5.専門家の選定と委託業務内容
1.専門家はなぜ必要か
1)価格と品質で総合的に優れた工事が公正・透明で競争性の高い方式で実現されるために
修繕工事を管理会社が元請で受注することは以前からありましたが、近年、設計・監理・業者選定業務を管理組合が独自にコンサルタントに依頼する例が増えてきました。
管理会社やゼネコンなどへの信頼が低下していること、管理組合自らが主導して自分たちが納得した改修工事を行おうとする意識の表れといえます。
限られた資金、制約の中で、技術者が考える優先順位と、住んでいる人の優先順位には違いがあります。 それをうまくすり合わせることができれば、よりバランスのとれた工事内容(=仕様書)にすることができます。 そして、両者の労力の結晶でもある仕様書の内容が、施工業者の工事に際して十分担保されるためには、 仕様書を一緒に作り上げた技術者による工事監理が必要です。
また、共通仕様書による競争見積によって、工事金額にはかなり違いが生じますが、工事監理は、適正と判断される範囲の中で、 最小の負担額で最大の施工精度を期待するためのものです。
コンサルタントにかかる費用は結果として管理組合の利益に十分見合っています。
そのことを修繕工事を終えた多くの管理組合は実感しています。
2) 監理の重要性
・工事の適切な実施にむけては、工事工程の進捗状況、施工状況等を厳正にチェックする「監理」の役割が非常に重要となります。
建築基準法や建築士法では、新築、増築、大規模な修繕・模様替え等の工事をする場合には、
建築士である工事監理者を置くことが義務付けられています。
[x2 修繕の基礎知識](確認申請)
マンションの修繕工事に見られる問題として、不適切な改修設計、又は過剰修繕の問題があり、次に不適切な業者の施工の手抜き、そして、 施工監理の手抜きなど、管理組合がこれら複合欠陥の被害者になる不幸な状況もみられます。 ところが平成14年4月に施行された消費者契約法では、管理組合は消費者とは認められず、この法は適用されません。 管理組合は管理会社や改修工事業者と対等な事業者同士という位置付けになります。
事業者としての管理組合は「消費者の代弁者として信頼のおける」専門家の支援を得て自衛することが必要になります。
3) 専門家の関わり方
専門家の関わり方には、大きく分けて設計監理方式と責任施工方式があります。
その鍵は、「フエア=利益相反回避」という考え方です。
現在のわが国の建築工事の発注方式は下記のようになっています。
国や自治体(公団・公社)は談合やダンピングなどの不公正取引を法律や指針で厳しく規制するようになってきました。
本頁下段 8.参照
公共工事における入札方式
ゼネコン方式はお任せ主義で監理体制は後述するように形式的で極めて弱い。
施工者紹介方式も監理は形式的で問題が多い。
※ 日本と海外の建築ビジネスで、最も大きな違いは「設計」と「施工」が一体となっている点です。
「今、建築業界で何が起きているのか」「設計」と「施工」が一体となった日本の特殊事情
時々、「コンサルタント料は工事費の何パーセントですか?」という質問を受けることがあります。
このとき施工会社は通常、3〜5%、又は、無料サービスでやりますという説明をしますが、
これは、「設計」と「施工」が一体となっている場合に成立する日本独自の方式で、
設計監理方式では、コンサルタント料は工事金額に関係なく業務の内容で設定されます。
設計監理方式 | 建築士又は建築士を有する建築設計事務所・建設会社・管理会社等を選定し、 合意形成までの段階では、調査診断・改修設計・施工会社の選定・資金計画等に係る専門的、技術的、実務的な業務を委託し、 工事実施段階では工事監理を委託する方式。 工事費以外にも専門家の費用が発生しますが、診断・改修設計と施工が分離しているので、 必要とされる工事を客観的に見極めた上で工事内容を定めることができることや、 競争入札等の競争原理を導入して施工会社を選定することができ、管理組合の立場にたった工事監理が行われることなどのメリット(※)があります。 工事内容・工事費用の透明性の確保、責任所在の明確さなどの点で望ましい方式であるといえます。 ※ 委託した専門家が、管理会社や施工会社と取引上も経済的にもつながりがないという第三者性・外部性が確保されていて、 利益相反回避措置が担保されていることが重要な条件になります。 |
責任施工方式 | 建築士を有する施工会社(設計・施工・監理部門を有する建設会社や管理会社等)を選定し、調査診断 ・改修設計・資金計画から工事の実施までの全てを請け負わせる方式) マンションの事情に精通した信頼できる施工会社がいる場合に採用されることがあり、初期の段階から施工性(工事中の仮設計画や 工事実施手順等)に配慮した検討を行うことができ、設計監理方式のような専門家を必要としないというメリット(※)があります。 ※
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4) 責任施工方式における監理の問題点
建設会社に所属する建築士の中では、プランナーやデザイナーをやるのが一番上の仕事で、
工事監理を担当する建築士は企業の中では、地味な存在です。
設計、施工、監理は立法、行政、司法にたとえられるように、司法に相当する監理は重要な役割をもっています。
司法は独立していなければ、本来の責務を全うできません。
また、住みながら改修していくという大規模修繕工事特有のさまざまな生活支障上の問題を最低限に抑える経験と根気とノウハウが必要ですが、 企業の中ではこれらは工事の進捗を妨げるマイナス要因として捉えられ、これら工事監理に対する的確な評価がなされにくいのが実状です。
例え施工者とは独立した監理者であっても、管理会社または建設会社から紹介されて選任された施工者紹介方式の場合、 監理者は施工者寄りになり、住人との間のトラブルの火消し役、調停者といった立場に立つことが多く、あいまいな解決になりがちです。
2.代理人となれる監理者の条件
監理者は発注者である管理組合の技術上の代弁者でなければなりません。
ポイントは 「信頼できる専門家選び」です。
調査・診断を行う専門家には、確かな技量、豊富な経験、知識を必要とします。
永年にわたって建築工事や大規模修繕を経験し、マンションの材料、工法、仕様を熟知していなければなりません。
適確な調査・診断をするためには、総合的かつ客観的に判断を下せる能力を必要とします。
発注者の代理人となれる監理者の条件
工事監理者は「工事請負契約約款」(いわゆる四会連合約款)の契約書式上、 発注者・施工者とは別に独自に記名・押印しているため、 工事監理者はこの契約上 発注者・施工者と独立した契約当事者かそれとも発注者の代理人かの争いがありました。
しかし、設計または改修設計図書が完成している以上、 本来 施工者さえ存在すれば建物(の修繕工事)完成という目標は達成できるはずです。 にもかかわらず施工者の義務を監理する趣旨は、直接的には建築基準法第5条の2、 ひいては建築主の意思として専門家の力を借りて施工者の手抜き工事を防止することにあるといえます。
従って、工事監理者はあくまで建築主になりかわって施工者の業務遂行を監督する、 すなわち発注者の建物(の修繕工事)完成という目的に向けて、 発注者に代わって専門的助言をなすという工事監理者の業務からすれば、 発注者の代理人と考えられます。
その意味では、 発注者である管理組合の運営面(ソフト)、 建物・設備面(ハード)の両面にわたって支援できる組織が必要です。
3. 第三者性はなぜ必要か
第三者機関とは
第三者機関とは、問題解決に必要な専門的知識と技能を有し、人的・資金的にも特定の利益団体と系列的取引をもたず、 利益相反回避措置(for avoiding conflicts of interest)が担保されている組織を言います。
利益相反回避措置とは、二重関係(多重関係)を回避し、「第三者性」「外部性」を確保することを意味します。
管理組合内部においても、業務のつながりで既に何らかの人間関係・利害関係が構築されているような場合、 既存の関係性が組合員から委託された組合業務に深く影響を及ぼす「二重関係」「多重関係」に陥ることは 信頼で成り立つ委任関係にある相手に経済的損失を与えることから、倫理的にも避けなければなりません。
正しい情報開示を行い、透明性を確保し、説明責任を果たすことを求められる管理組合の業務上、 取引先の選定において「第三者性」「外部性」を確保することは極めて重要です。
4. コンサルタントの選定方法
管理組合のパートナーとなる専門家の選定にあたっては、他の管理組合や、関係する公益法人、地方公共団体等から情報提供を受ける方法、業界紙等で公募する方法があります。
候補者をリストアップしたら、ヒアリング等を十分に行い、体制(業務体制、業務の基本スタンス、対応)、候補者の技術力(過去の業務実績等)、提案力(提案の的確性、実現性)などを考慮し、自分たちの管理組合にとって最もふさわしいと考える専門家を選びます。 特に、マンション改修の分野に精通していること(経験と実績の確認)、 特定の施工会社、管理会社と関係がないこと(第三者性の確保)が重要で、過去に行った物件の管理組合に照会し、評価を確認することも必要です。
5. コンサルタントの業務内容
設計監理方式で実施する場合、建築士事務所等の建築士のコンサルティングは一般的に、 以下のような業務を行います。
1 建物診断業務
- マンションの調査診断
- 住民アンケートの分析
- 診断報告書の作成
- 管理組合向け説明資料の作成など
2 改修設計業務
- 仕様書作成
- 予算案作成
- 内容検討のための打ち合せ
- 共通仕様書の作成(仕様書、内訳書、見積要項)など
3 施工会社選定の補助業務
- 施工会社選定基準案作成
- 現場説明会での説明、質疑応答など
- 見積書の内容のチェックと比較表作成
- 数社との面談での質疑応答など
- 施工会社選定の際の助言
4 工事監理業務
- 工程管理の確認、指導
- 品質検査、確認、指導
- 工事の安全状況確認、指導
- 工程会議(管理組合、施工業者、監理者)出席
5 その他
- 理事会や総会における工事の説明や資料作成
- 住民への広報等、運営へのアドバイス
- 工事後のアフター点検時の立ち合い など
6. 二重関係回避の実例
大きな企業では働く人の心理的ストレスなどの相談に乗る「産業カウンセラー」を置いているところがあります。
事実、産業カウンセラー試験の受験者には、管理職や人事労務担当者などが多く、人に関わるそれらの立場の在職者にとって、資格取得に当たって得る基礎的な知識は有益であると言われています。
しかしながら、在職受講者と他の労働者との関係においては、専門家相談機関で精神科医などの医師や臨床心理士が行っているような心理療法・心理カウンセリングは、本来成立しません。
それは、在職受験者と他の労働者との間には、同じ企業・事業所内において既に何らかの人間関係・利害関係が構築されているためであり、万が一にもその状況下でカウンセリングを行った場合には、 既存の関係性がカウンセリング行為に深く影響を及ぼす「二重関係」「多重関係」に陥ってしまい、カウンセリングが機能しないばかりか、逆に当該労働者の心身の健康を悪化させる恐れがあると指摘されており、 禁じられています。
これは、他分野の心理カウンセラーにおいても「二重関係(多重関係)の回避」と呼ばれる倫理上の義務として同様に大前提とされており、例えば教育分野のスクールカウンセラーにおいては、 在職の教職員や退職した教職員OBの登用などは行わず、校外・学外から心理職専門家を別途招くことで、「第三者性」「外部性」を確保するための業務上の配慮を行っています。
7. 法律上の工事監理の意義
「工事監理」とは、建築士法上、その者の責任において工事を設計図書と照合し、 それが設計図書のとおりに実施されているかいないかを確認することと定義されています。(建築基準法第2条9の3の11及び建築士法第2条第6項7項)
したがって、「工事監理業務」はこのいわゆる「工事監理」を中心とした業務を意味しますが、 それにとどまらず他の業務も含みます。
すなわち「工事監理業務」は、建築士法上の工事監理者の立場で行うもの=「狭義の工事監理業務」と、 建築主との間で締結される契約に基づき建築主の代理で行うもの=「広義の工事監理業務」と区別されます。
「狭義の工事監理業務」
狭義の工事監理業務としては、工事が設計図書どおりに実施されていないと認めるときには、 直ちに施工者に注意を与え、施工者がこれに従わないときはその旨を建築主に報告し(18条の3項)、 また工事が完了したときはその結果を文書で建築主に報告すること(20条の2項)があげられます。
「広義の工事監理業務」
広義の工事監理業務としては狭義のそれのほか、建築工事契約に関する事務及び
建築工事の指導監督等(建築士法21条)を含みます。
マンションNPOが行うコンサルタント及び工事監理業務は、この広義の工事監理業務にあたります。
参考までに、法令上の具体的な業務内容を次に挙げておきます。
2.工事監理の業務内容
建設省告示1206号 別表第2-2工事監理等/(1)工事監理
(1) 工事監理
1:設計意図を施工者に正確に伝えるための業務
()施工者等との打ち合わせ
()図面等の作成
2:施工図等を設計図に照らして検討及び承諾する業務
()施工図の検討及び承諾
()模型、材料及び仕上見本の検討及び承諾 ※(注2)
()建築設備の機械器具の検討及び承諾
3:工事の確認及び報告
()工事が設計図書及び請負契約に合致するかどうかの確認及び建築主への報告
()工事完了検査及び契約条件が遂行されたことの確認
4:工事監理業務完了手続き
()契約の目的物の引渡しの立会い
()業務完了通知書及び関係図書の建築主への提出
(注)1:
()に規定する図面等とは、設計意図を正確に伝えるためのスケッチ等であり、
工事期間中に行われる実施設計の延長と考えられる図書は含まない。
建設省告示1206号 別表第2-2工事監理等/(2)工事の契約及び指導監督
1:工事請負契約への協力
()施工者の選定についての助言
()請負契約条件についての助言
()工事費見積りのための説明
()見積書の調査
()請負契約案の作成
()工事監理者としての調印
2:工事費支払審査及び承諾を行う業務
()中間支払手続(施工者から提出される工事費支払の請求書の審査及び承諾)
()最終支払手続き(工事完了検査による確認に基づく施工者からの最終支払の請求の承諾)
3:施工計画書を検討し、助言する業務
ちなみに、工事請負契約約款7条では、標準的監理業務として
@ 設計意図の正確な伝達
A 設計図書の補足説明図の交付
B 施工計画の検討・助言
C 施工図模型等の検討・承認
D 施工に関する指示・立会い・材料・機器等の検査・助言
E 図面・仕様書との適合性
F 請負者の支払請求の審査・承認
G 契約内容の変更に関する書類の技術的検査と承認
H 工事完成の確認・引渡しの立会い
I 他の工事との連絡・調整
を挙げています。
(注2):修繕工事の場合、模型は通常作成しません。
8. 公共工事における入札方式
公共工事における入札方式の種類を下記に示します。
入札方式 | 説 明 |
一般競争入札 | だれでも入札に参加できる |
制限付一般競争入札 | 一定の資格要件を満たした者に限り、入札に参加できる |
指名競争入札 | 発注者から指名された者だけが入札に参加できる
|
随意契約 | 災害等の例外措置で特定の単独業者に特命発注する |
技術提案型総合評価方式 | ( この中でも各種の方式がある ) |
設計・施工一括発注方式 | ( 責任施工方式と同じ ) |
(関係法令)
「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」 ( 平成12年11月27日法律第127号 )
「公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針」(平成23年8月9日閣議決定)
(法の趣旨と要点)
各省各庁の長等は、公共工事の目的物である社会資本等が確実に効用を発揮するよう公共工事の品質を確保すること、
限られた財源を効率的に活用し適正な価格で公共工事を実施すること、受注者の選定等適正な手続により公共工事を実施すること
を責務として負っており、こうした責務を的確に果たしていくためには、価格と品質で総合的に優れた調達が公正・透明で競争性の高い方式により実現されるよう、
各省各庁の長等が一体となって入札及び契約の適正化に取り組むことが不可欠である。
不良・不適格業者とは、一般的に、技術力、施工能力を全く有しないいわゆるペーパーカンパニー、経営を暴力団が支配している企業、
対象工事の規模や必要とされる技術力からみて適切な施工が行い得ない企業、
過大受注により適切な施工が行えない企業、
建設業法その他工事に関する諸法令(社会保険・労働保険に関する法令を含む。)を遵守しない企業等を指すものである。
適正な施工への懸念がある建設業者を適切に排除することなどにより、制度の実効を確保するものとする。
低入札価格調査の基準価格を下回る価格を提示した業者に対する調査項目
イ 当該入札価格で入札した理由は何か
ロ 当該入札価格で対象となる公共工事の適切な施工が可能か
ハ 設計図書で定めている仕様及び数量となっていること、
契約内容に適合した履行の確保の観点から、
資材単価、労務単価、下請代金の設定が不適切なものでないこと、
安全対策が十分であること等見積書又は内訳書の内容に問題はないか
ニ 手持工事の状況等からみて技術者が適正に配置されることとなるか
ホ 手持資材の状況、手持機械の状況等は適切か
ヘ 労働者の確保計画及び配置予定は適切か
ト 建設副産物の搬出予定は適切か
チ 過去に施工した公共工事は適切に行われたか、
特に、過去にも低入札価格調査基準価格を下回る価格で受注した工事がある場合、当該工事が適切に施工されたか
リ 経営状況、信用状況に問題はないか
また、各省各庁の長等は、低入札価格調査の基準価格を下回る価格により落札した者と契約を締結したときは、重点的な監督・検査等により適正な施工の確保を図るとともに、 下請業者へのしわ寄せ、労働条件の悪化、工事の安全性の低下等の防止の観点から建設業許可行政庁が行う下請 企業を含めた建設業者への立入調査との連携を図るものとする。
さらに、適正な施工への懸念が認められる場合等には、配置技術者の増員の義務付け、履行保証割合の引き上 げ等の措置を積極的に進めるものとする。これらの低入札価格調査制度については、調査基準価格 の設定、調査の内容、監督及び検査の強化等の手続の流れやその具体的内容についての要領をあらかじめ作成し、こ れを公表するとともに、低入札価格調査を実施した工事に係る調査結果の概要を原則として公表するなど、透明性、 公正性の確保に努めるものとする。
9. 問題事例と成功事例
問題事例
「改修業界の悪しき慣習が拡大」
「不利益を被らないために」(PDF 443KB)
成功事例
「聞かせてください。あなたのマンションの大規模修繕」
「コンサルタント選び、工事の結果」(PDF 360KB)