管理組合の運営   >   管理組合総会 目次  >  【前頁】 7.「改正」か、「運用解釈」か > 8.荒れる総会 5つの対策
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8.荒れる総会 5つの対策

   法は頼りになるか?

 総会は審判のいないサッカーのようなもので、 参加者全員がルールを守っている場合には何の問題も起きないが、 ルールに従わない者や自分勝手な独自のルールを主張する者が一人でもいると、厄介な問題を引き起こす。

 聞く耳持たず、執拗に自分勝手な主張を繰り返す者にルールを説明したところで、何の効果もない。

 そんな相手に「毅然として対処する」とはどういうことかを、具体的に判例の中から探ってみます。

 相手がどんなに不当な妨害行為をしようと、それを止めさせること、つまり、 法的に相手の権利を制限することは、うんざりするくらい面倒な(「厳格な」というべきか?)手続が必要であり、 しかも裁判所が幾ら仮処分を発令したとしても、それを無視する相手には現実には何の効果もない。

 なお、総会の運営に関して具体的に詳細な定めのある商法・会社法と異なり、区分所有法には具体的な定めはなく、 また、管理組合総会に関する判例も少ないことから、ここでは商法・会社法における判例を基準に述べています。

 商法・会社法による判例を管理組合に準用する場合の注意点は
「3.改正か、運用解釈か」の中の 「(注1) 経営参加型ガバナンスのレベル」 を参考にしてください。

 総会の合議のあり方と運営ルールに関しては、株主総会も組合総会も基本的には同じなのですが、 事例によってはそのまま適用できない場合もあることをお断りしておきます。

 判決理由の中で商法・会社法の条文を根拠として例示している以外の部分では、基本的には株式会社も管理組合も同じです。 判例の中から、「争いのない定説」ともいうペき解釈を読み取っていただければ幸いです。

1. 総会への出席拒否はできるか?

[判例1]

 京都地裁判決平成12年6月28日 平成12年(モ)第1130号 [保全異議申立事件]
 (金判1106号57頁 [株主総会出席禁止])

[事件の概要]

 京都S地区の発展等に必要な事業を行うとの目的で設立された権利能力なき社団であるS協議会は、 昭和52年5月頃からX銀行の支店で預金口座を開設したが、 平成4年頃からこの口座の出入金をめぐりX銀行とトラブルとなり、X銀行に対し過激な抗議活動を繰り返すようになった。

 Xの申立てにより京都地裁は平成9年11月、S協議会に対しXの本・支店及び役員宅への立ち入り禁止仮処分決定を発令し、 次いで平成10年8月、Xの本店から半径300m以内の地域において、横断幕、のぼり、プラカード等を立てて、居座り、集団で徘徊し、 大声で演説するなどのX銀行への妨害行為を禁止する仮処分決定、更に、平成10年10月、Xの役員宅から半径500m以内の地域において、 同様の妨害行為を禁止する仮処分決定を発令した。

 しかし、S協議会の構成員ら数十名はその後も上記仮処分決定に違反して、頻繁にX銀行の本・支店の付近に赴き、拡声器を用い大音量で連呼し、 座り込みなどの抗議活動を継続した。

 更に上記の仮処分決定後、S協議会の構成員ら41名はX銀行の株式を取得し、株主総会直前の抗議行動で「Xの株主総会を粉砕する」と連呼した上、 平成11年6月開催のX銀行株主総会に出席し、議題に無関係な質問と抗議を繰り返し、 議長が静粛にするよう指示をしても従わず、「金返せ」「異議あり」などと大声で騒ぎ、株主総会の正常な運営を妨害した。

 その後もS協議会の構成員らは上記仮処分に違反した抗議活動を頻繁に行ったため、Xの申立てにより京都地裁は平成12年5月、 S協議会に対し各決定に違反した場合、1日につき金200万円の支払を命ずる旨の支払予告決定(間接強制)を行ったが、 S協議会の構成員らはこれを無視し、その後もX本店に押しかけ抗議活動を行い、 「今年の株主総会は徹底粉砕する」などど連呼した。

 X銀行は「株主総会を正常に進行することを通じて、株主の利益を維持する権利を被保全権利として、 Yらが平成12年度株主総会に出席することを禁止する旨の仮処分」を申立て、京都地裁は平成12年6月23日、Xが平成12年6月28日までにYらに対し、 各金100万円の担保を立てることを保全執行の実施の条件として、「平成12年6月29日、 東京千代田区所在のX銀行本店内において開催される定時株主総会に出席してはならない」とする仮処分決定を発令した。

 これに対し、Yらは保全異議の申立てをした。


[判決要旨]

原決定認可(確定)
 「株主総会の議長には総会を公正かつ円滑に運営する権限が与えられている(商法237条ノ4)ところ、議長は、 株式会社から総会の議事運営という特殊の会社事務の委託を受けていると解されることに鑑みると、委任者たる会社にも、総会を混乱させることなく、 総会の議事を円滑に運営し、終了させる権限があるというべきである。

そして、株主総会が株主の総意によって株式会社の基本的事項についての会社の意思を決定する機関であり、 その円滑な進行は会社の企業活動全般にとって極めて重要なものであること、 一方、総会開会前においては会社が、右の重要な措置を講じることができないものと解すべきである。」

 Yらの平成11年度株主総会における行動は、Xに対する抗議行動の一環として行った、議題とは無関係なものであって、 株主としての権利行使の範疇を超えたもので、正当な権利行使ということはできないと一応認められる。

 Yらが、この1年間、同様の形態での抗議活動を続け、最近の抗議活動の中で、本件株主総会につき、 平成11年度株主総会以上に混乱させることを宣言していることに照らすと、 Yらは、本件株主総会においても、平成11年度同様、株主としての正当な権利行使の範疇を超えた妨害行為に出て、 Xの株主総会の議事を円滑に運営し、終了させる権限を侵害する蓋然性が高いものと一応認められる。

 加えて、Yらが裁判所の発令した仮処分決定に反する抗議行動を執拗に行っていることに鑑みると、 Yらに対して、株主総会会場内における総会の円滑な進行を妨げる行為を個別具体的に禁止するだけでは足りず、 株主総会への出席自体を禁止する必要性が高いというべきである。」

解説

 旧商法237条の4第3項(会社法第315条)

 旧商法237条の4第3項は「議長は其の命に従わざる者其の他の総会の秩序を乱す者を退場せしむることを得」と規定している。 (現在は、会社法第315条(議長の権限)「株主総会の議長は、当該株主総会の秩序を維持し、議事を整理する。」 「2 株主総会の議長は、その命令に従わない者その他当該株主総会の秩序を乱す者を退場させることができる。」にて規定)

 この規定は、総会の秩序を乱す者に対して最長が退場を命じることができることを規定しているだけでなく、 さらに、議長の退場命令に従わない者に対しては、自力救済が認められる範囲内において実力を行使して退場させることができることを定めている。

すなわち、「総会の秩序維持のために必要があるときは、議事の進行を妨害する株主の発言を禁止することなどはもとより、 その指揮に従わない者その他総会の秩序を乱す者を退場せしめることもできる(旧商法237条ノ4・会社法315条1項・2項)。

そのためには、自力救済が認められる範囲内において実力を行使し、また必要がある場合に警察力を借りることも許される。 総会が混乱し、議場が喧噪をきわめて事実上総会に諮ることができない場合には、議長の判断によってこれらの措置をとることができる。」とされている。 このことは、同条項の明文が「退場を命ずることを得」ではなく「退場せしむることを得」と定めていることに端的に表れている。

 すなわち、総会の秩序を乱し、退場命令を受けているにもかかわらず退場命令に従わない者を放置したままでは、株主総会を進行させることが出来ない。 また、このような者を退場させるために、常に裁判手続を経る必要があるとすれば、正常な総会運営を図ることは不可能である。 退場命令に従わない者を退場させ、株主総会の議事を正常化させることは議長の義務である。

 そして、このような条文の規定及び争いのない定説ともいうペき解釈を受けて、 実務上も、「株主がこれに従い退場すれば問題ないが、退場しない場合にはさらに重ねて退場を催し、それでも応じない場合には、 退場するまで必ず議事を一時的に中断して議長は事務局〈ガードマンなど)に命じて退場処置をとることになる。 その場合の退場処置というのは、当骸対象株主に対し議長の命による退場を促し、 動く気配がないときは身体を取り囲む、腕をとるなど必要最小限度に身体の自由を拘束して退場させることができる。

しかし従業員や保安要員等による実力排除にはおのずから限界があるから、 会社が警備保障会社のガードマンを配置して必要に応じて議長権限行使のため警備員の手を借りることが望ましい。」という運用が一般化されている。

 更に付言すれば、本件退場命令の行使は株主総会運営を妨害する不法行為に対する、 正当防衛または法令に基づく正当な業務行為にも該当するものであるのみならず、 適法に発せられた退場命令に従わない者は刑法上の不退去罪にも該当するものであり、退去を強制できることは当然のことである。


2. 退場命令を出すとどうなるか

 東京地裁判決平成8年10月17日
 平成7年(ワ)第23939号 (判タ939号227頁 退場命令[損害賠償請求事件])

[事件の概要]

 X(原告)は、Y会社(被告)の株主総会における議長の違法な退場命令権の行使により、株主権の行使を妨げられ、 これによって精神的損害を受けた旨主張し、Yに対する損害賠償請求訴訟を提起した。
当該株主総会における退場までの流れは以下の通りである。

Yは、平成7年6月14日付けで、定時株主総会の招集通知を発送した。Xは、同総会において、Yが開発にかかわっているゴルフクラブに関し、 同会社の元専務取締役の被害状況について質問すべく、あらかじめYに対し、平成7年3月に質問状を送付し、質問事項を通知していた。

 株主総会当日、議長は、冒頭、株主総会の議事を円滑に進行するため、議事進行については議長の指示に従ってもらうように発言し、 また株主からの質問は、報告事項及び監査役の監査報告が終わった後にしてもらうこと、発言者はすべて議長からの承認を受けた上で、自分の席で 発言すべきことなどを説明し、出席株主多数の承認を得て、議事に入った。

 議長が目的事項のうち報告事項である営業報告書等を上程したところ、Xは質問を許可することを求め、不規則発言を繰り返した。これに対し、 議長はXの発言に対し、静粛にし、議事進行に協力するよう求めたが、Xは不規則発言を行い、罵声、怒号を繰り返して議事進行を妨害した。

 そこで議長はXに対し、議長の許可のない不規則発言を中止するよう求め、不規則発言を続けると会場から退場させる旨警告した。

 上記警告の結果、Xが発言を中止し、会場が平静となったので、議事を再開し、報告事項の報告及び監査役の監査報告が終了した。

 その後、Xからの質問状に対して、副社長が、本件質問状に記載されたXの質問事項は、Yは権利関係の当事者ではなく、 Yにおいて返事をするという性格のものではないと考える旨の発言をし、回答を拒否した。

 Xはこれに納得せず、不規則発言を繰り返し、議長の発言中止命令にも従わず、「きたないですよ。議長」「告訴するよ」「ちゃんと男らしくやれ。おい」 「弁護士立ってみろ。こら」「この野郎。おい」「ちゃんと答えろ。議長」など悪口雑言を繰り返した。

そこで議長はなおも不規則発言を繰り返した場合には、Xを会場から退場させる旨申し渡した。

 Xは議長の指示に従わず、 不規則発言を繰り返し、その口調は厳しく、内容も悪口雑言であって、それにより議場が混乱したため、 議長は株主総会の適正な議事進行のためには、もはやXを退場させるほかないと判断した。そして慎重を期すため、 出席株主に対し、Xを退場させることの可否について賛否を問うたところ、 可とする意見が多数であったため、議長はXに対し、本件退場命令を発し、Xを退場させた。


[判決要旨]

請求棄却(確定)

 「商法237条ノ3第1項但書きは、その事項が会議の目的たる事項に関せざるを得ないときは、説明をなすことを要しない旨定めているところ、右の通り、 Xの質問事項は本件株主総会の目的事項と関連性を有しないものであり、Yの取締役に右質問事項についての説明義務はないというべきである。

 副社長が本件株主総会においてXの質問事項は本件株主総会の目的事項とは関係がないからYにおいて返事をする性格のものではない旨説明したことに何ら不当な点はない。」

 「Xは右説明に納得せず、不平不満を言い、不規則発言を続け、議長の発言中止命令にも関わらず、さらに不規則発言を継続したものであり、 しかも、Xの言動は罵声、怒号、ヤジや悪口雑言を並べ立てるものであり、議長は不規則発言を中止しないと退場を命ずる旨再三警告したが、 それでもXは不規則発言を中止せず、その結果、本件株主総会を混乱に陥らせ、議事の進行を妨害したものである。」

 「そこで議長は、Xが命令に従わず、本件株主総会の秩序を乱したものとして、商法237条ノ4第3項に基づき、Xに対し退場を命じたものであり、 本件退場命令に権限濫用等の違法な点は存在しないというべきである」

3. カメラ等の持ち込み禁止の理由

 東京地裁判決平成20年6月25日
 平成20年(モ)第52303号 (判事2024号45頁 [ビデオカメラ等持込禁止])

[事件の概要]

 Y(仮処分事件の債務者)らは、X会社(仮処分事件の債権者)の株主であるが、従前開催されたXの株主総会において、議長の制止を無視して、 自ら議場に持ち込んだマイクやスピーカーを用いて、 不規則発言を行ったり、自作の歌を録音したCDを再生する等して、株主総会を混乱させ、その結果、度々議長による退場命令を受けていた。

 また、Yらは株主総会の混乱状況等をビデオカメラで撮影し、開設したホームページ上に「株主総会闘争報告」などと題して掲載しており、 その中には、発言や退場に要した時間の長さを誇るかのような記載が存在していた。

 そこでXは、平成20年6月27日に東京都港区において第84回株主総会を開催するに先立ち、東京地裁に対して、 株主総会の議事を適正かつ円滑に運営する権利を被保全権利として、「Yらは、 平成20年6月27日午前10時、東京都港区において開催される第84回株主総会に、ビデオカメラ、カメラ、マイク及びスピーカーを持ち込んではならない。」 との申立ての趣旨の仮処分を申立て、平成20年6月5日、Xの申立てを認容する仮処分決定(判時2024号46頁参照。以下「原決定」という)が発令された。

 Yは原決定を不服として、保全異議の申立てをした。

原決定の要旨

 

 株主は、その固有の権利として議決権(株主総会の議決に加わる権利)を有している(会社法308条1項)ところ、かかる権利を実効あらしめるためには、 株主総会の場において株主・会社(取締役等)間(場合によっては株主相互間)における十分な質疑討論の機会が保障される必要があり、 かかる質疑討論や議決権行使の際の判断材料を提供するために、取締役や監査役等の会社機関は、 株主総会において会議の目的である事項に関し十分な説明を行う義務を負担している(同法341条)。

 しかしながら、株主の議決権やその前提としての質疑討論の機会がいかに重要であるとしても、これらの権利等の行使は無制限に許されるというものではなく、 その内容が株主平等原則に反したり、その態様が他の株主による質疑討論の機会を奪うものであってはならない。

 株主総会の議長が有している「総会の秩序を維持し、議事を整理する権利」(総会の秩序を乱す者を退場させる権利を含む。同法315条)は、 組織体としての株式会社が有している。その意思決定機関としての株主総会における議事を適正かつ円滑に運営する権利に由来するものであるが、 他面において、株主総会に出席する複数の株主に、 上記のとおり十分な質疑討論の機会を等しく保障し、その相互間の利益を調整することを目的としている。

マイクやスピーカーの使用に関しては、

@Xは、出席株主の発言の機会を確保すべくマイク(及びこれに接続される音響機器)を準備しており、 一部の株主が自らマイクやスピーカーを議場に持ち込む必要性は認められないこと、

AYらも、従前開催されたXの株主総会においてXが準備したマイクを利用した発言の機会を与えられてきたこと、

B一部の株主が自ら準備したマイクやスピーカーを用いて、議長の議事運営に従わない不規則発言を行うと、 他の株主の発言の機会を妨害する結果を招来すること、また、ビデオカメラやカメラによる撮影に関しても、

CXは、総会出席株主のプライバシー等に配慮して議場入口に張り紙をする等の方法で撮影が行われることを株主に告知した上で、株主総会の議事をビデオ撮影しており、 当該議事運営が適正に行われたかどうかが訴訟等の場で争点とされた場合には、これを証拠化することが可能であること(他に、株主総会の議事運営等の適正を確保するための制度としては総会検査役の制度が法定されており、 総株主の議決権の100分の1以上の議決権を有する株主がXの議事運営の適正を疑問視する等している場合には同制度の活用が可能である。同法306条)、

D株主総会において一部の株主によるビデオ等による撮影が行われると、(意識的に又は偶発的に)撮影対象とされた他の株主の発言等を萎縮させる危険性があること等の事実関係ないし影響が認められる。」

 「一部の株主が株主総会において自ら準備したマイクやスピーカーを自らの判断で使用し、 また同じく自ら準備したビデオカメラやカメラで同総会における議事の状況を撮影する行為は、 株主が有する議決権やその前提となる質疑討論を行う機会を保障するものとして必要不可欠なものでないばかりか、 かえって他の株主が有する同様の権利等を侵害するものであるといえる。

 そうすると、本件についても、株式会社であるXは、本件株主総会の議事を適正かつ円滑に運営する権利を保全するため、 株主であるYらに対し、同人らが自ら議場に持ち込んだビデオカメラやカメラを用いて撮影する行為を排除する権利を有することの疎明があるものと解するのが相当である。」

判決要旨

 原決定認可。

原決定の理由を引用するのに加えて、「原決定に説示のとおり、一部の株主がビデオカメラ等で株主総会における議事の状況を撮影する行為は、 他の株主が有する議決権やその前提となる質疑討論を行う機会を侵害するものであり、かつ、株式会社にとって、 株主総会の場でそのような株主の権利等を侵害する行為がなされるということ自体が、信用毀損その他の著しい損害に当たるといわなければならない。 すなわち、XがYにビデオカメラ等を用いた撮影を認めればXに損害が生じないということはできない。」

4. 説明義務の範囲

 東京地裁判決昭和63年1月28日
 昭和62年(ワ)第4930号 (判事1263号3頁 [株主総会決議取消請求事件])

[事件の概要]

 Y(被告・控訴人・被上告人)は、昭和62年3月30日に開催されたYの定時株主総会において、 退任取締役および監査役に対し、Y所定の基準に従い相当の範囲内で退職慰労金贈呈することとし、金額、 時期、方法等は、退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議に、それぞれ一任する旨の議案を付議した。

 これに対して、Xが、「金額も支払いも時期も方法も明示されずに、ただ賛成せよということでは、私は一向に賛成できませんが、 せめて金額でも明示することはできませんか」と、金額の明示を求めたのに対し、議長は「金額については個人、個人にかかわる問題でございますので、 ご了承いただきたいと思います」と述べて説明を拒絶した。

 そして、説明拒絶の法的根拠に関してXが再度質問したのに対し、議長は「時間でございます。ここでは法律問題を論争する場所ではございません。 私たちは適法と考えております。適法であります」と述べて採決を強行した。 その結果、同議案は、賛成多数により可決された。

 そこで、Xらは、取締役等の説明義務違反を理由として、同決議の取消しを求めて提訴した。 なお、本件では他にも招集手続の法令違反を理由として全決議についての取消しも求められていた。

判決要旨

 一部認容、一部却下、一部棄却(控訴)

T 「株主にとっては、利益処分は重大な利害関係を有する事項であり、 取締役及び監査役への報酬額は株主の配当額に直接影響するのであるから、株主総会決議において個別の額や総額を決定しない場合、 支給基準によって具体的な金額を知りうるのでなければ、本来利益処分の承認決議について賛否を決しがたいというべく、 支給基準について説明を求めうるのは当然というべきである。」

U 「そして、商法269条、279条1項との関係からも、支給基準を定めて取締役会等に一任することがお手盛り防止の趣旨に反せず、 したがって株主が利益に反しない理由を説明する必要があるというべきであり、会社に現実に一定の確定された基準が存在すること、 その基準は株主に公開されており周知のものであるか又は株主が容易に知り得ること、 及びその内容が前記のようにして支給額を一意的に算出できるものであること等について説明する必要があるというべきである。」

V 「株主が、本件慰労金決議について、自己への配当金額への影響や自己の利益に反しないか否かを判断するため、 具体的金額の明示を求めて質問することは当然の権利の行使であって、取締役及び監査役は、これに対して金額を明示するか、 右Uで説示した内容の説明をなすべきである。

解説

 説明義務違反を理由として実際に株主総会決議が取り消された事例です。

5. 総会における議長の議事整理と参加者の質問

 福岡地裁判決平成3年5月14日
 昭和59年(ワ)第1695号 (判事1392号126頁 [株主総会決議取消請求事件])

[事件の概要]

 Y(被告)の株主であるX(原告)は、Yの定時株主総会に40項目の質問事項が記載された事前質問状をYに手交していたが、 総会当日、議長は、冒頭、株主からの質問は報告事項の報告終了後に受ける旨を述べた。

 Xは、報告事項の報告がされている最中、会計監査人の総会出席を求める動議を提出したい旨を発言したが、受理されなかった。

 報告事項の報告および監査役の監査報告の後、議長は、質疑応答に入る前に、事前質問状記載の質問に対して37分間にわたり、 一括して回答し、この一括回答が終了した後、株主からの質問を受け付けた。

 これに対して、議長の指名を受けたXが会計監査人の総会出席を求める動議を提出したので、議長が当該動議を議場に諮ったところ、 当該動議は反対多数で否決された。

 その後、質疑応答開始から30分が経過した頃、X以外の株主から質疑打ち切りの動議が提出され、議長が当該動議を議場に諮ったところ、 当該動議は賛成多数で可決された。

 この際、Xは、議長席のある舞台直前に詰め寄ったほか、不規則発言を繰り返した。

 議長は、上記質疑打切り動議を踏まえて報告事項に関する質疑を打ち切って各議案の審議に入り、全議案が可決承認されたので、 議長により、総会開始から91分で閉会が宣言された。

 Xは、以上に対し、
@ 事前質問状に対して、総会会場におけるXらの趣旨説明を待つことなく一括回答したことは質問権の不当な制限である。
A なおも発言を求めている株主がいるにもかかわらず、質疑打ち切りの動議を会場に諮って報告事項に関する質疑を打ち切ったことは、 質問権の不当な制限である。
B 動議の取り扱いが不公正であるなどと主張して、利益処分案の承認及び退職慰労金の贈呈の決議の取消しを求めた。

判決要旨

請求棄却(確定)

 T 一括回答について

 株主総会における説明は、株主が会議の目的事項につき合理的に判断するのに客観的に必要な範囲で説明すれば足り、 一括してする説明が直ちに違法となるものではない。

 本件の一括答弁は、客観的に合理的なものであったし、議長が、追加質問等については一括答弁後に受ける旨述べて発言の機会を与えることを明確にし、 現にその機会を与えたのであるから、質問権の不当な制限とはいえない。

 U 質疑の打切りについて

 議長は議事整理権に基づき、他の株主に質問の機会を与えることができるよう、また、合理的な時間内に会議を終結できるよう、 各株主の質問時間や質問数を制限することができ、相当な時間をかけて既に報告事項の合理的な理解に必要な質疑応答がされたと判断したときは、 次の目的事項に移行すべく質疑を打切ることができる。

 報告事項については、一括答弁及び質疑応答を通じ、客観的に合理的な理解に必要と認められる説明がされていたこと、 口頭質問の機会にされた株主発言には、報告事項の理解に必要ではないものが多くあったこと、口頭質問のための時間だけでも相当な時間が経過し、 その多くはXらとの質疑応答にあてられていたことが認められ、質疑打切りの動議が賛成多数で可決され、 会議体としても客観的に質疑が十分にされたと考えことの許される状況下において、議長が、質疑を打切って決議事項の審議に移行したことは、 株主の質問権を不当に制限したものとはいえない。

 V 動議の取扱いについて

 議長は、議事整理権に基づき株主総会のいかなる段階で株主の発言を許し、また発言を禁止するかを自らの裁量により決定でき、 その裁量が議長としての善良なる管理者の注意義務の範囲内にとどまる限りは、議事運営が不公正なるものとなることはない。

 会計監査人の総会出席を求める動議は、計算書類の会計に関する事項について、会計監査人の意見を聴取するためにその出席を求める ものである。本件総会においては、監査報告書において計算書類について会計監査人の意見が示されているから、 Y監査役の監査報告後、会計監査人の意見を聴取する段階で同人の出席を求めれば足りるので、 本件総会の冒頭において右動議の提出を受理しなかったことをもって、議事運営に善管注意義務に反するような不公正があったとはいえない。

解説

 回答の方法ではなく、実質的な内容を重視する立場を明確にした判決です。

質問時間を3分以内に制限したら?

質問者の質問内容を確認もせずに質問時間を3分以内に制限した議長の行為は不公正な議事運営であるとして、 決議取消しを求めた裁判でその訴えを請求棄却した判決の要旨

「本件総会では多数の株主が質問の機会を求めていたから、そのような場合には多数の株主の意見を聞く機会を保障する必要があり、 議長が合理的な範囲内と認められる時間制限を質問者に課することは、議事の整理としてむしろ適切であるというべきであって、 その際に質問事項の確認をする必要があると解すべき理由はない。」 (東京地裁判決平成4年12月24日 平成2年(ワ)第11912号「株主総会決議取消請求事件」(判時1452号127頁))

質疑打切り動議に基づいて議長が質疑を打切ると?

「議長は、平均的な株主が客観的にみて会議の目的事項を理解し、合理的に判断することができる状況にあると判断したときは、 まだ質問等を求める者がいても、そこで質疑を打切って議事進行を図ることができるものと解される。」 (名古屋地裁判決平成5年9月30日 平成2年(ワ)第2818号「株主総会決議取消請求事件」(資料版商事法務116号188頁))

株主の発言前、発言中にかかわらず、発言時間、質問個数の制限を許容した他の多くの判決では、 他の質問者に公平に質問機会を与える必要性、合理的な時間内に会議を終える必要性等から、 質問株主の株主権が一定の制限を受けることもやむを得ないとしている。

経営陣批判質問に対する説明義務はどこまで?

 「実際の株主総会の場面において、議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状況にあったかどうかを判断するには、 会議の目的たる事項が決議事項である場合には、原則として、平均的な株主が基準とされるべきである。

 なぜなら、説明義務違反が「決議の方法が法令に違反」(商法247条1項1号)するとして、決議取消事由とされ、 裁判所の審査に服する以上、その判断基準には客観性が要求され、また株主総会が多数の株主により構成される機関であり、 説明の相手方が多数人であることを考え併せると、当該質問株主や当該説明者の実際の判断を基礎とすることは妥当ではない からである。」

(Mファンドが「もの言う株主」(アクティビスト株主)として有名になった株主総会で、決議取消請求を棄却した判決要旨から、 (東京地裁判決平成16年5月13日 平成15年(ワ)第14133号「株主総会決議取消請求事件」(金版1198号18頁)


【参考文献】:
ジュリスト増刊 「実務に効くコーポレート・ガバナンス判例精選」 有斐閣2013年12月発行(ISBN 978-4-641-21502-3)