11. 相続財産管理人選任手続
1. 遺産分割未了時の滞納債権回収の手続き
区分所有者が死亡した後、相続人の間での取り分の争いから遺産分割協議が成立せず、所有権移転登記も出来ず、管理費等の滞納債権支払い義務者たる相続人が長期間にわたり特定できない場合、又は、 相続人がまったくいない場合、若しくは、相続人全員が相続放棄した場合に、相続財産を管理して滞納債権を回収するために債権者など被相続人と利害関係のあった人が家庭裁判所に申請し、 財産管理人を選任する手続きが「相続財産管理人選任手続」です。(民法952条)
この手続きは、相続財産の利益を保護するだけではなく、利害関係がある人や国民の経済上の利益を保護するためにあります。
相続人が行方不明であったり生死不明の場合には、この手続きの対象にはなりません。
その場合は「不在者財産管理人選任手続」を参照ください。
2. 手続の流れ
1.申立てをする人
利害関係がある人、又は、検察官です。
2.申立てをする裁判所
亡くなった人の最後の住所地の家庭裁判所(支部・出張所)です。
3.どんな人が財産管理人に選任されるか
被相続人との関係や利害関係の有無などを考慮して、相続財産を管理するのに最も適任と認められる人を裁判所が選任します。 場合によっては、専門職(弁護士・司法書士等)が選ばれることがあります。
4. 申立てに必要な費用
○収入印紙800円分 ( 平成27年10月現在の金額です。以下同様 )
○連絡用の郵便切手2762円分
[ 1000円×1枚、82円×20枚、52円×1枚、20円×1枚、10円×5枚 ]
※そのほかに財産管理人報酬相当額の納付が必要になる場合があります。
5. 申立てに必要な書類
○申立書1通
○下記の戸籍謄本各1通(同じ戸籍に記載ある方の場合は1通で良い)
申立てをする人のもの(親族からの申立ての場合)
被相続人(亡くなった方)の出生から死亡までのすべてのもの
被相続人(亡くなった方)の父母の出生から死亡までのすべてのもの
相続人全員(現在のもの又は死亡の記載のあるものもの
財産管理人候補者のもの
○相続人全員の相続放棄申述受理証明書(相続人全員が相続放棄した場合)
○被相続人(亡くなった方)の住民票除票(又は戸籍附表)1通
○相続関係図
○財産目録、財産を裏付ける資料
○利害関係を裏付ける資料
※その他、裁判所が書類の提出をお願いする場合もあります。
6. 財産管理人が選任された後の手続き
一般的な手続の流れは下記のとおりです。
@ 家庭裁判所は、財産管理人選任の審判後、「相続財産管理人選任公告」を行います。
A @の公告から2ヶ月が経過してから、財産管理人は「相続財産の債権者・受遣者(じゅいしゃ:遺言により遺贈をうける指定がされている者)を確認するための公告」をします。
B Aの公告から2ヶ月が経過してから、家庭裁判所は、相続財産管理人の申立てにより、
「相続人を捜すため、6ケ月以上先に満了期間を定めた公告」をします。
期間満了までに相続人が現れなければ、相続人がいないことが確定します。
C Bの公告の期間満了後、3ケ月以内に「特別縁故者に対する財産分与」の申立てがされることがあります。
D 随時、財産管理人は、裁判官の許可を得て、被相続人(亡くなった方)の不動産や株を売却し、金銭に換えることもできます。
E 財産管理人は、法律に従って債権者や受遣者への支払をしたり、
「特別縁故者に対する財産分与」の審判にしたがって特別縁故者に財産を分与したり、裁判官が決めた報酬を受け取るための手続きをします。
F Eの支払等をして、相続財産が余った場合は、相続財産を国に引き継いで手続きが終了します。
7. 特別縁故者に対する財産分与
財産管理人が「相続財産の債権者・受遣者を確認するための公告」 を官報に掲載した後、 3ケ月以内に「特別縁故者に対する財産分与」の申立てがされた場合、 裁判官が、特別縁故者が被相続人(亡くなった方)と長い間同居していたり、 療養看護に努めていたなどの事情を考慮し、財産分与するかどうか、分与する額を幾らにするかを判断します。
亡くなった方と特別縁故関係にあった方は、 上記官報による公告がいつになるかを財産管理人に問い合わせることができます。
8. 相続放棄の申述
相続放棄の申述(そうぞくほうきのしんじゅつ)とは、亡くなった人の財産(借金などの債務も含まれます)を、 一切相続したくないとき、家庭裁判所に「相続放棄の申述書」を提出することをいいます。
家庭裁判所では裁判官が審理(書面照会、参与員の聴き取り、審問)を行い、その結果(「受理」または「受理しない」)を申述をした人に通知します。
受理された場合、申述をした人は、「相続放棄申述受理証明書」を裁判所に申請し、それによって債権者等への相続放棄の主張をすることができます。
受理されなかった場合、相続放棄は認められませんが、2週間以内であれば、不服申立てをすることができます。
9. 財産管理人の報酬
財産管理人の報酬は相続財産から支払われます。ただし、相続財産が少なくて報酬が支払えないと見込まれるときには、 申立人から報酬の相当額を家庭裁判所に納めてもらい、それを財産管理人の報酬に充てることがあります。
10. 相続を放棄しても財産の管理権は放棄できない
民法940条 (相続を放棄した者による管理)
民法第940条第1項
【相続の放棄をした場合は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、
自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。】
民法第940条第2項
【受任者による報告(第645条)、 受任者による受取物の引渡し等(第646条)、
受任者による費用等の償還請求等(第650条)、相続財産の管理(第918条)の規定は前項の場合について準用する。】
相続人が全員相続放棄した場合でも、放棄したからと言って、遺産の管理義務までが放棄できるわけではなく、 相続放棄した人は、相続財産が適切に管理されるまでは自分の財産と同一の注意義務を持って遺産を管理する義務があります。
遺族の方はご自身で弁護士に依頼して相続財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立て、その選任が決定するまでは、 相続財産の管理義務を負います。「相続放棄したから管理費も修繕積立金も払う義務はない」と主張することは出来ません。 (相続財産管理人選任を家庭裁判所に申し立てるための弁護士費用は通常百万円ほどかかります。)
11. 再転相続の放棄 (判例 2019.8,9 最高裁第二小法廷)
民法915条 (相続の承認又は放棄をすべき期間)
民法第915条第1項
【相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、
単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は利害関係人又は検察官の請求によって、
家庭裁判所において伸長することができる。】
民法第916条第1項
【相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間は、
その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。】
再転相続
民法第916条第1項の規定は再転相続といわれるもので、親や兄弟ら親族の財産を相続する立場にある人が、
3ケ月の熟慮期間中に相続の承認又は放棄の判断をしないまま、3ケ月の熟慮期間中に亡くなったときは、
その人の子どもらが判断する権利を引き継いで、3ケ月の熟慮期間中に相続の承認又は放棄の判断をすることをいいます。
裁判はこの再転相続の熟慮期間の起算点をめぐって@再転相続の原因となった「相続する立場にある人が亡くなった」ときか、 A本人が再転相続人になったことを知ったときかを巡って争われ、最高裁はAの判断を採用しました。
経過 | 続柄 | 事項 |
2012年6月 | 叔父 | 多額の債務を抱えて死亡後、 その子どもらが相続放棄したため、弟である原告の父が相続人となった。 |
2012年10月 | 父(債務の相続人) | 兄の相続人となったことを知らないまま死亡 |
2015年11月 | 子(原告) | 子(原告)は叔父の家族と疎遠だったため、 2015年11月に債務の強制執行通知を受けて初めて再転相続人となっていたことを知り、2016年2月に相続放棄した。 |
子(原告)が強制執行しないよう求めた裁判で、原告はこの再転相続の熟慮期間の起算点を「通知が届いた日」と主張し、 債権回収会社は「父親の死亡時」と主張していた。
2019.8,9 最高裁第二小法廷(菅野博之裁判長)判決
「再転相続で相続人になったことを知らないまま熟慮期間が始まるとすると、
相続を認めるか放棄するかを選ぶ機会を保証する民法の規定の趣旨に反する」と指摘、
子(原告)が再転相続人となったことを知った時点(通知が届いた日)を起算点とすべきだと結論付けた。
これまでは、子どもが親族の債務を認識していたか否かにかかわらず、親の死亡を知った時点を再転相続熟慮期間の起算点とする法解釈が通説でした。
今回の最高裁判断で、見に覚えのない親族の債務の再転相続人となったことを知った日から3ケ月以内に手続きを行えば相続放棄が認められることになります。
2019.8.20更新 (No.11: 2019.8.9最高裁判決の項を追記)