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コンドミニアム裁判所 判決  No. 2018 ONCAT 1

判例3. 訴訟費用の監査請求

目 次    まえがき   判決    A. 事案の概要       B. 予備審      C. 争点1
        争点1:証拠    争点1:付託意見   争点1:分析     争点1:判決
        争点2    争点2:証拠   争点2:分析      D.費用    判決主文   
        [訳注]

まえがき

この裁判は、コンドミニアム裁判所(Condominium Authority Tribunal (以下 CAT と略 )が発足し、 CAT実務規則(初版)が2017,11,1施行された後の最初の裁判ですが、相当面倒な事件です。

CATが出来る前の制度下で、原告は管理組合を州裁判所(Provintiial Court)管轄の小額裁判所(small craim court:日本の簡裁相当)に提訴した後、 高等裁判所(Superior Court)一般部(general)(高等裁判所にはGeneral(日本の地裁に相当)とFamily(日本の家裁に相当)の二つの部がある)でも争っていた。

この裁判は、その一審、二審で被告の管理組合が依頼した弁護士の報酬及び数人の証人報酬の支払明細に関し、 誰に幾ら払ったのか、その支払額が妥当なものかの監査のために請求明細書原本の写しを原告が被告管理組合に請求したものです。

一審、二審で管理組合理事会はその対応のために弁護士、及び、証拠の立証のために証人(規定の報酬が支払われる)を立てて応じた。 原告にとって、自分が金を出している組合管理費から被告の訴訟費用が出ている訳で、組合員としての閲覧請求権を行使した。

今回のCATの裁判でも原告は弁護士をつけずに本人訴訟で争い、 被告の管理組合は今回も弁護士と証人を立てたから、これも当然に次の開示請求訴訟の対象になる。

管理組合はコンドミニアム法の個人情報保護規定、及び、弁護士と依頼人の間の秘密保護特権を理由にそれらの開示を拒否した。

裁判では元々の紛争背景については当事者間では自明のこととして争点にはならず、 いきなり訴訟経費の請求書の原本開示をめぐって原告、被告、裁判官の間で緻密な条文解釈のやりとりが続きます。 それは、第一原語(英語)の法律の中に併記されている第二原語(仏語)の解釈援用、 コンドミニアム法1998の改訂前の条文解釈にまで及びます。

コンドミニアム裁判所 判決

法の適用条項 コンドミニアム法1.44項
裁判官: メアリー・アン・スペンサー(Mary Ann Spencer)
原告:  ロバート・レミラード(Robert Remillard)代理人弁護士 なし(本人訴訟)
被告:  フロンテナック・コンドミニアム管理組合(Frontenac Condominium Corporation) 
     代理人弁護士 ビル・バーレット(Bill Barrett)
聴聞: 2018年4月19日 電話での聴き取りを文書とした
     (2017年2月27日〜2017年5月21日オンライン聴取)
判決: 2018年5月4日

A. 事案の概要

[1] 原告・ロバート・レミラードはフロンテナック・コンドミニアムの一室を所有する区分所有者であり、 被告の同コンドミニアム管理組合の組合員である。

原告は被告の同コンドミニアム管理組合に対し、一審の小額裁判所費用の請求書の写し、 並びに二審の高等裁判所費用の請求書原本の写し、 及び被告側弁護士が被告管理組合に請求した一審・二審の訴訟支援に関わる弁護士費用請求書原本の写しを1セットで、 複写費用の請求なしに原告に提出するよう求めてCATに提訴したものである。

[2] 情報提供に関するコンドミニアム法(1998)の改訂版が2017年11月1日施行となる前に、 原告より訴えのあった情報提出要求に応えて、被告は裁判費用に関する内訳請求書の、 小額裁判所及び高等裁判所の両方のセット分の編集された写しを原告に提出した。

2017年11月1日、原告は、“原告自身を除く個人の名前以外は編集していない”写しの提出を請求した。 被告は小額裁判所における訴訟関連の請求書は、現在進行中の民事訴訟に関連し、かつ、 コンドミニアム法(1998)55条(4)項(b)号の規定により除外されているとして、修正を取り除くことを拒否した。

被告は、高等裁判所での訴訟事件に関する請求書の中で原告についての情報が記載されている部分の編集を取り除くこと、 及び、原告に写しを電子的手段で提供すること、並びにその費用を168.75ドル(≒14,344円)とすることを合意案として提示した。

[3] 原告は、コンドミニアム法(1998)55条(4)項(b)号の規定による除外は 小額裁判所訴訟関連の請求書にはあてはまらないこと、及び、小額裁判所の裁判が結審した以上、 その情報は現在進行中の民事訴訟とは関連しないと主張する。 また、高等裁判所での訴訟事件に関する請求書の件についての原告の見解として、 過去に編集された情報を費用なしで提供されてきた経緯があり、編集部分の改訂費用が高く見積られていると主張する。

[4] 被告は、小額裁判所訴訟関連の請求書は現在進行中の裁判と関連し、かつ、 編集された情報は弁護士と依頼人の間の秘密保護特権により保護されていると主張する。
また、高等裁判所での訴訟事件に関する請求書の件についての被告の見解として、 訴訟書類を準備するには法律エキスパートの専門知識を必要とし、 その見積額もコンドミニアム法(1998)・施行令48/01第13.3号(8)項の規定に則って適正であると主張する。

[5] 判決理由
小額裁判所訴訟関連の請求書に関しては、施行令48/01の13.3号(8)項の規定が適用され、 原告が請求書を入手し審査を行うことに関する区分所有者の権利は除外されるので、 被告に未編集の情報の写しを提供することは要求できない。
高等裁判所での訴訟事件に関する請求書に関しては、 被告により評価された料金は妥当ではなく、その適正な金額は84.50ドルを越えない金額で、 本件情報の関連する編集を取り除いて原告に提供することを命ずる。

B. 予備審

[6] この聴聞は、2018年3月19日に原告及び、被告の管理会社の宣誓証言による証拠を除き その他は遠隔会議システムを用いて実施された。

[7] 当事者が依頼した証人の名前及び、聴聞を通じて開示要求のあった文書は、 裁判所のオンライン紛争解決システムにアップロードされた。
原告が証人を要請した5人の証人のうちの3人に被告の管理会社により異議の申立てがあった。 同様に、両方の当事者により送られた文書のうちのいくつかが、他の当事者により異議申立てされた。

[8] 当事者間の争点を確認した後、 裁判官は当事者が提案した証人と文書で立証したいこととその関連性についての説明を求め、 当事者間で協議する機会を設けた。
その交渉を通じて原告は文書の数と申し込んだ証人5人のうち3人を認めるとの被告側回答を引き出した。 残った証人のうちの一人は病気のため証人の責任を果たせない。 5人目の証人は決定を下すべき争点とは無関係で、かつ、 被告の弁護士と同一の立場であることが原告からの質問要請がきっかけで判明したため、裁判官によって許可されなかった。 裁判官は、裁判で判決を決定づける文書は証拠としての関係性と重要度によることを当事者に助言した。

C. 争点1

争点1:原告が要求する未編集の裁判費用請求書は、原告の少額裁判所事件と関連しているか?

 争点1:証拠

[9] 原告は、裁判所が被告に対し、以下の5つの少額裁判所訴訟関連請求書の
  未編集の写しを一括で原告に提供するように命じることを請求した。

請求書No発行元発行年月日
1#252614ネリガン・オブライエン・ペイン有限責任事業組合(注9)2016.12.31
2#594ダビットソン・ホウル・アレン有限責任事業組合2017.2.15
3#8552017.3.17
4#19552017.5.17
5#22752017.6.16

[10] 小額裁判所訴訟関連の編集された請求書は2017年10月に原告に提供された。
2017年11月1日、原告は“原告自身を除く個人の名前以外は編集していない”写しを請求した。

被告の回答は、その請求書は「実際の訴訟に関係する未修正のままであってはならない文書」 (コンドミニアム法55条(4)項)に該当するというものであった。

[11] 原告は、次のように証言した。
請求書は原告の少額裁判所における被告提訴事件に関係しているものであって、 なおかつ、それらには「機密」のスタンプマークは記入されていない。

請求書#855を見ると、“かなり激しい修正“が為されており、それは被告の業務とは無関係の行為であると原告は主張する。

原告がそれ以上に強調したことは、文書中の「請求額値引き」の文字にアンダーラインが引かれていた部分が完全に編集されていたことである。 彼はこのラインは請求書の小計に引かれた不要な修正であり被告の原告に対する「悪意」を示唆すると述べた。

[12] 原告は2017年10月まで被告から訴訟関連請求書の未修正の写しを無料で原告に提供されたと証言した。

2014年2月21日付け#202607、2014年4月29日付け#206211、2014年5月26日付け#207484、
2014年7月23日付け#210452、2014年8月21日付け#211631の各請求書は、 被告側のネリガン・オブライエン・ペイン有限責任事業組合(LLP)から原告に提供された。

原告はこれらの請求書はすべて自分が深く関わった裁判に関係すると説明した。特に強調したのは 無修正で原告に提供された2015年9月22日付け請求書#230534は、 原告が小額裁判所に提訴した件に関するもので、本争点に関係するものであるということである。

[13] 裁判所からの質問に応えて、原告は未編集の請求書を受取りたいと述べた。
なぜなら、編集により被告の目的とは無関係な法的サービスの代金の支払を隠すことが、 「完全に可能である」からである。
さらに、彼は、今回の提訴を通じて、 管理組合情報の透明性についての先例をコンドミニアムコミュニティ全体に課すことを望むと述べた。

[14] 被告管理組合の代理人はフロンテナックコンドミニアム管理組合の理事長である。
彼は、2017年11月1日まで管理組合に対する情報の提出要求は被告管理組合の契約管理会社の資産管理者 (プロパティマネジャー)により処理されたと証言した。

2017年10月に原告に提供された請求書は、区分所有者の誰にでも提供できるように編集されたもので、 従って、それらは無料で原告に提供された。

[15] 被告の代理人は下記を証言した。
情報開示請求権に関連する新しい法令が発効した2017年11月1日以後、 訴訟関連請求書を未編集で提出して欲しいという原告の要求が、 被告の契約管理会社の資産管理者から彼に送られてきたと証言した。

被告の代理人(理事長)は信頼している弁護士に相談した。
弁護士は彼に、訴訟関連請求書が2つのカテゴリーに分かれていて(注15)、 少額裁判所訴訟関連請求書はコンドミニアム法55条(4)項(b)号の除外事項に該当するとの説明を行い、 被告の代理人は2018年2月27日付けの弁護士からの意見書を受け取った。

[16] 被告の代理人は下記のように証言した。
被告が原告へ後で回答することをほのめかすと、原告は大量の電子メールを被告の理事会に送り、 裁判所への提訴でしつこく付きまとうつもりであると彼らに警告した。

彼はコンドミニアム管理組合のボランティア理事会とプロパティマネジャーが “ひっかけ捜査”(注16)のような質問をする原告への対応と扱いにかなりの時間を費やしたと述べた。

 争点1:付託意見

[17] 原告はコンドミニアム(1998)法55条(4)項(b)号の除外規定は小額裁判所訴訟関連の請求書にはあてはまらないと主張する。

なぜなら、「実際の訴訟」(actual litigation)という言葉は、請求書が、現在の又は進行中の訴訟のみを意味し、 請求書が関係している小額裁判所への提訴は既に解決したものだからである。

この点に関して、施行令48/01が規定している「実際の訴訟」が管理組合を巻き込んだ法律行為を意味し、 その仏語訳(‘instance en cours’)が現在のまたは進行中の訴訟であることを明確にしている。

[18] 原告は、次のように主張する。
「機密」の指定がない小額裁判所訴訟関連の請求書は法的助言を必要としない商業文書であり、 それゆえに、弁護士と依頼人の間における秘密保護特権は及ばない。

被告は、カナダ法律家協会ウェブサイトで公表されていた「特権入門書」という表題の文書を原告に示した。 被告はその中の法的特権に関する記述にアンダーラインを引いて強調したが、それは、 係争中の、或いは係争が保留状態にあるときに、或いはまた、訴訟が終了するか、 または訴訟の終了が期待・予想されているときに弁護士と依頼人の間における他人が知り得ない内輪の通信に関して適用されるものである。

被告はまた、カナダ弁護士協会のウェブサイトで公表されていた「よく出る質問」のセットを原告に示したがそれには、 弁護士と依頼人の間における秘密保護特権は、秘密の通信にのみ限定され、訴訟の終了をもって訴訟特権も終了するとあった。

[19] 被告は、次のように主張する。
小額裁判所訴訟関連の請求書は施行令48/01で定義している「実際の訴訟」に関係している。 従ってコンドミニアム法55条(4)項(b)号の規定により原告は被告に対して請求書の提出を要求する権利はない。

[20] 被告はさらに付け加えて、請求書に含まれている情報が中立であることが証明されない限り、
請求書に記載された情報は、推定で特権を与えられていると主張する。

この点において被告は、裁判官にマランダ対リーチェル裁判判決[2003] 3 SCR 193、[2003] SCC 67を参考判例として引用した。

[21] 被告はまた下記を参考資料として裁判官に示した。
2015年、ライムストーン地区教育委員会でのプライバシー法における「情報の自由と個人情報保護」の規定に関し、 法は個人の自由裁量的除外に基づいているとした被告側弁護士の主張に対し、判決の44節で裁判官は下記のように書いた。

   請求書を調査したとき、私(裁判官)は、5つの請求書のうちのそれぞれに表示されている
   サービスの内容、日付、及び、金額が推定で特権を与えられた情報であると気付いた。
   さらに、私は、内容と日付に特権の推定があてはまることへの反論については納得しない。
   個々の請求書は、特権を与えられた情報であり、求められたアドバイスの性質についての
   詳細な情報を含んでいる。
   私はまた、日付それ自体が特権情報を伝えるものであるという教育委員会の主張を受け
   入れる。その法的なアドバイスは具体的な問題と関連して考えられたもので、
   それらによって意見陳述を規定期日内に終えるよう導くことができたのである。

 争点1:分析

[22] コンドミニアム法55条(1)項の規定は、 「管理組合の会計情報」及び規約に規定されたその他の必要十分な情報とリストを保管することを要求している。

施行令48/01の13(1)(5)の規定は、 「実際の訴訟、又は訴訟が予定されている、或いは管理組合の提訴又は応訴に関連する情報は、保管することを要求している。

[23] 管理組合の情報の写しを調査すること、又は入手することに関する区分所有者の権利は、 コンドミニアム法55条(3)項に規定されている。:

   55(3):管理組合は、別途定める細別(4)に規定されている情報を除き、
   区分所有者、一室の購入者、抵当権所有者、又は彼らの代理人としての
   公的証明書を有する者の要求に対して、管理組合情報の閲覧又は写しの
   提供を規則に則って、許可しなければならない。

[24] 細別(4)の管理組合情報の閲覧又は写しの提供に関する除外規定
   (4)細別(3)における情報の閲覧又は写しの提供を受ける権利は、下記には適用しない。
   (b)現実のまたは予定している法定の訴訟、又は管理組合を対象とする保険に関連する管理組合の情報

[25]「現実のまたは考えられた訴訟」は、施行令48/01のセクション1.(2)において定義されている;
   1. (2)「実際の訴訟」は、管理組合に関係する訴訟を意味している;
       (”instance en cours”)
   「現実のまたは予定された訴訟」は、実際の訴訟または予定された訴訟を意味している;
      (”instance en cours ou envisagee”)
   「予定された訴訟」は、管理組合の知識またはコントロール内にある情報に基づいて、
   実際の訴訟になることが合理的に期待され得るどのような問題でも意味している;
      (”instance envisagee”)

[26] 前記に基づき、当事者の主張を考慮して、裁判官は、小額裁判所訴訟関連の請求書は、 管理組合の会計情報であると同時に、施行令48/01において定義されている実際の訴訟と関連する情報の、 両方の意味をもつものものであることに気付いた。

[27] 施行令48/01の規定にある「訴訟が予定されている」とは、 「実際に訴訟になることが合理的に予想できる」という意味であり、 「実際の訴訟」と区別されている唯一の規定である。

「実際の訴訟」の定義は、訴訟が現在か過去かの区別を全くしていない。
従って、実際の訴訟とは、現在審理中の、または結審したどのような訴訟であれ、 適用されるものであり、それは現在も過去にも存在した。

原告は、“instance en cours”というフランス語訳の定義が現在の訴訟だけを参照することを示すと主張したが、 私(裁判官)はその原告の見解を却下する。 原告が主張する“instance en cours”は、施行令48/01の仏語版では “Action en justice concernant une association. (≪actual litigation≫)“であり、“en cours”の語は除かれている。

[28] 法のs.55(4)(b)の以前のバージョンでは、フィッシャー対メトロポリタン・トロント・コンドミニアム管理組合、 カースウェル・オンタリオの判決中の段落16に下記のように記載されている。:

   当法廷は、条項55(iv)(b)の目的は、区分所有者と管理組合の間の係争中の訴訟
   に関連するコンドミニアム管理組合の情報について、弁護士・依頼者間の秘密保護
   特権及び訴訟特権を尊重し、維持することであると解釈する。

[29] 原告は小額裁判所訴訟関連の請求書には「機密」の指定がないから、特権は与えられないと主張する。
しかし、請求書に「機密」の指定がないことをもって、訴訟と関連する特権を与えられた情報を含んでいないとは言い切れない。

訴訟関連請求書に弁護士・依頼者間の秘密保護特権が与えられているかどうかに関して、 マランダ対リヒター[2003] 3 SCR 193、2003 SCC 67の判決の段落33において、 捜査と逮捕に関する合理性と題して、次のように記述されている。

   弁護士の請求書に含まれる情報は原告・被告間における中立的な情報であることを
   拡大解釈で決定することには無理がある。また、その情報を公開することが合憲的な
   価値の重要性を危険にさらすことから鑑みて、そのような情報は特権を与えられる
   範疇に属するであろうとの推定を認めることが、昔からの由緒ある特権の目的に
   適ってより確実に達成されると判断する。(注29)

[30] 原告は、訴訟が終了した時点で弁護士の請求書に与えられていたどのような特権でも終了すると主張する。 上で述べたように、法は、進行中か終結した訴訟かは区別していない。 また、上で引用したフィッシャーの判決では、s. 55(4)(b)が、裁判の終了で終わるかもしれない「訴訟特権」と、 弁護士・依頼人間の「秘密保護特権」の二つをカバーしていることを示唆している。 原告は請求書に関する質問において特権の推定を反証しなかった。 いずれにせよ、s. 55(4)(b)の規定を制限するための基礎としての情報の特権の性質については法と施行令48/01のどちらも規定していない。 被告は情報の機密を維持するために特権を主張する必要はない。

[31] 法のs. 55(4)(b)に規定された免除に関する唯一の例外が55(6)に含まれている。
それは、管理組合が訴訟を予定しているとき、或いは実際の訴訟に際して、その関係する情報を公開するかどうかを、 管理組合自身の自由裁量で判断することを許可している。この例外を許しているのは、開示すべきとする情報の中に、 幾つかの特権で或いは他の制限がかかった情報が含まれているかもしれないからである。
このケースにおいて、被告は、原告に、小額裁判所訴訟関連の請求書の編集された写しを提供するために、 その裁量を行使したのであって、編集した部分を元に戻す義務はない。

[32] 裁判官は、以前に、被告が、原告に、未編集であった訴訟関連の請求書を提供したという証拠には全く重きを置かない。 被告の管理会社が情報の提出要求を受けて、改正法が2017年11月1日に施行になる前に、 被告のプロパティマネジャーにより処理されたとの被告代理人の説明を裁判官は受け入れる。 さらに、情報が過去に未編集であったまま管理組合が提供したかもしれないという事はこの裁判所の判断を拘束するものではない。

[33] 裁判官はこの判決を終えるにあたって、 被告が原告の裁判所への提訴のことを「現在も進行中の根拠のない「ひっかけ捜査」の一部」と述べた点に注目する。 本裁判では原告が情報提供を求めて提訴した裏にある動機の解明には焦点が当てられなかったものの、 証拠もなしに原告の提訴には根拠がないと決め付けることは、原告が提訴している問題の解決にはならない。

 争点1:判決

[34] 法の55(4)(b)の除外規定及び施行令48/01の規定による「実際の訴訟」の定義に基づき、裁判官は、 原告には小額裁判所訴訟関連の請求書の未編集の写しを受け取る権利はないと判断する。

争点2

争点2:被告が訴訟関連請求書の編集部分を改訂するにあたって請求した額は妥当か?

 争点2:証拠

[35] 原告の2017年11月1日の要求の2番目の部分 「自身を除いた個人の名前以外は未編集の請求書」の要求に関しては、被告が費用として168.75ドル (≒14,344円)と見積り、 その支払いを受けた後、原告に4枚の請求書を引き渡すとした提案に対し、原告は、料金を支払うのを断った。

[36] 4枚の請求書とは、高等裁判所一般部での裁判に関する請求書の総称である。
   請求書#240680―2016年4月21日付ネリガン、オブライエン、ペインLLP
   #242278―2016年5月27日付、#245167―2016年7月31日付、
   #252613―2016年12月31日付

[37] 原告は以下を証言した。
被告は原告が要求した情報のうちいくつかを費用請求なしに原告に提供したことがある。 すでに編集済み情報のための費用が生じるのかどうかを原告が被告に質問したところ、 被告は、被告の弁護士が修正を改訂する必要はなく、 被告の新しいプロパティマネージャーによって行われるものだと証言した。
かれはまた、高等裁判所関係の請求書の写しの修正は彼が受け取った彼に関係するすべてのもので、 かつ、結果として無修正のものであると信じていると述べた。

[38] 被告の代理人は次のように証言した。
高等裁判所関連の請求書は区分所有者の誰にでも提供できるようにする目的で編集されたもので、 原告と関連する編集を取り除くためには、より一層の見直しを必要とする。 被告は、編集の相談を弁護士に頼み、その料金は、施行令48/01に規定された要件に従って見積もられていた。

 争点2:分析

[39] 施行令48/01の13.3(8)は情報の要求に関連する料金設定の要件を定めている。:
   13.3(8)  理事会が区分所有者からの要求に応えるための合理的な料金は
   以下の条件により設定される。

   1. 料金は、管理組合が保有する情報を、調査または情報の写しを
   提供するために管理組合が実際に費やした労働の対価としての人件費及び
   印刷費および複写代金を含む提供に関わる費用の総額を請求者が管理組合に
   弁済するために必要な額として、合理的に設定しなければならない。

   2. 料金は合理的なものとしなければならない。

[40] 裁判官は、被告が情報提供にかかる費用と労働に基づいて料金を計算したものであることは認める。 しかし、その料金自身は合理的ではないと判断する。

[41]  原告からの情報の提供要求に対して被告の所要時間は「情報の調査」に0.6時間、 情報へのアクセスを提供するための労働の対価として0.15時間、1時間あたり225ドル(≒19,125円)で合計0.75時間が必要と見積り回答した。 裁判官には被告のこの見積りの仕方は間違っているように見える。 裁判官は、情報の調査とは、情報を提供する前にその情報を調査する期間の時間を反映させることが意図されていると信じる。

[42]  2018年2月27日に被告側弁護士が被告に助言したことを含む意見を提出した最後の部分で、 請求書の見直しに要した時間を合計0.65時間と見積もっている。 1枚の請求書の見直しに要した時間が0.1時間、弁護士の管理組合への意見書の作成時間あたりの単価が260ドル(≒22,100円)、 要した時間が0.25時間と増加していることに注目する。

[43] 被告の代理人は、原告が天性の訴訟好きであるとの理由で、すでに原告に提供されていた4つの請求書について被告が弁護士に見直しを求めたと陳述した。 しかしながら、この見直しに関しては弁護士の法的な判断を必要とするほどのレベルは要求されないというのが裁判官の見方である。 裁判官は、既存の編集が、幾つかの特権を与えられた情報を含んでいるかもしれない可能性がある事は認めているが、これは最も重要な見直しではなく、 原告と関連する編集を取り除くための見直しは実務研修生で十分である。

[44] 裁判官は、訴訟関連請求書の編集のための妥当な料金を84.50ドル(≒7,183円)と算定した。 裁判官は、改訂を実行するための被告の弁護士による見積時間の0.65時間が必要であることを認める。 裁判官は、コストのためのその要求についての被告から提出された最終の情報に示されている数字を実務研修生のための130ドル(≒11,050円)の時間給を使って料金を計算した。 この料金は事前に原告から被告に支払われることとし、被告は、その受け取りの30日以内に原告に情報を提供することとする。

D.費用

[45] 費用の裁定は裁判所の裁量の範囲に属する。
2017年11月1日施行の裁判所(CAT)実務規則30.1は、 「CATは当事者に対し、他の当事者がCATの利用に関して支払った次の合理的な費用の支払を命じることができる」と定めている。 また実務規則31.1は「CATは、特別の理由がない限り、 一方の当事者に対し他方の弁護士やパラリーガルの報酬などの裁判にかかかった諸費用の支払を命じることはない。」と定めている。(注45)

[46] 原告と被告双方が当事件に関わる労働の対価としての人件費の算定を裁判所の裁定に委ねた。 原告は当裁判所に対し敬意を持って訴えを起こし、その費用総額は200ドル(≒17,000円)であった。 被告は裁判にかかった費用10,619.29ドル(≒90万2,640円)の弁償を求めた。 裁判官は、被告が本件に関して弁護士からの申し出はなかったことに注目する。

[47]  被告は、原告がもたらしたこの「不誠実で不穏当な彼の証拠のない陳述を伴った訴えに関わる一連の行動」は、 管理組合にとって無益なものであると主張した。
被告はさらに続けて、原告は、訴訟における3つの段階を通じて、以前の告訴、または、 事案の関連性を全くもたない争点を取り上げて事案を複雑にしたと主張した。 そして、「管理組合は、かかった費用を請求する権利がある。 なぜなら、この区分所有者に無関係で不正な、全くメリットのない訴えを起こされた事に対して有効な防御手段を持たない区分所有者が、 管理組合の訴訟費用を負担することは、不公平である。」旨を主張した。

[48] 裁判所のオンラインの紛争解決システムは、人々が紛争を便利に解決することを手助けするために迅速に、誰でも利用しやすいようにに開発された。
裁判官の前にある問題は決して複雑ではなく、それゆえに、裁判官は被告の費用の総額を疑う。 裁判官は、最初の2つの訴訟事件に関する知識は全く持っていない。しかし、裁判官は原告が訴えを複雑にしたとは思わない。

[50] これらの状況において、2つの争点のうち、先の訴訟に関する被告の人件費と原告の人件費について、裁判官による裁定額はなしとすることを決定した。

判決主文

コンドミニアム法(1998)の1.44(1)に規定された権原に従って、当裁判所は下記を命じる:

1. フロンテナックコンドミニアム管理組合は次の番号の請求書、240680、242278、245167、および252613について、 R.R.を除いた区分所有者に関連する情報、または法の55(4)の規定で公開を免除されている情報については編集の上、その写しをR.Rに提供すること。 (注50)

2. 情報を提供する前に、ロバート・レミラードによって支払われるべき情報の編集の料金は、84.50ドル(≒7,183円)を越えてはならない。

3. フロンテナックコンドミニアム管理組合は、上記の料金を受領後、30日以内にロバート・レミラードに情報を提供すること。

裁判官 メアリー・アン・スペンサー Mary Ann Spencer Member, Condominium Authority Tribunal
判決日 2018年7月19日  RELEASED ON July 19, 2018

[訳注]

(注9) ネリガン・オブライエン・ペイン有限責任事業組合(Nelligan, O’Brien, Payne LLP)は 2018年現在、50人以上の弁護士と80人以上のサポートスタッフを抱えた法律事務所ですが、 ロゥファーム(Lawfirm 会社組織の法律事務所)ではなくLLPです。
ダビットソン・ホウル・アレン有限責任事業組合(Davidson Houle Allen LLP)は コンドミニアム法のエキスパートを掲げている法律事務所です。

(注15) “2つのカテゴリー”
私達が病院で診療を受けて支払をすると「診療費請求書兼領収書」(レセプト)と 診察、検査、治療内容の項目ごとの明細が記載された「診療明細書」の2種類の紙が渡されます。 これらの主目的は、医療機関が保険審査機構に提出し、診療内容の審査を受けて保険負担分の支払を受けるためです。

カナダの弁護士も、日本の病院と同じく依頼人に2種類の書類を渡します。 1つは、作業内容ごとの請求明細を書いた通常のレセプト、他の一つは、「事件要録」ロイヤーズ・ダケッツ(lawyers' dockets)と呼ばれるもので、 依頼人の相談内容、法務上の助言や戦略などをタイムエントリー (time entries)の形で詳細に記述することが多い。
このことから、秘密保持を認める慣習法上の権利、「弁護士・依頼者間秘匿特権」(common law legal right to solicitor/client privilege)とされているものです。

(注16) “ひっかけ捜査”
原文のフィッシング・エクスペディション”fishing expedition”(直訳で"魚釣り探検隊")は、 FBIなどの犯罪捜査などでよく使われる用語です。 「被疑者の容疑の立件に有用な情報を発見するために、明確な計画や目的がなくても実施される捜索、調査、質問」のことを言います。

expeditionは足かせを外すこと
ペダル(pedal),ペディキュア(pedicure)、探検(expedition)のPedは足の意味、 expeditionは奴隷の足枷(あしかせ)を外して戦いの準備をさせることから来ている。 足枷そのものはフェッター(Fetter)、手錠はマナクル(manacle)です。マナクルのmanaやマニキュアmanicureのmaniも手の意味です。

足枷をつけるはExではなく、Imをつけてimpedeです。ここからimpedeは妨げる、妨害する、名詞はImpediment(妨害・じゃま)の意味になります。

日本の国交省は管理組合に足枷をつけてImpedeしようとしているので注意してください。
  老朽化対策と法改正 〜マンション管理適正化法・令和2年改正の概要〜

(注29) 推定を認めること(原文 recognizing a presumption)に続く「昔からある由緒ある特権(原文 time-honoured privilege)」とは、 presumption innocence. 「無罪の推定」(被疑者が有罪と認定されるまでは無罪と推定される)を指す。 刑法の原則を民事法廷で殊更とりあげることもないという配慮もあって、常識としての示唆にとどめ、この判決文では特に説明していない。

(注45) 2017,11,1施行の実務規則は2018.7.1改訂で30.1は32.1に、また、31.1は33.1になっています。

(注50)  判決1段目で原告の氏名をR.Rとイニシャル表示したわけは?
支払に関する2段目以降は通常の判決文のように、Robert Remillardと原告の名前をフルネームで書いているのに、 原告が無修正の情報提供を要求した件に関する判決の1段目では、いきなり原告名をR.Rとイニシャル表記しています。
最後の最後に、この裁判官はユーモアをこめて強烈なアッパーを放った・・ことを感じさせます。

これは皮肉か?と批判されたら多分、 「個人情報保護としての匿名化の手段を実例として示したにすぎない」と平然と答えるでしょうね。この裁判官なら・・・。

彼女の経歴をCATメンバーの公開情報で見ると、2006年以来、控訴裁判所( Licence Appeal Tribunal)の裁判官で、 オンタリオ州証券委員会やオンタリオ州人権委員会に所属し、裁判官(Adjudicator)ライセンス以外にも 文学士と経営学修士の学位( B.A.and a Master of Business Administration degree.)を取得しています。

ー([訳注] 終り)ー

2018.12.14 掲載・随時更新