【非公開機密保持命令】 解説・リベラリズムとパターナリズム
日本の公開裁判記録(判例)は、当事者を匿名化(Anonymization)していますが、
「カナダの権利と自由の憲章(Canadian Charter of Rights and Freedoms,2(b)」
に組み込まれた公開裁判所の原則に従って、裁判記録に現れる個人の名前は
匿名化せず、すべて実名で公表しています。
但し、個人の尊厳に関わる私生活の中核的側面を保護する利益が重大な危険
にさらされている場合であって、当事者から申請があって裁判所が合理的理由
を認めた場合は、裁判記録の非公開機密保持命令が出されます。
【裁判記録は公益上原則公開、合理的理由があって裁判所が認めれば非公開】
【準拠法令】コンドミニアム裁判所・実務規則 「D. 裁判記録に関する公開手続」
この頁では、
第1部として、原告側だけを匿名化した上で裁判記録の非公開機密保持命令を
下した判決を紹介しています。
第2部として、本判決の背景にあるリベラリズムとパターナリズムの考え方を解説
しています。
目次
【第1部 コンドミニアム裁判所 判例】
事件の当事者
事件の経緯
申立に係る裁判所命令[非公開機密保持命令]
【第2部 解説】
○ 解説・リベラリズムとパターナリズム
○ 1.カナダのリベラリズム
○ (1) 【個人主義の真の意味と背景】
○ (2) 【秩序の維持=議事規則の遵守】
○ (3) 【リベラリズムの共同住宅管理制度】
○ 2.日本のパターナリズム
○ (1) 【日本のパターナリズムの背景】 ○ (2) 【パターナリズムの共同住宅管理制度】
○ 共同住宅法制改革の二つの報告書(「区分所有法改正・中間試案」解説)
○ (1) 【法制審議会の経緯】 ○ (2) 【全管連要望書】
○ (3) 【日弁連意見書】 ○ (4) 【地上げ、建替え、再開発のための総会決議の効率化】
○ (5) 【リチャード・ポズナーの警告】 ○ (6) 【共同住宅法制とパターナリズム】
【非公開機密保持命令】(MOTION ORDER) (2023 ONCAT 101)
CONDOMINIUM AUTHORITY TRIBUNALDATE: July 26, 2023
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申立に係る裁判所命令 (MOTION ORDER) (2023 ONCAT 101)
判決日: 2023年6月26日
事件番号: 2022-00681N
引用事件: S.v.Merdiu et al ., 2023 ONCAT 37
準拠法令: コンドミニアム裁判所実務規則21.5項に基づく命令
裁判官: ドーン・ウィケット(コンドミニアム裁判所判事)
原 告: K.S / 代理人 G.S. (訳注) 原告及び原告代理人のいずれも匿名表示です。
被 告: バティジャール・メルディウ / 代理人 ジャスミン・メルディウ
フィルデゼ・メルディウ / 代理人 ジャスミン・メルディウ
ジャスミン・メルディウ / 本人弁護
選定当事者: ピール・コンドミニアム管理組合(法人番号20) / 代理人 ジェイク・ファイン(弁護士)
聴聞日: 2023年6月1日 〜 2023年 6月 5日
(訳注:) 選定当事者(民事訴訟法第30条)
本裁判は、原告K.Sがメルディウ家の3人を被告として訴え、係属事件となった後に、本件の実
質的な被告適格当事者として管理組合が選定された事件です。被告として応訴するのは管理
組合です。
新たに選定された被告をカナダ法では「"The Intervenor"(介入者)」と呼びますが、本文では
日本の民事訴訟法第30条の用語を使用して「選定当事者」としています。「選定」とは、自己の
権利、法的地位を巡り、訴訟追行権を授権する行為とされ、最初に被告として訴えられた元の
当事者を民訴法では選定者といい、選定者は訴訟の当事者から当然に脱退するのは日本も
カナダも同じです。(同条第2項)
日本で選定当事者というと、同条第3項で規定するクラス・アクションや集団訴訟、団体訴訟など
での適用が主ですが、コンドミニアム裁判所では係属事件となった後に当事者変更申請が出さ
れる例は珍しくありません。
No. 2022 ONCAT 110・「ニューサンス ・騒音・フローリング」
申立に係る裁判所命令(MOTION ORDER) (2023 ONCAT 101)
[ 1 ] 2023年6月1日、原告代理人は、原告自身と原告に関するすべての識別情報を機密保持命令
の対象とするよう求める申立書を提出した。被告選定当事者はこの申立に異議を唱えなかった。
[ 2 ] 被告は訴訟に参加したが、聴聞には参加していない。
[ 3 ] 原告およびその代理人によって提出された資料には、秘密保持命令の適切な主題であると
裁判官が判断した非常に機密性の高い情報が含まれている。
[ 4 ] 原告の代理人は、原告の情報が一般に公開された場合の身体の安全と精神的健康について
懸念を表明した。
[ 5 ] 被告選定当事者の弁護士は、原告とその代理人による、彼らの情報が機密に保たれること、
または命令において彼らの身元が匿名化されることの要求に反対しない旨の陳述書を提出
した。しかし被告選定当事者は、「この法廷によって下されたいかなる決定も、法学上の継続
的な判例集(for the continuing catalogue of jurisprudence.)にとって重要である」という立場
から、最終命令を機密保持しないことを要求した。
[ 6 ] シャーマン・エステート対ドノバン事件、2021 SCC 25において、最高裁判所は、公開法廷
で広められた個人情報は単なる不快感の源ではなく、個人の尊厳に対する侮辱につなが
る可能性があると判示した。判決の第 33 項で、裁判所は次のように述べている。
・・・十分に機密性の高い情報の流布により、個人の尊厳に関わる私生活の中核的側面を保護
する利益が重大な危険にさらされている場合、裁判所は、裁判所に有利な強い推定にも
かかわらず、公開法廷の原則に例外を設けることができる。
問題は、その情報が当該個人にとって「個人的」なものであるかどうかではなく、その非常に
機密性の高い性質のために、その流布が社会全体が守るべき利害関係のある彼らの尊厳
を侮辱することになるかどうかである。
[ 7 ] 当裁判所実務規則の規則 21.4 に基づき、誰でも訴訟の全部または一部に対して公衆の
アクセスを制限するよう要求することができる。
[ 8 ] 当裁判所実務規則の規則 21.5 に基づき、当裁判所は当事者からの要請を受け取った後、
個人情報の機密性を保護するために必要なあらゆる措置を講じ、指示または命令を行うこと
ができる。
[ 9 ] 裁判官は、原告代理人および被告選定当事者の詳細な陳述書の提出内容を慎重に検討した。
裁判官は、この申立を承認することが適切であると考える。この申立てを承認するにあたり、
裁判官は、判決記録の一部を構成するすべての証拠、文書、メッセージスレッドに対し、公衆
のアクセスを制限し、機密とみなされるべきことを命令する。さらに、両当事者の陳述書提出
に基づいて、裁判官は、本件に関して発行された決定は、原告とその代理人の両方の名前
と識別情報を匿名化し、プライバシーと機密性を確実に保護するものとする。
裁判所の決定は、機密情報や個人情報、個人を特定できる情報の不用意な開示を避ける
ために、この命令と一致する方法で起草されるものとする。
命令 (ORDER) (2023 ONCAT 101)
[ 10 ] 法廷の判決記録の一部を構成するすべての証拠、文書、陳述書およびメッセージは、厳密に
機密として扱われ、この事件の公的記録から削除されるものとする。コンドミニアム裁判所の
議長、副議長、および担当裁判官とそのスタッフを除き、本件の当事者およびそれぞれの代
理人のみが機密の判決記録にアクセスできるものとする。
[ 11 ] 裁判所が発行するすべての決定は、原告および原告の代理人の名前を匿名化するものとする。
[ 12 ] 本件のすべての当事者は、この命令の目的を維持するためにあらゆる合理的な措置を講じな
ければならない。
この訴訟のすべての当事者は、判決記録の詳細や内容、あるいは原告および原告の代理人
の身元について、誰にも開示、共有、または話さないように命じられる。
裁判官 ドーン・ウィケット(コンドミニアム裁判所判事)
公開日:2023年6月26日
(訳注):コンドミニアム裁判所は判事による合議制で運営されており、
議長、副議長は日本の裁判所長、副所長にあたります。
解説・リベラリズムとパターナリズム
【第2部 目次】
○ 解説・リベラリズムとパターナリズム
○ 1.カナダのリベラリズム
○ (1) 【個人主義の真の意味と背景】 ○ (2) 【秩序の維持=議事規則の遵守】
○ (3) 【リベラリズムの共同住宅管理制度】
○ 2.日本のパターナリズム
○ (1) 【日本のパターナリズムの背景】 ○ (2) 【パターナリズムの共同住宅管理制度】
○ 共同住宅法制改革の二つの報告書(「区分所有法改正・中間試案」解説)
○ (1) 【法制審議会の経緯】 ○ (2) 【全管連要望書】
○ (3) 【日弁連意見書】 ○ (4) 【地上げ、建替え、再開発のための総会決議の効率化】
○ (5) 【リチャード・ポズナーの警告】 ○ (6) 【共同住宅法制とパターナリズム】
1.カナダのリベラリズム(Liberalism)
可能な限り個人の選択を尊重して国家の介入を抑える考え方をリベラリズムと言います。
この考え方には、自己の決断に責任を持つのは本人に限られる、仮にその生き方が
間違っていたとしても自分で責任を取るしかないという自立した「強い個人」の存在
が前提です。背景の基本思想に「個人の尊厳」があります。
管理組合の自己決定権・ガバナンスの問題に国家は口を出さない。
ハラスメント(10) 【判決】 (通気口ベントダンパー) (2023 ONCAT 37)
[19] (後段) 一般的なメンテナンスと修理の問題は、すべて賛否両論が出るもの
であって、それらの計画に関する管理組合の決定権は裁判所の管轄外である。
(1) 個人主義の真の意味と背景 〜 法哲学におけるリベラリズム
ロールズ(John Rawls)のリベラリズムをマイケル・サンデル(Michael J.Sandel)や
チャールズ・テイラー(Charles Taylor)は「負荷なき自己(unencumbered self)」と呼び、
実際の人間は家族や国家など、さまざまな具体的状況を負っていて、そういう背景や
コンテキスト(文脈)を負った「負荷ありし自己(encumbered self)」の人間は、普遍的
な自然的責務(duty)や同意による自発的責務(obligation)の他に、構成員としての
個別的な連帯の責務があるとする共同体論(communitarianism)を主張します。
カナダのリベラリズムにはこのコミュニタリアニズムのほかに多元主義(pluralism)など、
リベラリズムに共通の特性を共有しながらも、いくつかの考え方の違いを実際の裁判
の判例に見ることができます。
(1) 「リベラリズムの歴史〜今をどう生きるか」 ー 「ジョン・ロールズの時代」
(2) 「物権法における多元主義とコンドミニアムの法的構成形式」(Jason Leslie 2015)
(3) 【コンドミニアム裁判所 判例 目次】 参照
リベラリズムの基本思想である「個人の尊厳」は言い換えれば「他者の尊厳」です。
日本では保守も革新もリベラルを看板にしますが、彼らのリベラルは法哲学のリベラリズム
とは異なります。法哲学のリベラリズムの意味は単なる「自由」ではなく「他者に対する
公正さを正義とする」という考えです。対立する意見に対してフェアに対応し、言論と言論
が戦う中から、解決の為の建設的な一致点を見出します。
繰り返しますが、リベラリズムの手法は言論の戦いです。後述するカナダの共同住宅法制
改革報告書では、議事録もとれない程の白熱した激しい応酬に、気力もくじかれ、投げ出
したくなった、といった率直な記述があります。それでも妥協せず時間制限なしで徹底的に
戦う。「しかし他者との違いを見つけて相手の点数を引き下げる競争的な立場よりも、むしろ、
関心を共有し、その関心を共に建設していく試みでした」 と報告書の中の
「法制改革の包括的手法」で述べています。
多数の民族、言語、風習が混在する国で相互理解するには互いの自己主張が前提となる。
口論とも思われる徹底的な議論を通じ、より高次の考え方で互いが納得する解決策を見出
すことが個人主義の伝統的な態度[attitude]です。高校では、そのための特別教育もあり、
[effective speaking]の授業で、効果的に相手を説得するための「論理的な話し方」の訓練
が課せられます。論争[debate] の訓練とは、効果的に相手を説得するための論理的な話し
方[effective speaking]の訓練ですが、日本人はこのような教育を受けてこなかった。
国際会議で沈黙した日本の大臣
討論に参加する個人の訓練の他にも、プロの討論進行者の存在が重要です。
この会議では、集団による知的相互作用を促進する専門のファッシリテーター(facilitator)が
権威や組織の立場といった構造(システム)よりも、人と人の関係性に重点を置き、参加者
の相手を否定する発言を肯定的な言葉に置き換えた上で、人と人の相互作用で生み出さ
れる建設的な対話アプローチにプロセスを切り替えていきます。
ファッシリテーションは訓練を積まないとできないプロフェッショナルな仕事です。
実際にファッシリテーターをやってみるとわかりますが、日本では役所の権威や企業ブランド,
役職、地位といった官僚制パターナリズムで培われた価値感が根強く、そこを打破して本来
平等であるはずの区分所有者の権利意識に戻って討論を導くのは容易ではありません。
元官僚で第三セクターに天下っている住民が言いました。「お前とはイデオロギーが違う!」
(へぇ〜そうなんだ!) 受け流しました。これがコンテンツ(情報の本体=問題の本質)であれ
ば「何故そう思うのですか?」と議論を深める方向に収束させるのですが、彼の発言は保身、
自己顕示、責任逃れからの論点のすりかえ、論理の飛躍であって、彼のコンテキスト(文脈
=考え方の枠組み(官僚は表では言わないが、裏では民主活動家を「アカ」ときめつける。
それが政府与党との関係を保ち保身につながる。官僚の永年の習性)を表明しているに
過ぎないものを詰問して本質を暴き出すという逆の効果になるからです。
ファッシリテーターは(虚構)の社会秩序や観念論からの一方的な「決め付け」には従わない。
こんな例もありました。
「自主管理」を「自力管理」と言い換える者を撃退する方法
(2) 秩序の維持=議事規則の遵守 (オーダー!)
イギリスのEU離脱(ブレグジット)で揺れていた2018-2019年の英下院議長ジョン・バーコウ氏
(John Simon Bercow 議長在任期間2009年6月22日ー2019年11月4日)は、議事進行中の
野次や規則外の発言を遮って諫める「Order !」を口癖のように多用したことで世界的に有名
になったが、この「Order !」は、Rules Of Order (For use for reference during meetings)、
即ち「議事規則」=(manual of parliamentary procedure)のことで、議事規則を遵守せよ !
=秩序を守れ !、すなわち「静粛に」の意味です。
これらの議事規則は1876年に発行された「ロバートの議事規則(Robert's Rules of Order)」
が基礎になっています。
(3) リベラリズムの共同住宅管理制度
個人の責任を求める個人主義のあり方は、コンドミニアムの管理制度にも表れています。
分譲業者はコンドミニアムを分譲するにあたって購入者に対し、そこに住むにはどのような
義務と責任があるかを不動産開発宣言書(The Declaration)に記載し、共同住宅の全住戸
(個別の住戸よりもむしろ全体の)、管理組合、資産管理上の主要な規則、区分所有者と
居住者についての生の情報を含む文書を提示します。日本の原始規約と異なり、内容に
ついての審査を受けて登記したもので、管理規約はこの宣言書の内容に拘束されます。
分譲開始して管理組合が成立した後にこの宣言書を改訂する場合は、全区分所有者の
9割の賛成が必要です。(日本の規約改訂は全区分所有者の4分の3=75%の賛成で可)
管理組合の登記は法定義務です。管理組合の総会で選出された理事も全員、登記義務あり、
就任後6ケ月以内に無料のオンライン理事受講コースを履修しないと理事の資格を失います。
コミュニティ(=権利主体としての管理組合)からの受託責任を負う理事としての義務と責任
についての必要最小限の理解を求め、構成員としての独立した個人の自律を促しています。
コンドミニアム全体を管理するコンドミニアム庁の運営費は、受益者負担金として1戸あたり
月額1ドル〜3ドルの範囲で管理組合単位に年払いで納付します。コンドミニアム紛争専門
の裁判所(Condominium Authority Tribunal 略称CAT)があり、訴えを提出してから原則、
3ケ月で結審します。コンドミニアム庁もコンドミニアム裁判所も州政府との行政契約により
行政執行権、司法権を授与されている民間の非営利法人です。CATの裁判官は司法資格
の裁判官ライセンスの有資格者であるが公務員ではない。コンドミニアム庁の職員も同じく
行政執行能力審査を経て公益宣誓して採用される。これがリベラリズムの考え方です。
官僚制の7つの構造的特質
リベラリズムの共同住宅管理制度では、マックス・ウェーバー(Max Weber 1864-1920)が
「支配の社会学」(世良晃志郎訳1960年創文社 ・ 叉は 阿閉吉男・脇圭平訳『官僚制』
1987年恒星社厚生閣)で示した官僚制の7つの構造的特質
(1)規則による規律の原則 (2)明確な権限の原則 (3)明確な階統構造の原則 (4)行政手段
の分離(5)文書主義の原則 (6)任命制の原則 (7)資格任用性の原則が担保されています。
官僚制の逆機能を防止するしくみ
更に、米国の社会学者ロバート・キング・マートン (Robert King Merton 1910.7.4-2003.2.23)
(※)が調査で明らかにした「官僚制の逆機能」(本来、目的を達成するための手段であった
はずの官僚制が、いつのまにか「官僚制を維持する」ことが目的となり、その結果、規則に
よって秩序付けられていないことはやらないというメンタリティと機能不全、セクショナリズム、
責任逃れが横行し、制度が機能不全に陥ること、更には官僚の天下り機関が増殖して
公共資本財の私物化と国家財政を食い物にして国家を破綻させること)の弊害の危険性を、
カナダのコンドミニアム法では、最初から予め防止する仕組みが取り入れられています。
(※) 「社会理論と社会構造」 ( "Social Theory and Social Structure". Free Press :New
York 1957. )
カナダには、その名もずばりの「官僚的形式主義撲滅・経済強化法」
(Less Red Tape,Stronger Economy Act)という法律があります。
コンドミニアム所有者保護法,2015 第177条(規則 (Regulations)の第2項第11号にも
この法律の参照規定が置かれています。
米国でも、先に紹介したRobert K. Merton,の評論「官僚制の構造と人格」
("Bureaucratic Structure and Personality")の「官僚的形式主義(レッドテープ)とその他の
官僚制の非効率」 (the "red tape" and other inefficiencies of bureaucracy.)の章で、法の目的
と手段を入れ替える 「ゴールの置き換え現象(goal displacement phenomenon)」が社会の有害
な機能障害(dysfunctions, harming the institution)を起こす事を示しています。
○都条例とカナダの登録法令との比較
「手段を目的化した都条例」
30年でGDPが4倍近くまで伸びたカナダ、停滞閉塞して破産していく日本
官僚制パターナリズムによる支配、それが1990年以降続いた日本の閉塞と不況の原因です。
○共同住宅法制 【終章】 なぜ日本とカナダを比較するのか?
公開裁判記録(判例)、実名公開(カナダ)、匿名化(日本)
日本の公開裁判記録(判例)が公開時には当事者が特定できないよう匿名化されるのは
パターナリズムの考えによるものですが、リベラリズムからいえば、それは国家が介入する
ことではなく、本人の自由意志に任されるべきものです。権力の恣意的な独善によるのでは
なくルールに則るべきです。
ルールなきパターナリズムの本質は「権力や権威で恣意的に他者を支配する」ということです
から、権威を背景に上から目線の一方的な断定で議論を封じるか、又は結論を曖昧にする。
○社会心理学からみた管理組合
民主的ということ(排除の論理)
2.日本のパターナリズム(Paternalism)
パターナリズムは、父「Pater(ラテン語)」の立場に立つ者が相手の幸福を思いやり、相手
のために良かれと思って介入することは許されるという考え方です。十分な判断力と自己
決定権を持たない「能力なき国民」のために、行政府(スポンサー)の意を汲んでまとめる
専門家や有識者(御用学者と呼ばれる)を官が選び、不当な支配と隠蔽と過干渉を正当化
する政策に仕上げた上で、市民の自己決定権に国家が介入する。
日本国憲法第13条「個人の尊重」は建前で、官僚が想定する社会秩序と官主国家を具体的
に成文化した法律は、必然的に、行政の執行権と天下り組織を拡大強化した「上から目線」
の官尊民卑の法律になる。
○管理組合を点数つけて格付けする
マンション管理適正化法(令和2年改正)の認定制度
(1) 日本のパターナリズムの背景
現在の日本が「ゆきづまり」を見せている理由のひとつが中央集権体制と、それを支えている
官僚制にあるという見方があります。
官僚制は社会が劣悪な時代、つまり、明治以降の近代化のプロセス、更には戦後の追いつき
追い越せのキャッチアップ型高度経済成長までは、それなりに有効なシステムでしたが、社会が
豊かになるにつれ、自己決定の尊重、個性と競争、情報公開と説明責任が求められる近代行政
への変革要求に迫られ、行政改革、地方分権、規制緩和が進められてきたが、官僚制はそれらに
抵抗し、実質を骨抜きにしてきた。旧態の官僚制は、膨大な利権の援護勢力であり、無謬、無責任
(間違いを決して認めない、従って誰も責任をとらない)体制のまま生き残ってきた。
パターナリズムは官僚制を支える基本思想であり、リベラリズムの信奉は官僚制を崩壊させる。
((3) リベラリズムの共同住宅管理制度 では官僚制を完全に排除しています。)
カナダでも専門家や有識者による専門部会を設けますが、委員はその分野では深い造詣を
もつ経験者(学識経験ではなく、実務畑のエキスパート)から実務審査を経て選任するから、
大学教授は選ばれない。
専門家とは特定の利権(vested interest)につながりを持たない者( Specialist who does not
have a vested interest) というのが欧米の倫理コードに規定されている条件ですが、
日本では自分を任命してくれる官僚組織の意向に沿うよう気配り(忖度)する御用学者を
専門家と呼びます。そして、官僚組織は経団連などの財界ロビーとつながっている。
○令和4年10月13日 経団連「都市・住宅政策委員会企画部会」で法務省参事官が説明
カナダの法制改革各部会委員の人選過程の実際については
[審議の過程と参加者] を参照
してください。
(2) パターナリズムの共同住宅管理制度〜中国の国務院との緊密な協力と連携
日本だけでなく、例えばニューヨークなどの都市でも都市の脱工業化によって都市構造が
商業ビルと共同住宅に転換していくにつれて、土地=locationから得る利益を最大化する
ことが産業の中心となってきた中で行政も開発者と同じ価値感で「企業家」的都市の形成
を担ってきた経緯は、デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey 1935.10.31〜)がいう「企業家」
的国家の形成につながった。(Edited by Max Page and Timothy Mennel, Reconsidering
Jane Jacobs. APA Planners Press (2011) )
日本の行政は、都市コミュニティからの観点ではなく、不動産業の利益の最大化を目指す
「企業家」的観点にたって、消費者である住民を効率的に利用する法制度を作り上げてきた。
現在の中国の国務院も同じ制度をとっている。”企業人便利工作創造機会及提供的便利”
「都市不動産管理法」(1994年7月5日第8回全国人民代表大会常務委員会第8回会議採択)
第3条 「国家は、法律に基づき、国有土地の有償かつ有期限の使用制度を実施する。ただ
し、この法律で定める範囲において国有土地の使用権を国が割り当てる場合を除く。」
第7条 「国務院の建設管理部門及び土地管理部門は、国務院が定める権限に基づきその
職務を遂行し、緊密に協力し、全国の不動産業務を管理する。」
日本と中国の行政官は、一党独裁・中央集権国家を支える官僚体制の維持という共通の
価値感のもとで、緊密に協力し、相互研修を重ねて連携してきた。過去の一例を示します。
平成17年(2005年)度 「日・中行政官の相互派遣による合宿研修の実施」
(1) 同年11月28日から12月5日までの日程で、中華人民共和国からの訪日研修員49名が
公務員研修所に宿泊し、日本側の課長補佐級研修員と共に講義・意見交換を行いました。
(2) 同年12月14日から21日までの日程で、日本の行政16機関の課長補佐級18名が、研修
員として派遣され、北京国家行政学院、続けて上海国家行政学院に合宿し、同学院の教
授による講義、研修員との交流・意見交換、国家機関等の訪問・意見交換を行いました。
カナダと日本の「共同住宅法制改革」には、リベラリズム(公正、透明、国民に対する説明責任を
基礎とする近代行政の倫理と価値観に基づく)とパターナリズム(利権と癒着と腐敗の行政機構
を維持発展させる)の違いが典型的に現れています。その具体例を次に挙げておきます。
共同住宅法制改革の二つの報告書
○ カナダ
共同住宅法制改革の公共政策・総目次 (Public Policymaking for Condominium Legislation)
○ 日本
「区分所有法制の改正に関する中間試案」
令和5年6月8日、法制審議会区分所有法制部会の第9回会議にて「区分所有法制の改正に
関する中間試案(案)」を発表、さらに同日付けで括弧の(案)を外した正式な「中間試案」を発表、
パブリック・コメントの募集を開始しました。募集期間:令和5年7月3日(土) ー 令和5年9月3日(日)、
但し、この「中間試案」は、審議会で出た意見を両論併記しただけの議事録要約であって、改正
条文試案にはなっていない。
それには理由があります。経団連を中心とした財界寄りの案だけを列記すると国民から反発を
受ける。両論併記した上で国民の意見を聞きましたという形にすると、実際の改正条文作り
はより容易になる。
素材を吟味して形良く重箱におさめた「おせち料理」に、国民からパブコメでアレもコレもと
いわれても、それは、「慎重に検討する必要があるものと考えられる」とお答えすればよい。
【全管連要望書】参照
(1) 【法制審議会の経緯】
今回の区分所有法制の改正に関する経緯は下記の頁で解説しています。
「令和4年9月12日・区分所有法の見直し・法制審議会へ諮問」
2021年(令和3年)3月に経団連を中心とする業界の発意で、一般社団法人金融財政事情
研究会主催で「区分所有法制研究会」が発足し、2022年(令和4年)9月30日に 「区分
所有法制に関する研究報告書」が公表され、このメンバーに外部から一部の委員を加え、
2022年(令和4年)10月28日法制審議会区分所有法制部会が発足しましたが、金融財
政研の結論を踏襲する事は最初から想定されていました。このことは、2022年(令和4年)
9月2日 当時の葉梨康弘法務大臣が閣議後記者会見で述べています。
(2) 【全管連要望書】
法制審の第8回会議で2023年4月11日付の法務省民事局宛にNPO法人全国マンション
管理組合連合会(全管連)畑島義昭会長名の「区分所有法の改正に関する要望書」が
全管連紺野委員から提出されました。法制部会長宛ではなく、法務省民事局宛とした
この要望書では、 提出理由を次のように説明しています。
「法制審」には当連合会からも代表者が委員として参加させていただいており、法制審の
中で意見を述べさせていただいております。もっとも、法制審での議論には時間に限り
があることなどから、これまで当連合会として実務上抱えている問題点、問題意思を
十分に伝えきれておりませんでした。 〜(中略)〜
本要望書は、法制審による中間試案の発表に先立ち、法制審においてこれまで十分に
議論されていないように思われる点について当連合会が中間試案において取り上げて
いただきたいと考えている論点を示し、それを中間試案において論点として取り込んで
いただけるよう要望するものです。」
この全管連要望書に対する法制審の回答は、2023年6月8日発表の「中間試案(案)報告
書」のP24で、(紺野委員の提案についての補足説明)として取り上げ、「第8回会議では、
これらの提案に賛成する意見は特になかった。これらの提案については、慎重に検討す
る必要があるものと考えられる」としています。
この言い回しは官庁用語で良く使われる定型の常套句です。検討にも値せずが真意です。
法制審の発足時に葉梨法務大臣が言ったように、財界からの要望をまとめた金融財政
研の結論を踏襲して手際よくまとめることが今回の法制審に課せられた使命なので、
今更、消費者保護の基本的な問題を提議されても、そこまで広げる気はない・・・で
しょうね。多分 (※ 個人の感想です。)
(3) 【日弁連意見書】
法制審に対して、2023年(令和5年)5月11日付で日本弁護士連合会から「共用部分に係る
損害賠償請求権等の行使に関する法改正を求める意見書」(全14頁)が提出されました。
この意見書の内容は、2002年の区分所有法改正時にも指摘していた問題点であり、これ
が是正されないまま裁判でも極めて困難な事例が多数存在していることを列記した上で、
具体的な条文改正の提案を行っています。
この意見書にある「2002年の区分所有法改正時にも指摘していた問題点」は、当Hpのな
かで 【区分所有法の改正履歴 (T)】〜「7 平成14年改正の背景」でも
解説していますが、当時の法制審が日弁連提案を採用しなかった理由の一つに、そこまで
の規制をするかどうかは区分所有者の自治に委ねるのが相当という判断であったとされて
います。
今回の日弁連の意見書について、2023年6月8日発表の法制審「中間試案(案)報告書」の
P19〜P21で法制審としての検討結果を公表し、「規約の定めは区分所有権を譲渡した前
区分所有者を拘束しないという基本的な理解を前提にすれば日弁連提案は基本的な発想
を異にしており、本文では取り上げない」としています。
ある審議会で「そんな意見では私の単位はやれない!」と叫んだ委員がいた事を思い出させます。
(4) 【地上げ、建替え、再開発のための総会決議の効率化】が狙い
2021年(令和3年)3月に経団連を中心とする業界の発意で、一般社団法人金融財政事情
研究会主催で「区分所有法制研究会」が発足した目的は、地上げ、建替え、再開発促進
のための住民合意決定手続きの簡素化・効率化を目的とした法改正です。
第三者管理方式による「管理組合の意思決定の支配と内部取引化による経済的利益の
追求と効率化」→2024年(令和6年)1月16日発表・区分所有法制の見直しに関する要綱案
(5) 【リチャード・ポズナーの警告】
米国連邦控訴裁判所判事で経済学者・法学者でもあるリチャード・ポズナー(Richard Allen
Posner-1039年1月11日生-2023年現在84歳)は"The Economic Approach to Law"
(The Collected Economic Essays of Richard A Poser vol 1 (Cheltenham, Edward Elgar
Publishing, 2000) 35 at 45 で、次のような趣旨のことを述べています。
「法制度が経済効率を最大化するように体系的かつ効果的に設計され、強力で一貫した
経済論理を持っているように見えていても、ロビー活動によって作られている法律を実際
に観察すると、経済的な観点からはかなりひねくれているように見える。
(that seem quite perverse from an economic standpoint)。」
義務と責任に厳しい現代アメリカ人は"seem"の使用を(誰の判断だ?)として嫌うが、彼の
表現には立法者に対する不信と軽蔑を示す冷笑と皮肉のシニシズム(Cynicism)を感じます。
今回の"かなりひねくれた"試案を見ていて、上記ポズナーの警告(caveat)を思い出しました。
【ハロルド・ラスウエルの「立法者の定義」】
「政策の企画立案をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化した
うえで、政策効果の測定に重要な関連を持つ情報やデータ(エビデンス)に基づくものとする
こと(EBPM)が求められている。(総務省行政評価局・EBPM取組方針)」
住宅政策とEBPM(エビデンスに基づく政策立案) 参照
(6) 【共同住宅法制とパターナリズム】
下記は「区分所有法以外の共同住宅法制」に関する典型的なパターナリズムの具体例です。
○ 「マンション管理適正化法の限界」
○ 「東京都マンション管理適正化条例」
(2023年8月12日初版掲載・随時更新)
(Initial Publication - 12 Aug 2023/ Revised Publication -time to time)