滞納対策の実務 目次 > 【前頁】 9. 滞納債権の圧縮と放棄の手続 > 10. 最近の滞納事情 > 【次頁】 相続財産管理人選任手続

10. 最近の滞納事情

1. 経済の長期低迷がもたらす滞納の増加


左の全国統計で滞納はそのときの経済情勢を反映していることがわかりますが、 一方、近年は社会情勢の変化が滞納の対策をより難しくしており、更に、 滞納が及ぼす資産価値の評価にも影響が広がっています。

 

2. 独居高齢者の増加と遺産相続の問題

国交省の「マンション総合調査」で前回調査と比較すると「マンションに永住する」は前回の43.7%から49.9%と増加し、居住者の年齢も40 歳代以下は40.2%から35.6%へと減少、60 歳代以上は31.6%から39.4%へと増加し、マンションを終(つい)の棲家とする独居高齢者が増加しています。

区分所有者が死亡した後、相続人の間での取り分の争いから遺産分割協議が成立せず、所有権移転登記も出来ず、滞納債権の支払い義務者たる相続人が特定できない場合があります。その間、相続財産管理人の選任手続きの申し立てや決定するまでの間、滞納債権を支払うことができそうな相続人との個別交渉などを行います。

相続人がいることは分かっているが、連絡先が不明のケースでは、家庭裁判所に「不在者財産管理人選任」の申し立てを行います。
いずれも時間と手間がかかり、最悪は相続人が決定するまでの間、お手上げのケースも出てきます。

3. 滞納者の自己破産への対応

滞納者が自己破産して「免責の決定」を得ると、管理組合は「破産開始の決定」以前の管理費は請求できませんが、以後の管理費は請求できます。更に、当該住戸が転売(競売)されるのを待って、区分所有法第8条により、特定承継人に、「破産開始の決定」以前の滞納管理費を含めた全額を請求します。

多様化した債務整理の選択肢

従来の破産法に加え、平成12年2月17日施行の特定調停法、平成13年4月1日施行の民事再生(個人再生)手続、弁護士等による任意和解手続など債務整理の選択肢が増えて管理組合の対応も難しくなってきました。

4. 競売請求が認められない事例(競売の厳格化)

管理組合は、管理費の滞納が共同の利益に反する行為であるとして、区分所有法59条1項による競売請求訴訟を提起し、その勝訴判決をもって競売申立てを行うことができますが、滞納者に強制執行の対象となる資産がない、或いは、滞納者の不動産に抵当権が設定されている場合など、競売請求ができない場合もあります。

下記の管理組合の競売請求が棄却された判決例にあるように、競売請求の要件は厳しくなっています。

「競売は被告の区分所有権を剥奪し、区分所有関係から排除するものであることから厳格に解すべきであり、 先取特権の実行その他、被告の財産に対する強制執行によっても回収できず、 もはや競売以外に回収の途がないことが明らかな場合に適用すると解するのが相当である。」
(中略)

しかしながら、被告に対する債権回収の方策として、預金債権以外の債権執行の余地がないかについては明らかとはいえず、 未だ本来の債権回収の方途が尽きたとまではいえない。

さらに、Yは本件訴訟において、長期間の滞納を謝罪するとともに、経済状況が好転したことから分割返済による和解を希望する旨の態度を示しているのであって、 このような被告の態度からすれば、原告が和解案として、まず被告に対して分割弁済の実績を示すことを要求するなどして、 和解の中で回収する途を模索することも考えられるところ、 XはYの希望を拒否して、競売の途を選んだといえる。

このような状況からすれば、本件において、Xには同法59条第1項による競売申立て以外に本件管理費等を回収する途がないことが明らかとはいえないというべきであり、 同条項所定の要件を充足すると認めることは出来ないので、Xの請求は棄却する。」(東京地判 平18.6.27 判時1961-65)

5. 修繕積立金の負担額が年々増加している

 (ジェントリフィケーションの懸念)

賃金収入が長期にわたって下降し続けているのに、個人負担額が増加していくと滞納は加速していきます。

わが国でも近年、中古マンションの一室を改装なしの現状のままで購入した後、自分で好きなようにリニューアルする方法が紹介されるようになって来ましたが、 米国では更に進んで、共有部を含む建物全体のリニューアルの要求に拡大するジェントリフィケーション( Gentrification=高級化)という社会現象が起きています。

環境の良い都市の中古コンドミニアムの占有部をジェントリ(Gentry=富裕層)が購入し、建物全体の高級化を管理組合に要求する結果、貧困層の旧住民との間で衝突が発生し、 結果として建物は高級化するけれども、貧困層の旧住民が追い出されていく現象のことです。格差社会の広がりが背景にあります。  (注1)

国土交通省の統計調査で修繕積立金が増加している原因は
@高層建物やアメニティ施設などで高い修繕積立金を必要とするタワーマンションが増加して統計の数値をかさ上げしたこと、
A低額に設定されていたマンションでも長期修繕計画などで堅実に現実を見つめて修繕積立金を積み増していく傾向が見られることなどが背景にあると見るのが妥当で、ジェントリフィケーションは遠い先の話かも知れませんが、 これからも負担額が上がる傾向だけは知っておいてください。

6. 滞納の影響は全区分所有者に及ぶ

滞納は建物設備の適切な維持保守を困難にするなど、 共同の利益を損なうだけでなく、あなたの個人資産の評価にも直接影響して来ます。

中古マンション一室の売買で、媒介業者が売買対象の住居部分については管理費や修繕積立金の滞納はないことの説明をしたものの、 一棟全体では多額の滞納があることを告知しなかったため、実際には資産価値の劣るマンションを買わされたとして、 買主から損害賠償を請求され、媒介業者が瑕疵のある媒介であることを認め和解により媒介手数料を返還した事例があります。

また、大規模修繕工事計画が管理組合の総会において決定されており、売買成立後に特別負担金を支払うことになる事を告知しなかったとして、 媒介業者が和解金として特別負担金の8割を支払うことになった事例があります。

外見上からも老朽化して維持補修がかなり必要と思われる中古マンションで、一棟全体の積立金額が非常に低かったり、 棟全体で多額の滞納がある場合など、購入者が建物設備の維持に不安を感じるのは当然であり、媒介業者が管理組合(管理会社)に対し、当該住戸のみならず全体の滞納額やマンション修繕の過去の実施状況など、直近の詳細なデータを問い合わせてきますが、 それらは宅地建物取引業法で定められている事項(規則第16条の2第6・7・9号関係)だからであり、管理組合は求めに応じ正確な直近のデータを開示しなければなりません。

国土交通省のマンション標準管理委託契約書には、宅地建物取引業者が組合員から委託を受けて媒介等の業務のために管理費・修繕積立金の滞納などの開示を求めてきたときは、 マンションの管理業者は書面をもって開示するものとする旨が定められています(14条1項)。

ちなみに、マンションNPOが作成支援している「暮らしのガイドブック」では、媒介業者が行う重要事項説明の基本的な内容に加え、マンション修繕の過去の実施状況を記載しているのも重要事項説明の備えのためですが、 それだけではなく、宅地建物取引業者は直近の決算書と総会議事録の提示も必要になってきます。

7. モラルの低下(滞納者のモラルと請求者側のモラル)

現代では「マンションは共同体」という考えはもはや幻想に過ぎなくなったのかも知れません。
震災後、「絆」というコミュニティの重要性に誰もが気づきましたが、すでに個と個を結ぶ機関であるはずの管理組合の機能は低下しつつあります。

滞納はまさに「面倒な他人とのかかわり」の究極にある問題です。私達はいつしか第三者への委任によって、面倒を排除することが「スマート・洗練」という感覚をもつようになりました。でも、ご承知の通り、滞納債権回収に関しては最終的には管理会社に責任はありません。権利の主体は管理組合だから当然ですね。残念ながら、「面倒な他人とのかかわり」を避けて滞納問題を解決することはできないのです。

現代のマンション管理制度は英国の一人の婦人オクタヴィア・ヒルが1884年に賃貸スラム長屋から始めた住宅の管理制度が基礎になっています。

驚くべきことに、そこでは家賃の滞納は殆どなかったといいます。
彼女の方法は実に素朴なものでした。「人は、払わなければならないお金は確実に払うものだ」という信念のもと、払ってくれるまで何日も通います。そして、そのお金は住居の改善に使うことを繰り返し説明します。
そして住民達は実際に住居が改善され、自分達の生活環境が良くなっていくことを実感していきます。

現代日本社会は財政赤字と少子高齢化のもとで負担だけが日々増大していく「不利益分配社会」にすでに突入したというのが高瀬淳一氏の見方です。(「不利益分配社会―個人と政治の新しい関係―」ちくま新書)

管理組合は集合住宅による私的政府(Private Government)であり究極の地方分権だとエヴァン・マッケンジー(Evan McKenzie)は「プライベートピア」(PRIVATOPIA)(世界思想社)で述べていますが、わが国の管理組合も合意形成(立法)-執行(行政)-統制(司法)の組織をもつ究極の極小分権政治でありながら、政治への不信が管理組合の運営にも反映されていないでしょうか。

滞納が解消される道、それは管理組合が、実は、残された最後の「共同利益分配社会」であることを組合員全員が納得するという素朴な原点に立ち戻る以外にないのではないかと思います。

(注1) Gentrification
スラム街の再開発はまさに Gentrification であり、「都市科学研究 第3号 2010・3」(首都大学東京 都市環境科学研究科 山本薫子氏論文「都市下層地域における社会構造と社会活動の変容ー横浜・寿町を事例にー」)  [3.3 Gentrification and the Inner Area Transition] の中で、横浜・寿地区(日雇労働者が宿泊するための「ドヤ」という簡易宿泊所が100軒以上立ち並び「ドヤ街」と呼ばれていた地区)で2005年6月に地域再開発計画「YOKOHAMA HOSTEL VILLAGE」が始動。スローガンは「寿町「ドヤ」から「ヤド」へ 」の事例が紹介されています。(本文は英語)