2022年12月18日管理組合役員銃撃事件の真相
この事件の犠牲者とその家族、友人の皆様に心からお悔やみを申し上げます。
My heartfelt condolences go out to all of the victims and their family and friends.
事件の概要
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建物名称:ベラリア・レジデンス・コンドミニアム・タワー
(Bellaria Residences Condominium Tower ,9235 Jane Street,Vaughan, Ontario,Canada)
管理組合登記名称:「ヨーク区標準型コンドミニアム管理組合(登記番号1139)」
York Region Standard Condominium Corporation No.1139
(注;事件を伝えるニュースでは通称の建物名称、法的な文書では登記名称を使う)
銃撃犯(active shooter/perpetrator): フランシスコ・ヴィリ(Francesco Villi) 73歳
ヴィリは年金生活者で、家族と離れて独居中であった。
使用した銃: ベレッタ92A1 半自動拳銃( Beretta 92A1 semi-automatic handgun )
ヴィリは2019年に銃の所有許可を得ていた。
犠牲者(multiple victims):
犠牲者は全員この建物の居住者で死者は3人の男性と2人の女性
・リタ・カミレリ ( Rita Camilleri 57歳) と 夫のヴィットリオ・パンツァ ( Vittorio Panza 79歳)
・ラッセル・マノック ( Russell Manock 75歳) と 妻のロレイン ( Lorraine 71歳)
・ナヴィード・ダダ ( Naveed Dada 59歳)
管理組合理事長 ジョン.ディ..ニーノ(John Di Nino)の妻ドリーン ( Doreen 66歳 )
もドアをあけたところで撃たれたが、病院搬送され、緊急手術で命は取りとめた。
リタ・カミレリ、ラッセル・マノック、ナヴィード・ダダは管理組合の理事であった。
※ この事件はYouTubeなどの動画サイトで当事者やニュースの画像を見ることができます。
キーワード "Vaughan condo shooting" , "Vaughan mass shooting" , "Vaughan gunman"
などで検索して下さい。(この頁では、著作権に触れるため、これらの画像は掲載していません。)
殺害実行の数時間前に犯人のヴィリはビデオ投稿しています。「彼らは私を殺そうとしている」
('THEY WANT ME DEAD': Vaughan masskiller posted video hours before slayings)
フェイスブックに投稿された最後の動画で、ヴィリは17歳の時に母親と一緒にカナダに来たと
語っている。そして「私は世界を変えることはできなかった。神は世界を終わらせるだろう。
神は世界を再び作りかえるだろう。もうすぐだ.。」で終わっています。
( “I cannot change the world … God will destroy the world. God will rebuild the world.
“Very soon.”) 彼の[will]は「・・だろう」という単純未来ではなく、確定的な「・・である」
という感覚に満ちています。 (このビデオ、2023年12月でも見る事が出来ました。)
この頁の目次
○ 事件の概要
○ (1) 役員銃撃事件の背景
○ (2) 犯行を防ぐことはできなかったのか?
役員銃撃事件 関連 判例集 目次
No. | 事件番号 | 件名 | 判決日 |
---|---|---|---|
(1) | 解説:2023.12.05 | 【管理組合役員銃撃事件の真相】(本頁) | |
(2) | 1998 ONICDRG 30 | 犯人の心の闇 (1) ヴィリ 対 保険会社/控訴審判決 | 1998.2.26 |
(3) | 2022 ONSC 4561 | 犯人の心の闇 (2) ヴィリ 対 カミレリ他 /判決 | 2022.8.4 |
(4) | 2023 ONCAT 168 | 【銃撃事件の影響】 ラフォチューン事件/判決 | 2023.11.8 |
(1) 役員銃撃事件の背景
(1) ヴィリ氏は、1993年11月26日(当時44歳)、自動車事故で負傷し、オンタリオ州
保険委員会への訴えで、自動車事故による、うつ病と不眠症の病歴(history of
depression and insomnia)を明らかにしていた。その訴訟における医学的証人は、
ヴィリ氏がうつ病と自殺願望(suicidal ideation)を伴う適応障害に苦しんでいたと
いう証拠を提供したが、委員会は、ヴィリ氏の精神衛生上の問題が自動車事故
に関連していると認定することを拒否した。
その後、保険会社から毎週の保険給付を受け取っていたが、1995年1月22日に
その給付が終了した。
(2) ヴィリ氏は、その後、訴えを起こし、1996年7月3日にオンタリオ州保険委員会が下した
自動車事故保険金の仲裁裁定 ( Villi v Co-operators General Insurance Company
1996 ONICDRG 115 (CanLII) )を不服とし、ヴィリ氏が控訴(Appeal)していた。
控訴審判決は1998年2月26日、控訴棄却となった。
(Villi v Co-operators General Insurance Company Neutral Citation: 1998 ONICDRG 30 (CanLII) )
ヴィリ氏は、2010年以降、居住していたベラリア・レジデンス・コンドミニアム・タワーの
彼の住戸の真下にある電気室から電磁波が出ていて、彼に危害を加えているとの苦情を
管理組合に訴えるようになった。管理組合は、これらの執拗な苦情に困り果て、
2018年4月、管理組合理事会や管理会社のメンバー、従業員、居住者に対する脅迫的、
虐待的、威圧的、嫌がらせ行為を抑制するために、ヴィリ氏に対する訴えの申請を開始した。
これに対し、ヴィリ氏は、彼の住戸の下の電気室に起因する問題と、管理組合側の抑圧的な
行為の疑いに関して、管理組合に対する訴えの申請を開始した。
複数の訴えは受理され併合審理された。2019年10月24日、ぺレル裁判官は判決で、ヴィリ氏
が行ってきた管理組合に関する様々な個人の記録を公開することの禁止、管理組合議事録に
関するソーシャルメディアへの投稿の禁止、及び、管理組合との連絡は対面接触を禁止し、
書類でのみ行うよう命じた。彼は後にこの命令を侮辱していたことが判明した。
(3) ヴィリ氏は、2020年12月15日,管理組合の理事6人を被告として提訴したが、ディ・ルカ裁判
官は重要な事実が全く存在しない厄介な訴えとして、2022年8月4日判決で請求を棄却した。
(Villi v Camilleri,: 2022 ONSC 4561 (CanLII) )
弁護士ディラン・S・フィッシャー(Dylan S.fisher)は 「ヴィリ氏は、多くの厄介な本人訴訟当事者
と同様にメンタルヘルスの問題に苦しんでいたようだ。法廷での彼の主張と提出物は、被害
妄想の暗示に満ちていた。」と話す。
Mr. Villi, like many vexatious self-represented litigants, was suffering from mental health issues.
His claims and submissions in court were filled with undertones of paranoia.
※ 本Hpでは、上記の(2)と<3)の判決を掲載しています。更に、この銃撃事件が他の管理組合
に与えた影響を物語る判決を、上段にある「判例集目次」の(4)でご紹介しています。
(4) 管理組合は、ヴィリ氏を厄介者としてコンドミニアムからの退去を求めて訴えを起こし、犯行の
翌日の2022年12月19日はヴィリ氏が高等裁判所の公聴会(審尋)に出廷する日だった。
ヴィリ氏は審尋の通知を受け、何も準備が出来ていないとして、追い込まれてパニックに
なっていた。審尋(hearing)とは、当事者の主張を聴いて争点整理をすることで、必ずしも
当事者双方の意見を聴くことではなく、当事者を対立させる口頭弁論とは異なる。
ヴィリ氏は、この時点でパニックになる必要はまったくなかった。
更にいえば、コンドミニアム法(Condominium Act)第1.44.(4)に「裁判所は、人に対し、不動産を
永久に明け渡すよう要求する命令を出してはならない。」((4) The Tribunal shall not make
an order requiring a person to vacate a property permanently.)との規定がある。
日本の区分所有法第59条が「共同生活上の障害が著しいとき・・・競売請求ができる」
との抽象的かつ曖昧な表現だけで強制退去の執行を規定しているのと逆で、カナダ法では、
Fairの概念で、まずは、「できない」と否定した上で、厳密な例外要件規定を置いている。
氏の強制退去を求める管理組合は他に手段がないか合理的理由を明確に示す必要があり、
ヴィリ氏には弁護士と精神科医がついて救済できる手段がまだ残されていた・・筈だった。
(2) 犯行を防ぐことはできなかったのか?
ヴィリ氏の行動を理解するには、幾つかの精神障害を理解することが必要になります。
(1) 妄想症・パラノイア(Paranoia): 妄想型の統合失調症。独自の強固な論理体系をもち、攻撃的で他者の意見を全く聞き入れないコミュニケーション障害をもつという点で、
周囲の人は大変な被害を蒙ります。精神科医は、相手にするな、近寄るなという。
この事件でも2019年、裁判官はヴィリ氏に対し、すべての関係者に対する接触と
ソーシアルメディアへの関係者を中傷する投稿を禁止する命令を下した。(前記(2)項)
(A judge ordered Villi to stop communicating with all concerned and to stop posting
defaming social media posts.)しかし、彼はその命令を無視した。永年に亘って執拗な
攻撃を受け続けた管理組合にとっては、本人に出て行ってもらうしか解決策はない。 (2) 電磁(波)過敏症(EHS:Electromagnetic hypersensitivity): EHSには科学的
根拠がなく、医学的診断としては認められていないが、EHS症状は心身症に由来する
ことが一般的に認められています。
(3) 家族の疎遠(Family estrangement): ヴィリ氏と離れて暮らしていた彼の3人の
娘さん達は、事件後、犠牲者への哀悼を伝え、「父は攻撃的でジキルとハイドのよう
な性格だった("an aggressive, 'Jekyll and Hyde'-type personality")」と語りました。
(4) 厄介な訴訟(Vexatious litigation): 日本で多重債務者は信用調査機関に登録
(ブラックリスト入り)されて借入れができなくなりますが、多重訴訟者というリストはあり
ません。ところが、コモンローの国では、厄介な訴訟者リストに載ると、以後は訴訟が出
来なくなります。(where the common law system still remains: Australia, Canada,
Ireland, New Zealand, UK, and US,)。
カナダ法の場合、一方の当事者の申立てにより、裁判所が相手方を裁判所法第140条(1)
項に基づき、嫌がらせ訴訟当事者と宣言した命令が出されれば、その者は裁判所の許可
なしにそれ以上の訴訟を起こすことができなくなります。
(The court will declare him a vexatious litigant under section 140(1) of the Courts of
Justice Act, he would be unable to initiate any further action without leave of the court)
実際の事例で説明します。ハラスメント訴訟をお互いに何度も繰り返してきた当事者に対し、
「No. 2023 ONCAT 48」では、判決の最終段[13]で裁判官が述べた警告は、日本と異なり、
単なる警告ではないことを認識する必要があります。
本件の事件を解説した幾つかの弁護士事務所のサイトを見ると、「裁判所はメンタルヘルス
と厄介な訴訟当事者に対処できない。(The Court’s Inability to Address Mental Health
and Vexatious Litigants )という論評が見られます。
裁判制度は「争訴処理」であって、 「紛争解決処理」ではないというのは日本でも同じです。
詳しくは、当Hpの [日本とカナダの判例比較:紛争の解決に向けて]〜「3.紛争の解決手段」
〜「紛争処理と争訴処理の違い」 で述べていますので、参考にして下さい。
日本で医療観察法が成立してから2023年で20年が経ちました。司法と医療従事者が関与して
犯罪を犯した精神障害者が更正していく道は開けたのですが、事件被害者への支援は未解決
だし、精神障害や心神耗弱(こうじゃく)の状態にある人の犯罪未然防止策もできていません。
「5.社会心理学からみた管理組合」 ⇒ 「コミュニティ心理学」
(2023年12月5日初版掲載・随時更新)
(Initial Publication - 5 December 2023/ Revised Publication -time to time)