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配偶者による管理組合の会計帳簿閲覧請求

札幌地裁 令和4年5月26日 判決 概要

事件番号:令和3年(ワ)1971  
事件名:マンション管理組合各種帳票類閲覧請求事件
裁判年月日:令和4年5月26日
裁判所名・部:札幌地方裁判所  民事第3部

事件の概要
 区分所有者の配偶者(原告)による会計帳簿の閲覧請求を理事長(被告)が拒否した事件

 (1)本件管理規約69条 (国交省・中高層共同住宅標準管理規約(単棟型)第61条と同一規定)
  「理事長は、会計帳簿、什器備品台帳、組合員名簿、及びその他の帳票類を作成して保管し、
  組合員又は利害関係人の理由を付した書面による請求があったときは、これらを閲覧させな
  ければならない。この場合において、閲覧につき、相当の日時、場所等を指定することができ
  る。」と定めている。

 (2)裁判所の判断@: 本件管理規約69条は、
  会計帳簿等の閲覧請求権者を「組合員又は利害関係人」という一定の範囲の者に限定して
  いるが、この限定は、閲覧請求の対象となる会計帳簿等には本件マンションに居住する者
  の個人情報や本件マンションの防犯上重要な情報等が含まれるところ、これらの情報が閲
  覧請求制度の上記目的を達するのに必要な範囲外の者に取得されることを防止するため
  と解される。利害関係人には「事実上の利害関係」を有するにすぎない者は含まれない。

 (2)裁判所の判断A: 本件管理規約40条2項は、理事及び監事の被選任資格を「現に居住
  する組合員(配偶者を含む。)」と定め、配偶者に対しても管理組合の役員として組合の運
  営に主体的に参画する地位を与えており、閲覧請求はその法律上の地位に基づくもので
  原告である配偶者は本件管理規約40条2項のもとで「法律上の利害関係」を有している。
  また、原告は、区分所有者本人から会計帳簿の閲覧請求・作業の委任を受けている。

  よって、被告には、閲覧請求文書を原告に閲覧させるべき義務があると認められる。


 

主 文

1  被告は、原告に対し、別紙文書目録記載1及び2の各文書を
   B管理組合の管理事務所において閲覧させよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

 第1 請求

  主文同旨

 第2 事案の概要

  本件は、札幌市a区b町c丁目に所在するマンション(以下「本件マンション」という。)の区分所有者の配偶者である原告が、 本件マンションの管理組合(以下「本件管理組合」という。)の理事長である被告に対し、 本件マンションの管理規約(以下「本件管理規約」という。)に基づき、 別紙文書目録記載1及び2の記帳済み通帳等の閲覧を求める事案である。

1 前提事実
  以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲括弧内記載の証拠及び弁論の全趣旨
 により容易に認められる。

(1) 原告は、本件マンションの区分所有者である訴外Dの配偶者であり、平成23年4月
 28日から現在まで、Dの区分所有建物において同人と同居している(甲17、18、乙1)。

(2) 本件管理組合は、本件マンションの区分所有者全員で構成され、本件マンションの
 管理を行うために設立された建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」と
 いう。)3条前段所定の団体である。

(3) 被告は、本件管理組合の理事長であり、本件管理規約43条2項により区分所有法
 所定の管理者となる(甲11)。

(4) 本件管理規約69条は、「理事長は、会計帳簿、什器備品台帳、組合員名簿、及び
 その他の帳票類を作成して保管し、組合員又は利害関係人の理由を付した書面に
 よる請求があったときは、これらを閲覧させなければならない。この場合において、
 閲覧につき、相当の日時、場所等を指定することができる。」と定めている(甲11)。

(5) 原告は、令和3年4月13日、本件管理組合の当時の理事長であったEに対し、
 訴外F元理事長が取引業者から収受した金銭の所在を確認する必要があるとして、
 平成20年4月1日から平成29年3月31日の期間に係る記帳済み貯金通帳及び
 支払伺書の閲覧を書面にて請求した(甲1)。

(6) 原告は、令和3年8月25日、同年9月7日及び同月14日、Eに対し、平成26年度
 から本件マンションで開催されている「サロン」(住民の交流と地域活動を目的に
 理事会の下部組織として、本件マンションの集会室で開催される集会)に要する
 費用の内訳が組合員に対して公開されたことがないなどとして、平成26年度以降
 のサロン開催に関する収支内訳書、総勘定元帳、通帳等の閲覧を書面にて請求
 した(甲4〜7)。

(7) Eは、同月16日、原告の上記閲覧請求はいずれも不適法なものであるとして却下
 した(甲8)。

(8) 原告は、同年9月22日、Eを被告として本件訴訟を提起した。

(9) Eは令和4年3月6日開催の本件管理組合の理事会において、理事長を辞任し、
 本件管理組合の副理事長であった被告が理事長に就任した。

(10) 被告は、同月10日、本件訴訟手続を受継した。

2 争点及びこれに対する当事者の主張

  本件の争点は、原告が本件管理規約69条の定める「利害関係人」に該当する
 か否かである。

(原告の主張)
  原告は、本件マンションの区分所有建物を所有するDの配偶者であり、同一
 世帯員であるから、当然に利害関係人に該当する。また、組合員であるDから
 会計帳簿の閲覧請求及び閲覧作業の委任を受けている。

(被告の主張)
  本件管理規約69条は国土交通省が作成したマンション標準管理規約64条
  を参考に作成されているところ、同条の「利害関係人」は、総会議事録の閲覧
  請求を定める標準管理規約49条の「利害関係人」と同義と解される。

  同49条の「利害関係人」とは、「敷地、専有部分に対する担保権者、差押債権者、
  賃借人、組合員からの媒介の依頼を受けた宅地建物取引業者等法律上の利害
  関係がある者をいい、単に事実上利益や不利益を受けたりする者、親族関係に
  あるだけの者等は対象とはならない。」と解されるが、原告はこれらの者のいずれ
  にも該当しないから本件管理規約69条の「利害関係人」には当たらない。

第3 当裁判所の判断

 区分所有法は、建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する区
  分所有者相互間の事項は、同法に定めるもののほか、規約で定める旨規定してい
  るところ(同法30条1項)、同法が閲覧請求の対象とする書面は、規約(同法33条
  2項)及び集会の議事録(同法42条5項)に限られることから、会計に関する書類を
  閲覧請求の対象とするか否か、また、これをいかなる範囲の者に閲覧させるかは、
  もっぱら区分所有者の意思に基づく自治的規範である規約に委ねているものと解される。

 そして、本件管理規約69条は、理事長に会計帳簿、什器備品台帳、組合員名簿及び
  その他の帳票類(以下「会計帳簿等」という。)の作成・保管義務を課すことに加えて、
  組合員又は利害関係人の理由を付した書面による請求があったときは、会計帳簿等を
  閲覧させなければならない旨定めている。

   本件管理規約がその第7章に会計に関する定めを置き、理事長による管理組合の収支
  予算案・決算案の総会への提出及びこれらの総会での承認等の会計に関する基本的事項
  を定め(63条及び64条)、管理費等の徴収、預金口座の開設、組合業務遂行のための
  借入れ等会計業務を遂行する上での必要な事項についての定め(65条ないし68条)の後
  に上記69条を設けていることや本件管理組合が区分所有法3条所定の団体であり、会計
  に関しても自治的な運営に任されていること等を考慮すると、上記69条の閲覧請求制度は、
  管理組合の構成員である組合員及び本件マンションの管理又は使用に利害関係を有する
  者に会計帳簿等の閲覧を認めることにより、会計業務の透明性を確保し、管理組合の健全
  な運営を実現することをその目的とするものと解される。そして、本件管理規約69条は、
  会計帳簿等の閲覧請求権者を「組合員又は利害関係人」という一定の範囲の者に限定して
  いるが、この限定は、閲覧請求の対象となる会計帳簿等には本件マンションに居住する者
  の個人情報や本件マンションの防犯上重要な情報等が含まれるところ、これらの情報が
  閲覧請求制度の上記目的を達するのに必要な範囲外の者に取得されることを防止する
  ためと解される。

   以上の本件管理規約69条の趣旨に照らせば、同条の「利害関係人」とは本件マンション
  の管理について区分所有者たる組合員に準ずる管理規約上の地位を有する者であって、
  その地位に基づき管理組合に対して会計帳簿等の閲覧を請求する法律上の利害関係が
  あると認められる者をいい、単にその閲覧につき事実上の利害関係を有するにすぎない者
  を含まないと解するのが相当である。

 原告は本件マンションの区分所有者であるDの配偶者であり、同人の区分所有
  建物で同人と同居している者であるが、本件管理規約上は「占有者」又は「同居人」に
  区分される(本件管理規約2条3号は「占有者」を区分所有法6条3項の占有者と定義す
  るが、同項の占有者には区分所有者の同居人も含まれると解されるから原告は規約上、
  いずれの地位も有している。)。

   そして、本件管理規約は、区分所有者の承諾を得て専有部分を占有する者が総会の目
  的について利害関係を有する場合には、当該占有者に総会での意見陳述を認め(50条
  2項)、組合員の同居者を議決権の代理行使の適格者とする(51条5項)など、正当な
  権原を有する占有者や区分所有者の同居者に一定の地位を与えるとともに、占有者は
  区分所有者が規約及び総会決議に基づいて負う義務と同一の義務を負い(5条2項)、
  占有者・区分所有者の同居人による規約違反行為や共同生活の秩序を乱す行為等に
  対し、理事長が勧告・行為の差止請求その他法的措置を講ずることができる旨定める
  (72条)など占有者や同居人にも区分所有者に準ずる共同生活上の義務を課している。

   また、本件管理規約は、理事及び監事の被選任資格を「現に居住する組合員(配偶者
  を含む。)」と定め(40条2項)、組合員の配偶者には、上記占有者・同居人としての地位
  に加え、管理組合の役員として組合の運営に主体的に参画する地位を与えている。

   以上の本件管理規約の定めによれば、区分所有者の配偶者として本件マンションに
  居住する原告は、本件マンションの管理について区分所有者たる組合員に準ずる地位
  を管理規約によって与えられている者といえる。

   また、原告は、本件訴訟により、記帳済みの通帳やサロン開催に係る収支内訳等の
  書類の閲覧を請求しているが、これらの閲覧請求によって会計処理に不適切な点が発見
  されれば、原告は、議決権の代理行使者として総会に出席して意見を述べ、又は自らが
  理事又は監事に就任することにより本件管理組合の会計業務の是正を求めることができる
  地位にあるから、このような地位を区分所有者の意思に基づく自治的規範である本件管理
  規約によって与えられている原告による会計帳簿の閲覧請求は、法律上の利害関係に基
  づくものといえる。

   したがって,原告は本件マンションの管理について区分所有者たる組合員に準ずる管
  理規約上の地位を有する者であって、その地位に基づき管理組合に対して会計帳簿
  等の閲覧を請求する法律上の利害関係があると認められる。

 以上によれば、原告は、本件管理規約69条の定める「利害関係人」に当たり、本件
  訴状により、本件管理組合の理事長である被告に対して別紙文書目録記載1及び2の
  各文書の閲覧請求をしていることから、被告には、これら文書を原告に閲覧させるべき
  義務があると認められる。

第4 結論

   よって、原告の請求はすべて理由があるから、これらを認容することとし、主文の
 とおり判決する。

以 上

    札幌地方裁判所 民事第3部
              裁判長裁判官   中 野  琢 郎
              裁判官        水 野 峻 志
              裁判官        田 中 大 地


文 書 目 録
1 平成26年度から令和2年度に係る以下の文書
 (1) 記帳済み通帳
 (2) 支払伺書
 (3) 仕訳帳
 (4) 総勘定元帳

2 平成26年度から令和2年度のサロン開催に係る以下の文書
 (1) 領収書
 (2) 収支内訳書

以 上


(2023年3月23日掲載 随時更新)
(Initial Publication - 23 March 2023/ Revised Publication -time to time)