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9.組合員名簿 を含む組合保管文書 の閲覧請求(U)

大阪高裁 平成28年12月9日判決 概要

事件番号:平成28(ネ)1420
事件名:情報開示等請求控訴・同附帯控訴事件
裁判年月日:平成28年12月9日
裁判所名・部:大阪高等裁判所  第6民事部
原審裁判所名:大阪地方裁判所

判示事項の要旨:
 権利能力なき社団たるマンション管理組合とその構成員たる各区分所有者との間のマンション管理に関する法律関係に対し, 委任契約に関する民法645条(受任者の報告義務に関する規定)の類推適用が相当とされた事例。
 上記の場合において,各区分所有者は, マンション管理規約に明文の定めがない場合であっても,民法645条に基づき,管理組合に対し, 管理組合がマンション管理業務について保管している文書 (会計帳簿の裏付けとなる原資料等)の閲覧及び閲覧の際の当該文書の写真撮影を請求する権利を有するとされた事例。


本事件は、管理組合が保管する文書について、組合員が管理組合(理事会)に開示を求めた原審では、 管理組合が保管する議事録や会計証憑等の各文書の組合員への閲覧を1回限りと制限をつけて認めた一方で、 文書の写真撮影及び組合員名簿の閲覧については認めなかった事を不服として控訴した事件です。

控訴審の判決では、原判決を変更し、控訴人の主張を認め、 組合員名簿を含む請求文書のすべての閲覧及び写真撮影を認容しました。

争点
  (1) 議事録等の閲覧及び閲覧の際の写真撮影を求める権利があるか
  (2) 組合員名簿の閲覧を求める権利があるか
  (3) 閲覧請求権の濫用を理由に組合員名簿の閲覧を拒絶し得るか。


 

判 決 主 文

1 控訴人らの控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人は,控訴人らに対し,別紙1請求文書目録記載の各文書について
  閲覧及び閲覧の際の写真撮影をさせよ。

3 被控訴人は,控訴人らに対し,被控訴人の現在の組合員の氏名,その組合員が
  所有する専有部分及びその組合員の住所を記載した名簿を閲覧させよ。

4 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

5 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事 実 及 び 理 由

 第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人らの控訴の趣旨
  主文1項ないし3項と同旨。

2 被控訴人の附帯控訴の趣旨
 (1) 原判決のうち被控訴人敗訴部分を取り消す。
 (2) 上記取消部分に係る控訴人らの請求を棄却する。

 第2 事案の概要

1 当事者の請求及び訴訟の経過

 (1) 本件は,マンション管理組合が保管する文書について,当該マンションの区分所有者
  が閲覧や閲覧の際の写真撮影を求める権利があるのかないのかが争われた事案であ
  り,被控訴人の組合員である控訴人らが,被控訴人に対し,
 ア 別紙1請求文書目録記載の各文書(以下「本件議事録等」という。)の閲覧及び閲覧の
   際の写真撮影
 イ 被控訴人の組合員名簿(以下「本件名簿」という。)の閲覧をさせるよう求めた。

 (2) 原審は,別紙2原判決主文認容文書目録記載の各文書を,各1回限りにおいて
  閲覧する限度で控訴人らの請求を認容し,閲覧の際に本件記事録等を写真撮影
  することを含めその余の請求を棄却した。

 (3) 控訴人らは,原判決の敗訴部分を不服として控訴を提起し,被控訴人は,原判決の
  敗訴部分を不服として附帯控訴を提起した(なお,以下の本判決では,建物の区分所
  有等に関する法律を「区分所有法」,マンションの管理の適正化の推進に関する法律
  を「適正化推進法」,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律を「一般法人法」
  といい,適正化推進法3条所定のマンションの管理の適正化に関する指針を
  「マンション管理適正化指針」という。)。

2 前提事実
  次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1の1,甲1の2,甲2,甲3.甲23,
  乙1,原審における証人Aの証言及び控訴人ら各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨
  により容易に認められる。

 (1) 被控訴人は,大阪市a区b丁目c番地d(住居表示は「c番e号」)所在のBマンション
  (以下「本件マンション」という。)の区分所有者全員で構成される区分所有法3条所定の
  団体であり,適正化推進法2条3号所定の「管理組合」であって,本件マンションの敷地
  並びに共用部分及び附属施設の管理を行っている。

  本件マンションは,昭和50年に新築された地下1階地上12階の大規模なマンションで
  あり,専有部分301戸を有する。

 (2) 控訴人Cは,平成16年10月,売買により本件マンションf号室(54.09u)の専有
  部分の持分10分の1を取得した者である(甲1の1)。f号室の残りの持分は控訴人Cの
  娘が保有している。f号室の共有者らは,控訴人Cが単独でf号室に関する区分所有者と
  しての権利を行使する旨を合意している(以下,控訴人Cのような専用部分の共有者をも
  「区分所有者」という。)。

  控訴人Dは,平成14年6月,売買により本件マンションのg号室(30.48u)の専有部分
  を取得した者である(甲1の2)。

 (3) 被控訴人は,区分所有法31条に基づき本件マンション新築時に定められ,平成12年に
  改正された規約(甲3。以下「本件規約」という。)を有し,本件規約に基づいて業務を行って
  いる。

 (4) 本件規約5条は,被控訴人が行う業務を次のとおり列挙している。
  ア 共用部分及び共用設備の維持管理,定期保守点検等
  イ 共用部分及び共用施設の諸修繕,各種保険の附保等
  ウ 管理費,管理費預り金及び組合費の出納保管
  エ 共用施設の処分,変更及び経営
  オ その他管理に必要な一切の業務

 (5) 本件規約は,組合員(本件マンションの区分所有者)に対し,上記業務遂行に必要な
   経費に充てるため,毎月26日に当月分の管理費及び組合費を被控訴人に納付する
   よう義務付けている。

 (6) 本件規約には,次のとおり,文書の閲覧に関する規定がある。これら規定は本件口頭
   弁論終結時まで変更されていない。
   41条1項「総会の議事は議事録に記録し,議長と出席した理事がこれに署名押印
    するものとする。」
   同条2項「理事長は議事録を保管するものとし,組合員の請求があった場合はこれを
    閲覧させなければならない。」
   42条1項「理事会は,総会の決議及び規約等に基づく組合業務を執行するほかに,
    理事会が必要と認める事項を決定し,これを処理する。」
   同条4項「理事会の議事については,議事録を作成しなければならない。
    尚,議事録の保管,組合員の閲覧については第41条第2項を準用する。」
   46条 「組合は,次に掲げる帳簿を保管し,組合員の請求があった時はこれを閲覧
    させなければならない。
     1.会計帳簿
     2.什器備品台帳
     3.組合員名簿」

 (7) 控訴人らは,平成26年5月26日付け及び同年6月3日付け書面により,被控訴人に
   対し,本件名簿,過去5年分の総会及び理事会の議事録,会計帳簿,工事関係見積書
   等の閲覧と複写を請求した。

   これに対し,被控訴人から対応を委任された弁護士は,同年6月12日付け書面により,
   過去5年分の会計帳簿,総会議事録,理事会議事録の閲覧には応じること,複写は認
   めないこと,本件名簿の閲覧には応じないこと等を回答した(甲23)。

 (8) 控訴人らは,平成26年6月から9月までの下記の前後9回にわたり,本件マンション
   の集会室において,被控訴人が所持する一定の文書を閲覧した
   (乙1。以下「提訴前閲覧」という。)。

   いずれの場合も,被控訴人側の立会人としてAが立ち会った。Aは,被控訴人から
   管理業務を受託した管理会社である株式会社E(以下「E社」という。
   なお,同社は平成27年4月の会社合併により「F株式会社」となった。)の従業員
   である。

   提訴前閲覧の際,少なくとも,平成21年度から平成25年度までの5年分の総会及び
   理事会の各議事録が閲覧に供された。
         記
   6月26日 午後1時から午後4時まで
   7月 4日 午後2時から午後4時30分まで
   7月14日 午後2時から午後4時まで
   7月25日 午後2時から午後4時30分まで
   8月 1日 午後2時から午後4時30分まで
   8月 8日 午後1時30分から午後4時まで
   8月22日 午後1時30分から午後4時10分まで
   8月29日 午後1時30分から午後3時50分まで
   9月12日 午後1時30分から午後4時まで

3 争点
  (1) 控訴人らが被控訴人に対し,本件議事録等の閲覧及び閲覧の際の写真撮影を
    求める権利を有するか。
  (2) 控訴人らが被控訴人に対し,本件名簿の閲覧を求める権利を有するか。
  (3) 被控訴人が,閲覧請求権の濫用を理由に控訴人らの請求を拒絶し得るか。

4 争点(1)に関する当事者の主張
 (控訴人らの主張)
 (1) マンションの管理組合は,もっぱらマンションの敷地及び共用部分の管理を行うため
   の団体であり,かつ,必要経費に充てるため各区分所有者から金銭(管理費)を徴収
   しこれを保管しているが,その金銭は各区分所有者から保管を委託された金銭にほか
   ならない。

   したがって,各区分所有者と管理組合との間には少なくとも金銭管理に関する準委任
   関係がある。そして,管理組合は,マンション管理以外の独自の事業活動を行うことは
   なく,各区分所有者との関係で,団体固有の機密情報というものをおよそ保有しても
   いないから,各区分所有者と管理組合の間では,透明性のある管理費会計が行われる
   ことこそが最重要課題である。

   したがって,各区分所有者と管理組合との間の法律関係は,区分所有法28条が
   管理者について民法の委任に関する規定を準用していることからも明らかなとおり,
   民法の委任に関する規定により規律されると解される。すなわち,個々の区分所有者と
   管理組合との間の法律関係に対しては,民法645条(受任者の報告義務を定めた規定)
   又は民法656条(受任者の保管物引渡義務を定めた規定)が準用される。

 (2) そうすると,区分所有法や本件規約に明示的な定めがあると否とにかかわらず,
   被控訴人は,控訴人らに対し,本件マンションの管理に関して被控訴人が保管する一
   切の文書を閲覧させる義務を負い,控訴人らは本件議事録等の閲覧請求権を有する。

   閲覧させる義務の根拠が上記のとおりである以上,控訴人らは,議事録や会計帳簿
   だけではなく,別紙1の3記載の会計帳簿の裏付けとなる原資料(以下,単に
   「裏付資料」という。)の閲覧請求権をも有することが明らかである。

 (3) 原判決は,区分所有法が明示的な規定を置いていない文書について,管理組合が
   各区分所有者に閲覧させるかどうかは,団体の自治に委ねられていると理解した上
   で,裏付資料の閲覧請求権を否定した。

   しかしながら,一般法人法121条,会社法433条により,社団構成員(又は株主)
   は会計帳簿及びこれに関する資料の閲覧請求権を有するとされているのであり,
   原判決の判断は,我が国の現行法秩序と整合していない。

   区分所有法に規定がないとの一事から,区分所有者の管理組合に対する裏付資料の
   閲覧請求権を否定する原判決の判断は不当である。

   抽象的な記載があるだけの会計帳簿からは管理費の支出の適否を知ることができない
   のであるから,裏付資料の閲覧請求権を認めるのでなければ,管理組合の適正な運営
   も担保されないのであり,管理組合が,各区分所有者との関係で,団体固有の機密情
   報など保有していないのであるから,裏付資料の閲覧請求権を否定する理由は何もな
   いのである。

   団体自治の名の下に閲覧請求権を著しく制限する原判決の説示に従えば,規約が
   裏付資料の閲覧に関する規定を置かない限り,管理組合は裏付資料を秘匿すること
   が可能となるが,これが管理組合の適正な運営を阻害し,不当な結果を招くことは
   明らかである。

 (4) なお,裏付資料を含めた管理組合保管文書の閲覧請求が認められる根拠が,
   管理組合の適正な運営を担保するためであること,写真撮影は作業内容が閲覧と
   異ならないこと,写真撮影をさせても被控訴人の費用負担の問題が生じないこと
   に照らせば,閲覧の際の写真撮影も「閲覧」に含まれると解釈すべきである。

(被控訴人の反論)
 (1) 区分所有法30条1項は「建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する
   区分所有者相互間の事項は、この法律に定めるもののほか、規約で定めることができる。
   」と規定する。この規定は,マンション管理組合の規約が強制力を有する根拠であり,
   区分所有者と管理組合の関係は,マンションの憲法とも言い得る規約によって規律される。

   したがって,いかなる文書について個々の区分所有者に閲覧請求権を付与するかどうか
   は,原判決説示のとおり,団体自治に委ねられる。本件規約は団体自治を具体化したもの
   であるから,本件規約が定めていない文書について個々の区分所有者が被控訴人に対し
   閲覧請求権を有するわけではない。被控訴人は,総会議事録,理事会議事録,会計帳簿,
   什器備品台帳以外の文書について,控訴人らに閲覧させる義務を負うものではない。

 (2) 控訴人らは,民法の委任に関する規定を根拠として,控訴人らが本件議事録等の閲覧
   請求権を根拠付けようとするが,民法の委任契約に関する規定は,基本的に「一対一」
   の法律関係を前提とする規定であるのに対し,区分所有者と管理組合の間の法律関係は,
   団体契約の範疇に属する関係であり,そこに民法の委任に関する規定を適用することは,
   団体の根本規範を定めるという規約の性質を侵害することになり,相当ではない。

   例えば,管理費の保管に関する控訴人らと被控訴人との関係が委任契約であるとした
   場合,委任終了の場合の預託金返還債権が問題となるが,控訴人らが本件マンションの
   区分所有者でなくなった場合でも,管理費に関する預託金返還債権が発生しないことは
   明らかである。

   本件マンションの個々の区分所有者と被控訴人との間には委任契約に類似する
   法律関係は存在せず,そのような法律関係に委任に関する規定を準用しようとする
   控訴人らの主張は失当である。

 (3) 文書の写真撮影は文書の謄写である。そして,本件規約は,文書の閲覧を認めるが
   謄写を認めていないから,控訴人らによる本件議事録等の写真撮影は認められない。

5 争点(2)に関する当事者の主張
 (被控訴人の主張)

 (1) 本件名簿には,被控訴人以外の第三者への開示が望まれない個人情報が記載されて
   おり,被控訴人は,個人情報を取り扱う者として,プライバシー保護の観点から,
   本件名簿記載の情報をみだりに開示しない義務を負う。
   したがって,本件規約のうち,組合員による本件名簿の閲覧請求権を認めた規定は
   無効と解される。

   被控訴人の平成27年3月30日の総会において,本件名簿の閲覧を禁止する旨の
   決議がされたことも,上記解釈の妥当性を裏付けるものである。

 (2) 仮に上記規定が無効といえないとしても,本件名簿が個人情報を含むことに照らせば,
   正当な理由を伴うものでない限り,被控訴人は,本件名簿の閲覧請求を拒絶できると
   解すべきである。

   控訴人らは,本件名簿の閲覧を求める目的について,各組合員に対し書類を送付
   することであるというが,その目的であれば,不動産登記記録の調査や戸別訪問
   によって組合員の氏名住所を調査して郵便物を送付したり,郵便受けに文書を
   投函するなどの方法によって達成することができるから,控訴人ら主張の目的は,
   本件名簿の閲覧を求める正当な理由とはならない。

(控訴人らの反論)
 (1) 被控訴人の組合員の住所氏名や連絡先は,被控訴人という団体の成り立ちを知る
   ための最も基本的な情報でありながら,不動産登記記録からは必ずしも明らかに
   ならない情報であるから,これを知るためには本件名簿の閲覧によるしかない。

   社員名簿に関する一般法人法32条,株主名簿に関する会社法125条が,個々の
   社員や株主による閲覧請求権を認めていることからも明らかなとおり,合理的な
   理由に基づく本件名簿の閲覧請求は,組合員のプライバシーに優越する。

 (2) なお,区分所有法34条3項及び4項は,少数組合員が総会を招集する場合が
   あることを定めているが,本件名簿の閲覧ができなければ,上記規定に基づく
   招集が困難となるのであって,本件名簿の閲覧請求権を全面的に否定しようと
   する被控訴人の主張は,上記の区分所有法の規定とも矛盾するのであって,
   容認できるものではない。

6 争点(3)に関する当事者の主張
 (被控訴人の主張)
 (1) 被控訴人保管文書であっても,正当な理由があれば,閲覧を拒否することが
   できると解される(区分所有法33条2項,42条参照)。

 (2) 控訴人らは,提訴前閲覧において,控訴人らを含む多人数で,合計22時間
   30分もの長時間にわたり十分な時間をかけて議事録や総勘定元帳を閲覧
   しているし,提訴前閲覧の際,Aから制止されたにもかかわらず,一部の
   文書ではあるが,規約で認められていない写真撮影まで行った。

   このような経緯がありながら,さらに本件議事録等を無制限に閲覧・写真撮影
   しようとする控訴人らの本件請求は,被控訴人の本件マンション管理業務に
   著しく悪影響を及ぼし,被控訴人の業務遂行を阻害するものであって,権利
   を濫用して行うものであるから,被控訴人には本件請求を拒否する正当な理由
   がある。

(控訴人らの反論)
   提訴前閲覧の際に閲覧に供された文書は,過去5年分の総会議事録と理事会
   議事録,平成26年7月4日に閲覧に供された預金通帳のみであり,控訴人
   らが本件訴訟において開示を求める会計帳簿や裏付資料は一度も閲覧に供さ
   れていない。一度も閲覧の機会を与えられていない文書の閲覧請求を被控訴
   人が拒否する「正当な理由」などない。

第3 当裁判所の判断

 1 被控訴人の社団性について

 (1) 前提事実に加え,証拠(甲3,甲5,甲25)及び弁論の全趣旨によれば,
   次の事実が認められる。

  ア 被控訴人は,本件マンションの区分所有者を構成員とし,組織としての
   意思決定の方法,組織運営及び業務執行に関する根本規範(本件規約)を
   有し,構成員の変動にかかわりなく団体としての同一性を保ちつつ,根本
   規範に従って,少なくとも年1回は総会を開催し,予算を決定したり決算
   を承認し,構成員から費用を徴収し,対外的に必要な契約を締結するなど
   して活動している。

  イ 被控訴人がマンション共用部分や共用施設の維持管理のために行う修繕
   工事は,平成21年1月1日から平成25年12月31日までの5年間で
   120件を超え,そのため支出した工事代金は2000万円を超える。

  ウ 被控訴人は,平成25年の年間収入が4602万円,年間支出が3857万円,
   同年末時点での管理費会計の繰越金が1億2356万円,積立金が2億6204万円
   という経済規模の団体である(金額はいずれも1万円未満の端数を切捨て)。
   年間収入の大半は,区分所有者から支払われる管理費,敷地(駐車場区画)の
   使用料である。

 (2) 上記認定の事実関係に照らせば,被控訴人は,社団(いわゆる権利能力な
   き社団を指す。以下も同じ。)としての実質を有し,構成員である区分所有者
   とは独立した社会的存在として活動する団体であるということができる。

 (3) 被控訴人が社団である以上,個々の組合員との関係で被控訴人保管文書を
   閲覧謄写に供する義務を負う場合,その義務の履行主体は被控訴人自身である。

   なお,被控訴人が社団と認められるので,理事長に対し議事録を組合員に
   閲覧させるよう定める本件規約41条2項及び42条4項は,理事長に対し,
   被控訴人の業務執行機関として閲覧させる義務を履行するよう定めているも
   のと理解すべきことになる。

 2 委任に関する民法の規定の類推適用の可否について

 (1) マンション管理組合と区分所有者の間の法律関係
   部落や自治会等の社団がその管理する公民館を保有しているような場合と
   は異なり,被控訴人は社団ではあるものの,自身が管理する本件マンション
   の敷地と共用部分を保有しているわけではない。それらは,組合員が保有(共
   有)する財産である。また,被控訴人は,独自の事業経営により管理費用を
   捻出しているわけではなく,区分所有者が拠出する金銭や敷地(駐車場区画)
   使用料を必要経費に充てているのである。法的にみれば,被控訴人は,他人
   の費用負担の下に,当該他人の財産を管理する団体である。

   そうすると,被控訴人と組合員との間には,前者を敷地及び共用部分の管
   理に関する受任者とし,後者をその委任者とする準委任契約が締結された場
   合と類似の法律関係,すなわち,民法の委任に関する規定を類推適用すべき
   実質があるということができる。

   そこで,被控訴人保管文書の閲覧謄写の根拠となり得る民法645条の規
   定を,被控訴人と控訴人との間に類推適用することが,マンション管理を巡
   る法律関係に妥当するのかどうかについて検討する。

 (2) 適正化推進法の規定及びマンション管理適正化指針
   適正化推進法は,現代社会の住環境を考える上でマンションの重要性が増
   大していることから立法され,平成13年8月1日から施行された。

   適正化推進法3条所定のマンション管理適正化指針(平成28年3月14
   日国土交通省告示第490号による改訂後の平成13年8月1日国土交通省
   告示第1288号。その内容は公知の事実である。)は,管理組合と個々の区
   分所有者との間の法律関係を直接的に規律するものではないものの,両者間
   の法律関係のあり方を検討する上で当然に考慮しなければならないものであ
   り,その実効性を損なうような法令の解釈適用は避ける必要がある。

   マンション管理適正化指針は,「管理組合は,マンションの区分所有者等
   の意見が十分に反映されるよう…適正な運営を行うことが重要である」とし
   (指針一の1),区分所有者も「管理組合の一員として…管理組合の運営に
   関心を持ち,積極的に参加する等,その役割を適切に果たすよう努める必要
   がある」とし(指針一の2),さらに「管理組合の運営は,情報の開示,運
   営の透明化等,開かれた民主的なものとする必要がある」とし(指針二の1),
   「管理組合の管理者等は,必要な帳票類を作成してこれを保管するとともに,
   マンションの区分所有者等の請求があった時は,これを速やかに開示するこ
   とにより,経理の透明性を確保する必要がある」とする(指針二の4)。

   マンション管理適正化指針二の4にいう「帳票類」とは帳簿と伝票類を意
   味する会計用語であり,本件の裏付資料は,ここでいう「帳票類」の中に含
   まれる。

   管理組合の区分所有者に対する情報開示義務に関し,法令の解釈適用をす
   るに当たっては,このように,適正化推進法が施行されて長年が経過し,上
   記のような内容のマンション管理適正化指針が公表されているという経過を
   踏まえて行うべきである。

 (3) 一般社団法の規定
   次に,社団の内部関係に対しては,社団法人に関する法律の規定が類推適
   用されるというのが法律学の通説であるところ,平成20年12月1日に施
   行された一般法人法は,社員が法人に対し,社員名簿(32条2項),理事
   会議事録(97条2項),計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書
   (129条3項)の閲覧又は謄写(あるいは写しの交付)を求める権利を有
   する旨を規定し,さらに,総議決権の10分の1以上を有する社員が法人に
   対し,会計帳簿又はこれに関する資料(121条1項)の閲覧又は謄写を求
   める権利を有する旨を規定している(なお,一般法人法32条3項,121
   条2項は,社員共同の利益や法人の利益を保護する観点から,一定の場合に
   は閲覧謄写を拒絶できる旨をも規定している。)。

   上記の「会計帳簿又はこれに関する資料」(会社法433条にも同一の用
   語が用いられている。)のうち「会計帳簿」とは日記帳,仕訳帳,総勘定元帳,
   各種補助簿を意味し,「これに関する資料」とは,伝票,受取証,契約書,
   信書等の原資料を意味する。本件の裏付資料は,ここでいう「これに関する
   資料」に含まれる。

   一般法人法が上記のとおりの情報開示を保障しているのに,社団である管
   理組合にあっては同様の保障が及ばないと考える合理的な根拠は見出し難い。

 (4) 民法645条の類推適用
   上記(1)ないし(3)のとおり,管理組合と組合員との間の法律関係が準委任
   の実質を有することに加え,マンション管理適正化指針が管理組合の運営の
   透明化を求めていること,一般法人法が法人の社員に対する広範な情報開示
   義務を定めていることを視野に入れるならば,管理組合と組合員との間の法
   律関係には,これを排除すべき特段の理由のない限り,民法645条の規定
   が類推適用されると解するのが相当である。

   したがって,管理組合は,個々の組合員からの求めがあれば,その者に対
   する当該マンション管理業務の遂行状況に関する報告義務の履行として,業
   務時間内において,その保管する総会議事録,理事会議事録,会計帳簿及び
   裏付資料並びに什器備品台帳を,その保管場所又は適切な場所において,閲
   覧に供する義務を負う。

   次に,民法645条の報告義務の履行として,謄写又は写しの交付をどの
   範囲で認めることができるかについて問題となるところであるが,少なくと
   も,閲覧対象文書を閲覧するに当たり,閲覧を求めた組合員が閲覧対象文書
   の写真撮影を行うことに特段の支障があるとは考えられず,管理組合は,上
   記報告義務の履行として,写真撮影を許容する義務を負うと解される。

   なお,管理組合は,通常,当該マンション管理業務以外に独自の事業を行
   うわけではないから,各区分所有者との関係で,会計帳簿及び裏付資料に関
   する何らかの機密情報を有するとも考えられず,一般法人法121条1項の
   ような「議決権の10分の1」といった閲覧謄写の制限をする必要は見あた
   らない。

 3 争点(1) (控訴人らが被控訴人に対し,本件議事録等の閲覧及び
        閲覧の際の写真撮影を求める権利を有するか)について

 (1) 本件規約の内容と前記2の説示から明らかなとおり,控訴人らは,被控訴
   人に対し,
   ア 本件規約に基づき,総会及び理事会の議事録,会計帳簿並びに什器備品
     台帳の閲覧を,
   イ 民法645条に基づき,裏付資料の閲覧を,
   ウ 民法645条に基づき,本件議事録等の全部について閲覧の際の写真撮
     影を,
   それぞれ請求することができる。本件議事録等に関する控訴人らの請求は理
   由がある。

 (2) 被控訴人は,区分所有者と管理組合の関係はもっぱら規約によって規律さ
   れ,控訴人らは本件規約が定める以上の権利を有しないと主張する。被控訴
   人の主張は,被控訴人の個々の組合員に対する情報開示のあり方は,もっぱ
   ら団体自治によって定めれば足りるとの考え方に立つものである(原判決も
   この考え方を採用したものと解される)。

   上記考え方に従うならば,本件規約は裏付資料の閲覧に関する規定を置い
   ていないから,例えば,個々の組合員が修繕工事代金の決め方や工事業者の
   選定の仕方に疑問を感じた場合であっても,その疑問を確かめたり,その改
   善を被控訴人に促したりすることが困難とならざるをえない。

   しかし,そのような結果は,マンション管理適正化指針によって具体化さ
   れた適正化推進法の法意に適合しない。マンション管理に関する現在の法状
   況に照らすと,少なくとも,規約によって定められた情報開示に関する手段
   以外の情報開示をあえて禁止しなければならない具体的な必要性がある場合
   はともかく(後記5参照),そのような必要性が認められない場合において,
   上記(1)に係る情報開示を拒絶することは許されない。

   したがって,被控訴人の上記主張は採用しない。

 4 争点(2) (控訴人らが被控訴人に対し,本件名簿の閲覧を求める
         権利を有するか)について

 

 (1) 控訴人らが被控訴人に対し,本件名簿の閲覧を求める権利を有することは,
   本件規約46条から明らかである。

 (2) 被控訴人は,個人情報保護の観点から,本件規約46条が無効であると主
   張する。

   しかし,国土交通省が定めた標準管理規約64条は,個々の区分所有者に
   対し組合員名簿の閲覧請求権を認めている(この事実は公知の事実である。
   なお,標準管理規約は,適正化推進法施行後は,同法5条に基づく国からの
   情報提供として公表されているものと位置づけられるものである。)。

   のみならず,一般法人法32条は,一般社団法人の個々の社員に対し社員
   名簿の閲覧謄写請求権を認め,会社法125条は,株式会社の個々の株主に
   対し株主名簿の閲覧謄写請求権を認めている。一般法人法と会社法は,いず
   れも個人情報の保護に関する法律が平成15年5月30日に施行された後に
   立法され施行された法律であるが,これら法律は,個人情報保護の観点から,
   人的団体の構成員が他の構成員が誰であるかを知る権利を制限しようとはし
   ていない。

   さらに,区分所有法34条3項及び4項は,少数組合員が総会を招集する
   場合があることを定めているが,少数組合員が組合員名簿を閲覧できなけれ
   ば上記規定の実効性を確保することができないおそれがある。

   したがって,個人情報保護の観点から本件規約46条を無効と解すべきで
   はない。

 (3) 被控訴人は,本件名簿の閲覧を求めなくても控訴人らに支障がない(代替
   手段がある)ということから,控訴人らの本件名簿の閲覧請求に正当な理由
   がないと主張する。

   しかし,上記(1)のとおり,規約上認められた権利であるにもかかわらず,
   代替手段があるからという理由で,これを拒否することはできない。

   しかも,原審における控訴人ら本人尋問の結果によれば,控訴人らは,被
   控訴人の運営が不透明であるため,臨時総会を招集する賛同者を得ようと考
   え,他の組合員の住所を知る目的で本件マンションのすべての専有部分の登
   記記録を取り寄せた事実,ところが登記記録上の住所に郵便物を送付する方
   法では全体の約2割の組合員と連絡がとれなかった事実,そのため,本件規
   約に基づき被控訴人が作成保管しているはずの本件名簿の閲覧を求めている
   事実が認められる。

   上記認定事実に照らせば,控訴人らの本件名簿の閲覧請求は正当な理由が
   あり,被控訴人が控訴人らの閲覧請求を拒絶できるとは解されない。被控訴
   人の上記主張は採用しない。

 5 争点(3) (被控訴人が,閲覧請求権の濫用を理由に控訴人らの
         請求を拒絶し得るか)について

 (1) 一般法人法32条3項は,社団法人が社員に対する情報開示を拒絶できる
   場合を定めており(会社法433条2項にも同様の規定がある。),

   この規定は,本件規約又は民法645条に基づく閲覧謄写請求権の行使に
   ついても考慮すべき内容である。したがって,控訴人らの本件請求が一般
   法人法32条3項所定のような不適切なものと認められる場合には,
   被控訴人は情報開示を拒絶できるものと解するのが相当である。

   そこで,本件請求が上記のような不適切なものかどうかについて検討する。

 (2) 本件提訴に至る経緯等
   証拠(甲3,5,11〜15,21〜27,乙1,原審における証人Aの
   証言,控訴人ら各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が
   認められる。

   ア 控訴人Cは,本件マンションf号室以外にも,収益物件としての不動産
     を所有しており,他のマンション管理組合の理事長を務めたことがあり,
     本件マンションの役員(理事)を務めたこともある。
     控訴人Dは,会社経営者であり,収益物件として本件マンションg号室
     を所有している。

   イ Gは,消防設備や建築設備の施工・保守管理等を業とする株式会社H(以
     下「H社」という。)の代表者であり,被控訴人の理事長を長らく務めてい
     た。

   ウ 本件マンションの管理業務は,平成20年5月以降,マンション管理業
     務の請負等を業とするE社に外注されており,E社は,本件マンションの
     管理業務の全般に関わっていた。
     H社は,しばしば管理組合から直接本件マンションの修繕工事を請け負
     っていたほか,E社からは本件マンションの防火関係設備の保守管理業務
     を下請していた。

   エ 被控訴人の理事長であるGがH社の代表者であり,そのH社が本件マン
     ションに関する工事や業務を請け負っていることは,被控訴人の組合員に
     広く知られていることではなかったが,控訴人Dは,平成26年3月31
     日の定期総会の少し前に,ある組合員から,噂として,「G理事長が,管
     理組合の業務を,自らが代表者を務める会社に不正な価格で発注している」
     との話を聞いた。

   オ 平成26年3月31日に定期総会が開催され,平成26年度の役員選任
     の件が第4号議案として提出された。被控訴人の役員構成は規約上12名
     であったが(本件規約26条),同日時点では8名しかいなかった。

     上記総会では,従前の役員8名のほかに控訴人D,I及びJの3名が立
     候補した。立候補した3名は,11名全員の役員選任が異議無く承認され
     たと認識していたが,その後間もなく,従前の役員らは控訴人Dら3名の
     役員就任を認めないという姿勢を明らかにし,上記3名の役員選任はなか
     ったことにされ,議事録(甲5の平成25年度定期総会議案集)には,従
     前の役員8名が留任した事実だけが記載され(甲5の34頁),上記3名
     が立候補し選任された事実は記載がされなかった(甲11〜15)。

     被控訴人の理事会は,年間10回ほど開催されているが,控訴人Dら3
     名が平成26年4月以降の理事会に呼ばれることはなかった。

   カ ところで,上記総会では,平成26年度の事業計画として,積立金会計
     で8400万円の予算を組み,大規模な雑排水管更新工事を行うことが承
     認された。

     その後,理事会から同工事に関する情報提供が何もなかったのに,平成
     26年6月になって唐突に,既に同工事を受注したという業者による工事
     説明会が行われた。控訴人らやIは,同工事が予算8400万円もの大型
     工事であるにもかかわらず,理事会が業者選定経過を何も説明しないこと
     を不審に思った。

   キ その後,提訴前閲覧が行われたが,裏付資料が全面的に閲覧に供される
     ことはなかった。控訴人らやIは,立ち会っていたAに対し,8400万
     円の雑排水管更新工事に関する資料を開示するよう求めたが,同工事に関
     する資料は何も開示されなかった。

     なお,Aは,開示した議事録等をデジタルカメラやスマートフォンで写
     真撮影することは認められていないとし,文書の写真撮影を制止していた。

     控訴人らはいくつかの資料を写真撮影したが(甲21,22),開示され
     た資料全部を写真撮影することはできなかった。

   ク 控訴人らは,平成26年10月17日,本件訴訟を提起した。

 (3) 上記の認定事実に照らせば,控訴人らが,役員人事や修繕工事の発注の面
    で被控訴人の運営に不信感を抱いたことには相応の理由があるといわなけれ
    ばならず,しかも,被控訴人は,8400万円の雑排水管更新工事に関する
    資料については開示を明示的に拒絶し,その他の裏付資料についてもこれを
    全面的に開示しようとしないのであるから,本件議事録等をさらに仔細に検
    討する必要があるとの前提で控訴人らが本件請求をしているのは,何ら不適
    切なものではない。

    本件請求が権利の濫用であるとする被控訴人の主張は採用できない。

 6 結論

  以上の次第で,控訴人らの請求は全部理由があるから,控訴人らの控訴に基
  づき,原判決のうち控訴人ら敗訴部分を取り消し,取消部分に係る請求を認容
  し,被控訴人の附帯控訴を棄却すべきである。

  よって,上記のとおりの判断を示す趣旨で,原判決を変更することとし,主
  文のとおり判決する。

  大阪高等裁判所第6民事部
     裁判長裁判官 山 田 陽 三
     裁判官 橋 詰 均
     裁判官 細 川 二 朗


(別紙1)
請 求 文 書 目 録
1 総会議事録
 (1) 平成21年度,平成22年度,平成23年度,平成24年度及び平成25
   年度の各定期総会の議事録
 (2) 平成27年3月30日に開催された平成27年度定期総会の議事録
 (3) 平成27年2月16日に開催された臨時総会の議事録
2 理事会議事録
  平成21年度から平成26年度までの間に開催された被控訴人の理事会の議
  事録
3 会計帳簿及び裏付資料
  平成21年度から平成26年度までの間の被控訴人の会計帳簿(元帳,仕訳
  帳,月次報告書)及び会計帳簿の裏付けとなる原資料(領収書,請求書,見積
  書,工事の発注書,受注書,作業報告書,完了報告書,契約書等の会計関係書
  類一切)
4 什器備品台帳
  平成21年度から平成26年度までの間の被控訴人の什器備品台帳
以 上


(別紙2)
原判決主文認容文書目録
 1 被控訴人の下記の各総会の議事録
  平成21年度,平成22年度,平成23年度,平成24年度及び平成25年
   度の各定期総会
  平成27年3月30日に開催された総会
  同年2月16日に開催された臨時総会
 2 平成21年度から平成26年度までの間に開催された被控訴人の理事会の議
   事録
 3 平成21年度から平成26年度までの間の被控訴人の会計帳簿
 4 平成21年度から平成26年度までの間の被控訴人の什器備品を記載した台
   帳
 5 被控訴人の現在の組合員の氏名,その組合員が本件建物内に所有する区分所
   有建物及びその組合員の住所を記載した名簿
以 上

平成28年12月9日 大阪高等裁判所(平成28(ネ)1420) 判決 −完ー


7.(参考) 閲覧謄写を拒絶できる理由

判決の「第3 当裁判所の判断」ー「2 委任に関する民法の規定の類推適用の可否について」
ー 「(3) 一般社団法の規定」 の中で、「一般法人法32条3項」について 「社員共同の利益や法人の利益を保護する観点から,一定の場合には閲覧謄写を拒絶できる旨をも規定している。」 と述べている部分について、参考までに下記に挙げておきます。

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第二款「社員名簿等」規定
 社員名簿の作成義務規定 (第31条)
 社員名簿の備え置き規定 (第32条第1項)
 社員名簿の閲覧規定    (第32条第2項)
 社員名簿の閲覧拒絶規定 (第32条第3項) ー詳細は下記ー

一般社団法人法32条3項に規定の「閲覧謄写を拒絶できる理由」
 1. 権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき
 2. 法人の業務の遂行を妨げ、又は社員の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき
 3. 法人の業務と実質的に競争関係にある業務に従事しているとき
 4. 閲覧によって知りえた事実を利益を得て第三者に通報するため請求を行ったとき
 5. 過去2年以内に4のような通報を行ったことがあるとき

8.(参考)判例が分かれる閲覧謄写請求権

 「司法判例リマークス誌」57号(2018(下))30〜33頁にて、西内康人(京都大学准教授・執筆当時)氏が、 本判決について解説しています。「権利能力なき社団たるマンション管理組合と各区分所有者との関係についての 民法645条の類推適用」」

このなかで、構成員から権利能力なき社団に対する会計帳簿等の閲覧請求権・謄写請求権が認められるか否かについて、 平成に入ってからの判例を挙げています。

肯定例
@ 東京高判  ・平6.3,23(判タ870号267頁(檀信徒協会)
A 名古屋地判・平11.1,18(判タ1026号286頁(PTA)
B 東京地判  ・平11.4.26(判時1691号82頁)
C 東京地判  ・平11.6.10(マンション管理組合)

否定例
D 浦和地判  ・平5.6.25(判タ842号199頁(@の第一審)
E 名古屋高判・平11.9,30(Aの控訴審)
F 東京高判  ・平12.11.30(判時1737号38頁)(Cの控訴審)
G 東京地判  ・平14.9.26(判タ1156号148頁)(「交通遺児を励ます会」)
H 東京高判  ・平23.9.15(マンション管理組合)
 否定例の特徴として、民法改正前の社団法人や特定非営利法人で閲覧謄写請求権を認める規定がないこと(E)、 規約上明示的に閲覧謄写請求権を否定していること(H)、役員が無報酬であること(F)など、さまざまな要素が考慮されていた。 また、謄写請求権については、閲覧とは違った費用負担が生じることが協調されていた ・・・として紹介しています。


9.2023年6月8日の法制審議会「中間試案」の問題点 
  (第三者管理方式を推進する法制審議会)

本裁判は、権利能力なき社団たるマンション管理組合と各区分所有者との間に、 委任に関する民法645条が類推適用されるとした判決です。

一方で、国交省と管理業団体は、管理組合の意思決定を含めた運営全般を丸ごと管理業者に委託する 第三者管理方式を進めており、区分所有法の見直しに向けた法制審議会が発足しました。
詳細は、「令和4年(2022年)9月12日・区分所有法の見直し・法制審議会へ諮問」 を参照。

第三者(管理者)管理方式のネックとなるのが、双方代理・利益相反の問題です。

2023年6月8日に法制審議会区分所有法制部会の第9回会議が開催され、 「区分所有法制の改正に関する中間試案(案)」が発表された中で、 区分所有者以外の第三者を管理者として選任する場合の法的解釈を下記のように説明しています。


(ア) 区分所有法上、管理者が区分所有者であるか第三者であるかを問わず、 管理者は、区分所有者に対して善管注意義務を負い(区分所有法第28条において準用する民法第644条)、 その義務に違反して区分所有者に損害を与えたときは損害賠償責任を負うこととされているのであり (民法第415条、第709条)、第三者が管理者となる場合に限って特別の規律を設ける根拠が必ずしも明らかでない。

(イ) マンションについては、国土交通省において、管理会社が管理者となる形の第三者管理に関する 課題につきマンション政策の観点から検討が進められており、商業ビルなどを含む民=民の法律関係を規律する 区分所有法において対応する必要性の有無について慎重な検討が必要である、といった指摘が考えられる。
                (以上、区分所有法制の改正に関する中間試案(案)P21 下段より抜粋)


[注記] 法制審議会区分所有法制部会における「管理者は、区分所有者に対して善管注意義務を負う」こと になるのであるから、区分所有者以外の第三者を管理者として選任する場合であっても、特別な対応は必要ない」 ということについての説明ですが、管理会社が管理者となる場合は業務処理の原則(信義誠実の原則)となり、 これも罰則のない訓示的な規定であると解釈されています。
.  マンション管理適正化法の限界 「マンション管理適正化法における信義誠実の原則」

下記に、当Hpの「マンション管理適正化法の限界」ー「第3章 管理会社の不公正取引事例」
   ー「8.欧米の管理業者規制法」で紹介している一部を再掲しておきます。

米国の管理業者規制法(Property Management Law-US)には、管理業者(Property Managers)
の職業上の責務(Professional Obligations)及び、フィデューシャリーデューティ(Fiduciary Duty)
の規定があります。

フィデューシャリーデューティとは、「受託者が高い倫理感で顧客の信頼に応える責任」という意味です。 日本でも最近、金融機関が顧客本位の姿勢を見せようとして、このカタカナ言葉をタイトルにつけた 経営方針を相次いで発表しています。

米国法の中でフィデューシャリーデューティとは、「顧客から受託した業務に関して、業者自身の利益 をはかること(self-gain)、利益相反行為(conflicts of interest)、顧客に損害を与える行為 (detriment of the client)をしてはいけないこと」と具体的に規定されています。

欧米の管理業者規制法は「経済犯罪を防ぐための委任契約に伴う受託責任と利益相反回避措置を 担保するしくみ」の法律体系になっています。

例えば、カナダ・オンタリオ州の管理業者規制法(Condominium Management Service Act)の施行令 (CMSA-O.Reg. 3/18)で、業者が遵守すべき公正(Fairness)、正直(Honesty)、高潔・誠実(Integrity) を具体化した倫理規定(Ethics Code)と罰則があり、次いで倫理規定違反業者への調査・訴追・裁定規定 (Discipline)がある。

Discipline(デサプリン)は、権力による他律的な規律, 統制よりも自主的な訓練や鍛錬で得た本来、 自らが自覚して持つべき自制、抑制、克己(こっき)という意味が強く、 具体的にはそれらに違反した場合の懲罰手続規定(聴聞、証拠の開示、諮問委員会への訴追)で、 裁定に不服の場合は、控訴委員会(Appeals Commities)への抗告訴訟規定まであります。
   「カナダのコンド法令体系」 コンド管理業者規制法
   実際に不誠実な管理業者にペナルティを科した判決  「判例6.不誠実な管理業者(2)」

一般的に欧米の近代行政におけるこれらの制度には、訴追機能と裁定機能を分離する「外的分離」と、 同一行政機関の中に調査・訴追担当部門と裁定部門の両方が存在すること自体は許しているが、 その代わり、審判官が調査・訴追担当部門の影響を受けずに中立性を確保するプロセスを明確化 することで審判官の独立性を保証するしくみの「内的分離」の二つの制度があるが、いずれの場合も、 行政権の第一次裁定に不服の場合は司法裁判所への抗告訴訟手続きが保証されている。

これらはわが国の独占禁止法審査制度にも共通していますが、一方、わが国のマンション管理適正 化法の行政処分では、上記のようなコンピテンシー基準(competency criteria)も、調査官・審査官 の規定もない。「処分を受けた管理業者一覧」を見ても分かる通り、 日本の管理業者懲罰規定も実質は行政による裁量権の恣意的行使と懈怠による裁量行政で、 懲罰の実効性はない。
日本の管理業者は、国の威信を頼りとした護送船団行政のもとで安泰です。

更に、処分に不服の場合は、行政事件訴訟法30条(裁量処分の取消)で司法審査への道は残されています。 日本の管理業者規制法は管理業者の処分に関しては裁量権の逸脱、濫用の回避の観点から慎重な取扱いになっています。

区分所有法の見直しに向けた法制審議会では、 管理業者の不公正取引などの絶対的正義に違反する双方代理・利益相反の問題(善管注意義務、信義誠実)には踏み込まずに、 法で定めた運営処理基準に従っていれば法的に正義とみなす手続的正義に置き換える抜け道づくりへの、 再開発業者や管理業者に有利な方向に法制度の改正が進められています。

つまり、利益相反を禁止することを実体的(substantive)な正義とするのではなく、 それを合法とする手続き的正義(procedual due process)=デュープロセス(due process of law)に置き換えられるような法律を作ること。 それが審議会の狙いです。

(2020年10月22日掲載 随時更新)