の経営方針作成等のための参考資料を提供することにある。
建設工事統計は工事額のストックとフローの両面から活用される。工事の着工額あるいは受注額が先行きの見通しを捉える際に有用であり、 これが受注統計調査により把握される。一方、受注工事の毎月の出来高は雇用の動向や資材の動きに密接に関連し、 公共工事や民間設備投資の進捗を捉える上で重要であるが、進捗状況を統計調査から直接把握することは困難であり、 建設受注統計調査にもとづく着工額等のストックデータに工事の種類ごとの進捗状況の分布等を使用して推計される。 このように加工して作成された統計情報が建設総合統計として公表され、広く利用されている。
建設総合統計は、国内の建設活動を出来高ベースで把握することを目的として、昭和43年から作成され、 月別・都道府県別・発注者別・工事種類別等に建設工事の進捗状況が明らかになる有用な統計であり、 GDP の四半期ごとの速報値の公共投資の計数や地域別の建設投資の推計、公共事業の進行状況の把握等に活用されている。
建設総合統計では、建築着工統計調査及び建設受注統計調査から得られる工事費を、着工ベースの金額として捉え、 これらを工事の進捗に合わせた月次の出来高に展開し、月毎の建設工事出来高として推計している。 推計手順は、以下のとおりである。
@ 建設工事進捗率調査の結果から算出した工事別( 土木・建築) 、工期別の進捗率と冬期補正率を用いて、 工事1件ごとに当月着工相当額を当月以降の月次出来高に展開する。
A 年度で別途、決算書から推計される建設投資額と毎月の着工額から求めた出来高の年度合計値との乖離を補正し、 発注者別・地域別・工事種類別に当月の出来高を合計する。
B 当月着工工事の当月分出来高に前月までの手持ち工事高から展開された当月分出来高を合算して当月分の出来高合計を算出する。
第2 建設受注統計調査の開始経緯
国交省は、平成12年3月以前において「公共工事着工統計調査」、「民間土木工事着工調査」及び「建設工事受注調査」の3調査を実施していた。 国交省は、建設工事の動向を受注面から総合的にとらえるために上記3 調査を再編・統合し、平成12年4月から建設受注統計調査を開始した。
第3 建設受注統計調査の方法
建設受注統計調査は、全国の建設業者から抽出された約1万2千の建設業者から、紙媒体又は電子データで調査票の提出を受ける方法で行われている。 電子データで提出される調査票は調査対象の建設業者から国交省に直接提出されるが、紙媒体で提出される調査票は調査対象の建設業者から都道府県に提出された上で、 都道府県から国交省に送付される。
紙媒体の調査票は別添1のもの(以下「本件調査票」という。) が使用されている。
本件調査票は光学文字認識( 以下「OCR」という。) による読み取りが可能な調査票であり、
建設業者は本件調査票に鉛筆で数値等を記入し提出する。
本件調査票が集計され統計として公表されるまでの流れはおおむね以下のとおりである。
@ 調査対象の建設業者は、調査対象月の翌月10日までに必要事項を記入した本件調査票を都道府県に提出する (例えば、調査対象月が4月の場合、建設業者は、5月10日までに本件調査票を都道府県に提出する。)。
A 都道府県は@で提出された本件調査票を、調査対象月の翌月20日までに国交省に送付する( 例えば、調査対象月が4月の場合、都道府県は、5月20日までに本件調査票を国交省に送付する。) 。
B 国交省はA で送付された本件調査票を国交省内にあるOCR 読み取り装置で読み取りデータ化し、 電子データで提出された調査票をデータ化したものと併せて集計し( 詳細は第3 章第3 参照) 、調査対象月の翌々月10日前後に統計として公表する。
第3章 本件統計室の概要について
第1 建設受注統計の所管部署
建設受注統計は、平成12年4月から平成13年1月5日までは建設省建設経済局調査情報課が、 平成13年1月6日から平成19年6月までは国交省総合政策局情報管理部建設調査統計課が、 平成19年7月から平成20年9月までは同省同局同部情報安全・調査課建設統計室が、 平成20年10月から平成23年6月までは同省同局同課建設統計室が、 平成23年7月から平成26年3月までは同省同局情報政策課建設統計室が、 平成26年4月から現在に至るまでは同省同局同課建設経済統計調査室が所管している (以下、これらの建設受注統計の所管部署をまとめて「本件統計室」という。)。
このように、本件統計室は、平成19年6月までは単独の「課」であったが、平成19年7月からは「室」となっている。 なお、本委員会が本件統計室の歴代職員に対して実施したヒアリングでは、 本件統計室は必ずしも体調が万全でない職員や時間外労働等に従事することが困難な職員が配置されることが多かった等の事情から、 慢性的な人員不足に陥っていたとの供述があった。
第2 本件統計室の組織概略及びレポートライン
本件統計室には複数の係が存在するが、このうち建設受注統計を担当するのは建設統計係である。
平成12年4月から現在まで、建設受注統計に関するレポートライン(※4)は、基本的に、下から順に、以下のとおりである。
@ 担当係員( 建設統計係員のうちの1名。
ただし、建設受注統計を担当する係員が存在しない時期も存在する。)
A 担当係長(建設統計係長)
B 担当課長補佐
C 企画専門官等(平成18年3月以前は統計企画官又は建設統計企画官、平成18年4月以降は企画専門官。)
D 室長(平成19年7月から平成26年3月までは建設統計室長、平成26年4月以降は建設経済統計調査室長。
本件統計室が単独の「課」であった平成19年6月以前は室長が存在せず、Eの課長がこの立場を務めていた。)
E 課長(平成12年12月までは調査情報課長、平成13年1月から平成19年6月までは建設調査統計課長、
平成19年7月から平成23年6月までは情報安全・調査課長、平成23年7月以降は情報政策課長。)
F 担当審議官等(平成13年1月5日までは建設経済局の担当審議官、平成13年1月6日から平成20年9月までは
情報管理部長、平成20年10月から平成30年6月までは情報政策等の担当審議官、
平成30年7月以降は担当局長級の政策立案総括審議官(以下「政総審」という。)
ただし、担当係員とは別に、期間業務職員が在籍している期間もあり、 当該期間においては当該期間業務職員も建設受注統計に関与している(現在も在籍し、関与している)。 また、令和2年4月から令和3年3月までは総合政策局総務課専門調査官が本件統計室の併任を命じられ、 室長の事実上の補佐役(いわゆるスタッフ職) として、建設受注統計調査に関与した。
(※4) ここで述べるレポートラインとは、建設受注統計に関与し得る職員において、 業務上の報告や相談を行う上位者が誰になるかを意味する。 そのため、建設受注統計に関する全ての事項がこのレポートラインに沿って報告されるという意味ではなく (第4章で認定するとおり、その上長に報告や相談をするかは報告や相談を受けた職員により判断されることもある。) 、 また、建設受注統計の公表にあたっては他部署が決裁に関わることもある。
第3 本件統計室における建設受注統計に関する業務フロー等
1 業務フロー
建設受注統計に関与するレポートラインは上記第2 のとおりであるが、建設受注統計に関する定期的な業務
(いわゆるルーティンワーク)は以下のとおりである。
建設受注統計調査では、抽出された建設業者がある月分の実績を記載した本件調査票を当該実績があった月 (以下「実績月」という。)の翌月10日までに都道府県に送付し、都道府県はこれを実績月の翌月20日までに本件統計室 に送付することとされている。なお、建設業者から本件調査票が本件統計室に直送されてくることもある。
本件統計室は、その本件調査票について、以下の@〜Eの作業によって統計データを作成する。
@ 調査票に誤記がないか等を目視で確認し、必要な修正作業を行う。
A @が完了した本件調査票をOCR で読み込み、テキストデータ化する
B 電子データで提出された調査票についてもテキストデータ化する。
C A及びBで作成されたテキストデータを、エラーチェックシステムに通してチェックし、必要な修正を行う。
D C で作成されたデータをアップロードする。
E D でアップロードしたデータを独立行政法人統計センターがダウンロードして確認し、
必要に応じて本件統計室に照会を行った上で集計データを作成し、本件統計室に送付する。
なお、時期による変化もあるものの、上記の作業は、A とE を除き、基本的に本件統計室の担当係長、 担当係員又は期間業務職員によって行われている(かつてはA も担当係長以下によって行われていたが、 現在は外注業者によって行われている。)。ただし、ヒアリングによると、@の作業を担当課長補佐が手伝っていた期間もあったとのことである。
2 本件調査票
本件調査票の記載事項は建設受注統計調査の開始以降変更されておらず、建設業者によっておおむね以下の内容が記載される。
・表面
企業名、所在地、建設業許可番号
受注高( 工事種類及び発注者区分ごと)
・裏面
公共機関からの個別受注工事の内訳(1件500万円以上の元請工事に限る。)
民間等からの個別受注工事の内訳( 土木工事及び機械装置等工事は1件500万円以上の元請工事に限る。
建築工事及び建築設備工事は1件5億円以上の元請工事に限る。)
裏面に個別工事内訳を記載する際に1枚の本件調査票のみでは記載欄が不足する場合、 建設業者は1つの月の分の調査票として2枚以上の本件調査票を提出することとなる。 この場合、表面の「受注高」を記載するのは1枚目のみとし、2枚目以降には表面の「受注高」を記載しない。そ して、都道府県にて、受注高が記載された1枚目には表面の右上の端にある「※ 」との記載欄に「1」を記載し、 受注高が記載されない2枚目以降には同記載欄に「2」と記載する ( 「2 」と記載した本件調査票の表面に「受注高」が記載されていると上記1のCでエラーとして認識され修正を求められる。)。
3 調査票に関する制約
建設受注統計における調査票のOCR 読み込み( 電子データで提出された調査票においては同調査票のテキストデータ化) において、
当該調査票がいつの情報を記入したものであるか( 別添1の「令和(引用注: かつては平成)年月分」という記載部分) は、読み取られない。
読み取られた調査票がいつの実績数値であるかは、(本件調査票の「令和年月」という記載ではなく)調査票を上記1の業務フローに乗せた時期によって決定される。 そのため、ある建設業者が1つの月に本件調査票を(遅れた分を含め)2つの月分以上提出した場合、 その2つの月分以上の本件調査票をそのままOCR 読み込みすると、1つの月に1つの事業者の「受注高」データが複数存在することとなり、 上記1のCにおいてエラーとして認識され、そのままでは上記1のD以降の作業を行うことができない。
また、上記1の業務フローでは専ら当月分のデータに関してしか作業することができない。 そのため、平成12年4月から現在まで用いられているシステム上、過月分調査票を1の業務フローに乗せる方法では、 集計済みの過去の月の数値に組み込むことはできない(そのような遡及的な修正は、 遅れて提出された個別の本件調査票に記載されている数値を集計済みのデータに別途組み込む方法で行う必要がある。)。
4 全国説明会
建設受注統計の本件調査票は、上記1のとおり、まず建設業者から都道府県に対して送付され、
都道府県担当者の一次的な審査を経て、国交省に送付される。
そのため、本件統計室は、平成12年以降、毎年(新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった令和2年は除く。) 、 都道府県に対して建設受注統計に関して実施を求める作業等について説明を行う建設工事統計調査全国説明会 (建設受注統計調査開始前の事前説明会を含む。) を実施している(以下「全国説明会」という。)。
全国説明会の運営について、建設受注統計の開始当初の状況は判然としないところがあるが、 毎年同じような内容で行われていた模様である。
第4章 本件各問題について
第1 確認された問題の概略
本委員会は、調査の結果、確認された問題点を、次の3つの項目に整理した。
@ 平成12年の建設受注統計調査の開始時点から、過月分調査票に記載された「受注高」の数値を当月分調査票の「受注高」に合算し、 過月の「受注高」を当月の「受注高」に算入していたこと(都道府県に対して、その旨を指示していたことを含む。 以下、これに関する問題を「本件合算問題」という。)
A 平成25年4月から、建設受注統計調査について、回収率を考慮し、期限までに本件調査票が回収されなかった事業者の受注高については、 回収できた事業者の受注高に抽出率の逆数と回収率の逆数を乗じて推計する方法を採用したが、 この際に上記@の本件合算処理を継続したことによって、当月分受注高に合算した過月分受注高が過剰に統計に反映されてしまったこと (以下、これに関する問題を「本件二重計上問題」という。)
B 事後対応の問題として、平成31年の一斉点検の際に本件合算問題又は本件二重計上問題を報告しなかったこと 及び会計検査院への調査への対応や総務省統計委員会への報告の在り方(以下、これに関する問題を「本件事後対応問題」という。)
以下では、上記の諸点を巡る事実経過と、その原因等について考察していく。第2 建設受注統計調査を巡る事実関係
1 平成12年から平成20年まで
ア 調査票の提出の実情
建設受注統計調査に再編・統合される以前の「公共工事着工統計調査」及び「民間土木工事着工調査」の時代から、
調査対象となる建設業者の中には、調査に協力的でなかった者もあり( とりわけ中小零細企業は期日どおり調査票を提出していたわけではなく)、
複数月分の調査票をある月にまとめて提出する場合があった。
そのころから、遅れて提出された調査票(過月分調査票) については、その開始時期は明らかではないものの、 本件統計室において、当月に合算する扱いがされていたことが認められる。
このような経過の中で、以下にみるように、本件統計室は、都道府県に対し、 過月分調査票に関する本件合算処理の指示を行うようになったものと認められるが、その背景には、 本件調査票の数値を国交省に対する送付前の段階で合算させれば、国交省が行うOCR 読み取り後のエラーチェックシステムによるチェックの際 (第3章 第3の1C) にエラーが出なくなるため、本件統計室の担当者の事務負担が軽減されるという面があったものと考えられる。
イ 都道府県に対する合算の指示
平成12年4月分からの建設受注統計調査の開始に先立つ同年3月21日に全国説明会( 事前説明全国会議) が実施されている。
同説明会にて配布された資料には、調査対象事業者が過月分を含む複数月分の調査票を同時に提出した場合、
「当該各調査票の金額を1枚にまとめ、その他の調査票の当該項目欄の金額は、すべて削除」することが「注意点」として記載されている。
上記の記載に本委員会によるヒアリングの結果を併せ考えると、本件調査票が提出期限に遅れて提出された場合、 過月分調査票表面の「受注高」の数値と当月調査票表面の「受注高」を合算するように、少なくとも、 建設受注統計調査が開始されたときには本件統計室が都道府県に対して指示をしていたことが認められる。
本件統計室が都道府県に対する本件合算処理の指示を開始した際に、 本件統計室のどの職位の者までがかかる指示を行うことを把握していたかについては明らかではない (上記資料には「疑問点等の照会先」として本件統計室の職員の氏名が記載されているが、 記載されているのは係長までである。) 。しかしながら、下記ウでも記載するとおり、 歴代の係長は本件統計室でも合算処理を行っており、都道府県に対して合算処理の指示を開始した際にも、 それを認識していた可能性が高い。そして、合算処理を行った理由としては、 歴代の係長は、遅れて提出された本件調査票の数値(表面の「受注高」の数値のみならず、 裏面に記載された個別工事内訳の数値を含む。) を廃棄せずに有効活用するには本件合算処理以外の方法がなく、 また、合算をしないことにより年間の受注額が実数値よりも少なくなることを懸念した旨供述している。
そのため、都道府県に対する指示の背景にも、年間での受注額の正確性を確保するという意図があった可能性が高い。
こうした本件統計室から都道府県に対する本件合算処理の指示は、建設受注統計開始後である平成13年以降の全国説明会等においても、 繰り返し行われていたことが確認できる( ただし、このような指示を行うことについて、 本件統計室のどの職位の者まで把握していたか明らかになっていない点は上記と同様である。) 。
ウ 本件統計室での合算処理
平成12年度以降に本件統計室で建設受注統計を担当していた係長及び係員は、本件統計室においても、
建設受注統計調査が開始された直後から、過月分調査票の「受注高」の数値を当月分調査票の「受注高」の数値に合算し、
当月の数値として処理していた旨供述する。
一方で、係長らは本件統計室にて本件合算処理を行った本件調査票の数は多くなかったと供述している。 これは、都道府県で合算がなされなかった(いわば合算漏れの) 本件調査票及び電子データで提供された複数月分の調査票について、 本件統計室で合算処理を行っていたためであると考えられる(ただし、係長らの中には、 都道府県での合算処理を認識していなかったと供述する者も存在する。) 。
本件統計室において行われていた合算処理の方法については、職員の供述が一致していない。 建設受注統計開始直後の担当係長は、都道府県に指示していたのと同様の方法(本件調査票の記載内容そのものを書き換える方法) で本件統計室でも合算を行っていたと供述しているが、それよりも後の担当係長の中には、本件調査票の記載内容そのものは書き換えずに、 本件調査票のOCR 読み込みを行った後にパソコン上のデータを修正する際(第3章 第3の1のCの作業の際) に、 合算処理を行ったと供述する者もいる。
本件統計室での本件合算処理を行っていた担当係長の一部は、 上司( 当時の課長補佐) に対して相談した上でかかる合算処理を行っていたと供述しており、少なくとも、 平成12年前後の本件統計室の担当課長補佐には本件合算処理が報告されていたと考えられるが、 当該担当課長補佐よりも上の職位の者に対してその報告等がなされていたことは確認できていない。
なお、本件統計室において本件合算処理を行っていた係長らは、本件合算処理を行った理由について、 おおむね以下のように供述している。
・過月分調査票を公表済みの統計に遡及的に組み込むことは実務上困難であった。
・過月分調査票を完全に除外してしまうと、年間で見た際の「受注高」の数値が正しい数値を下回ることになるため、
本件合算処理を行った方が( 月次での数値が正確でなくなるとしても) 年間での「受注高」は正確な数値となる。
・過月分調査票を完全に除外してしまうと、
本件調査票表面の「受注高」のみならず本件調査票裏面に記載された個別工事内訳の情報等も活用できなくなり、
建設業者から提供を受けた情報が無駄になってしまう。
2 平成21年〜平成25年4月( 欠測値見直し作業)
ア 推計方法の見直しについて
平成21年3月、「公的統計の整備に関する基本的な計画」が閣議決定され、
同決定において「証拠に基づく政策立案への要請が高まっていることから、
公的統計の要求水準が質・量ともに高まり、そういった要請に適切に応えていかなければならない。」との方向性が示される中、
建設受注統計調査においては、建設投資の急激な減少等によって調査票の回収率が平成20年度には60.2% まで落ち込み(※5)、
統計精度の低下が懸念される状況となった。
本件統計室は、そのころから、統計精度向上に向けての検討を開始し、 平成22年1月、第1回建設工事受注動態調査検討会(※6)が開催され、 同年3月の第3回まで会合がもたれて検討が進められた。
(※5) 平均回収率は、平成15年度が65.2% 、平成16年度が63.9% 、平成17年度が63. 7% 、
平成18年度が63.1% 、平成19年度が62.2% 、平成20年度が60.2% であった。
(※6) 建設統計室及びコンサルタント会社を事務局として、統計学者らを含む外部有識者を委員とする検討会である。
この検討会では、回収率の低下の原因の調査のほか、建設工事施工統計調査の完成工事高と建設受注統計調査の受注額の年額との比較対象(※7) が行われるなどし、いわゆる欠測値の補完(※8)の検討が進められ、同年3月に、抽出率の逆数に加え、 抽出層別の回収率の逆数を乗じる手法の優位性が明らかであるとする報告書をとりまとめた。
同年7月からは、建設工事施工統計調査を含む建設工事統計調査の精度向上方策等を検討する建設工事統計調査検討会が設置され、 建設工事施工調査の事業者抽出方法なども併せて検討され、平成23年4月までに4回の検討会が開催された。
平成23年7月、国交大臣より総務大臣に対し、「基幹統計調査の変更について( 申請) 」が提出された。 この変更申請は、建設工事施工統計調査の調査対象事業者の抽出方法の変更についての承認申請であったが、 添付資料に建設受注統計調査の推計方法の見直しが必要との記載がある。
同月中には、前記変更とともに建設受注統計調査の推計方法の見直し(従来の抽出率の逆数を乗じる方法に加え、 抽出層別の回収率の逆数を加味する方法に見直す) についても総務大臣から統計委員会委員長に諮問され、 同年8月、第29回及び第30回産業統計部会(※9)の審議を経て、同年9月に、同委員会より総務大臣に対し、 変更を承認して差し支えない旨の答申が提出され、同年10月、総務大臣より国交大臣に、一部条件を付した上で、 建設工事施工統計調査の調査対象事業者の抽出についての申請が承認された。
建設受注統計調査について、従前の抽出率の逆数を乗じたことに加えて、抽出層別の回収率の逆数を乗じる方法で推計することは、 本件承認の対象となってはいなかったが、上記統計委員会の答申の中で、統計精度の改善を図るための変更であり、 同推計方法は適当であるとされていたことから、同推計方法に変更されることとなった。
これと並行して、本件統計室は、平成23年度に国交省が保有する建設工事受注動態統計調査の各システムの改修を行い、 平成24年度には、独立行政法人統計センターに推計方法の見直しに伴う回収率の逆数の算出等の依頼を行っている。
以上の経過を経て、建設受注統計調査の推計法は、平成25年4月分から、抽出率の逆数と回収率を加味した推計方法に変更された。
上記建設工事受注動態調査検討会、建設工事統計調査検討会、統計委員会産業統計部会には、 室長、課長補佐が参加し、係長は書記係として参加していた。また、会議資料作成は、課長補佐が全て作成していた。
なお、平成24年度に独立行政法人統計センターに回収率の逆数の算出等を依頼した際、 過月分を合算する集計方法について言及された形跡は認められない。
(※7)建設工事施工統計調査は、年単位の調査で、抽出された建設業者から年間の完成工事高を集計している。 同調査における平成19年度の工事完成高は約85兆円であり、建設受注統計調査の受注額の年度合計額は約52兆円となっており、 近接する数値となっていなかったため、建設受注統計調査の受注額を、完成工事高に整合させる補完措置が検討された。
(※8)欠測値の補完とは、工事受注実績がありながら調査に回答しなかった事業者があることを想定し、調査の結果実際に集計された数値を、 本来受注があったにもかかわらず回答しなかった数値を推計した上でこれを加算して修正補完する措置である。
(※9)産業統計部会とは、統計委員会の下に設置され、同委員会の所掌事務のうち、農林水産、鉱工業、 公益事業及び建設業の統計に関する事項を調査審議している。
イ 全国説明会での説明
上記のとおり、本件統計室では、全国説明会において、各都道府県担当者に対し、
過月分の調査票を含む複数の調査票が提出された場合は当月分に過月分を合算して記入し直すとの作業指示をしてきたところ、
平成21年から平成23年の説明会においても、同様の指示をしていたことが認められる。
平成24年5月27日、平成24年度建設工事統計調査全国説明会が開催されたが、その開催に当たっては、大部な資料が作成されている。
建設受注統計調査に関する資料には、OCR 読取りのための数字の記入例、対象業者からの問い合わせへのQA のほか、 「受注動態統計調査調査票審査の手引き」と題するパワーポイント資料( 以下「手引き」という。) が含まれており、 同手引きの9 ページ目には「万が一、複数月で提出されてしまった場合について」との表題の下に、 表面の受注高は複数枚それぞれの受注高を合算して1枚目に計上し、 2枚目以降の表面の受注高の数字を消して空欄にして提出するよう求める説明がされていた。
この資料は、確認された限り係長以下が作成しており、平成24年5月の全国説明会資料の出席者名簿には、 企画専門官、建設統計情報分析官、課長補佐の名前が記載されていた。
ウ 推計方法の変更と都道府県に対する本件合算処理の合算指示の矛盾と関係者の認識
建設受注統計調査において回収率の逆数と抽出率の逆数を用いて欠測値を補完するという推計方法を採用した場合、
本件調査票が期限内に提出されなかった月については、回収率の逆数を乗じることによって推計した数値を当該過月に計上することになるが、
さらに、本件合算処理によって当該過月分の実績をこれが提出された月に計上すると、本件二重計上が生じることになる。
そうすると、本件統計室で行っていた推計方法の見直しに合わせて、都道府県に対して行っていた本件合算処理の指示を取りやめて、 過月分を集計の対象から外さなければならなかった。
しかるに、本件統計室では、統計精度の向上のために回収率の逆数を乗じる欠測値補完措置を講じるとしながら、その一方では、 平成24年5月の全国説明会資料として「万が一、複数月の調査票が提出された場合について」と本件合算処理を指示する資料を作成し、 統計精度の向上とは相容れない方向に動いてしまっていた。
次に、本件統計室における本件合算処理の運用に関する室長、課長補佐、係長、係員の認識について検討すると、まず、 推計方法の変更が検討され始める以前においては、本件合算処理は、本件調査票集計上の実務の運用の方法であり、係長、係員は認識していた。
他方、本件調査票の集計チェックに関わったり、全国説明会に出席したり、 配付資料を確認したことのある課長補佐の中には本件合算処理を十分に認識していた者もいると認められるが、代々の室長は、 本件合算処理を知らなかったと認められる。
推計方法の変更を検討する過程における室長らの認識については、推計方法の変更に関わった当時の室長は、 本委員会のヒアリングにおいて、本件合算処理が行われていたことは知らなかったと述べている。また、平成23年9月まで在籍した課長補佐は、 全国説明会に出席しており、全国説明会での本件合算処理の説明を聞いていたと認められるが、 係長以下の行う集計業務は自分の所掌外の事務であったという意識から、その説明に耳を傾けて聞いていたことはなく、推計方法の変更の過程で、 本件合算処理は意識にはなかったと述べ、その後任の課長補佐も同様に供述する。しかし、当時の係長は、課長補佐も本件合算処理を認識しており、 課長補佐とも相談の上で本件合算処理を続けたと供述している。
以上のように、課長補佐が本件合算処理を認識していたかについては、供述が対立するところもあって、 事実の確定は現時点での証拠関係からは困難ではあるが、少なくとも、次の点は指摘できよう。
すなわち、推計方法の変更の検討の過程で、本件統計室全体で、推計方法の変更を行うことについての情報を共有し、 建設受注統計調査の業務フローの全てをもう一度点検し直しておきさえすれば、本件合算処理が行われていることを知り得たことは間違いない。 そうであれば、推計方法の変更と合わせて、本件合算処理の運用を解消し、統計精度を高めるとの本来の目的を達することができた。
なお、室長らが、導入を検討していた欠測値補完措置と本件合算処理を併存させれば本件二重計上が生じることを認識しつつ、 あえて統計的により大きな数字を公表しようとするなどの作為的な意図によって併存させることにしたとは認められず、とりわけ、 時の政権のために本件二重計上を生じさせたこと( そのような介入があったことを含む。) は確認できなかった。
3 平成25年4月〜平成30年(欠測値見直し後の二重計上)
ア 平成25年4月、前記の欠測値補完措置が開始されたが、本件合算処理は、変更・廃止されることなく、
従前と同じ方法で続けられた。その結果、本件二重計上問題が生ずることとなった。
しかし、後記のとおり令和元年に担当課長補佐が本件合算処理について疑義を唱えるまで、本件合算問題や本件二重計上問題について、 表立って問題提起を行う者は現れなかった。しかも、前記のとおり、 平成24年5月の全国説明会に際して手引きが作成・配付されてから平成30年度の全国説明会まで、毎年の全国説明会において、 同様の手引きや文章で記載した資料( 表題は「建設工事受注動態統計調査にかかる毎月の作業について」など) 等を配付し、 過月分合算の方法を説明することが続けられた。加えて、平成27年5月の全国説明会からは、 本件調査票の画像を明示して更に詳細に過月分合算の方法を解説した参考資料を配付するようになった。
このように、本件統計室では、欠測値補完措置の開始後も、本件合算処理を継続し、本件二重計上問題を発生させただけでなく、 都道府県の担当者に対する過月分合算の方法の説明をより分かりやすく進化させ、都道府県の担当者に遺漏なく過月分合算をさせるよう努め続けていた。
ただし、例年、全国説明会の配付資料作成及び実際の説明は担当係長以下で担当していたところ、担当係長は、 事前に配付資料を担当課長補佐に提出し、これを全国説明会で配付することについて了承を得るのが通例であったが、歴代の担当課長補佐が、 配付資料の内容を読み込み、全国説明会で過月分合算の方法を説明することを把握していたのかどうかは、 本調査におけるヒアリングによっても不明であった。
他方、歴代の担当課長補佐が、当該配付資料を企画専門官以上に提出し、全国説明会での配付等について了承を得ていたかどうかについては、 本件調査におけるヒアリングの結果、そのようなことはしないのが通例であることがうかがわれた。
イ このような状況の中、平成30年10月、室長が本件合算問題及び本件二重計上問題を認識し得る、以下の
出来事があった。
本件統計室では、毎月、建設受注統計の数値の公表前に、担当係長が、室長、企画専門官、 担当課長補佐らに対して公表数値等を説明すること( 以下、本件統計室での呼称にあわせ、これを「室レク」という。) が恒例となっていた。 担当係長によれば、平成30年10月5日の室レクにおいて、担当係長は、建設受注統計で本件合算処理をしていることに言及した。
当該担当係長は、ヒアリングに対し、もともと本件合算処理について説明する予定はなく、偶々本件合算処理に触れたところ、 室長( 同年8月着任) がけげんな表情をした上、他の室レク出席者が触れてはならないことに触れたという雰囲気になったため、 上記室レクでは、それ以降本件合算処理については述べなかったとのことである。
担当係長は、上記室レクの後、当時の担当課長補佐から、本件合算処理を行っていることは、おそらく、 代々課長補佐以下しか知らないことであるとの説明を受けた旨述べている。
なお、室長は、上記室レクにおいて本件合算処理への言及があった記憶はないと供述しているが、 本委員会が確認した上記室レク後の室長と担当係長のやりとりからすればかかる供述は信用しがたく、 少なくとも室長が同室レクにおける発言の趣旨を担当係長に確認すれば、本件合算問題及び本件二重計上問題を認識し、 改善策を検討する契機となったと思われる。
しかし、室長は、本件合算処理の実態を調査等することはなく、その後も本件合算処理及び本件二重計上は続けられた。
4 平成31年1月(一斉点検)〜 同年3月(点検検証部会における基幹統計調査の予備審査)
ア 一斉点検について
総務省は、毎月勤労統計における不適切事案を受け、平成31年1月16 日、各府省に対し、
基幹統計の点検作業の内容( 実施要領) を説明するとともに、各府省における点検結果の報告を依頼した。
その実施要領では、「調査対象の選定方法(全数調査/抽出調査の別、抽出方法、抽出率、報告者数等)」について 「承認された調査計画や対外的な説明どおりに調査が行われているか」が点検項目とされ、また、 抽出調査における「復元推計の実施状況」すなわち「抽出調査において、統計的な処理( 復元) が適切に行われているか」 という項目についても点検項目とされたほか、重大な支障のある統計についても報告するよう求めていた。
各府省は、これに対し、チェック方式の「点検作業表」に必要事項を記入して総務省に提出することが求められていた。 点検作業表では「復元推計の実施」として「復元乗率、プログラムの確認年月、確認方法等を記載」とされていた。
また、点検を機に新たに問題等が把握できた場合についても報告するよう求められたが、 建設受注統計調査についての国交省の回答内容は「復元乗率」と「プログラムの確認年月・確認方法」に限られており、 前者については「抽出率の逆数及び回収率の逆数」と、後者については「乗率: 平成24年3月調査対象者名簿抽出プログラム改修時の完了検査平成31年1月統計センターに確認復元:平成24年3月 集計システム回収時の完了検査平成31年1月統計センターに確認」とそれぞれ記載されている。
ところで、一斉点検に先立つ平成30年12月27日に、同年11月分の建設工事受注動態統計調査(大手50社調査) の結果を公表したところ、 平成31年1月4日に建設事業関連業者から「施工高」と「手持ち工事高」が他の月に比して大きな数値となっている旨の指摘を受けたため、 国交省が本件調査票を提出した事業者に確認したところ、事業者が金額欄の単位を誤って記載していたことが判明した。
その後の国交省の精査により、当該事業者以外の7事業者についても誤記載などの問題が判明した。
総務省は、平成31年1月24日、各府省における一斉点検の結果を取りまとめ公表した。 点検結果は、毎月勤労統計のように承認された計画や対外的な説明内容に照らして実際の調査方法、 復元推計の実施状況に問題のある事案はなかったというものであった。
上記の建設工事受注動態統計調査( 大手50社調査) における誤記載の問題は、実施要領に示された点検項目ではなかったものの、 一斉点検の結果の一環として公表され、今後は「正確な値を確認した上で訂正して公表する」こととされた。
このように、一斉点検では、点検項目以外の問題も報告されたものの、本件合算処理について報告されることはなかった。 この点、本委員会のヒアリング等の調査の結果によれば、当時の係長は、過月分合算については、 一斉点検の調査項目とはされていないと理解していたものの、 過月分合算を報告した方がよいと考えて上司である課長補佐及び企画専門官に相談したが、 これらの上司が消極的な立場であったため、一斉点検の際の報告の対象にしなかったことが認められる。
イ 点検検証部会における基幹統計調査の予備審査について
総務省による一斉点検の結果の公表後、毎月勤労統計の不適切事案に端を発する一連の流れを受け、
公的統計に対する信頼を回復すべく更なる検証に取り組むため、統計委員会の下に点検検証部会が新たに設置された。
点検検証部会における基幹統計に関する調査の一環として総務省統計委員会担当室は、平成31年3月8日、 各府省に対し、基幹統計調査の予備審査のため「基幹統計調査に係る書面調査票」の回答を依頼した。
建設受注統計調査についての書面調査票における国交省の回答においても、一斉点検の際と同様、 過月分合算処理が報告されることはなかった。
ちなみに、建設受注統計調査についての国交省の書面調査票における回答を見ると、
まず、「プロセスごとの管理者の役割」のうち、「課室長級の管理者は、
企画、審査、疑義照会、集計、公表の各プロセスにおいてどのような場面で関与しているか。」の質問のうち、
【審査・疑義照会・集計】の欄では、「審査や疑義照会( 軽微なものを除く) 、集計の状況について、
情報を共有の上、必要に応じて確認すべき事項等の指示をする。」と回答している。
本委員会の調査の結果によれば、集計レベルの情報が室長に共有されることはほとんどなかったと認められ、 当該回答は、実情を反映していない不正確なものであると言わざるを得ない。
また、書面調査票の「B 調査・集計方法の透明性」のうちの「業務マニュアルの整備状況」、「担当者が異動しても手順やノウハウが継承され、 統計の品質が確保されるよう、統計作成上のポイントや手順等が整理された文書( 名称、体裁は問わない。) の有無」について「有」とチェックされている。
この点についても、 担当者が個々に作成する個別の引継書をもって「担当者が異動しても手順やノウハウが承継され、 統計作成のポイントや手順等が整理された文書」ということができるのかは疑問なしとしない。
5 平成31年4月〜令和元年11月(全国説明会資料の書き換え指示削除等)
ア 令和元年5月の全国説明会前後
平成31年4月、本件統計室に新任の担当課長補佐が着任したが、
当該担当課長補佐は、着任後まもなくして、本件合算問題に気付いた。
担当課長補佐は、さらに、担当係長から令和元年5月16日開催予定の全国説明会の配付資料の事前提出を受け、 これをチェックしたところ、手引き中に本件合算処理を説明したページがあることに気付き、担当係長に対し、 当該ページは削除すべきではないかとの問題意識を伝えた。これを受け、担当係長は、手引きから当該ページを削除するとともに、 「建設工事受注動態統計調査にかかる毎月の作業について」と題する配付資料における「調査対象業者が複数月分( 過去分と当月分) をまとめて提出してきた内、「実績あり」が1ヵ月でも含まれている場合は、全ての調査票を重ねて「実績あり」に分類してください。」 との記載を「調査対象業者から複数枚提出があり「実績あり」が1枚でも含まれている場合は、 全ての調査票を重ねて「実績あり」に分類してください。」との表現に変え、全国説明会でも同様に説明した。
しかし、都道府県に対し、本件合算処理を取りやめるよう指示することはなく、その後も引き続き本件合算処理は続けられた。
イ 和元年6月頃
担当課長補佐は、令和元年6 月頃、室長及び企画専門官に対し、
本件合算処理をしている実態及び本件合算処理を取りやめるべきことを訴えたが、室長及び企画専門官が、
本件合算処理の取りやめに向けて動くことはなかった。
なお、担当課長補佐は、ヒアリングに対し、この問題について室長及び企画専門官と話し合った際、 室長及び企画専門官から公表はしない旨の発言があったと供述している。
ウ 令和元年9月〜11月前半頃
担当課長補佐は、その後も引き続き、室長及び企画専門官らに対し、本件合算処理を取りやめるべきである旨訴え続けた。
そうしたところ、室長及び企画専門官は、まず本件合算処理によってどの程度実態と乖離するのかを検証してみることとし、
令和元年9月上旬頃、企画専門官が、担当係長に対し、令和元年7月集計分と平成31年3月集計分について、
過月分を除いた数値を試算するよう指示した。
担当係長が当該試算を実施し企画専門官に報告した際、企画専門官は、担当係長に対し、本件合算処理自体は続ける前提で、 都道府県に対して過月分合算を取りやめて事業者から提出された本件調査票をそのまま国交省に提出するよう指示することが可能かどうか持ち掛けたところ、 担当係長は、当該指示は可能だが、すぐに指示を反映してくる都道府県は一部であり、徹底されない可能性があること、 都道府県に過月分合算をせずに本件調査票を提出するよう指示するだけで、本件合算処理自体は続けるのであれば、 国交省担当者において本件合算処理をすることになるが、作業量過多となることから困難であるとして、難色を示した。
このことについては、企画専門官から室長に報告されたものと推測される。こうして、このタイミングで、 都道府県に対して本件合算処理を取りやめるよう指されることはなかった。
6 令和元年11月〜和2年7月
(本件調査票の直接本省送付指示、前月分だけの合算の経緯、会計検査院対応)