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6.合意形成プロセスの変遷

「計画案を提示して住民の意見を聞く」のではなく、
        「構想の段階から住民を巻き込む」手法へ

  〜 役割はフィクサーからファシリテーターへ  〜( from fixer to facilitator )

公共事業における合意形成プロセスの手法は時代の流れとともに変わってきています。

1. 1950年代、公共事業は構想から実施計画まですべて行政が立案し、議会が承認するという手法で、 行政側が情報を漏らさないディフェンシブ(防衛的)な手法でした。
当時の政治家は「開発計画の情報(=利権)を真っ先に握るのが政治家の特権」と考えていましたから、議会に諮る前に民間に情報が漏れると行政担当者のクビが飛んだのです。

2. 1970年代、公共事業に対する市民との紛争が多発した米国で、議会の承認の前に民間の意見を聞き、市民と協議をするという協議型手続き(パブリックコメント=「住民参加」)の手法が導入されます。
わが国でも1994年、行政手続法(平成5年法律第88号平成6年10月1日施行)第6章 意見公募手続等(追加平17年・第38条〜第45条)で パブリックコメントの手続きが規定されました。

3. 2000年代に入って、情報公開、住民の意見聴取といった従来のパブリックコメントにとどまらず、多様な住民意見を反映し、 住民の視点を生かした政策を行うために、地域政策の計画立案、意思決定において、行政と住民との意見交換、合意形成を行う パブリックインボルブメント=「住民参画」の手法が米国で発展し、わが国でも、2002年8月、道路などの土木事業で国土交通省道路局から市民参画型道路計画プロセスのガイドラインが発行され、 国交省道路行政の一部案件は、この手法が取り入れられていきます。
インボルブメントには巻き込む、巻き添えにする、強く関与させるといった意味合いがあります。

 パブリックコメントのように出来上がった計画を提示し防衛的スタンスで形式的に意見を公募するのではなく、 構想段階から実際に住民の間に出向いて(アウトリーチ)、情報をオープンに公開して透明性を確保しながら、 住民と一緒に計画を作り上げていくスパイラルアップと呼ばれるプロセスは、住民の不満や訴訟、補償リスクを軽減するために辿り着いた手法でした。

 次に各プロセスの違いを管理組合の事業に置き換えて考えてみます。

1.合意形成プロセスの用語

合意形成とは、多様な利害関係者が議論を通じて、お互いの多様な価値観と利害を認め合い、相互の意見の一致(コンセンサス)を図る過程のことをいいます。

民主主義には、合意形成型民主主義(コンセンサスモデル)と単純多数決型民主主義があります。
コンセンサスモデルといえども、最終的には多数決で決するわけで、常に全員一致の合意が得られるわけではなく、おおまかな(ラフな)コンセンサス(Rough consensus)で決するのが現実的な方法です。
区分所有法では、このラフさ加減を普通決議で50%以上、特別決議で75%以上と決めているのはご承知の通りです。
合意が成立すると、互いに遵守・履行する義務が生じます。合意がない場合には何の義務も発生しません。

フィクサー(fixer)とは「ものごとをまとめる人」のこと。(fix=物事を意図的にarrangeする、repairer, mender=正常な状態にもどす、ものを直す、または修理する人という意味を含む)

you don't know how to fix the holes in our ozone layer. (オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。)・・・ If you don't know how to fix it,please stop breaking it! (どうやって直すのかわからないものを、こわし続けるのはもうやめてください。) 〜 「リオの伝説のスピーチ」

ファシリテーター(facilitator)とは、「楽にしてくれる人」のこと。
(facilitate=楽にする、促進する 語源はラテン語のfacilis=実現可能な、簡単な)

建築用語でファシリティズ(fasilities)とはエレベーターや給排水設備、防火設備などの建物附帯設備の総称のことで、 パブリック ファシリティズ(public fasilities)は警察署、消防署、市役所、学校などの「公共建築物」を指します。 いずれも生活を「楽にするためのもの」という意味合いがあります。

1999年頃から、議論に対して中立な立場を保ちながら話し合いに介入し、議論をスムーズに調整しながら合意形成や相互理解に向けて深い議論がなされるよう 調整する役割を負った進行の過程の専門家としてファシリテーターという役割が社会的に認知されていきます。

フィクサーは悪役で、ファシリテーターは良い人という意味はなく、両者は単に役割を指す言葉でしかありません。
マネーロンダリング、テロ、武器・麻薬取引などの裏社会でも、仲介交渉する事をファシリテートする、それを行う人をファシリテーターと呼びます。 これらのネットワーク社会ではスーパーフイクサー・スーパーファシリテーター(super fixers and/or facilitators)、影のファシリテーター(shadow facilitator )などが存在しています。

教育の実践において考えると役割の違いがはっきりするかも知れません。
フィクサー=正解を教える・正しい方法でやらせるという権威を伴った手法に対し、ファシリテーター=自分で正解を導く手助けをする、正しい方法を見つけるための支援をする手法で、 権威ではなくパートナーシップ(partnership=共にあり、援助的)で接します。

ファシリテーターはマネージャー(管理者)以上の役割をもっています。
熟練したファシリテーターはコンサルタント、ファシリテーター、マネージャー、トレーナー、コーチの役割を包括的にもっています。 (The skilled facilitator: A comprehensive resource for consultants, facilitators, managers, trainers, and coaches)
1.その会全体の運営・管理の責任者
2.グループ・プロセスの観察者
3.グループ・プロセスの援助者
4.スケジュールの管理者

パブリックインボルブメント(Public Involvement)(略称:PI)ば、Public(行政から見れば住民が)Involvement(関わる)ことです。 米国の道路行政において採用されたもので、わが国では「住民参画」として紹介されました。

アウトリーチ(OutReach )とは、窓口で来訪者を待つのではなく、わが国が明治時代から実施してきた民生委員制度のように、地域住民のところに直接出向き、 必要とされる支援に取り組むことを言います。ただし、民生委員の活動は守秘義務から自己完結しており、当然ながら情報公開とは一線を画しています。

当事者からの一方的発信ではなく、情報公開と双方向性を重視し、一般社会からのフィードバックが必須とされる活動における広報、会議、出版等を総称してアウトリーチと呼ぶ場合もあります。 現在ではアウトリーチを狭義に「出向いて意見を聞くこと」と捉えるより、このような広義の捉え方が一般的になっているように思います。

2. 管理組合における合意形成のプロセス

結論から言うと、住民間又は理事会と住民間の紛争を防止するための透明な合意形成を目的に、理事会の役割をフィクサーからファシリテーターへ格上げしようということです。
例として大規模修繕工事をとりあげます。

(1). 従来、理事会内部に修繕委員会を結成、或いは理事会で工事計画担当役員をきめ、その人たちがまとめ役(フイクサー)となって上の図にあるように、さまざまな要因を検討して計画を練り上げていきます。
管理会社が計画の全てをお膳立てする、第三者コンサルタントに委託する、理事会担当者のつながりで業者や建築士などに依頼するなどの方法で計画をまとめあげてきました。

(2).立案された計画は理事会で検討し、内部的に承認後、総会提案として上程されます。

(3).合意手続きとしての総会承認を得て、外部工事業者との契約、そして工事着工となります。

(2)と(3)の間には、アンケートや説明会等で、意見の募集や事前の協議といった方式をとりますが、 行政の合意形成プロセスにおける、形式ばらないパブリックコメント方式に近いやりかたといえるかも知れません。

修繕委員会や理事会内部での立案と内部検討の過程も、たいていは非公開ですし、最終的に計画が総会に上程され、「きちんと検討した結果がこれです」と言われても、「本当にそうなの?」と思うのが普通だと思います。 ただし、そんなことは声に出しにくい。

自分に関心がなければ、或いは利害の衝突がなければ、同調行動をとります。
総会で決定してしまえば、その後に問題点や利害の衝突がわかっても、理事会は計画の正当性を主張します。
そうなっては、お互いに不満を抱えることになります。

「コミュニケーションの透明性」とは、今、何が話題になっているのか、それについての各人の利害と関心が同時に公開されるということであって、時間のズレがあると双方向にならないし、そもそもコミュニケーション自体が成立しない。 どちらかが一方的に主張することをコミュニケーションとは云わない。

計画の最後に住民と協議をするという協議型は、反対意見や修正意見に対してどの程度まで譲歩して妥協するかという観点から防衛的にならざるを得ません。双方に不信感が残ります。

そのような不毛な対立関係になるのを避けるため、行政の公共事業でもPIの手法を取り入れ、公式の協議に入る前段に任意プロセスとして、住民とのコミュニケーションを図るさまざまな活動が行われるようになってきています.

そこでは、訓練をつんだファシリテーターが「利害・関心」を特定し、対立的になりがちな発言を肯定的に、未来志向で、中立的な言葉に置き換えて、関係性を「再構築」するなどの手法で計画を発展させていきます。

今までのやり方では立ち行かなくなっている現在、新しい計画のアプローチの一つとして、PIの手法が注目されています