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コンドミニアム裁判所 判決  No. 2018 ONCAT 3

判例6. 不誠実な管理業者にペナルティ(後編)

第2部 「不誠実な管理業者へのペナルティ(後編)」 目 次
   争点3 ・・・不誠実な管理業者に対して費用の請求または違約金を課すことができるか?
   判決

   [あとがき]
     (1) 絶望の裁判・希望の裁判   (1.2) 二つの法体系の違い
     (2) 国民性の違い   米国とカナダの違い    (3) 委託契約の基本原則 
     (4) 日本の過料20万円との比較

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争点3.

原告は不誠実な管理業者に対して費用の請求または違約金を課すことができるか?
文書の要求に対する管理業者の責任とその行為に対して原告に有利な裁定を下せるか?

[47]  原告は、当裁判所に対し、被告の本事件業務処理過程における被告自身の責任に帰する信義誠実義務違反を取り上げるよう求めた。

当裁判所は、コンドミニアム法,1998(Condonium Act,1998 以下、法と略)1.44(1)の規定により、訴訟当事者に費用の請求及びペナルティとしての違約金を課す裁定権限を有する。 本事件には、それらの費用の請求及び違約金を課す理由があることを認め、そのことを当裁判所として決定した。

[48]  違約金の賦課に関連する法の定めは下記の通りである。

a 法1.44(1)の6
トリビュナル裁判所は、法第55条3項の定めにより、管理組合の記録を閲覧または写しを請求できる権利を有する個人に対して、 管理会社が理由なくそれを拒否した場合には、その紛争当事者である法人が行った行為に対して、 裁判所が定めた違約金を課す命令を発することができると定めている。

a 法1.44(3)
法1.44(1)の6の定めにより違約金を課す場合、他に特別の事情がなければ、総額を5,000ドル以下とすると定めている。 よって、当裁判所は上記に示した事情により、違約金を5,000ドル以下とする。

[49]  考慮しなければならない問題が二つある。一つ目は被告は原告からの文書提出の要請を断ったかどうかである。 もしそうなら、そうせざるを得ない特別な事情があったのかどうかが二つ目の問題である。

[50]  原告は、原告が記録文書を要求した日から、被告が本事件の審理に参加するまでの数ケ月間、 被告からは原告に記録文書を提供しようとする姿勢は一切見られなかったと述べた。

被告代理人から本事件の証拠としての回答書が提出されたが、それは本人の署名なしの写しで提出されたもので、 その回答書でも信用できる証拠は示されなかった。 被告代理人は聴聞で、要求された記録文書は既に原告に提供済みであり、 原告はそれを受け取っていると陳述したが、 その中でも、要求された記録文書を原告に提供しようとする試みが為されたことを示す信用できる証拠は示されなかった。

原告は、要求された記録文書は既に原告に提供済みであり、 原告はそれを受け取っているとの被告の陳述の内容を全面的に否定した。

原告は、被告の陳述の内容を否定できることを証明する証拠品を提示することはできなかったものの、 被告の陳述の内容は信用できないとする原告自身の立場を援用する幾つかの証拠を提示し説明をした。

[51]  裁判官は、聴聞において、被告代理人が否認の陳述をするのを注意深く聴いていた。 被告の主張のいくつかは原告の陳述に対する否認陳述であったが、信用できる証拠を提示することには概して失敗していた。

他方、原告の事実に関する陳述は一貫していて矛盾がなく、信用できる証拠として採用できるものであった。 全体として、原告の事実に関する陳述は、被告のそれよりもはるかに信用に値する証拠を示していた。

裁判官は、被告代理人の陳述書の内容には真実性がなく、原告の陳述がより信用できるものとして結論を導くこととした。

[52]  たとえ被告が回答した内容が文書の提供に関する合理的な職務行為であったとしても、 それは事実上、法の下における記録文書の提供に対する十分に根拠のある妥当なものではない。そのことを以下に示す。

最初に、この問題は、記録文書の提供に関する非常に小さな事件として扱われた。 原告被告双方の証拠は提出されなかった。そして、被告には原告が要求する文書を提供しようとする努力が見られなかった。

2番目に、被告は幾つかの理由で事実上、法令順守していないことが明らかである。
被告の陳述書は規定の様式に従っていなかった。要求された質問に殆ど回答をしなかった。
要求された記録文書の目次と記述された内容に関して、主要な文書とそれ以外の関係文書についてのコピー料金の見積も示さなかった。
これらの法令違反は被告の教養の欠如に帰するものか、或いは不測の事態によるものかのいずれかに原因があると思われる。

被告の代理人は聴聞において次のように述べた。
「我々は、今回の要求に対して、法律を調査し、どのように対応するかを我が社の顧問弁護士に相談した。」

にも拘らず、被告は、多くの関連法令の殆どに違反し、正当性の立証に失敗した。

[53]  これらの事実に鑑みて、被告は記録文書の提出の要求を故意に無視し続けたか、或いは、 故意に軽視することのいずれかを選択したと結論付けざるを得ない。

原告の記録文書の要求を被告は拒否し、それについて何の見解も示さなかった。 これらの結果に加え、被告代理人は、 法46条1項で明確に保証されている区分所有者及び抵当権設定者が有する組合情報へのアクセス権に基づいた要求を拒否したことに対する説明もしなかった。

[54]  裁判官は、原告の記録文書の要求に対して被告は提出を拒否し、その上それに対する説明をしなかったことを事実として認定し、 そのことをもって、裁判官はペナルティとしての違約金を被告に課す正当な理由とする。

[55]  法人に課すペナルティとしての違約金は、改正前の法では、 合理的理由がなく記録文書を提出しなかった場合、 単純な過失か、故意の拒否かを問わず、500ドルと定められていた。

このペナルティは記録文書の提出を拒否したことのみに適用され、裁判所の権限で課すことができる。

このことは、もしも管理会社が要求された記録文書へのアクセスを提供しようとして合理的な努力をしたか、 或いは、要求者自身がそのような文書の獲得に干渉して妨害した場合のケースにおいては、 裁判所の決定に先立ってペナルティの支払を強制されることはなく、矛盾はないように見える。

改正後の法では、立法府はペナルティの程度に応じて裁判所がすべてのケースに等しく適用可能とする意図から、 500ドルの定額から、それぞれのケースに応じて、5,000ドルを上限として 拒否の性質または深刻さを反映して裁判所の権限で違約金を課すことができることとなった。

[56]  この法律でペナルティの適用ケースについての具体的な規定がないことについては、 立法府の意図として、係争関係者が紛争解決に向けてそれぞれにあった方法で協議し、 最終的には裁判所の判断と裁量に任せることで、 コンドミニアムコミュニティの健全化を促進することとしたものであり、 ペナルティとしての違約金はその理由に応じて裁判所の決定に委ねることとしたものである。

[57]  違約金を決める上での要因を考えて見ると、本事件でペナルティを課すべき要因として、 法の規定に事実上十分に適合しているか、また、被告は業務の委任を受けている立場上、 その受託職務の、特に区分所有者からの記録文書の要求に応える法律上の義務(legal obligations)については、 誠意(diligence)をもって注意を払うべきであったと、裁判官は判断する。

そのような見方で本事件を捉えると定額の500ドルでは不十分であるが、 ペナルティ最高額の5,000ドルは極端な額と思われる。

本事件における被告の対応は不当でひどいもので、 これらの被害者の救済のために費用の請求及び違約金を課す法の定めに従い、 事実上の違約金を課すべき事例であり、 被告の本件における主張を信ずるに足りる理由がない。

従って、法1.44(1)の6の規定により、被告が原告に支払うべき違約金の額を1,000ドルとするものとする。


(※ 訳注: 日本のマンション管理適正化法第70条「信義誠実義務」規定は、罰則の規定もなく、 建前を取り繕っただけの訓示規定に過ぎず、法の条文としては意味を為していないが、 ここカナダでは違反者に被害者個人への賠償支払いが実際に課される。また、日本の裁判では 信義誠実や誠意の具体的定義が曖昧であるとして判断を避けるが、 カナダではそれを自己の社会的良心とリーガルマインドに従って判断するのが裁判官の仕事です。次の[58]以降にその説明があります。)


[58]  当裁判所は、法1.44(1)の規定により、 訴訟当事者に費用の請求及びペナルティとしての違約金を課す裁定権限を有する。

法1.44(2)の規定では、費用の請求を認める場合は「トリビュナル裁判所規則に従い」とされている。 トリビュナル裁判所実務規則では、費用の請求とは、訴訟当事者が相手の不法な行為、 又は理由のない遅延により被った実際の損害額及び、 訴訟提起にあたって訴訟当事者が実際に費やした直接経費の支弁とされている。

[59]  原告が本事件をトリビュナル裁判所のオンライン紛争解決システムの第三段階-(裁定)-に提訴した後の数日間、 被告はそれに応じようとはしなかったのは、義務を怠ったか、或いは故意に拒否したのかのいずれかである。 いずれにしても当事者は第三段階の最初の時点で紛争解決に努める義務があるが、被告は遅れて参加し、その機会を失ったのは明らかである。

さらにその上、オンライン紛争解決システムの第二段階で紛争が調停に付された時点で、当事者間に調停員が加わり、 紛争解決のための協議が不調に終わったあとでも、第三段階に進むための準備として、 紛争解決を効率的に迅速に進めるために関係する情報を集めて要約し、争点を個別に特定し、争点を絞る準備を行うが、 被告はそれにも遅れ、参加する機会を失った。

被告代理人はこの参加の遅延の理由については何も言及しなかった。

[60]  裁判官は、被告が当裁判所の審理に対し、迅速かつ積極的に応じてこなかったことは、 法1.44(1)の4項に基づく費用の請求事項に該当すると認める。

その弁償を求める額は、当裁判所の第三段階-(裁定)-に係る裁判費用である。

C. ORDER 判決

[61]  当裁判所の判決は下記の通り

1. 本法廷は被告に対し下記を命じる。

  a: 原告が被告に110.25ドルを支払った日以降直ちに1営業日以上の遅滞なく、 被告は原告に対し、財務諸表の既に写しを作成した分と、原告がピックアップして請求した分についての 記録文書を提出すること。

  b: 本判決の判決日から7営業日以内に被告は原告に対し、原告から要求された電子化データをUSBメモリーか、 又は、インターネット上の原告が指示するドロップボックスへのアップロードのうち、原告が指示する方法により、 提供すること。

  c: 原告が被告に378.00ドルを支払った日以降30日以内に被告は原告に対し、 原告から要求された主要な記録以外の分について、電子化データをUSBメモリーか、 又は、インターネット上の原告が指示するドロップボックスへのアップロードのうち、原告が指示する方法により、 提供すること。

  d: 本判決の判決日から30日以内に、

     : コンドミニアム法1988の1.44(1)の4の規定による裁判費用の弁済として
        被告は原告に対し、総額125.00ドルを支払え

     : コンドミニアム法1988の1.44(1)の6の規定によるペナルティとしての
        違約金として被告は原告に対し、総額1,000.00ドルを支払え

裁判官 マイケル・クリフトン コンドミニアム裁判所 判事
公開:2018年6月7日
Michael H. Clifton Member, Condominium Authority Tribunal RELEASED ON: June 7, 2018


あとがき

(1) 絶望の裁判・希望の裁判
日本の裁判所の関心事は、社会秩序を維持することであって、庶民の個別の「事件」は
早く、そつなく、「処理」すればそれで良い。「社会正義」などに関心を持つ必要はない。

裁判の判決は、結論と結論を導くに至った理由を明快かつ的確に示せば足りると割り切れば、 日本の裁判官が全体主義的体制の下で画一的に個性を殺して権威主義に寄りかかり、 モラル、士気が低下し、判断能力も視野狭窄に陥っている現状は別にたいした問題ではないかも知れません。

対して、このコンドミニアム裁判所の判決では各裁判官の個性が際立っている事に驚かされます。

判例2のマーク・バーラ(Marc Bhalla)裁判官は社会系で、調停畑の経験が長く、判決に至る前に、 紛争の元となった当事者間の関係性を修復するファシリティトで紛争処理をさっさと片付け、 肝心の判決はたった2頁の「これにて一件落着」で終わらせています。唖然!

判例1(判決文は全7頁)、判例3(同11頁)のメアリー・アン・スペンサー(Mary Ann Spencer)裁判官は明らかに文系で、 彼女の判決は平易でわかりやすく、法の正義に文学・経済の機智(Wit)と皮肉(irony)を絡ませ、人を納得させます。

一方、本裁判のマイケル・クリフトン(Michael Clifton)裁判官は典型的な理系で、事実関係を確認し、 争点を一つひとつ丹念に分析し、杉下右京(誰?)のように推理を働かせ、それを法の条文に照らしながら、 結論を導いていく教科書的な正攻法で、15頁もの長文の丁寧な判決です。

この裁判官が判決文[52]の中段で 「最初に、この問題は、記録文書の提供に関する非常に小さな事件として扱われた」と述べているように、 通常はここまで厳密に取り上げられる事件ではありません。 この裁判官をそこまで突き動かしたもの、それは日本の社会では失われつつあるものです。
マイケル・クリフトン裁判官はコンドミニアム紛争に永年かかわって来た元弁護士です。

日本の裁判では、過度に真実相当性を重視して、裁判官自身の社会的良心に基づく判断を忌避するから、 カナダの裁判官のように原告に有利な判決にはなりません。(後述・自由心証主義)
日本の判決では、多分、次のようになります。

「本件原告の陳述書記載の各記述について、これらを裏付ける客観的証拠は乏しく、 原告本人尋問の結果と原告陳述書のほかには、 上記各記述の真実性の認定に供し得る的確な証拠はないものといわざるを得ず、 原告の主張は真実であるとは認められない。」・・これが日本の裁判です。

裁判官の自由心証主義(日本でも民事訴訟法第247条で保証されている)が成立するには、 裁判官の心証形成過程が客観的・合理的なものとして両当事者及び国民一般に承認され得るものでなければ、 裁判所は信頼されず、本来の機能を果たすことができません。
マイケル裁判官の判決が丁寧なのはその証明を尽そうとしているからです。

(1.2) 二つの法体系の違い ( Major Differences between Common Law and Civil Law )
勿論、日本は成文法(Written Law)の条文解釈を重視する大陸法(Civil Law)の国であり、カナダは
制定法(Statutes Law and code)の解釈に加え、判例(Judicial decisions, Case Law or precedent)
を重視する英米法(Common Law)の国であることの法体系の違いを無視するわけにはいきません。
 Common LawはBritish Empire起源(=英米法)、Civil Law はContinental Europeの法(=大陸法)

ただし、近年は多くの国で二つの法体系が混合して使われています。カナダはその典型例です。
( In fact, many countries use a mix of features from common law and civil law systems. )

自由心証主義が成立する土台(underpinnings)が説明責任だというのはどちらも共通です。

ローマ帝国を起源とするラテン語由来のCivil Lawの法律用語(Legal term)であったペルソナ・ノン・ グラータ(persona non grata) = (受入れ国にとって)好ましくない人物、ボナ・ファイド(bona fide) = 誠意ある約束・善意の第三者 等が英語圏の法律用語集(Legal Terminology)に残っている 一方、原告(plaintiff)、被告(defendant)、民事犯(tort)、過失(negligence)、契約(contract) 等の世界共通の日常語も、もともとは大英帝国を起源とする英語由来のCommon Lawの法律用語でした。

バイリンガル・バイジャラル国家として重要視していること
 (Importance of bilingual and bijural drafting)
カナダは英語圏(オンタリオ州他)と仏語圏(ケベック州他)の英語と仏語の2ケ国語を公用語とする バイリンガル(bilingual)国家で、1867年憲法は、連邦法を両方の公用語で制定することを義務付けており、 あるバージョンが他のバージョンの単なる翻訳であることを拒否し、両方のバージョンが同等に信頼できるものとするために、 立法起草段階から両方の公用語における意図した意味を明確かつ正確な言葉で伝える事、 及び、カナダがCommon LawとCivil Lawの両方の法制度が運用されるバイジャラル(bijural)国家であることから、 両方の制度に適合する方法で表現されることを重要視しています。 (カナダ司法省発行「連邦法および規則作成ガイド(Guide to Making Federal Acts and Regulations)」より)

 

(2) 国民性の違い
国民性の違いも見えてきます。日本人は仕事に対して人間性を失った完全主義者に変身する。
知識の量を誇るが、自分の考えは主張しない。社会的弱者には冷淡だが、権力や権威には弱い。
欧米人は、仕事では自己の人間性を主張し、いわば、「完全な」不完全主義者に変身する。
知らないことでも自分の考えを主張してくる。社会的弱者には親切だが、権力や権威は無視する。

両者の違いは自分の考え方・生き方に自信があるか、主体性(※1)があるかないかの違い。
傲慢と偏見と自信は違う。信念に基づいた自信(=自分を愛すること)から主体性は生まれる。
「汝、隣人を愛せ」、聖書の正しい記述は「汝、自分を愛するがごとく隣人を愛せ」
まず最初に自分を愛すること、
自己肯定-自信-自立-主体性-その結果の個人の多様性を認める社会

(※1)もう一つ大事なこと、主体性には責任が伴う。主体性と責任能力は1枚のコインの裏表。
具体例で説明する。
刑法第39条「心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を軽減する。」
刑法第41条「十四歳に満たない者の行為は、罰しない」
主体的行為には、自己の行為に対する意識的な制御能力が要求される。
その能力を持たない者に刑は意味を持たないし、執行もできない。
主体性とは一人称ではなく、他者・集団・社会との関係性で評価される。

米国とカナダの違い
共に移民大国といわれる米国とカナダですが、 融合を重んじる米国は、るつぼ(Melting pot)社会、個性の多様性を重んじるカナダは、モザイク(Mosaic)社会と呼ばれています。 この裁判の原告はアラブ系、被告(法人)代理人はロシア系、争われているのは Integrity(インテグリティ:誠実さ)

米国の融合主義
米国でシールや貨幣に記されている標語" e pluribus unum " [イ プルーリバス ユーナム] は " one out of many " 「多をもって一を成す」(=融合)という意味のラテン語です。
  「多様な人種・文化・言語に属するすべての人がアメリカ人として同化され、溶け合って、
  一つの新しい社会を作るべき」という考え方です。

現実には、多数の移民が流入する前には多数派・主流派であったWASP(※2)による、 少数派の同化という側面を持っていたことは否定できません。 公民権運動は、黒人を白人社会に同化することによって黒人差別を解消しようとするのではなく、 黒人独自の価値感・文化の正当性を主張するもので、 このような抑圧されたマイノリティの側に立って同化主義の問題を指摘するポスト・ コロニアリズム(postcolonialism 植民地主義のなかでアジア・アフリカの旧植民地の文化が「劣ったもの」として位置付けられてきたことを告発する運動)や、 リベラル・リーガリズム(国家の介入を抑え(liberal)、法にのみ規制の権威を認める(legalism)思想は先進国だけの思想で途上国には通用しない)、 ニュー・レフト(暴力革命を否定する社会民主主義によって法学を政治と直結させる理論)、CLS(Critical Legal Studies:主流派法学に対する批判)、 CRT(Critical Race Theory:支配階級に対する批判的人種理論)、そして、ポストモダン法学へと続きました。

(※2) WASP(white Anglo-Saxon Protestant)とは、本来的には、 北部ヨーロッパからの初期の植民者(白人・アングロサクソン・プロテスタント)の子孫であるアメリカ社会の主流を占める中産階級の人たちを指し、 その他の人種的、宗教的に少数派に属するもの、或いは時期的に後になっての植民者たちを区別する言葉です。 軽蔑的な意味合いで、中産階級の保守派で共和党員の白人のアメリカ人を指す場合もあります。

カナダの多文化主義
一方、カナダは、様々な色や形の沢山の破片が全体として、 一つのモザイク(mosaic 寄木細工)模様を作っていることに例えられる多文化主義社会で、同化主義がもつ「多数派の専制」の危険を防ぎ、 異文化・異人種が多様なまま共存できる社会の形成を目指す、 サラダボウル(salad bowl)に例えられる社会です。 さまざまな野菜がそれぞれの個性を保ちつつ、全体として一つのサラダという料理を作り、共存していくという考え方です。

イヌイットなどの少数民族や、英語話者が圧倒的多数の中でフランス文化を保ってきたケベック州などの問題を抱えていたカナダは、 1988年に「多分化主義法(multicuturalism act canada 1988)」を制定し、 民族的ルーツに関係なく、社会のあらゆる文化に参画する機会を均等に保障することを理念としました。

競争条件を平等化し、多数派が優越的な地位を濫用しないようにする考えを「消極的多分化主義」といいます。 現実的には少数派の固有性を守るためには、 リベラリズムの自由な自己決定を尊重する公平の保障を超えた少数派に対する積極的な優遇措置が必要であるとする「積極的多分化主義」によって、 例えばケベック州では商店の看板はフランス語のみを使うことの義務、フランス語教育を受けることの義務が制度化されています。

ジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs) (1916-2006) 『都市の本質とゆくえ』
 「私がカナダへ引越してきたとき、近所の保育園の子供達が裏庭へやってきて、自分達の出身国を紹介しはじめたことがあります。 彼らはそのことに誇りを感じている様子でした。ところが一方アメリカでは、子供は両親がアメリカ生まれでないことを恥じる傾向があります。 『るつぼ』は人々の自尊心を傷つけ、若い世代を郊外に向かわせ、家族を崩壊させてしまうのです。」
(玉川英則他共訳 鹿島出版会)第6章から
 (彼女は米国ペンシルヴェニア州生まれ、ニューヨークからカナダ・トロントに移住した)

(3) 委託契約の基本原則
デュー・ディリジェンス(Due diligence:信義誠実則)とフィデューシャリーデューティ(Fiduciary Duty)
デュー・ディリジェンスとは、「当然履行されるべき誠実さ」、フィデューシャリーデューティとは、「受託者が高い倫理感で顧客の信頼に応える責任」をいい、 いずれも日本の法律では形だけの訓示的倫理規定はあっても罰則はないから裁判にもならない。
 「マンション管理適正化法の限界」 > 第3章 管理会社の不公正取引事例 >
      (8). 欧米の管理業者規制法

(4) 日本の過料20万円との比較
日本では規約や総会議事録の閲覧拒否は区分所有法第71条で20万円以下の過料に処せられる。 ただし罰則の対象は規約と総会議事録に限られ、財務諸表や本例のような主要・非主要な記録も対象外。 法の判断基準は区分所有者にとっての重要性ではなく秩序維持の形式的外形基準。

本判決では、違約金1,000ドルと裁判費用の125ドルを過料ではなく訴えた原告本人に支払う。

2019年2月19日にCATから出された別の判決(Case No.2018-0411R [2019ONCAT3])では、 財務諸表の提出を怠った管理組合に対し、違約金2,000ドルの命令が出されました。 ペナルティの上限額は5,000ドルですから、法令違反の違約金の裁定額は今後も上昇していく傾向にあります。

ー([あとがき] 終り)ー

2019.5.5 掲載