ニューサンス概論と判例 目次
本頁の目次
1. ニューサンス判例 目次
2. (1) ニューサンス概論
3. (2) ペット訴訟
4. (3) 判例解説に代えて
5. 1. 宣言書(Declaration)の実際の例
6. 2. 受忍限度の判断基準、合理性の判断基準
7. 3. 多様な判断基準を整理して提示〜自由心証主義
8. 4. あなたは判決文で人間愛を感じたこと、ありますか?
9. (注1). 原始規約の問題
10. (注2). 迷惑行為の9つの類型
ニューサンス判例 目次
No. | 事件番号 | 件名 | 判決日 |
---|---|---|---|
(12) | (解説:2022.09,10) | 【ニューサンス概論と判例 目次】 | |
(13) | 福岡地裁H15(ワ)974 | .ニューサンス・ペット(1)日本 / 損害賠償請求事件 | 2004年9月22日 |
(14) | 大分地裁H16(ワ)297/443 | .ニューサンス・ペット(2)日本 / 損害賠償請求事件 | 2005年5月30日 |
(15) | No. 2021 ONCAT 91 | ニューサンス・.ペット(3)カナダ/飼育禁止と賠償命令 | 2021年10月1日 |
(16) | No. 2022 ONCAT 68 | ニューサンス ・CATの裁判権と請求棄却 | 2022年6月22日 |
(17) | No. 2022 ONCAT 97 | ニューサンス ・除雪妨害 | 2022年 9月9日 |
(18) | No. 2022 ONCAT 110 | ニューサンス ・騒音・フローリング | 2022年10月12日 |
(19) | No. 2023 ONCAT 20 | ニューサンス ・クラホグル氏と猫ドマテス | 2023年 2月9日 |
(1) ニューサンス概論
ニューサンス(Nuisance)とは、迷惑行為、生活妨害行為のことで、共同住宅の生活紛争
としてはペット(Pet)、騒音(Noise)、喫煙(Smoking) などが世界共通の身近な問題です。
他に違法駐車・違法駐輪、水漏れ、ごみ処理等々がありますが、いずれも居住者の生活
管理上の問題です。共同住宅での生活は他者への気配りが特に必要です。
ペット訴訟(1)と(2)は、販売会社(分譲会社)の売り方の問題で、日本では、共同住宅
を購入してからの住人の住み方の制限に関わる住居管理は、建前として分譲後に設立
される管理組合の管理規約に委ねています。最近、先に分譲会社で原始管理規約(案)
をつくり、購入者は購入前にその内容に同意して購入する事が一般的になっていますが、
もともとこの原始管理規約は分譲側に都合よく作られているという批判 (注1) も多く、
コンプライアンスの強制力(enforcing compliance)についても充分ではありません。
また法制度上も原始管理規約作成の行政指導はあるものの義務化されてはいない。
ペット訴訟(1)と(2)はそれが原因で起きた紛争です。
これらが、外国ではどのように対策されているかを考える上で、今回(3)の宣言書(Declaration)
を取り上げたのですが、同時に(3)では、生活紛争解決のための多くの視点を提供しています。
それらの視点のポイントは、下記の「(3): 判例解説に代えて」 に記載しました。
(2) ペット訴訟
ペット訴訟の判決を3例 挙げました。
(1)(2)は日本の個人対販売会社の裁判、(3)はカナダの管理組合対住民の裁判です。
〜法制度の欠陥が招いた混乱と紛争(日本)〜
○ .ペット訴訟(1): 販売会社に責任はない 2004年(平成16年)9月22日 福岡地方裁判所判決
○ .ペット訴訟(2): 販売会社に賠償命令 2005年(平成17年)5月30日 大分地方裁判所判決
〜判決文で人間愛を感じたこと、ありますか?〜
○ .ペット訴訟(3): 住民に飼育禁止と賠償命令 2021年10月1日 コンドミニアム裁判所(カナダ)
○ ペット訴訟(3): 判例解説に代えて
○ (1):宣言書(Declaration)の実際の例
○ (2):受忍限度の判断基準、合理性の判断基準
○ (3):多様な判断基準を整理して提示〜自由心証主義
○ (4):あなたは判決文で人間愛を感じたこと、ありますか?
○ (注1). 原始規約の問題
○ (注2). 迷惑行為の9つの類型
「ペット訴訟(3)」 ⇒ .(4)宣言書(declaration)と統治文書 (governing documents)
(3) 判例解説に代えて
ここでは、.ペット訴訟(3): 住民に飼育禁止と賠償命令 2021年10月1日 コンドミニアム裁判所(カナダ)
についての補足説明です。
(1). 宣言書(Declaration) の実際の例を挙げます。
これは、ペット訴訟(3)のカナダのコンドミニアムの宣言書ではありません。 米国フロリダ州のあるコンドミニアムの宣言書の例で、分譲会社(Condominium Developer)が、所有権(condominium ownership)の登記 をする際に、フロリダ州コンドミニアム法の規定(Chapter 718, Florida Statutes, known as the Condominium Act) に従って提出したもので、細かな文字でびっしり書かれており、全36頁あります。
この宣言書内のペットに関する規定14.4 項(P27)は下記の通りです。
14.4 Pets. Small, noiseless household pets are permitted, subject to reasonable limitations
as to their use, restraint and conduct as may be further promulgated by the Board of Directors from time to time.
Renters and guests will not be permitted to have pets at any time without express approval of the Board of Directors.
Owners having pets shall promptly remove any and all pet droppings from condominium property,
and shall keep pet leashed at all times when the pet is on condominium elements.
※ 一般に[will]は話し手の予想・予定を示す単純未来の用法で用いられますが、 法律文では「主語の意思・意図」を確定的に示す「・・とする」「・・である」という意味で用いられます。 上記の説明文で用いられているwill not [won't] は未来において「・・しない」という意味に加え、 「どうしても・・しない」という強い「拒絶・固執」を表わしていることに注意して下さい。
宣言書は、(3)のカナダだけの特殊な制度ではないことがおわかりいただけると思います。
尚、(3)のカナダの宣言書のペット条項の内容は、実際の判決文の中で丁寧に引用記述されています。
(2). 受忍限度の判断基準、合理性の判断基準
日本の生活紛争裁判の中で、必ずといっていいほど出てくるのがこの受忍限度です。
被害者の感じる受忍限度と、裁判官の感じる受忍限度には大きな開きがあります。
そのような判決を見るたびに「裁判官に受忍限度を判断させるな! ろくな判断にはならない」と思います。
このカナダの判決のパラグラフ(段落)[26]では、他の判例を引用して次のように述べています。
「管理組合が統治文書に基づいて強制力の行使を法廷に求めるとき、その根拠となる理事会
にとっての合理性とは何か、という見方は、法廷が代わりに判断する合理性の基準ではない。
そこには大きな違いがあることを裁判所は示さなければならない。
その判断に恣意的な要素がない限り、理事会が合理的と判断してとった行動は、裁判所として
支持することが重要である。」
被害を受けた側の判断基準を尊重するべきで、裁判所が代わって判断するべきではないと言っています。
これは権威主義のパターナリズムで「司法判断の責任の放棄」と見るか、
多様性と寛容を重んじるリベラリズムで個人の権利を尊重するかで評価は異なります。
「被害を受けた側の判断基準を尊重する」という考え方には総合的な合理性があります。
受忍限度の判断は物理的な性能値だけでなく、その場の状況や問題化した後の経緯、対処履歴、
特に訴訟に至るまでの経過が非常に重要な要因となってきます。日本の裁判官や裁判所から調停
委員の委嘱を受けて裁判に参加する大学教授などは、学会等の評価尺度を受忍限度の判断基準
とするが、紛争となった背景と経緯を抜きにした判断は偏頗的(片寄って不公平な)判断になる危険
がある。このカナダの判決のパラグラフ(段落)[26]はそのことを述べています。
「司法判断を放棄」しているわけではない。
当事者の公正、正直、誠実さ(Fairness, honesty, integrity) の評価は放棄していない。日本と逆です。
(3). 多様な判断基準を整理して提示〜自由心証主義
この(3)の判決では他の4つの裁判における判決文を引用しています。
日本では、原審判決を判断する控訴審判決以外ではこのような例はあまり見られません。
この判決で引用されている他の裁判の判決文は司法判断の重要なエッセンスです。
日本でも実は民事訴訟法第247条で裁判官の自由心証主義が保証されていましたが、現在では、
第247条は死文化しています。1970年代、公害の責任追求を恐れた財界、右翼、自民党政府から
の攻撃で当時の最高裁事務総局が裁判官の人事処遇面で差をつけ再任拒否などの圧力をかけ、
キャリアシステム(官僚型裁判官制度)のもとで憲法第76条第3項も民訴法第247条も死にました。
詳しく知りたい方は、「青法協」、その後の「裁判官懇話会」等のキーワードで当時の裁判官に加え
られた弾圧の歴史を調べてみて下さい。
一方、カナダでは裁判官の自由心証主義が生きています。
自由心証主義が成立するには、その判断が客観的・合理的であることの証明を要します。カナダの
裁判官は、自己の判断が客観的・合理的であることの証明を尽すために、多様な判断基準を整理
して提示しています。日本とは違う。英米法と大陸法の法体系の違いが根底にあるにせよ、実は、
自由心証主義が成立する土台(underpinnings)が説明責任だというのはどちらも共通です。
「判例6. 不誠実な管理業者にペナルティ(後編)」⇒ (1) 絶望の裁判・希望の裁判
(4). あなたは判決文で人間愛を感じたこと、ありますか?
この裁判では被告を審理に参加させるのに、原告も裁判官も相当苦労したことが述べられています。
これがメアリー・アン・スペンサー判事だったら、最後にキツーイ1発がくるなと予想して読んでいたら、
なんと、モウリーン判事は終段のパラグラフ[44]で、こう述べています。
「しかしながら、正真正銘の個人的事情により聴聞に参加しなかったのは事実であるが、 彼女は
CATの審理プロセスとの戦いに苦しんでいたのであり、 それが彼女と彼女の代理人の問題でもあった。」
思わず、唸りました。私の貧弱な翻訳能力のせいで、裁判官の想いが伝わるかどうかは自信ないのですが.。
CATが権威的にこれが正しいのだと法の判断を押し付けるのではなく、「当事者と共にあり、援助的に接する」
という思想とそれを裏付けるファッシリテーション技術に基づいて運営していることの凄さをあらためて感じさせます。
※ (1)当事者を主体に考え (2)公平で適正な紛争解決方法であって (3)コンドミニアムの健全なコミュニティを促進すること。 これがCATの運用指針です。(コンドミニアム裁判所実務規則 「2. 規則の適用指針」 を参照)
コンド紛争専門のコンドミニアム裁判所(the Condominium Authority Tribunal 略称CAT)が発足したのは2017年11月1日です。 カナダ゛の裁判所制度は日本とほぼ同じで州裁判所(Provintiial Court)管轄の裁判所として日本の簡易裁判所にあたる Small Claim Court があります。州裁判所には地裁に相当する一般部(general)と日本の家裁に相当する家裁部Family)の二つの部があります。 コンドミニアム裁判所のトリビュナル(Tribunal)とは行政裁判所のことで、州の行政規則、規定に関わる訴訟を扱う裁判所です。
日本でも大日本帝国憲法下でドイツ法にならって行政裁判所がありましたが、戦後、法曹一元化で廃止されています。 日本国憲法第76条第2項「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。」 現在の日本ではこのようなコンド紛争専門の行政裁判所は設置できません。
既存の裁判所制度があるカナダで、なぜ新たにこのようなコンド紛争専門の裁判所を必要としたのでしょうか?。
それは、
コンドミニアムの健全なコミュニティを促進するという言葉に集約されます。
既存の裁判所の一般法理ではここまで踏み込めない。すべてオンラインで3ケ月以内に結審という制度も挑戦です。
費用負担についても、全コンドミニアムの区分所有者から、毎月1ドルの費用を徴収してコンドミニアム庁の運営に充て、 そこからこの裁判所の運営費用もまかなわれています。カナダでも行政の官僚組織は全く信用されていないから、 行政契約で民間の非営利組織としてのコンドミニアム庁に独立機関としての行政執行権と司法権を与えています。 その司法権を執行しているのがこのコンドミニアム裁判所です。 日本でも行政事務を民間に委託する「行政契約」はありますが、司法権どころか行政執行権すら与えていない。 単なる行政の下請け業務しか認めていません。行政は権力を手放さない。
このCATができたいきさつは、下記に詳しく述べています。
共同住宅法制改革の公共政策 「住宅法制改革第U期報告書」
〜 市民が結集して共同住宅法の見直しと改正を行ったカナダの実例報告 〜
(注1). 原始規約の問題
2008年9月20日初版第1刷が発行された「これからのマンションと法」(ISBN978-4-535-51365-5)(出版:日本評論社)
の「第4部 管理制度」の章(p328)で、「原始規約の諸問題」と題して弁護士山上知裕さんが書かれているなかから、
「V 日弁連意見書」を紹介されている部分を一部抜粋させていただきます。
(以下引用)
「このような問題認識を踏まえ日本弁護士連合会は、平成12年6月16日、区分所有法改正問題について意見書
(以下「日弁連意見書」という)を公表した。
「(1) 原始規約について、行政庁による審査手続きを新設し、行政庁に不公正条項について改正命令ないし
改正勧告権限を与える。
(2) 分譲業者や等価交換方式の元地主に対して特別な利益を与えるような不平等条項については無効とする
規定を設ける。
(3) 分譲業者や等価交換方式の元地主作成の原始規約に限っては過半数決議で改正することができることとし、
この場合には『特別の影響』の規定は適用しないものとする。(第4の1)
このような原始規約に関する日弁連提言は、原始規約をめぐる多くの訴訟を担当した法律実務家の声を如実に反映
したものであって、同意見書における最重点課題の一つであった。」(引用 終わり)
上記の問題に対して、カナダではまさに日弁連提言(1)の通り、建物登記と同時に宣言書を審査官(Examiner エクザミナ)
が審査して認可したものを登記法(Registry Act)に従って登記官(Registrar レジストラ)が登記する制度になっています。
平成12年(2000年)6月16日の日弁連意見書公表から22年、日本はいまだに変わらないどころか、ますます悪くなる。
(注2). 迷惑行為の9つの類型
2022年6月22日のCATの判決(※)で、CATが裁定できるindemnification(賠償金) または compensation(補償金)に関して、 その根拠となる統治文書に規定している迷惑行為の9つの類型について触れていましたので、追加掲載しておきました。 (※) 正確には判決(DECISION ORDER)ではなく、請求棄却(DISMISSAL ORDER)です。
(参考)ニューサンス(Nuisances)は、法律用語では(不法)妨害行為で、 public nuisance(公的不法妨害 《騒音・悪臭のように社会全般に害を及ぼす違法行為》.とa private nuisance(私的不法妨害) があります。英国で見る[Commit no nuisance!]の掲示板は直訳すると[ニューサンスを犯すな!]ですが、具体的には、 [小便無用、ごみ捨て無用]の意味です。(Nuisanceの語源は仏語で「害, 危害」の意味)
この判決の最後に出てくるアノイアンス(annoyances)とは、「人を不快にし、いらだたせる行為」、ディスラプション(disruptions)は、「関係や秩序を破壊する行為」で、 法律文書では成句としてNuisanceと併記使用することで、 嫌がらせによる不法行為(迷惑行為、不快を与える行為、秩序を破壊する行為)全般を指します。
請求棄却 (DISMISSAL ORDER)DATE: June 22, 2022 CASE: 2022-00302R (2022 ONCAT68 )
[4] 原告の訴えは、この被告管理組合が原告に課した法的費用のチャージバックに関するものである。
CATは、賠償金または補償金の紛争を扱うことができるが、但し、これらの紛争は、
管理組合の統治文書 に関する下記の規定に関係するものでなくてはならない。
1. ペット(Pets and Animals)
2. 自動車・バイク・自転車(Vehicles)
3. 駐車場・保管庫(Parking and Storage)
4. 騒音(Noise)
5. 臭気(Odour)
6. 照明(Light)
7. 振動(Vibration)
8. 煙・蒸気(Smoke and Vapour); または(or)
9. その他、管理組合統治文書に規定する迷惑行為、不快を与える行為、秩序を破壊する行為
(Other types of nuisances, annoyances or disruptions set out in a condominium corporation’s
governing documents.)
[5] 原告の賠償金紛争は、上記のいずれにも該当しない。
※ 本判決の全文は、「CATの裁判権と請求棄却」 を参照
(2022年3月10日初版掲載・随時更新)
(Initial Publication - 10 March 2022/ Revised Publication -time to time)