被災者支援金返還請求・最高裁判決
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被災者支援金返還請求事件   最高裁判決・令和3年6月4日

裁判の背景 (被災者生活再建支援の法制度)

○ 災害救助法(昭和22年(1947年)10月18日法律第118号)
 災害救助法は、政令で定めた災害の被災地における応急的な被災者保護を目的
とする(同法1・2条)。具体的な救助内容(同法4条1項に列記)の「被災した住宅の
応急修理(同条6号」では、半壊以上の被害を受けた住宅について、1世帯あたり
56万7千円の限度で応急修理への支援があるが、これには所得制限があり、日常
生活に必要な最小限度の部分に限られ、資金供与の形ではなく自治体が工事発注
を代行する現物給付の形をとっている。更に応急修理を行うと仮設住宅への入居は
認められない。(内閣府告示第228号「災害救助法による救助の程度、方法及び期間
並びに実費弁償の基準」)。

 災害救助法は、災害時に自治体から無償貸与される「応急仮設住宅」の法的根拠であり、
平成7年(1995年) 1月17日の阪神・淡路大震災の仮設住宅の戸当り建設費は2,867,000円、
新潟県中越地震では4,725,864円、能登半島地震では5,027,948円だった。その後も
平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災では、574万円(福島県)、664万円(宮城県).、
568万円(岩手県)と上昇した。(金額はいずれも1戸(29.7u=9坪)当たりのプレハブ建設費)

 応急仮設住宅の供与期間は原則2年だが、1年ごとに更新されて5年以上継続使用されて
いるケーズもある。だが、いずれ解体撤去される。仮設住宅にかかる費用を個人被災住宅
の修理費用にあてて、自宅を継続使用してもらったほうが経済的社会的合理性がある。

 阪神・淡路大震災では、住宅再建への支援は私有財産の形成に公費を投じることに
なるので認められないという政府見解により、義援金以外の金銭給付の国の支援は
なかったことに「住居を私権の財産的視点のみで捉え、生活的視点や社会的視点を
欠いている」との社会の批判が高まり、全国的な市民運動により、1998年(平成10年)、
第2次橋本内閣第142回通常国会で、被災者生活再建支援法が成立した。

○ 被災者生活再建支援法(平成10年(1998年)5月22日法律第66号)
 法の制定時は住宅再建資金への使用が禁じられ、金額も再建資金としては極めて
不十分であったが、1999年(平成11年)〜2020年(令和2年)の6度にわたる改正によって、
住宅再建の方法に応じて最大300万円が世帯主に支給される制度となった。
(同法第18条 支援金の額の2分の1に相当する額を国が補助する。)

 東日本大震災は、改善された被災者生活再建支援法がはじめて本格適用された災害で
あったが、現実に住宅を再建するには全く足らず、被災自治体の岩手県では独自の資金
上乗せ制度を設けるなどして不足分の手当てをしているが、それでも半壊以下の災害には
全く支援がないこと、非居住の所有者は支援の対象外であることなどの問題は残っている。

本裁判の経緯

○ 原審の仙台高裁判決
「行政が誤った認定をして被災者支援金を支給したことに、住民側に帰責性はないから、
事後的に変更するリスクは認定した行政が負うべきである。認定を取消して返還請求する
ことが許されるなら、支援金の支給を受けた者にその使用をちゅうちょさせかねないところ,
このような事態が支援法の趣旨に沿うとはいえない。支給取消を認めることはできない。」

○ 最高裁判決・破棄自判
「行政が誤った認定を行い、後日それを取り消した場合、住民は不当利得の返還義務を負う。
国への返還を認めなければ国民から徴収された税金その他の貴重な財源を害することになる。
住民は公益上 支援金に係る利益を享受することができない。支給取消決定は適法である。」

目次
 1.事件の経緯
 2.最高裁判決

1.事件の経緯

宮城県仙台市の鉄筋コンクリート造14階建て9棟のマンション群が 平成23年(2011年)3月11日東日本大震災により被災した。同年5月11日、自治体の区は、 マンション被災状況調査を行い、部位別損害割合の合計16%として一部損壊である旨、 同月27日付け罹災証明書を交付した。

区は、9棟のうちの1棟の住民からの再調査の申請により同年8月20日再調査を行った結果、 共用部分の階段底部と梁の接合部に剥離を認め、損害割合の合計が46%であり大規模半壊と認定し、 区長は、この判定に基づきこの1棟に対し同月30日付けで大規模半壊の罹災証明書を交付した。

本件マンションの世帯主らは、平成23年8月30日以降に支援金の支給を申請し、 同年12月13日までの間に各支援金(37万5000円〜150万円)の支給を受けた。

区は、9棟のマンション群のうち、本件マンション以外の残りの8棟の管理組合からの申請により、 平成23年11月13日、8棟の被害状況を再調査したが、いずれも大規模半壊に至らないと認定した。

同月22日に、あらためて本件マンションを調査したところ、梁にひび割れは存在せず、 構造耐力上の影響はほとんど見られない旨の建築士からの報告をもとに、区は、平成23年12月15日、 被災状況を再調査した結果、部位別損害割合が16%にとどまることを確認し一部損壊と認定, 本件マンションの住民を対象とする説明会を開催,平成24年2月10日付けで一部損壊の罹災証明書を交付した。

区は、平成25年(2013年)4月26日付けで、本件世帯主らに対し、大規模半壊の認定に誤りが
あることを理由として支援金支給決定を取り消す旨の決定を行い、住民に対し不当利得返還
を求めて裁判所に提訴し、一審判決は返還請求を認容し、住民が控訴した二審では行政側の
返還請求を認めず住民勝訴、次いで行政側が上告した最高裁で10年前に住民が受け取った
被災者生活再建支援金の国への返還命令が確定した。(令和3年(2021年)6月4日判決)

2.被災者生活再建支援金支給決定取消処分取消請求事件

事件番号 令和2年(行ヒ)第133号   
事件名  被災者生活再建支援金支給決定取消処分取消請求
      本訴,不当利得返還請求反訴,不当利得返還請求事件
裁判年月日 令和3年(2021年)6月4日  最高裁判所第二小法廷判決

 主 文

原判決主文第1項を破棄する。
被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由
1. 上告人は,被災者生活再建支援法(令和2年法律第69号による改正前のもの。 以下「支援法」という。)に基づき,宮城県から被災者生活再建支援金(以下「支援金」という。) の支給に関する事務の委託を受けた被災者生活再建支援法人(以下「支援法人」という。)である。

被上告人らは,上告人から支援金の支給を受けた者又はその相続人である (以下,この支給された支援金を「本件各支援金」という。)。

本件本訴は,上告人が本件各支援金の支給決定(以下「本件各支給決定」という。) を支給要件の認定の誤りを理由に取り消す旨の決定(以下「本件各取消決定」という。) をしたことから,被上告人らが,本件各支給決定を取り消すことは許されないと主張して, 上告人を相手に,本件各取消決定の取消しを求める事案である。

本件反訴は,上告人が,本件各取消決定により被上告人らが本件各支援金を保持する法律上の原因を失ったと主張して, 被上告人らに対し,本件各支援金相当額の不当利得返還を求める事案である。

2. 本件に関係する法令の定め及び原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)ア 支援法2条2号は,この法律において,「被災世帯」とは,政令で定める自然災害(同条1号) により被害を受けた世帯であって,同条2号イからニまでに掲げるものをいう旨定義している。

同号イからハまでは,居住する住宅が全壊した世帯,一定の事由により住宅を解体し, 又は解体されるに至った世帯,及び一定の事由により住宅が居住不能となり,かつ, その状態が長期にわたり継続することが見込まれる世帯を掲げている。

同号ニは,当該自然災害によりその居住する住宅が半壊し,基礎,基礎ぐい,壁, 柱等であって構造耐力上主要な部分として政令で定めるものの補修を含む大規模な補修を行わなければ当該住宅に居住することが困難であると認められる世帯 (同号ロ及びハに掲げる世帯を除く。以下「大規模半壊世帯」という。)を掲げている。

なお,宮城県の区域に係る東日本大震災は,上記政令で定める自然災害に該当する。

イ 支援法3条1項は,都道府県は,当該都道府県の区域内において被災世帯となった世帯の世帯主に対し, 当該世帯主の申請に基づき,支援金の支給を行うものとする旨規定する。

(2)ア 被災者生活再建支援法施行令4条1項(令和2年政令第341号による改正前のもの)は,支援法5条の委任を受けて, 支援金(支援法3条2項各号に定める額等に係るものを除く。)の支給の申請は,所定の日までに, 当該世帯が被災世帯であることを証する書面等を添えて,申請書を提出してしなければならない旨規定する。

本件各支給決定の当時,市町村が交付する罹災証明書は,上記書面に当たるものと扱われていた。

イ 仙台市のり災証明等取扱要領(平成16年3月25日助役決裁)は,罹災証明書は, 地震,風水害その他これらに類する災害による住家の被害について,その事実が確認できる場合に限り, その被害の程度を証明するものとして交付する旨定めていた。

ウ 内閣府(防災担当)作成の災害に係る住家の被害認定基準運用指針(平成21年6月改定後のもの)は, 市町村による住家の被害認定に係る標準的な調査及び判定の方法として,
@住家の被害の程度は,全壊,大規模半壊,半壊及び半壊に至らない(以下「一部損壊」という。)の4区分とし, 地震による被害については,部位別損害割合の合計が40%以上50%未満の場合を大規模半壊, 20%以上40%未満の場合を半壊,20%未満の場合を一部損壊とする,
A集合住宅は,原則として1棟全体で判定し,その判定結果をもって各住戸の被害として認定する,
B地震による被害の調査は,原則として外観目視調査により実施する旨定めていた。

内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(災害復旧・復興担当)は,平成23年3月31日付け事務連絡により, 東日本大震災に係る住家の被害について,認定の迅速な実施のため,より簡便な調査方法を示した。

これを受けて,仙台市は,東日本大震災に係る非木造建物の被害について, 調査時に確認すべき項目を列挙した調査票を作成した。

(3)ア 支援法4条1項は,都道府県は,支援金の支給に関する事務の全部を支援法人に委託することができる旨規定する。

イ 上告人は,支援法人の指定を受け,宮城県から上記事務の全部の委託を受けている公益財団法人である。

ウ 支援法9条2項は,都道府県は,支援法人に対し, 上記支給等に関する業務を運営するための基金に充てるために必要な資金を, 相互扶助の観点を踏まえ,世帯数その他の地域の事情を考慮して,拠出するものとする旨規定する。

支援法18条,東日本大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律5条の2第1項は, 東日本大震災については,国は,支援法人が支給する支援金の額の5分の4に相当する額を補助する旨規定する。

(4) 被上告人ら(被上告人X2,同X3,同X4,同X5及び同X6を除く。),承継前被上告人X7及び亡Aは, 東日本大震災が発生した平成23年3月11日当時,仙台市a区に所在する1棟の区分所有建物(以下「本件マンション」 という。)の専有部分に居住していた世帯の世帯主である(以下,この世帯主らを「本件世帯主ら」と総称し,その世帯を「本件各世帯」という。)。

本件マンションは,鉄筋コンクリート造14階建てであり,9棟から成るマンション群のうちの1棟である。
(5)ア a区は,本件マンションの管理組合からの申請により,平成23年5月11日, 前記調査票を用いる方法により本件マンションの被災状況を調査し, 部位別損害割合の合計が16%であり一部損壊に該当すると認定した。

a区長は,この認定に基づき,同月27日付けで,本件世帯主らを含む本件マンションの住民に対し, 東日本大震災による本件マンションの被害の程度が一部損壊である旨の罹災証明書を交付した。

イ a区は,本件マンションの住民からの再調査の申請により,平成23年8月20日, 前記調査票を用いる方法により本件マンションの被災状況を再度調査した結果(以下,この調査を「本件調査」という。), 共用部分の階段底部と梁の接合部分に剥離が認められるとして,部位別損害割合の合計が46%であり大規模半壊に該当すると認定した。

a区長は,この認定に基づき,同月30日付けで,本件世帯主らに対し, 東日本大震災による本件マンションの被害の程度が大規模半壊である旨の罹災証明書(以下「本件証明書」という。)を交付した。

(6) 本件世帯主らは,平成23年8月30日以降に,上告人に対し,本件証明書を添付して支援金の支給を申請した。

上告人は,本件世帯主らに対し,同年9月26日から同年12月13日までの間に,本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとして, 上記申請に係る本件各支援金(37万5000円〜150万円)を支給する旨の本件各支給決定をし,その後これを支給した。

(7)ア a区は,前記マンション群のうち本件マンション以外の8棟の管理組合からの申請により, 平成23年11月13日,8棟の被災状況を調査し,その被害の程度がいずれも大規模半壊に至らないと認定した。

その後,a区は,同月22日に本件マンションを調査した一級建築士から,梁にひび割れは存在せず, 本件調査で認めた剥離による構造耐力上の影響はほとんどないことが明らかである旨の報告を受けた。

イ そこで,a区は,平成23年12月15日,職権により,前記調査票を用いる方法により本件マンションの被災状況を調査した結果, 部位別損害割合の合計が16%にとどまることが確認されたため,一部損壊に該当すると認定した。

a区長は,この認定に基づき,本件マンションの住民を対象とする説明会を開催した上,平成24年2月10日付けで, 本件世帯主らに対し,東日本大震災による本件マンションの被害の程度が一部損壊である旨の罹災証明書を交付した。

(8) 上告人は,平成25年4月26日付けで,本件世帯主らに対し, 本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとの認定に誤りがあることを理由に, 本件各支給決定を取り消す旨の本件各取消決定をした。

3 原審は,上記事実関係等の下において,本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとは認められず, 本件各支給決定には違法があるとしたものの,要旨次のとおり判断し,本件各取消決定は違法であるとして, その取消しを求める本訴請求を認容するとともに,不当利得返還を求める反訴請求を棄却した。

支給要件を欠くにもかかわらず支援金を支給することは,都道府県が資金を拠出した基金の健全性に支障を生じさせ, 支援法の目的を財政面から達成することを困難にし,支給を受けた者と受けなかった者との間に不公平感を生じさせる可能性がある。

しかし,本件各支給決定を取り消した場合には,本件世帯主らは,本件各支援金を既に費消していたとしても, その返還を求められるなどの不利益を被る。

また,上告人は罹災証明書に従うことで支援金の支給に関する事務を迅速かつ効率的に処理できる利益を享受していた一方で, 本件証明書の認定の誤りにつき本件世帯主らに帰責性はないから,本件証明書の内容が事後的に変更されるリスクは上告人が負担すべきである。

そして,本件調査による被害認定を事後の専門的な調査に基づいて覆すことは, 東日本大震災を踏まえ簡便な調査方法が策定されたにもかかわらず被害認定を慎重かつ詳細に行うことを許容し, また,支援金の支給を受けた者にその使用をちゅうちょさせかねないところ,このような事態が支援法の趣旨に沿うとはいえない。

そうすると,本件各支給決定の効果を維持することの不利益がその取消しによる不利益を上回ることが明らかであるとはいえず, 本件各支給決定を放置することが著しく不当であるとはいえないから,これを取り消すことは許されない。

4. しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 支援法は,自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者に対して支援金を支給するための措置を定めることにより, その生活の再建を支援し,もって住民の生活の安定と被災地の速やかな復興に資することを目的とするものである(1条)

そして,支援金の支給要件は,支援法2条2号の定義する「被災世帯」に該当すること,すなわち, その居住する住宅が所定の自然災害により所定の程度以上の被害を受けた世帯であることのみであって(同条,支援法3条1項), 当該世帯が経済的に困窮しているか否かを問わないものとされている。

また,支援金の額も,同条2項から5項までに法定されており,支援法2条2号イからハまで所定の全壊等か同号ニ所定の大規模半壊に当たるかの別と, 一人のみの世帯か否かの別,及び居住する住宅を建設,購入,補修又は賃借する場合の定額加算により一律に定まるのであって (本件各世帯については37万5000円〜150万円と定められた。), 実際の損失額や今後の住宅の建替えや補修等に必要となる額に応じて支援金の額が決定されるものではない。

上記のような支援法の目的,内容等に照らすと,支援法は,その目的を達成するための手段として, 自然災害による被害のうち住宅に生じたものに特に着目し,その被害が大きく,所定の程度以上に達している世帯のみを対象として, その被害を慰謝する見舞金の趣旨で支援金を支給するという立法政策を採用したものと解される。

そして,支援法は,その目的を達成するため,支給要件である被災世帯に該当するか否かについての認定を迅速に行うことを求めつつ, 公平性を担保するため,その認定を的確に行うことも求めているものと解される。

(2)ア 前記事実関係等によれば,東日本大震災による本件マンションの被害の程度は客観的には一部損壊にとどまり, 本件各世帯は,東日本大震災による被害を受けているものの,支援法の規定する「被災世帯」には該当しなかったのであるから, 本件各支給決定は,本件各世帯の被災世帯該当性についての認定に誤りがあるという瑕疵を有するものといわざるを得ない。

そして,この瑕疵は,前記で説示したところによれば,支援法の規定する支援金の支給要件の根幹に関わるものというべきである。

なお,上記瑕疵が生じた原因は,本件各支給決定がされた当時, 申請に係る世帯が被災世帯に該当するか否かの認定を市町村が交付する罹災証明書に依拠して行う取扱いがされていた状況の下で, 本件マンションの被害の程度について,a区長が交付した本件証明書の認定に誤りがあったことにある。

この誤りについては,罹災証明書の交付が市町村の自治事務(地方自治法2条8項)に属すると解されることや本件の事実経過, 当時の多数の被災状況等に照らせば,上告人と本件世帯主らのいずれか一方の責めに帰すべき事由によって生じたものであるということはできない。

罹災証明書を用いて支援金の支給に関する事務を迅速かつ効率的に処理する利益という点に着目しても, この利益を上告人のみが享受しているとはいえないし,この点や本件証明書の認定に関する誤りの責任の所在等から, 本件証明書の内容が変更されるリスクを上告人が負担すべきということはできない。

イ 本件各支給決定の効果を維持することによって生ずる不利益を更に検討すると,その効果を維持した場合には, 支援金の支給に関し,東日本大震災により被害を受けた極めて多数の世帯の間において,公平性が確保されないこととなる。

このような結果を許容することは,支援金に係る制度の適正な運用ひいては当該制度それ自体に対する国民の信頼を害することとなる。

また,支援金は,都道府県の拠出金及び国の補助金が財源となっており(支援法9条2項,18条等), その全てが究極的には国民から徴収された税金その他の貴重な財源で賄われているところ,本件各支給決定の効果を維持した場合には, その財源を害することになる。

さらに,支援金の支給には迅速性が求められるところ,本件のような誤った支給決定の効果を維持するとした場合には, 今後,市町村において,自然災害による被害の認定をして罹災証明書を交付するに当たり,その認定を誤らないようにするため, 過度に慎重かつ詳細な調査,認定を行うことを促すことにもなりかねず,かえって支援金の支給の迅速性が害されるおそれがある。

上記のような事態は,いずれも支援金に係る制度の安定的かつ円滑な運用を害しかねないものであるから, 本件各支給決定の効果を維持することによる不利益は, 住民の生活の安定と被災地の速やかな復興という支援法の目的の実現を困難にする性質のものであるということができる。

(3) その一方で,本件各支給決定を取り消すことによって生ずる不利益を検討すると,その取消しがされた場合には, 本件世帯主らにとっては,その有効性を信頼し,あるいは既に全額を費消していたにもかかわらず,本件各支援金相当額を返還させられる結果となる。

このことによる負担感は,本件世帯主らが既に東日本大震災による被害を受けていることも勘案すると,小さくないといわざるを得ない。

しかしながら,前記のとおり,本件世帯主らは,支援法上,本件各支援金に係る利益を享受することのできる法的地位をおよそ有しないのである。

また,本件世帯主らは,既に利益を得たことに対応して金員の返還を求められているにとどまり,新たな金員の拠出等を求められているわけではない。

これらを踏まえると,上記のような結果となることは誠にやむを得ないものといわざるを得ない。

なお,本件各支給決定を取り消すことにより,支援金の受給者一般においてこれをちゅうちょなく使用できるという利益が一定の制約を受けるという点についても, そのようなおそれが全くないわけではないが,そのことにより,上記判断が左右されるものではない。

(4) 以上に加え,本件各支給決定を取り消すまでの期間が不当に長期に及んでいるともいい難いことをも併せ考慮すると, 前記瑕疵を有する本件各支給決定については,その効果を維持することによって生ずる不利益がこれを取り消すことによって生ずる不利益と比較して重大であり, その取消しを正当化するに足りる公益上の必要があると認められる。

したがって,上告人は,本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとの認定に誤りがあることを理由として, 本件各支給決定を取り消すことができるというべきである。

5. 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。 論旨は理由があり,原判決中被上告人らに関する部分(原判決主文第1項)は破棄を免れない。

そして,以上に説示したところによれば,本件各取消決定は適法であるから,その取消しを求める本訴請求は理由がなく, また,本件各支援金に係る不当利得返還を求める反訴請求は理由がある。

したがって,本訴請求を棄却するとともに反訴請求を認容した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 菅野 博之
裁判官      三浦 守
裁判官      草野 耕一
裁判官      岡村 和美


(2023年2月20日初版掲載・随時更新)
(Initial Publication - 20 February 2023/ Revised Publication -time to time)