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コンドミニアム裁判所 判決  No. 2018 ONCAT 7

代理人委任状の監査請求

目 次    まえがき   判決     判決理由       A 概要      B 予備審
        C 争点    D 証拠   E 付託意見     F 法の適用にあたっての検討事項
        G 判決    H 費用   判決主文       [訳注](あとがき)

まえがき

カナダ・オンタリオ州コンドミニアム裁判所の判例をシリーズでご紹介している第1回目です。

コンドミニアム裁判所(Condominium Authority Tribunal (the CAT) )は司法省の管轄にある裁判所(The Court)と異なり、 消費者省の下にあるコンドミニアム庁(Condominium Authority of Ontario)の一部局のトリビュナル(行政裁判所)です。
(名称のトリビュナルは正規の裁判所体系外で特殊な問題の裁定を行う裁判所に用いられます。 詳細は 「カナダの裁判所の体系」 を参照ください。)

コンドミニアム法(the Condominium Act, 1998)ですべての管理組合にコンドミニアム庁への登録義務を課した上で管理組合を消費者保護の対象として扱い、 戸別に2018年現在月額1ドル(≒85円)のファンドを徴収し、コンドミニアム庁の財政的に独立した活動に充てています。 コンドミニアム庁は監督官庁(administrative authority)ですが、非営利法人であり、職員は公務員ではありません。

日本で民事裁判を経験した人の7割以上が日本の裁判制度に失望し、二度とやりたくないと答えています。 本文最後の [訳注] で日本の裁判制度との違いを解説しています。

コンドミニアム裁判所 判決


法の適用条項 コンドミニアム法(1998)1.44
裁判官: メアリー・アン・スペンサー(Mary Ann Spencer)
原告: ジャネット・キャンジャーノ(Janet Cangiano) 代理人弁護士 シェーン・プルヴァ(Shawn Pulver)
被告: メトロポリタン・トロント・コンドミニアム管理組合
    (Metropolitan Toronto Condominium Corporation)
     代理人弁護士 ミシェル・パスキュ(Michael Pascu)
聴聞: 2018年6月9日 電話での聴聞を文書とした
     2018年6月19日 聴聞会
判決: 2018年7月19日

判決理由

A. 概要

原告・ジャネット・キャンジャーノはメトロポリタン・トロント・コンドミニアムの一室を所有する区分所有者であり、 被告である同コンドミニアム管理組合の組合員である。

[1] 被告の管理組合は2017年11月16日に定期総会を開催した。
原告は当総会に提出された代理人委任状の原本の写しを電子文書で提出するよう管理組合に請求した。

[2] 被告の管理組合は、当総会に提出された代理人委任状の写しの提出を下記の理由で拒否した。
 コンドミニアム法(1998)(condominium Act 1998)同施行令48/01(regulation48/01)第55条(4)(d) 「区分所有者の閲覧請求権は他の区分所有者の個人情報を含む代理人委任状には及ばない。」

管理組合は原告に対し個人情報の部分を加工編集した代理人委任状の写しを提出するので そのための編集複写費用として27ドル60セントの費用を用意するよう回答した。

[3] 原告は被告管理組合が彼女に対し加工編集していない代理人委任状の写しを提出するよう裁判所が命令を発するよう請求した。

[4] 裁判官は下記のように判断する。
コンドミニアム法(1998)第55条(4)(d)、同施行令48/01では区分所有者の閲覧請求権は個人情報を含む代理人委任状については除外する規定であるから、 原告には加工編集していない代理人委任状の写しを要求する権利はない。

B. 予備審

[5] 裁判所のオンラインシステムを用いた関係者からの聴聞、及び、 当事者合意の上システム上で公募された証人の証言によって、 下記の結果が導かれた。証人の証言は2018/6/19に遠隔会議によって行われた。

原告側弁護士は二人の証人のうちM,M氏は証人として公表されることを望まず、 一人は名前が公表されたことを明らかにした。

C. 争点

[6] 明らかにされるべき争点は 2017年11月16日の管理組合の定期総会で提出された無修正の代理人委任状の写しを原告が請求できるかどうかである。

D. 証拠

[7] 原告は彼女自身が証言した。
原告は被告コンドミニアムの建物に1996年から居住し、1999年から2007年にわたって同管理組合の理事として管理業務に関わってきた。

被告管理組合を代表して同管理組合の理事長に2016年から就任しているマリャーナ・ディオーディビクが証言する。 ミズ・ディオーディビクの理事長の職務責任には本訴訟への回答準備が含まれる。

原告及び被告の主張する証拠を要約すると下記の通りである。

[8] 原告は下記の通り主張する

原告が2017年11月16日の管理組合の定期総会における無修正の代理人委任状の写しを請求した理由は、 管理組合理事選挙の完全な透明性についての監査を望んだものである。

原告は定期総会が「極端に多い代理人の数」のもとで行われたことに疑いを抱いたものである。

彼女の経験によると、過去の総会においては代理人の数はせいぜい10人から15人程度であったのに対し、 2017年の定期総会に提出された委任状はほぼ40人であった。

原告は代理人委任者自身の名前が抹消された代理人委任状は所有者の意思決定を証明したものとは認められず、 従って無修正の代理人委任状の写しを請求したものである。

[9] 原告が重要視している理由のひとつは定期総会への代理人委任が被告管理組合の管理者(理事長)の強い要請で行われたことである。

原告の証言によれば、2018年5月12日、原告の理事長に対する質問に対し理事長は組合が要請する前の確実な委任状は8人であったと原告に明かしたという。

数人の他の所有者が原告に伝えたところによれば、 理事長から代理人委任状を提出するようにと強い要請があり、それは普通ではありえないことだと感じたという。

原告がこの問題を提起した上で個別に確認したという何人かに理事長に依頼されて委任状を渡したかどうかをたずねたところ、 二人に一人がしていないと答えたと原告は話した。

[10] 原告の証言によれば、原告が問題視しているのは2017年度定期総会が無記名投票で行われたことではなく、 代理人委任状によるものであったことである。定期総会には開票立会人が存在した。

原告は、管理組合は直接に本人確認するか、或いは所有者の署名登録簿で管理するべきであると信じている。 原告はこの登録簿が代理人委任状の本人署名確認の検証に使用されたかどうかは知らない。

原告が理事であったとき、なぜ戸別訪問をすることができなかったか、区分所有者に代理人を要請したことがあったかとの質問を受けて、 そのようなことは誰もが意見をいうことを困難にする可能性があり、実際的ではないからやるべきではないと話した。

原告が無修正の代理人委任状の写しを請求した理由は、 委任者の情報とその委任状が完全なものであることの両方を検証するためである。

[11] 被告管理組合の理事長マリャーナ・ディオーディビクは次の通り証言した。

彼女は被告管理組合の理事会に対し、原告の記録の提出要求に従うことを提案した。

しかしながら、理事会は管理組合が管理を委託している管理業者ボブ・アレキサンダーが理事会に与えた助言に従い、 代理人委任状を加工編集することを決定した。 理事会がどのような方法で彼に意見を求めたのかについては彼女は知らない。

彼女はまた、管理組合は個人情報保護の観点から委任状を加工修正するのは慣習として一般的である旨のアレキサンダー氏から転送されてきた法的な意見の要約の写しを、 2018年1月22日に原告の彼女に伝えたことを証言した。

[12] ミズ・ディオーディビクは被告管理組合の2017年度定期総会における出席者数は実際に出席した所有者と代理人委任状を提出した人の数に基づいて示したものであることを確認した。

被告がこの文書の写しを原告に提供する用意があるかとの原告側弁護士からの照会に対し、ミズ・ディオーディビクは下記の通り陳述した。

すなわち、この記録はかって要求されたことがなく、 また議論もされたことがない。従って彼女は原告の要求を理事会に送り、理事会の判断に委ねたのである。

E. 付託意見

[13] 原告側弁護士の付託意見は下記の通りである。

被告の主張は法の条項規定に関する狭い理解に基づいたものである。

それは選挙結果の適正な監査を認めていないものであり、法律の起草者が意図したものではない。

本来の投票は適正な監査の裏づけのある実質的な方法で行われなければならない。

さらに、
区分所有者が総会への出席の権利を第三者に委任したということは彼らのプライバシーの権利を放棄したのであるから 代理人委任状が秘密にされるべきであるとか、保護されるべき個人情報であるとは想定されていない。

原告の加工修正されていない代理人委任状の写しの要求は原告の2017年度総会の投票の監査に関して 十分根拠のある妥当な理由に基づくものであり、管理者が代理人委任状を要請した結果、 2017年度の代理人委任状の総数が過去の年度に比較して大幅に増加しているという重大な影響を及ぼす結果を甘受することは、 高度の疑いがある状況といわざるを得ない。 代理人水増し不正行為の可能性は管理組合所有者にとって重大な争点である。

[14] 被告側弁護士の付託意見は下記

代理人委任状の開示という個人情報の完全な開示のために所有者の権利に制限を加えるという法の規定を破棄したり、 無視したりするといった権限は本裁判所(トリビュナル)にはない。

代理人を指定した所有者は、総会に出席して投票した所有者よりもプライバシー権を減じられるといったきまりはない。 たとえ、本裁判所にそのような判断を下せる裁判権が付与されていたとしても、原告が要求する代理人委任状の完全な記録を提供すべき根拠はない。

投票立会人は代理人委任状を検閲する機会を有していた。

管理組合の管理者が代理人委任状の提出を不正に要請したという証拠はない。

裁判所は原告の請求を却下すべきである。

F. 法の適用にあたっての検討事項

[15]コンドミニアム法(1998)55(1)項が管理組合に求めているのは必要かつ最低限の個人情報の保管であり、 区分所有者の総会において代理人を指名するすべての手段又は投票用紙を含むそれらの個人情報のリストを示している。

[16] コンドミニアム法(1998)の55(3)では区分所有者の開示請求権又は管理組合が保有する個人情報の写しを得る権利 を規定している。

   55(3) 管理組合は区分所有者、コンドミニアムの部屋の購入者、部屋に抵当権を有する者、
     又はこれらの権利を持つ者からの正当な代理権委任の公的証明書を持つ者に対して、
     法で規定する管理組合の記録を開示又は写しを提供することを許可しなければならない。

[17] コンドミニアム法(1998)の55(4)は区分所有者の開示請求権又は管理組合が保有する個人情報の写しを得る権利 の除外規定である。

   (4) 区分所有者の開示請求権又は管理組合が保有する個人情報の写しを得る権利は
      (3)項には適用しない
    (d) 指定記録はどれも除外される

[18] コンドミニアム法(1998)の55(4)に規定されている記録はコンドミニアム法施行令48/01の13.11(2)のリストに挙げられている。

   (2) 下記はコンドミニアム法(1998)55(4)が目的とする指定記録である。
    4. 管理組合の規約で他に規定がない限り、誰が誰に投票したかがわかる使用済みの
      投票用紙、或いは部屋番号又は所有者の氏名が記載された代理人委任状

[19] コンドミニアム法の条項及びコンドミニアム法施行令48/01は上記の内容を明確に説明している。

区分所有者には管理規約で特別に許可していない限り、代理人委任状にある個人の名前もしくは 部屋番号を特定する情報を含む個人情報を閲覧する権利はない。 被告の管理組合はそのような規約を裁判官に証拠として示すことができない。従って、 原告に2017年11月16日の管理組合の定期総会における代理人委任状原本の写しを請求する権利はないと裁判官は判断する。

被告管理組合の代理人委任状にある個人の名前もしくは部屋番号を特定する情報を他の組合員に提供する場合は その情報は加工修正されなければならない。

[20] 原告側弁護士は、代理人に委任した区分所有者は総会に出席して投票による選挙を行った区分所有者と個人情報の権利においては 同一に論じられないと主張する。

コンドミニアム法施行令48/01の13.11(2)は区分所有者の閲覧権利について4つの除外項目を規定している。 裁判官はコンドミニアム法施行令48/01の13.11(3)及び(5)において規定されている13.11(2)の投票用紙に関する除外規定に注目する。

それは区分所有者の個人情報が保護されることを意図した明示的な規定であり、 投票用紙又は代理人委任状の個人を特定する情報は公開情報から除外することを規定しているのであって、 それらを更に排他的に区別する除外規定は存在しない。

[21] 原告側弁護士は、選挙結果の投票用紙の監査を認めないのは法の条項規定に関する起草者の意図に反した狭い理解に基づいたものであると主張する。

しかしながらコンドミニアム法施行令48/01は区分所有者の個人情報保護を特に強調した規定であり、 選挙投票の投票用紙の監査を認めないということがそれらに抵触するものであるとは裁判官には認められない。

法の条項の中に選挙投票の監査を尊重する特別の規定がないことは認めるが、 しかしながら、それは立法府の課題となるべき論点のひとつである。

[22] 裁判官は当事者の証言から下記を認定する。

原告が証言したところによれば、彼女は無記名投票で役員を選出する結果に対して異議を唱えたのではなく、 むしろ、投票者の意思情報と委任状がともに完全に正確なものであることの両方を検証するために加工修正していない代理人委任状の写しを得ることを望んだのである。
彼女にとっては、代理人委任状の写しを得ることよりもそちらのほうが主たる目的である。

常識的でない戸別訪問が彼女を排斥して行われたにもかかわらず、彼女はいつでも相手を受け容れている。
もしも彼女が大多数の区分所有者の支持を得ているならば、潜在的な選挙違反行為となる疑いの解明を議案として各所有者あてに所有者会議の招集を請求することができるであろうと推定できる。

最終的に、原告側弁護士が被告管理組合の理事長ミズ・ディオーディビクに対して行った反対尋問により、 定期総会で受け入れた代理人登録者数は彼女が調べたとおりの結果を原告に提供する旨証言する。
但し、被告に対するこの記録の提出請求はないから、裁判官は被告に対しこの文書の提出を命ずることができない。

検閲する権利とこの記録の写しを得ることは法の55(4)で除外されていることを裁判官は留意する。

G. 判決

[23] コンドミニアム法(1998)の55(4)(d),及びコンドミニアム法施行令13(11)(2)4の除外規定に基づき、 原告には被告の2017年度定期総会の編集加工していない代理人委任状の写しを要求する権利及び閲覧する権利はない。

[24] 原告から記録を要求された被告は、原告が27ドル60セントの費用を負担することを前提に区分所有者の個人情報を編集加工した代理人委任状の写しを提供する用意があると原告に回答した。
この費用の総額には本裁判における聴聞や裁判の費用は含まれていない。

裁判所は被告に対し編集加工した記録を原告に提出することを命じる。この判決はその命令の内容が当事者間で実施されるまで有効である

H. 費用

[25] 被告はこの事案に関し被告が受けた損失額について、裁判所の裁定額を3,001ドル85セントとするよう要求する。

[26] 裁判所実務規則(2017,11,1施行)30.1は裁判所は裁判に関する合理的な支出に要した費用は当事者が支払うよう命じなければならないということを規定している。

しかしながら、規則31.1は「裁判所は少なくとも、それを排除すべき理由が存在しない限り、他の当事者の支払った費用、 例えば弁護士や弁護士補の費用などを相手方当事者に支払うよう命じてはいけない。」と規定している。

[27] 被告側弁護士は次のように主張している。

原告には法(55)(4)(d)の条項で代理人委任状の無修正の写しを得る権利がないことを知っていたか又は知るべき責任がある。 原告の行為が被告側にむだな費用を発生させたのであるから、その責任上、被告側が被った費用を払うのが当然の“くだらない”事案に分類される。

[28] 裁判所のオンライン紛争解決システムは人々が簡単に、早く、安い費用で紛争を解決することを支援するために設けられた。

裁判官は下記に留意する。

すなわち、原告は弁護士なしで訴訟を提起し、第三段階までは弁護士の支援なしで争っていた。

裁判官が本件を扱うまでの議論では双方の主張は軽薄な取るに足らないものか、誠意をもって扱う事案ではないかのいずれかとして捉えられていたのであり、 本事案を終結させるべき理由は存在しなかった。

原告は裁判所に法の幅広い解釈を期待して訴訟に至った旨を提訴理由で述べた。

それが不成功に終わったということをもって本事案の費用負担審査における費用の支払いを課すべき理由を構成すべきではない。

それゆえに、裁判官はこの事案に関して原告は裁判費用の負担なしとすることを命じる。

判決主文

法の1.22(1)章の規定に従って、裁判所は下記を命じる

1. メトロポリタン・トロント・コンドミニアム管理組合はジャネット・キャンジャーノに対して、 2017年11月16日の管理組合の定期総会で提出された代理人委任状に関し、 所有者の部屋番号、又は、所有者の氏名のいすれかを抹消加工した写しを交付しなければならない。

2. 写しの費用27ドル60セントはジャネット・キャンジャーノの負担とする。 記録物の準備と制作に係る費用は27ドル60セントを超えてはならない。

3. メトロポリタン・トロント・コンドミニアム管理組合はジャネット・キャンジャーノに対して、 その費用を受領した日から30日以内に記録を交付しなければならない。

裁判官 メアリー・アン・スペンサー Mary Ann Spencer Member, Condominium Authority Tribunal
判決日 2018年7月19日  RELEASED ON July 19, 2018

[訳注]

 オンライン紛争解決制度のしくみ

州コンドミニアム裁判所におけるオンライン紛争解決制度の背景について簡単に説明しておきます。

紛争が裁判所に提訴されると、第一段階では、裁判所は一切関与せずに当事者同士の協議に任せ, 当事者協議が不成立に終わると第二段階として裁判所が任命した調停人が入り和解の道を探ります。

和解調停が不成立に終わると第三段階として裁判所の裁判官が関係者の聴聞を行い、 最終的に裁判所命令として法的拘束力のある判決が出されます。 審理は原則、出廷することなくメール等のオンラインシステムで行います。

各段階の審理期限はそれぞれ30日と定められており最長90日で結審します。 (日本では2003年成立の「裁判の迅速化に関する法律」第二条で「裁判の迅速化は、 第一審の訴訟手続については二年以内のできるだけ短い期間内にこれを終局させ、」と規定し、2年以内の終局が目標)

ここで注目していただきたいのは、日本の法廷のがちがちの形式的弁論主義と異なり、 当事者権を保障する弁論主義の基本は守りながら、訴訟指揮では職権探知主義的な手法も採用し、 当事者間の、相手を否定する発言の中から「利害・関心」の争点を特定し、 対立的になりがちな発言を当事者の真意に寄り添って肯定的に、未来志向で、中立的な言葉に置き換えて、 コミュニティ内の関係性を「再構築」するなどのファッシリテーションの技術を用い、 熟練したファッシリテーター(skilled facilitator)のように訴訟指揮を進めていることです。
ファッシリテーションは訓練を積まなければ習得できない専門技術です。

日本で職権探知主義というと遠山の金さんのような「お上」がよきにはからってやるからそれに従えというパターナリズム的な手法をイメージしますが、 それらとは全く異なる緻密で丁寧な法理の積み重ねで判決が構成されていることに注意してください。

コンドミニアム・トリビュナルの裁判官を日本の家裁の裁判官や書記官のようなイメージで捉えると、 とんでもない思い違いをすることになります。ポリシーもスキルもまるで違う。

なお、実際の裁判実務規則や判決文では原告と被告をあらわす公式名(The Applicant & The Respondent)をユーザー(User)、 裁判官の一般的な公式名(Adjudicator)をメンバー(Member)と呼び代えています。 裁判に不慣れな一般市民に無用な威圧を感じさせない気配りが感じられますが、 トリビュナルは、実務にあたる全判事による合議制で運営しており、 各判事はそのメンバー("Members of the board")なので、そのままメンバーと呼んでいるだけです。日本の裁判所所長にあたるのは議長(Chair)、副所長は副議長(Vice-Chair)で実際に判決も書いています。 裁判所職員は"officers"、執行官は"agents"です。

訳語ではユーザーを当事者、メンバーを裁判官としました。 裁判所にパターナリズム的な権威を求める意識は我々の側にも染み付いていて、 日本の市民がこの背景を理解するのはもっと先のことになるだろうと感じたからです。

正確に内容を知りたい方は原文を提示しておきましたので、そちらをご覧ください。
ダウンロード   [2018oncat7.pdf]  (PDF 204kb)

(参考)
1.弁論主義と職権探知主義の詳細は    「4. 訴訟の種類と方法 --4. 裁判は言ったモン勝ち?」

2.ファッシリテーションの詳細は        「6. 合意形成のプロセス」

3.敗訴した側に相手の弁護士費用分の請求を認めないという本判決の根拠は 「対等な当事者間の戦いの武器は自弁せよ」という世界共通の民事訴訟の原則からで、日本も同じです。
                     詳細は  14. 弁護士費用を請求できるか を参照ください。

最後に、崩壊した日本の裁判制度を理解する参考文献として一人の心ある学者裁判官が著わした
「絶望の裁判所」(瀬木比呂志 著 講談社現代新書 2014.2.20第1刷 ISBN978-4-06-288250-7)を挙げておきます。

ー([訳注] 終り)ー

2018.11.20 掲載