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6. 建物現況調査報告書の見方

はじめに

 修繕実施設計の段階では、 まず対象となる建物の現状をさまざまな角度から正確に調査し診断することが必要になってきます。 その建物を販売した親会社の系列管理会社は、 顧客である管理組合よりも親会社の利益を優先しますから、 管理会社が作成した調査診断報告書の中には信用できないものもあります。

1.調査報告書を見てわかること

(1) 調査診断能力(経験・技術)
 建物現況調査報告書を見ると、調査者の力量(経験・技術)がわかります。
 目に付いた不具合箇所の写真を貼って並べただけの報告書なら素人でも作れます。
 経験・技術とは問題対処能力のことで、能力のない調査者の作る報告書は論外です。

(2) 調査者の立場
 そもそも調査者が販売・施工・管理会社等と特定の利害関係(vested interest)にある者の調査報告書は信用できません。
(3) 調査の意図
 委任者である管理組合の立場にたった報告書か、或いは利害関係者に配慮した報告書か。

 修繕予算を具体化するための表面的・形式的な報告書か、或いは、 建物の所有者(区分所有者及び管理組合)の立場に立って、維持保全上の問題点及びその原因を明らかにしているか、 その対策に幾つかの選択肢を示して、選択の合理性を明らかにしているかを見抜くことが必要ですが、 それらは調査者を選ぶ前に考えることで、報告書が出たあとで気が付いても手遅れです。

 調査事業者を選ぶ際には、その調査事業者が過去に実施した同様事例の調査報告書を見せてもらってください。 本稿は、その見方について、専門的・技術的な解説をしています。

2.目的別診断項目の違い
 建物を調査診断する目的には、@保全(修理)計画立案、A不具合対策、B機能・性能の向上、 C資産調査のための現状把握 などがありますが、それらの目的によって診断方法や診断レベルも大きく異なります。

 大規模修繕の場合は@が主目的ではあってもA〜Cの項目にも注意をはらう必要があります。
分譲会社と系列関係にある管理会社が行う調査診断では、A〜Cの項目は目的外として除外するか、 または管理組合からの指摘事項はクレーム対策として処理される傾向にあります。

分譲した不動産会社の責任に帰するような不具合は表には出さず、指摘されると、 経年劣化や地震の影響によるものとして言い逃れする事例が後を絶ちません。
     今、建築業界で何が起きているのか(1) (業界構造の問題)

3.調査診断を依頼する前に、まずは建物診断の基礎データを準備しよう
   建物診断を始めるときの基礎データは管理組合で準備することができます。 
     建物診断の基礎データ を参照ください。

1.管理会社が作成した調査報告書

 下記は第一回目の大規模修繕を提案した管理会社が建物調査診断を受託して作成した例です。
 目次のみを示しています。

1. 建物概要
2. 建物外観及び外構状況
3. 目視・打診調査結果の現況及び対策
   (1) 塗膜の状況:外周壁・準外壁塗装面の状況
   (2) 塗膜の状況:鉄部塗装面の状況
   (3) 外壁タイル面及びアルミサッシ面等の状況
   (4) 外壁等塗装面のひび割れの状況
   (5) 外壁タイル面のひび割れの状況
   (6) 外壁タイル面の浮きの状況
   (7) モルタルの浮きの状況
   (8) 鉄筋の発錆によるコンクリートの押し出し状況
   (9) 外壁建物目地シーリングの状況
   (10) サッシ・建具廻りのシーリングの状況
   (11) 高層棟屋上等の防水の状況
   (12) 低層棟屋上等の防水の状況
   (13) 勾配屋根の防水の状況
   (14) ルーフバルコニー床面の状況
   (15) 庇等の状況
   (16) バルコニー床面の状況
   (17) 開放廊下・外階段床面の状況
   (18) その他共用部・外構の状況
4. 機械診断結果資料
   (1) 機械式診断抜取箇所プロット図
   (2) 外壁仕上材付着力試験
   (3) コンクリート中性化試験
   (4) シーリング試験
5. 景観計画について
6. 綜合劣化判定

【解説】
躯体・外壁の劣化状況を示す写真を貼って頁数を稼いだだけの通り一遍の報告書です。

外壁タイル面やモルタルの浮きの状況、鉄筋の発錆によるコンクリートの押し出し状況、 タイルや躯体のひび割れも報告されているが、劣化状況の分析もせず、原因もあきらかにしていない。
機械診断結果資料はたったの1頁しかない。(他事例の一般的なデータの提示でごまかした?)

重要なライフライン設備である機械設備(立駐、EV、ポンプ等)、配管設備、電気・衛生設備、 防火防災避難設備などは、一切、項目に入っていない。

平成29年(2018年)5月11日発
国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実施調査」
調査期間:(平成29年5月〜7月)

建物診断の依頼先は、管理会社、建物診断専門会社が比較的多くなっており、戸数規模別でみると、 戸数規模の小さい分譲マンションほど「管理会社」への依頼の割合が多く見受けられます。

E大規模修繕工事累積総額の戸当たり平均
(築年数や建築・設備の仕様が反映されていないデータなので、余り意味がない)
過去に行なった大規模修繕工事の累積総額の戸当たり概算平均については約105万円/戸です。

工種別では「外壁塗装・鉄部塗装・屋上防水工事」に約85万円/戸となっており、 「給水設備・排水設備工事」に約30万円/戸、「その他の工事」に約25万円/戸となっています。

また、戸数規模別では40戸以下で約120 万円/戸、41〜100 戸で約105万円/戸、 101戸以上で約75万円/戸となっており、規模が大きいほど戸当たり平均額が安くなっています。

2.本来実施すべき、部位・材料別診断項目

 以下、建物診断の基本的な項目について説明しています。
 (注1)上の1で例示した建物現況調査報告書ではなく、一般的な項目としての説明です。
 (注2)全ての項目が必要なわけではありません。
     調査診断項目は建物構造や診断目的で選択します。
     通常は調査費の見積提出前に事前調査してから詳細調査項目を選定します。
     調査項目に疑義がある場合は発注前に調査事業者から説明を受けてください。
     この段階で納得できない場合は、出来上がった報告書も期待できません。

A:躯体関係
(1) コンクリートの圧縮強度>設計基準
(2) コンクリートのひび割れの有無
(3) 床コンクリートのたわみの有無
(4) コンクリートの中性化現象の有無
(5) 鉄筋腐食の有無
(6) ポンプやEVの稼動時の震動の有無
(7) 床スラブが歩行時に震動するか
(8) 耐震基準に適合しているか

B:屋上関係
(1) 屋上防水層の劣化、漏水
(2) 保護コンクリートの劣化、ひび割れ
(3) アスファルト防水層の劣化、割れ、膨れ
(4) シート防水層の剥離
(5) ウレタン塗膜防水層の劣化
(6) 設備機器の基礎の耐震性能

C:外装関係
(1) 目地シーリングの劣化
(2) 外装塗り仕上げ材の白亜化、剥がれ
(3) 外装タイルの浮き、剥落
(4) 外装アルミ金属パネルの点食
(5) 外装ALCパネルのひび割れ
(6) 外装ALCパネルの耐震性能

D:建築附帯設備関係
(1) 屋外・屋内駐車場、駐輪場、バイク置場
(2) ごみ・資源ごみ集積場の衛生と利便性
(3) エントランス・集合ポストのセキュリティ
(4) 防火警報避難設備の保全状況
(5) 配管設備(上水、雑排水、汚水)
(6) 電気設備の状況
(7) 空調設備(給排気)
(8) 衛生設備(曝気槽)

E:建築環境関係
(1) 建物内照明の照度>建基法・消防法基準
(2) 隣戸間の遮音性能>基準値
(3) 床衝撃音の遮音性能>基準値
(4) 外部の交通騒音に対する遮音性能
(5) 設備機器騒音
(6) 景観・公開緑地・植栽の保全状況

3.鉄筋コンクリート建物の劣化の原因を究明する

診断の専門家は単に劣化を診断するだけではなくその原因を究明し、 設計・施工に原因がある場合は販売会社に補償を求める管理組合の代理人として、 分譲会社や施工した会社の技術者との交渉にあたることがあります。
あなたの管理組合が診断を依頼した専門家はそれが出来る方ですか?

 1 設計・施工時の欠陥によるもの

原因の大分類原因の中分類劣化現象
調合・材料の不適 調合設計のミス
セメント量の不足
低品位骨材(軟石・反応性骨材)の使用ひび割れ・ポップアウト
混和材料の過剰添加、種類の過誤ひび割れ
凍結防止剤の使用ひび割れ(アルカリシリカ反応)
施工欠陥 充填不足ジャンカ・豆板
分離ジャンカ・豆板
加水ひび割れ
初期養生(湿潤養生・初期凍害防止等)不足ひび割れ・表面剥離

 2 環境によって劣化したもの

原因の大分類原因の中分類劣化現象
気象・環境条件 乾燥繰返し
ひび割れ(アルカリシリカ反応)
寒冷地域の凍害ひび割れ・表面剥離
高温ひび割れ・変色・褪色
海岸地域の塩害ひび割れ・表面剥離
化学作用
(温泉地域等)
二酸化炭素中性化⇒鉄筋爆裂⇒押し出し
酸性雨表面劣化・変色・褪色
油脂類表面劣化・変色・褪色
塩類(硫酸塩)ひび割れ
機械的衝撃車両などによる繰返し加重疲労・ひび割れ

 

参考文献
建設大臣官房技術調査室監修「建築物の耐久性向上シリーズ 建築構造編1 鉄筋コンクリート造建築物の耐久性向上技術」1986,技報堂出版