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今、建築業界で何が起きているのか(1) 業界構造の問題

1.欠陥マンションで全棟建替えが相次ぐ

1. 大手が施工したマンションで全棟建替えが相次いでいます。横浜の傾きマンションも2件あり、
   更に下記の3件とも名称に「パーク」が入っているので話が混乱します。少し整理してみました。
   (1) パークスクエア三ツ沢公園・横浜市西区宮ヶ谷
   (2) パークシティLaLa横浜・横浜市都筑区
   (3) ザ・パークハウスグラン南青山高樹町・東京都港区南青山7丁目
   (4) ベルヴィ香椎六番館・福岡市東区舞松原5丁目

(1) パークスクエア三ツ沢公園 横浜市西区宮ヶ谷
  販売:住友不動産、施工:熊谷組、構造 SRC造、11階地下1階建、総戸数 5棟262戸
  敷地面積:12,400u、延床面積:31,000u、築年月:平成15年(2003年)3月

いきさつ:
 2004〜05年から住民が傾きを指摘してきたが、住友不動産は「東日本大震災の影響によるもの」との虚偽の回答を続け、 2014年、管理組合が依頼した第三者の調査が発端となって、 別の棟を含め15本の基礎杭が支持層に到達していないことが判明した後、住友不動産は傾いた1棟の建替え、残りは補修の方針を管理組合に提案した。

 その後、2016年になって、残りの棟も建物内部を通る鉄筋を誤って切断していたことが明らかになり、「パークスクエア三ツ沢公園」と同様の傾きマンションで問題となっていた 「パークシティLaLa横浜」(横浜市都筑区)を販売した三井不動産レジデンシャルが2015年10月に全棟建替えを発表した後、住友不動産は方針を変え、 2016年3月5日、住民約150人が集まった説明会に同社取締役、施工した熊谷組社長らが出席、「パークスクエア三ツ沢公園」5棟の全棟建替えを管理組合に提案し、 1戸あたり200万円の慰謝料を支払う考えを示した。

住友不動産と三井住友建設は「グランアビテ福住」(札幌市豊平区福住 SRC7階建 55戸 平成13年(2001年)6月竣工 施工・三井住友建設)でも耐震偽装で管理組合から提訴され現在係争中。

 

(2) パークシティLaLa横浜 横浜市都筑区
  販売:三井不動産レジデンシャル(事業途中で三井不動産から移管された)
  設計・施工は三井住友建設、一次下請け;日立ハイテクノロジーズ、二次下請け;旭化成建材
  敷地面積:30,380.06u、SRC造、705戸4棟 地上12階建
  平成17年11月30日起工式(三井不動産) 竣工:平成19年(2007年)11月

いきさつ:
 棟と棟をつなぐ部分の手すりがずれているとの住民の指摘を受け、 三井住友建設が平成27年(2015年)8月になってようやく調査し、4棟あるうちの1棟の傾きを認めたが、 同社と三井不動産レジデンシャルは「東日本大震災の影響によるもの」とのそれまでの説明を繰り返した。

平成27年(2015年)10月、三井住友建設の社内調査で基礎工事を担当した旭化成建材で虚偽データに基づいた工事が行われたことが発覚した。 その後、全国の建設業者8社でも同様の施工データの流用等を行っていたことが発覚した。

国土交通省は平成28年1月13日付けで、建設業法に基づく監督処分(下記参考)を発表した。 三井住友建設株式会社は指名停止1ヶ月、株式会社日立ハイテクノロジーズは営業停止15日、旭化成建材株式会社は営業停止15日、 上記以外に基礎ぐい工事において施工データの流用等を行った全国の建設業者8社は、勧告にとどまった。

  「横浜市都筑区で施工されたマンション建築のくい施工工事に係る建設業者に対する監督処分等及び指名停止措置について」 平成28年1月13日・国土交通省 (pdf194KB)

 

(3) ザ・パークハウスグラン南青山高樹町 東京都港区南青山7丁目
  販売事業主:三菱地所レジデンス、設計監理:三菱地所設計
  施工:鹿島建設、設備工事施工者:関電工
  敷地面積:4096.37u 建築面積:2681.18u 建築延床面積:14418.05u
  構造:SRC造 地上7階、地下1階、塔屋1階 総戸数;86戸
                (グランドコート棟61戸、デザインコート棟25戸)
  引渡予定:平成26年(2014年)3月下旬:建築確認番号:第ERI13002809号(平成25年3月15日)

いきさつ:
 工事中の平成25年(2013年)8月、設備工事担当者から現場所長に「設計図にある配管用のスリーブ(貫通孔)が施工されていない」と報告されていたが、 現場所長は手を打たず、その後、スリーブを通すコア抜きしたため鉄筋を切断したことがネット上に公開された内部告発によって明らかとなった。 施工者の鹿島建設が設計図を施工図に落とし込む際、スリーブの部分を洩らしたことが原因だが、スリーブは建築工程上、初期の段階でわかることであり、施工監理の不備も重なる。

 引き渡し予定日も迫った平成26年(2014年)1月、三菱地所レジデンスは販売を中止し、「合意解約のお願い」を発表した。その後、三菱地所レジデンスは解体・建替えを決めた。

 そして誰もいなくなった・・・

アガサ・クリスティの長編推理小説の題名を持ってきてしまいましたが、 上記3件の欠陥工事を生んだ背景には、あるひとつの共通する事情があります。 それは「現場から熟練の職人や技能者がいなくなった」ということです。

現場で生コンを流し込む前に型枠を施工しますが、その型枠大工が一番手間を食うのが給排水管やガス管、電気・通信ケーブルを通す電線管などの貫通孔(スリーブ)の型枠加工です。 壁の型枠の間にそれぞれの所定の径の打設用の短い仮管を通して、生コンを流したときにその管が動かないように壁の型枠の間に固定していく作業は職人の技術です。 一戸の区画ごとにその箇所は通常は最低でもガス、上水、下水(汚水と雑排水)、電気、通信の5個は必要です。 生コンを打設する前に現場監督は、それらの型枠支持がしっかりできているか、配筋を崩していないかを確認します。

独房や倉庫ならともかく、マンションの建築現場でそれらの作業がなくなることは常識ではありえません。 スリーブがないことに、鉄筋工も型枠大工も現場監督も所長も工事監理者も誰ひとり気づかなかった?  気が付いていても他とコミュニケーションをとる余裕などない、というのが現実でしょう。(鉄筋工や型枠大工にとっては面倒な作業がなくて楽な現場だったはず)

躯体が出来上がった後の工程で、配管工や電工が作業に入って来て、スリーブがひとつもない部屋に仰天した。「なんじゃこりゃ!」
その後の処置もひどい。後作業でコンクリートの壁にコアドリルで孔を開けた。 孔の数も全体で600個は下らないはずですが、案の定、コンクリート壁の中の鉄筋を切断してしまった。

これが今の日本の現実です。他の国のことを見て「日本ではありえない」と思えていたのは昔の話で、 スーパーゼネコンと言われる日本を代表する建設会社で起きた事件だけに救いがない。日本の建設業界、どこまで落ちていくのでしょうね。

 すったもんだの新国立競技場

デザインが決定してようやく着工かと思われた矢先の2016年3月5日、今度は「聖火台を考えていなかった」事件が・・・。 それについて東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の森 喜朗(元総理)氏が「家を作ってから、便所を内に置くか、外に置くかの議論をしているようなものだ」と評した。 (2016年3月7日、JNNのインタビューで)

聖なる祈りと誓いの灯火台を便所に例える感覚にはあきれるが、会長は組織委員会の最高責任者ではないのですか?  名誉職でしたっけ? いったい責任者は誰?・・・そして誰もいなくなった。

日本では建設業界だけがものづくりに対する責任と能力を失ったのではない。 発注者側もまたかくのごとく発注者責任と能力を喪失しています。 上記3件の欠陥工事の事例でも発注者の施工監理責任を問うことなく、 発注者の優越的立場を利用して、すべての責任と建替費用の負担を下請け業者に押し付けました。

発注者は何をすべきか、中国での事例と比較してみてください。  5. 検査会社とは?


「パークシティLaLa横浜」その後

「パークシティLaLa横浜」では、傾いた棟を含む4棟が建替えられる公算が大きくなった。

4棟のうち1棟で旭化成建材(東京・千代田区)が担当した杭3本が強固な支持層に十分届いていないことが判明し、 一連の杭打ちデータ改ざん問題の発端となった問題を巡っては、販売元の三井不動産レジデンシャルが2015年10月、 全棟建替えを基本方針とする補償案を提示していた。管理組合では平成27年(2015年)12月、全705戸にアンケートを配布し集計した結果、 回答した685戸のうち、全区分所有者の89.1%にあたる628戸が全棟建替えを希望し、「建替え後の再入居を考えている」が483戸、 「売却(転売)を考えている」が60戸だった。 区分所有法に基づき全棟を建替える場合の区分所有者の5分の4以上の同意が必要となる条件を上回っている。

三井不動産レジデンシャルが住民に配布した資料によると、総会での全棟建替え決議から着工に至るまでの手続きに1〜2年、工事が完了するまでに更に3年半程度かかるとされていたが、 平成28年(2016年)9月までには、区分所有法に基づく建替え決議を行い建替え組合を設立し、解体、建替えを実施後、完成、入居は2020年秋から冬ごろになる予定。

 

(4) ベルヴィ香椎六番館 福岡市東区舞松原5丁目
  販売事業主:JR九州、若築建設、福岡綜合開発(現・福岡商事)の3社の共同企業体(JV)
  構造:RC造 地上7階、8棟 総戸数;330戸
  竣工:1995年7月

1995年分譲直後から外壁のひび割れが発生し、傾いていた。 その後、基礎くいが支持基盤に到達していないことが管理組合が委託した検査会社の調査で判明、 それまで言い逃れしてきた販売会社3社が施工不良を認め謝罪したのは2020年5月12日 、入居後25年目

2.問題の根

今回の問題は、個人の資質や一企業の問題ではなく、 「いかに計画予算内で売りやすい物をつくるか」というマンション販売に起因する経済効率第一優先の計画と業界構造(建設工事における多重下請の構造)に根があると言えます。

下記の 〜【 】〜で囲まれた部分は、「建築業界変革論」からの引用です。
今回のゼネコンの相次ぐ不祥事の根本の原因について早くから指摘されていました。


〜【設計でも施工でも、やっかいで手間隙がかかる業務を大手ゼネコンの社員が長時間かかわっていたのでは、 とても人件費などのコストに見合いません。そうしたやっかいであまり儲からない仕事はすぐさまより小さな下請けへと回され、 ある程度の規模になればなるほど、一つのプロジェクトにかかわる人数はどんどん増えていく仕組みになっています。

コストの面だけを考えれば、それはある意味で効率的なことかも知れません。 しかし、プロジェクトにかかわる人数が多いということはそれだけ密なコミュニケーションが必要になるということでもあります。 つまり、かかわるメンバーのコミュニケーションが密にとれなければ、効率的であるはずの仕組みがたちまち、 非効率へと転化してしまう危険性が増す結果となるのです。】〜


「工期を短くする工法」や「見た目がよく見える素材の開発」は非常に進んでいますが、 「安全性や耐久性への追求」は注力されず、残念なことに後退すらしています。

私どもマンションNPO のように、改修コンサルティング(建物診断、工事監理)をして建物を診ていると、その状況がよく見えます。

以前は、必ず行われてきたことがコストを重視するあまりに端折られています。

例えば、タイル張りは浮き・落下防止のため下地に特に気をつける必要がありますが、 工期とコストを重視し、下地作成を怠った結果、全体で30〜40%のタイルに浮きが見つかったマンションもあります (通常の劣化だと5%でも相当多く感じます)。

また、工事の単純化による物作りの技術も失われてきており、改修にかかわる者は非常に憂慮しています。

3.自分のマンションをどうやって守るのか

すでにマンションを所有する管理組合にとって重要なのは、大規模修繕への取り組み方です。
工事の質を確保するためには、新築時の問題を知っており、 不具合への対処方法を見いだせる技術者による「設計監理方式」で行われることが重要です。

先述のタイル浮きのあったマンションは二回目の大規模修繕でこの問題が発覚しました。
これは一回目の修繕を新築時の施工会社が行っており、何も知らない管理組合が補修費用を負担しています。 その補修さえもいい加減であったことが判明したわけです。

施工会社の影響を受けない立場の第三者による工事監理が必要だということを強くお伝えしたいと思います。

4.上昇が続く工事原価

資材費や人件費などの工事原価は、2008年のリーマンショック後、下落を続け、 2011年3月11日の東日本大震災以前は2005年以前の水準にとどまっていましたが、 東京五輪の開催が決まった2013年以降、急激な上昇に転じ、2015年6月でリーマンショック後最高となりました。

為替の円安を背景にした製造業の国内回帰などにより地方への建設投資が進み、資材コストが上昇、 更に不況時に熟練技術者や現場作業員を減らしてきたツケが回って人材がひっ迫し、 今では人材確保のために人件費のコストアップを招いているといった背景があります。

建設業就業者数の推移――ピークから200万人弱の大幅減少

建設業就業者数は1989年(約578万人)、1990年(約588万人)と緩やかに増加し、 1991年(約604万人)には600万人を突破しました。建設投資が過去最高の84兆円に達した1992年(約619万人)以降についても、 1993年(約640万人)、1994年(約655万人)、1995年(約663万人)、1996年(約670万人)と増勢を維持し、 ピークは1997年(約685万人)となりました。

翌年以降は、減少傾向をたどり、1998年(約662万人)は対前年差で約23万人の大幅な減少となり、 1999年(約657万人)は対前年差で約5万人減、2000年(約653万人)は約4万人減と1桁台の減少にとどまっていたものの、 2001年(約632万人)は約21万人減と再び2桁の減少となります。以降、この減少傾向が続き、 2002年(約618万人)は対前年差約14万人減、2003年(約604万人)は約14万人減、2004年(約584万人)は約20万人減、 2005年(約568万人)は約16万人減と5年連続で2桁の減少となっています。

2006年(約559万人)は対前年差で約9万人減、2007年(約552万人)は約7万人減と1桁台の減少にとどまっていたものの、 リーマン・ショック時の2008年(約537万人)は約15万人減、2009年(約517万人)は約20万人減、 2010年(約498万人)は約19万人と3年連続の2桁減となり、 リーマン・ショック前の2007年(約552万人)と比べると約54万人が建設業から離れました。

足元の推移(2011年〜2014年)をみると、東日本大震災が発生した2011年(約502万人)は対前年差で約4万人増、 2012年(約503万人)は約1万人増、2013年(約499万人)は約4万人減、2014年(約505万人)は約6万人増と増減を繰り返しながら横ばい圏での推移が続いています。


リーマン・ショック後の建設市場の冷え込みに伴い、2009年度にすべての職種で有効求人倍率が大きく落ち込んだものの、その後、 東日本大震災の復旧・復興需要などを背景に、数値が改善していきます。 なかでも労働需給が逼迫しているのは、型枠工や鉄筋工などの「建設躯体工事の職業」です。 「建設躯体工事の職業」の有効求人倍率をみると、リーマン・ショック前のピークである2006年度(5.72倍)から、 2007年度(5.25倍)、2008年度(3.50倍)、2009年度(1.46倍)と3年連続で低下したものの、建設関連6職種では唯一、 1倍台を維持してきました。その後、2010年度(1.92倍)、2011年度(3.54倍)、2012年(4.97倍)と急激に回復しています。 2013年7月(5.78倍)には、リーマン・ショック前の2006年度(5.72倍)の水準を超え、 2014年度以降は7倍前後の高水準で推移しています。とび工、型枠大工、鉄筋工の躯体工事関係での人手不足が極立っていることがわかります。

職業分類
職業分類 該当職業例
建築・土木
・測量技術者
建築設計技術者、建築工事監督、土木設計技術者、
土木工事監督、測量技術者、測量士
建設躯体工事の職業とび工、型枠大工、鉄筋工
建設の職業大工、ブロック積工、タイル張工、屋根ふき工、左官、畳工、配管工、内装工、防水工
電気工事の職業電気通信設備作業員、電気工事作業員
土木の職業土木作業員、舗装作業員、鉄道線路工事作業員、ダム・トンネル掘削作業員
採掘の職業採鉱員、石切出作業員、じゃり・砂・粘土採取作業員

資料出所:労働政策研究・研修機構「第4回改訂 厚生労働省編職業分類」

職種別有効求人倍率(2000年度〜2014年12月)


資料出所:厚生労働省「職業安定業務統計」
*職業分類の改訂に伴い、2012年度計までは旧「職業分類」、2013年4月からは現行「職業分類」の集計値。

建設コストが高騰している

リニア中央新幹線の発着駅となる品川駅の工事のような大型プロジェクトでさえ、 発注者の望む金額とゼネコンの見積の差が大きく、最初の入札は落札者のいない「不調」に終わっています。 今後、新国立競技場や大手ゼネコンが都内で進めている10棟弱の超高層ビルなどの建設が始まると、 作業員と資材のひっ迫が深刻となり、調達コストはさらに高騰することは避けられそうにありません。

マンションの修繕工事の実施にあたって直面する工事原価の上昇は難しい問題ですが、 ここでも、管理組合のパートナーとして信頼のおける技術者を選定した上で、 建物診断から長期修繕計画の策定、修繕工事の施工監理を行う流れの中で、 管理組合と技術者が一緒になって多くの選択肢の中から最適な仕様とコストのバランスをとっていくことで対策は可能です。 技術者は20年、30年先を見据えた長期修繕計画と、建物診断で得た現状の劣化状況を見据えて、今、 最低限行わなければならない工事は何なのかといった本質的な工事項目と仕様をコストの試算を繰り返しながら、練っていきます。

最もやってはいけないこと、それは管理会社のいいなりになって丸投げで発注することです。 誰も責任をとらないお任せ無責任体制が新国立競技場の異常な建設コスト高騰の原因でした。 管理組合が技術者と一緒になって、工事仕様と工事予算に知恵を出しながら進めていかないと、上昇が続く工事原価には対応できません。

かってのバブルの時には「頭使わんで、金使え」といった言葉も聞けたのですが、今どき、ありえないでしょう。 でも、管理会社に丸投げで発注するということは、結局そういうことなのでは・・・?

5.検査会社とは?

黄浦江を挟んで対岸の豫園(ユィーユエン)から臨む「上海環球金融中心」写真中央
(Photo By H.I マンションNPO)

 中国上海の浦東(プードン)地区に建設された「上海環球金融中心」(101階、高さ492m) (Shanghai World Financial Center))の事業主体となったのが、現地法人の上海環球金融中心有限公司です。

この企業は森ビル株式会社の子会社、フォレストオーバーシーズ株式会社を中核とした日本を代表する銀行、 保険、商社などの35企業と政府系機関である海外経済協力基金(OECF)が設立した日本法人「上海環球金融中心投資株式会社」が90%を出資、 その他アジア金融投資会社や米国等の外国投資家が10%資本参加しています。

この「上海環球金融中心」ビルは、1997年に着工し、地下の鋼管杭(2,000本)および構真柱(199本)打設完了後、 アジア経済危機のため工事中断。その後設計の見直しを行ない2003年に工事を再開、2008年 竣工した。

設計には六本木ヒルズ森タワーや名古屋JRセントラルタワーズを設計した超高層建築で世界的に評価の高いニューヨークの設計事務所 コーン・ペダーセン・フォックスアソシエイツ(Kohn Pedersen Fox Associates(KPF))を起用し、 中国の二大ゼネコンである中国建築工程総公司と上海建工集団のジョイントベンチャーで建設され、 この施工検査を請負ったのは米国カリフォルニア州で百数十年の検査実績の歴史を持つインスペクター企業 「トワイニング・ラボラトリー社(Twining Laboratories)でした。

コンクリートの打設は昼間では暑くて品質が保証できない為、夜7時から翌朝4時にかけて行われ、 生コンは四つの生コン工場から数千台のミキサー車で運ばれ、セメント、骨材、 水などの配合が指定通りかをチェックされた結果、容赦なく返された品質不適格の生コンは、 多いときで過半数にのぼった。

中国側にとっても初の大規模インスペクションだったが、中国の建設業者は米国人の言うことには従った。 生コンの検査だけではなく、鉄筋の引っ張り試験や配筋のチェックも並行して行われた。

建物の資産価値と安全性を担保する仕組みは、このようにして作られます。

6.国交省の補助金

2008年(平成20年)4月、国交省の独立行政法人建築研究所が「超長期住宅先導的モデル事業」を公募して補助金を出した。

長寿命化コンクリート建物を作ること自体は、新技術でもなんでもなく、当たり前の従来技術にすぎない。 鉄筋コンクリートの躯体を弱体化させる要因の主たるものがジャンカ、コールドジョイント、 打継ぎ部からの浸水を発生させるコンクリートの一体化不良、さらに、 混練水の多いコンクリートの乾燥収縮などによるひびわれの増大などであって、 コンクリートの強度低下や、コンクリート劣化によるせん断破壊など、躯体構造に及ぼす様々な品質上の問題点は、 コンクリートの品質管理、施工管理の問題点に行き着く。 従来技術を誠実に実行していけば達成できるレベルの話で、 役所が懸賞金を出して募集する話ではない。

横浜市都筑区のパークシティLaLa横浜で杭打ちデータの流用が判明した平成27年12月4日、 国交省は「電流計データの流用に関する安全性の確認状況」と題する報告書を発表し、 横浜市のマンションの担当者が関与した物件等82件のうち、くいが支持層に到達しているとした57件を発表した。
事件を表面的な「電流計データの流用問題」に矮小化してしまえば、偽装を生んだ業界構造の根本に踏み込まないですむ。

    【次頁】「今、建築業界で何が起きているのか(2) 官僚機構の問題

参考 工事価格と株価の相関について

「4.上昇が続く工事原価」で示したように、 われわれ日本人にとっては、好調な経済、高い株価、高い不動産価格がすべてリンクした状態は極めて自然ですが、 日本では土地供給の弾力性が低いので住宅価格と株価の相関が高くなるのであって、国際的には必ずしも当てはまることではないことを明らかにしたのが、 吉田二郎氏の論文「Technology Shocks and Asset Price Dynamics:The Role of Housing in General Equilibrium 」 (米国不動産都市経済学会2007年度最優秀博士論文賞を受賞)でした。

欧米の土地価格は収益還元法で評価され、土地の付加価値を正しく反映しているといわれており、 土地資産総額は、自国の名目GDPとほぼ同じになっています。 一方日本の地価総額は実にGDPの2.6倍以上のボリュームがあり(国民経済計算 内閣府/平成15年度)、 日本の地価は高止まりしている状態でしたが、その後、地方の地価は年々下がり続ける一方で、 3大都市部の地価だけは年々上昇する二極化を示しています。

参考 「設計」と「施工」が一体となった日本の特殊事情

元東京都庁の営繕課長として1997年、国際フォーラム(※1)建設のプロジェクトを担当した吉川充(よしかわみつる)さんの著書「建築業界変革論」では下記のように述べられています。

【ゼネコンとはそもそも、その名の通りゼネラルコンストラクター。本来は設計の仕事はせず、施工のみを請け負うのが一般的でした。

設計と施工を一体で発注する考え方には、ある大きな落とし穴があります。 外から見れば同じ建築業界にあっても、設計者と施工者の考え方は随分と違うからです。 理想から言えば、この2つの仕事は、そもそも、「対立するのが当たり前」なほど真逆のベクトルを向いています。

設計者に求められる第一の役割は「施主の代理人」です。施主は「欲しい建物」をイメージすることはできますが、 それを建てるための図面を描くことはできません。ですから、設計者が担うべき重要な役割の一つは、「施主がイメージする建物を施主になり代わって図面におこすこと」です。

施主の依頼を受け、設計者が描いた図面にしたがって建築物を形にしていくのは施工者の仕事です。 実際の工事費を見積もりよりも低く抑えれば抑えるほど施工者の「うまみ」は大きくなりますから、業者の中にはときどき、いかに「手抜き」をし、 儲けを大きくするかしか考えない悪徳な輩(やから)も出てきます。

実は、それをきちんと指導し、当初の図面通りに工事が行われているかを厳しく監理するのも設計者の重要な役目です。 反対に、経験の浅い駄目な設計者が引いた図面を、施工者が指摘して事なきを得る場合もあるかも知れません。

建築プロジェクトにおけるこうしたチェック機能を相互にはたらかせ、クライアントの利益を守るため、欧米では「設計」と「施工」は分離して発注されるのが当たり前とされています。 これに対し、日本では設計・施工一体での受注が一般的で、ビルでも住宅でも、設計と施工を別々に発注するほうがむしろ稀なことです。

昔から大工さんが住宅の設計をし、施工もしていた日本では、設計と施工はそもそも一体なもの、という文化もあります。

加えて、「設計と施工を一体で発注すれば、その分、お互いのノウハウを共有しながら、より効率的に、低コストでビルやマンションを建てることができます」と言うのが、 大手ゼネコンの売り文句でもありました。】〜(中略)〜

【世界の建築業界では今、日本のゼネコンは非常に精度の高い施工をすることでよく知られています。 それは、日本のゼネコンが他の国のゼネコンにない設計部を持ち、 設計と施工が緊密な連携をとってプロジェクトに臨んできたからできたことでもありました。

しかし、それは「諸刃の剣」(もろはのつるぎ)だともいえます。すなわち、今述べた日本のゼネコンの強みの部分が、実は、 根底のところではグローバル・スタンダードに適った(かなった)ものではないからです。 「一体型ではチェック機能がはたらかない」ということはすでにご説明しましたが、 こうしたチェック機能がはたらかないことに対し、グローバル市場には強い拒否感があります。 したがって、どんなに効率がよく、品質の高いサービスや建築物を提供したとしても、 そのスキルやプロジェクトをグローバル市場において活用することができないのです。】

(※1)この国際フォーラムは有楽町の旧東京都庁舎跡に地上11階、地下3階、総工費1647億円で建設されたもので、 日本初のUIA基準による国際公開コンペで米国の建築家ラファエル・ヴィニオリが設計し、ニューヨークから200人、東京から100人、合計300人の設計チームが組まれた。

「建築業界変革論」吉川充著 幻冬舎 経営者新書 2012年1月27日(ISBN978-4-344-99819-3 C0252)

掲載:平成27年(2015).11.17 改訂:平成28年(2016)3.9 & 7.22・平成29年(2017)5.1