滞納対策の実務 目次 > 【前頁】 12. 不在者財産管理人選任手続 > 13. 受託責任を担保するしくみ  > 【次頁】 14. 弁護士費用を請求できるか

13. 受託責任を担保するしくみ

1.利益相反行為と受託責任を担保するしくみ

 利益相反行為(りえきそうはんこうい)とは、 法律行為自体や外形から見て、その行為が受託者の利益にはなるが委託者にとっては不利益となる行為のことを言います。

「受託責任」はスチュワードシップ(Stewardship)といい、元々は貴族に仕える執事(スチュワード)の資格・役職(シップ)という意味で、 委託を受けている相手の不利益となる行為は、財産管理の職務上、絶対にやってはいけないという、16世紀の昔から現代まで連綿と続いている職業倫理上重要な概念であり、 委託を受けて財産管理を職務としている者の基本倫理です。

受託責任とは、他人から任された仕事を責任を持って行う専門的職能の立場の者が、与えられた裁量権の範囲内で実行する責任、すなわち「業務実行責任」のことであり、「結果報告責任」を伴います。  「1.2 会計と説明責任 」

未成年者のための「特別代理人」、判断能力が十分でない方のための「成年後見人」、 亡くなった方の相続財産を管理する「相続財産管理人」、行方不明者の財産を管理する「不在者管理人」などいずれも、 その選任は裁判所の審判(裁判官の判断)によって決定されますが、これらの制度に共通していえることは、 「申立人が希望した人(候補者)を代理人や後見人に選任する制度ではない」ということです。

裁判所に成年後見人の申立書を提出した後では、家庭裁判所の許可を得なければ取り下げることもできません。 例えば、申立人が希望する人が成年後見人等に選任されそうにないという理由では、取り下げは認められません。
特別代理人、不在者財産管理人の選任申立ても同様に、裁判所の審判の結果に対しての不服申立ては、できません。

また、これらの申立ての中で、本人や親族に対する調査や照会は行わないで欲しいという要望があっても、 裁判所は必要に応じて調査や照会を実施しますし、審問(裁判官が事情を尋ねること)の際も、関係者それぞれを別室で行います。

法律に不慣れな一般市民を対象とした事件において、形式ばった審理を行っても的確な主張を期待することは難しく、 生の事実を聞いていく中で、不正や利益相反行為の恐れがないかを判断します。

申立人が希望した候補者が選任されない場合、裁判所によって専門職(弁護士・司法書士等)が代理人や後見人に選任されます。 また、親族候補者が選任された場合でも、専門職の後見監督人が選任される場合もあります。

代理人や後見人になったからといって、本人の財産が代理人や後見人のものになるわけではありません。 あくまでも本人の利益を守る法的な立場から、本人の不利益になるような行為(財産の名義変更、本人名での新たな借入・担保提供等)は、 特別な事情がない限りは、原則、認められません。

不正行為に対する罰則

本人の財産を勝手に借用したり贈与したりすると、不正行為として後見人等を解任された上、 裁判所から損害賠償を命じられます。 また、悪質な場合は、業務上横領等により刑事事件として検察庁に送検され、処罰されます。 残念ながら、現実にそのような事例も発生しています。

次に、候補者が代理人や後見人に選任されない利益相反行為の具体例を見ていきます。

2. 特別代理人に選任されない利益相反行為の具体例

 未成年者のための特別代理人

親権者は、未成年者の法律行為について代理したり、同意したりすることができますが、 親権者と未成年者の利益が反する行為や複数の未成年者の間で利益が反する行為、具体的には、 遺産分割協議、相続放棄の申述、金銭消費貸借契約、抵当権設定契約などにおいて利益相反行為がある場合については、 親権者が未成年者の法律行為を代理することはできず、 家庭裁判所が申立てを受けて審理・選任した代理人が代わりに行うことになります。 その代理人を「特別代理人」といい、その選任の手続きを「特別代理人選任」の手続きといいます。

以下、候補者が特別代理人に選任されない利益相反行為の具体例を挙げてみます。
@ 夫が死亡し、妻と未成年者で遺産分割協議をする行為
A 複数の未成年者の法定代理人として遺産分割協議をする行為
B 親権者の債務の担保のために未成年者の所有する不動産に抵当権を設定する行為
C 相続人である母(又は父)が未成年者についてのみ相続放棄の申述(しんじゅつ)をする行為
D 未成年者の一部の者だけ相続放棄の申述をする行為
E 後見人が15歳未満の被後見人と養子縁組する行為
などが該当します・

3. 成年後見人に選任されない利益相反行為の具体例

1.判断能力が十分でない方のための成年後見人

認知症、知的障害、精神障害などによって物事を判断する能力が十分でない方(ここでは「本人」といいます。)について、 本人の権利を守る援助者を成年後見人といい、本人の判断能力に応じて「後見(こうけん)」「保佐(ほさ)」「補助(ほじょ)」の3つの制度を利用できます。

(1)任意後見制度
判断能力が不十分になる前に将来に備えてあらかじめ自らが選んだ代理人(任意後見人)に自分の生活、 療養看護や財産管理に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を公証人の作成する公正証書によって作成し、 家庭裁判所に「任意後見監督人選任の申立て」を行い、裁判所の選任決定により登記されて初めて効力が発生します。

(2)法定後見制度
家庭裁判所によって、援助者として成年後見人(後見人、保佐人、補助人)が選任される制度で、申立てができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、そして検察官、市区町村長などです。
判断能力については申立書類として医師の診断書(成年後見用として様式が定まっている)をつけますが、申立て後に原則として裁判所から直接医師に依頼して行う鑑定があります。

後見人、保佐人、補助人に対して与えられる権限(必ず与えられる権限と申立てにより与えられる権限がある)にはそれぞれについての法律行為の代理権が規定されています。
候補者が後見人等に選ばれたとしても、裁判所によって後見監督人等が選任されることもあります。
裁判所によって選任される専門家には弁護士、司法書士、社会福祉士などがあります。

以下、候補者が後見人等に選任されない利益相反行為の具体例を挙げてみます。

2.候補者が後見人等に選任されない利益相反行為の具体例

@ 親族間に意見の対立がある場合
  (後見人申立てには親族の同意書が必要です。審理の過程で親族への照会があります。)
A 預貯金等の額や種類が多い場合
B 不動産の売買や生命保険金の受領など、
  申立ての動機となった目的が重大な法律行為である場合
C 遺産分割協議など、後見人等候補者と本人との間で利益相反する行為について、
  後見監督人等に本人の代理をしてもらう必要がある場合
D 後見人等候補者と本人との間に高額な貸借や立替金があり、
  その清算について本人の利益を特に保護する必要がある場合
E 従前、本人との関係が疎遠であった場合
F 賃料収入など、年によっては大きな変動が予想される財産を保有するため、
  定期的な収入状況を確認する必要がある場合
G 後見人等候補者と本人との生活費等が十分に分離されていない場合
H 申立て時に提出された財産目録や収支状況報告書の記載が十分でないなどから、
  今後の後見人等としての適正な事務遂行が難しいと思われる場合
I 後見人等候補者が後見事務に自信がなかったり、相談できる者を希望する場合
J 後見人等候補者が自己または自己の親族のために本人の財産を
  利用(担保提供を含む。)し、又は利用する予定がある場合
K 後見人等候補者が、本人の財産の運用(投資)を目的として申し立てている場合
L 後見人等候補者が健康上の問題や多忙などで適正な後見等の事務を行えない、
  又は行うことが難しい場合
M 本人について、訴訟・調停・債務整理等、法的手続きを予定している場合
N 本人の財産状況が不明確であり、専門職による調査を要する場合
などが該当します。

3.後見等が開始されると支払のできないものとされた一例

・ 見舞いに訪れる親族の交通費、食事代
・ 本人と同居していることを理由とする後見人名義のローン返済
・ 退院の見込みがないにもかかわらず、
  引取りを理由にした本人や後見人の自宅の改築・改装費用 
・ 自動車の購入
・ 金銭の貸付け、寄付、後援会の入会金
・ 後見人または親族への贈与(相続税対策の贈与を含む)
・ 本人が経営している会社の負債の返済

4. 管理組合として財産管理人選任の申立てできるか?

区分所有者のある方が亡くなったが、親族間でモメて相続者がなかなか決まらず、 管理費や修繕積立金の滞納が数年続いている、或いは、相続者がまったくいなかった、 或いは、相続者全員が相続放棄してしまったなどの事例には、どう対処したらよいのでしょうか。

管理組合として「相続財産管理人」や「不在者財産管理人」などの財産管理人選任の申立てもできなくはないのですが、 全員相続放棄の事例以外でそれができたら勲章ものです。

相続財産管理人の例でいうと、亡くなった方の相続を受ける権利のある方全員、 つまり、亡くなった方の両親の出生から亡くなった方の兄弟姉妹及び亡くなった方の配偶者と子供たちを含む家系図(法律では相続関係図といいます)を作成し、 その全員の戸籍謄本(すでに亡くなった方は死亡の記載ある謄本)を取り寄せます。3世代に及ぶ家族は全国に散らばっているのが普通です。
この戸籍謄本のことを原戸籍(口語で【はらこせき】と呼びます)といいます。 この原戸籍を集める仕事は司法書士や行政書士に依頼します。調査費用は実費です。これが第一の関門です。

次いで、第二の関門、亡くなった方の財産目録、財産を裏付ける資料の作成です。自分の親の財産だって幾らあるかを把握している方は少ないのに、 他人の財産を調べるってどうやるのでしょうね。
それを可能にしているのが、家事事件手続法第56条第1項の職権探知主義による裁判所の証拠調べの権限、第2項の当事者に対する事実の調査及び証拠調べの協力義務、 更に官公庁及び銀行、関係人の使用者等に対する調査(62条)、証拠調べにおける提出命令に違反した場合の過料(64条3項・4項)の規定です。

第三の関門、相続人全員から、財産管理人選任の同意を得なくてはなりません。相続人は「あかの他人」に身内の財産管理を委ねることに同意しますか? そもそも、財産処分をめぐって親族間でモメているのだから簡単には同意しません。

管理人選任の申立てに当たっては上記の全てをクリアしなければならないということではありません。 それぞれの事情に対し、家事事件手続法第58条に基づいて、家庭裁判所調査官が対象となるご親族に対し、意向調査等の手続きを実施していきます。

裁判所ではこれらの事情を総合的に判断して、財産管理人を選任し、財産管理人が裁判所の監督のもとで問題解決を図ります。

家庭裁判所では、申立書を受付ける前に、申立て書類審査の形で相談窓口を設けている場合があります。 申立てが殺到している現在では、やむなく相談予約制をとっている裁判所も多く、1ヶ月以上先の予約になるところもあります。 実は「相談窓口」と書きましたが、裁判所は「困りごと相談所」でもなく申立てを薦めるところでもないので、正確には「申立てにあたっての手続きに関する照会」というのが正しい言い方で、 申立書を作成してからそれを事前審査してもらうところです。

家庭裁判所や簡易裁判所に限らず、地裁も高裁も訴訟件数は増加の一途なのに裁判官の増員はままならず、多忙を極めているとの背景は、承知しておいてください。

管理組合として財産管理人選任の申立てができるかという問題に対して、できたら勲章ものだといったのは、多くの当事者間の大変な交渉をまとめ上げ、 更に当事者達の信頼を勝ち得て、亡くなった方の財産を処分できるところまで行くのは口で言うほど簡単ではないからです。
解決には時間がかかります。長引けば長引くほど話はこじれます。人間の欲はきりがない、そして相続には時効がない!

信頼のおける法律の専門家(弁護士、司法書士)に相談しながら、個別の事情の詳細な調査から始めるしかありません。 そのための予備知識として、知っておいて欲しいことをまとめました。